03 冒険へのいざない
アーニャが幼いころ、母は毎晩のように娘が寝入るまで、様々な昔話やおとぎ話を語って聞かせてくれたものだ。
母の話に出てくる妖精は、いずれも善良な心の持ち主で、お話の主人公である少年少女の良き友であり、常に正しき者たちの力となってくれた存在であった。
「邪悪ぅ……間違ってたよ、おかあさん。妖精は邪悪な存在でした。人類騙されてるよぉ」
そんな幼いころからの固定概念を木っ端みじんに粉砕されたアーニャを前に、勝利の舞を踊っている妖精たち。血も涙もない。
「ひとつおとなになったなー」
「まあ、われらはようせいではないがなー」
「ぐんー」
椅子に突っ伏してすすり泣いているアーニャの前に、とてとてとするーずが近寄ってきて見上げる。
「きくがよい、だーくないとあーにゃよ」
「……それやめて、おねがいだから」
アーニャが懇願すると、妖精が言い直した。
「きくがいい、へたれのあーにゃよ。
われらはなんじをぼうけんのひびへといざなうためにやってきたのだー」
「ちな、ことわってもよい
なんとなれば、じゆういしでのちょうせんこそえいゆうのひつようじょうけんであるがゆえにー」
「ぐんー」
告げた妖精たちは、顔を見合わせてこそこそと囁きあった。
「ほかにもこうほはいるしなー」
「でも、ことわられると、めんどうくさいー」
「ぐんー」
アーニャはため息をついた。
「聞こえてるんだけど……」
「きかれてたー!」
取り繕うように妖精たちが言葉をつづけた。
「なんじはえいゆうとなれるししつがあるとおーでぃんはみさだめたー」
「うそではないー、だいいちこうほー」
「ぐんー」
「なんじがこばむのであれば、むりじいはせぬー」
エールでお腹をぽこんと膨らませたひるでーが机の上にぴょこんと乗りながら、爪楊枝のような槍を振り回した。
「たちされというのなれば、たちさろう。にどとすがたはみせぬー。
だが、そのまえによくかんがえてけちゅろんをだしゅがよい、げっぷ、よいがまわってきた」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる小人の顔は、コミカルなりに真剣にやってるようにみえた。
散々にからかわれたアーニャだが、妖精たちはふざけつつも言動は首尾一貫してる。
追い出すことは何時でもできる。邪悪な気配やこちらを騙そうという意図は感じ取れないので、話は聞いてやってもいいかもしれない。
少しだけ考えてから、アーニャは椅子に座りなおした。
正直言えば、妖精たちの言葉に多少ではあるが胸が高鳴るものがあった。
「うーん……正直に言えば、興味あります。
なので、取り合えず聞くだけは聞いてみるよ」
アーニャの言葉に衣装箱代わりの木製の櫃に昇った妖精たちが言葉をつづけた。
「おおー、あたりだー」
「ぐんー」
「われらのめにくるいはなかったー」
「そりゃそうだー、ぼうけんしんかいむのやつは、そもそもこうほにならない」
「なんじのむねのうちにくすぶるぼうけんへのあこがれをともしびに、われらはこのちにみちびかれたのだー、げぇぷ」
お酒臭いげっぷを漏らしつつのひるでの言葉に、アーニャは少しだけ笑ってから、妖精たちに尋ね返した。
「……それで、私に何をさせたいの?」
農民の少女の言葉に不思議そうに妖精たちが首を傾げた。
「べつになにもー?」
「させたいことなどないー」
「ぐんー」
妖精たちを前にアーニャが沈黙して
「……おい、からかっているのか?」
低い声で囁いたアーニャは、ふたたび魔剣ぶるーむーん(※ただののし棒)を手に取った。
「きゃー」
妖精たちが一斉に逃げ出した。