02 あーにゃ・ざ・だーくないと
「むねんー」
椅子に座ったアーニャは、ひるでーと名乗る妖精を指先で摘まみ上げると、まじまじと見つめてからたずねた。
「それで……そのおーでぃんっていう神さまが、使命を果たすための人間が必要で、私を選んだってこと?」
「そういうことだー、それはそれとしてそろそろはなすがいいー」
指で摘ままれているひるでーは、短い手足をぱたぱたと振って不満を表明している。
ちなみに先に捕まったするーずの方は頭にでっかいこぶを作って、天井から干し肉みたいに吊るされていた。
「……きゅう」
「……おーでぃんって、まるで、全然、聞いたことがないんだけど……」
アーニャは不信の眼差しを摘まんでいるひるでーに向けた。
「ふっふ、ものをしらぬとはおそろしいことよー」
虜の身にも拘らず、ひるでーはふてぶてしく不敵な笑みを浮かべていた。
「そりゃあ、無学な農民だもの」肩をすくめるアーニャ。
「おーでぃんはあらしのあるじー、たかきものなりー」
「じょうほうせかいのかみがみのおうだー、おそれいろー」
吊るされながらするーずがえばっていた。
「ぐんんー」
竈の陰に隠れていた灰髪の妖精もなにやら気勢を上げている。
「えい」
「あうち」
アーニャはとりあえず、デコピンで手近なひるでーのお尻を弾いて黙らせた。
「……でも、なんで、わたし?強い剣士とか、立派な騎士とか世の中にいるでしょう?」
戸惑いつつのアーニャの台詞に、ひるでーがこてんと首を傾げた。
「おまえ、ぼうけんしたがってただろー?」
「へう?!」
「かくしてもむだだぞー」
吊るされていたはずのするーずが、何時の間にか拘束を解いてぷらぷらと揺れる縄でブランコしていた。
ひるでーは、ベッドの上にある木製の騎士人形を見つめてから、大きく息を吸った。
朗読するような調子で
「わがなはあーにゃ、ひとよんでだーくないと」
「うわあああああああ!」
絶叫したアーニャが、手のなかのひるでーを全力で握りしめた。
「な、なにをするー?や、やめろー!?」
じたばたしてるひるでーをふんっと壁に投げつけた。
「きゃー」
勢いよく壁に当たったひるでーは、ぽよんと跳ね返ると、そのままエールを溜めた壺にぽちゃんと落ちた。
「うわああ!ひるでー!なんとむじひなー!」
「ぐんー!」
妖精たちが抗議の叫びをあげている。
「おのれにんげん!ゆるすまじー!」
「ぐんんー!」
誰にも知られる訳にはいかない。
騒ぎ立てる残りにひきの妖精も口を塞がなくてはなるまい。
無表情となって振り返ったアーニャの耳に、しかし、始末したはずの奴の声が。
壺のエールに浮き上がったひるでーが、ぷはっと息継ぎをしてから
「わがあいけん、ぶるーむーんにきれぬものはないー」
「ぎゃおおおおお!」
アーニャが奇声を迸らせた。絞め殺される前の鶏にそっくりの、なんか女の子が上げてはならない類の吠え声であった。
「な、な、な、何で知ってるぅ!だ、だ、だれにも言ってないはずのそれをぉ!」
エールの壺でちゃぷちゃぷと泳ぎながら、ひるでーが言葉を返した。
「おーでぃーんはなんでもしってるー、なんじのそうるねーむもだー」
「しじんのかみだー。すべてのものがたりはおーでぃんのものだー」
「ぐんー」
「なんじがまいばん、ねるまえにもうそうしてるぼうけんがおきにいりだー」
「いうことをきかせるためのじゅもんもおそわってるぞー」
顔色を真っ赤にしたり、真っ青にしている忙しく変えているアーニャの前で、妖精たちが言葉を紡いだ。
「だい138わー あーにゃとおひめさまー」
「わるいひとくいおにのねぐらにとらわれていたおひめさまをすくだしたおんなきしあーにゃ
おひめさまのしろにまねかれて」
「ぎゃあああ!やめて!やめろぉ!それを口にするな!」
叫んだアーニャは、するーずを捕まえようとするが、ひらりと身をかわされた。
何故か、ひるでが頬を染めて手のひらで目を隠しながら。
「ばらにかこまれたていえんであついちっすを」
「ひゅー、いいしゅみしてやがるぜー」
「やめろ!やめろぉ!」
半狂乱になったアーニャがじたばたと手足を振り回して暴れるが、妖精たちはひらりひらりと身をかわす。
「おうじじゃなくてひめさまかー」
「ごうがふかい」
「ぐんー」
「げほっ!こっ!かはっ!」
アーニャが、興奮のあまり咳き込み始めた。
「いうことをきくかー?きかなければむらじゅうにうたってきかせるぞ」
「だーくないと、あーにゃのでんせつがはじまるぜ」
「こっ、ころしてやる!」
恐ろしい目つきで睨みつけてくるアーニャだが、とうの妖精たちはへらへら笑ってる。
「むだだー、だーくないとよ。われらはふじみだー」
「だが、まけんぶるーむーんなら倒せるかもしれんなー」
「ぐんー」
ぐんが家の片隅に転がっているのし棒にとてとてと寄っていくと、炭の塊でぶるーむーんと大きく書いた。
それを目にしたアーニャはさらに激しくせき込んで返答もできない。涙に鼻水も出てきたし痙攣もしはじめた。
「げろをはいてるー」
「やりすぎだぞー」
「ぐんー」
「うぅ、ううぅ……ひどいよぉ、なにもわるいことしてないのに」
床に俯せになったアーニャは、こぶしでどんどんと床を叩き、次いですすり泣き始めた。
「くっ、ころしてよう」
アーニャの言葉に、なぜか妖精たちが大喜びした。
「くっころいただきましたー」
「やはりほんものはいいぞーこれ」
「ぐんー」
ついに身も蓋もなくすすり泣きしだした農民の少女を見下ろしながら、妖精たちは口々に勝手なことをほざいた。
「なんじはりっぱなおんなきしになれる」
「なにしろだーくないとだからな」
「ぐんー」
ダークナイトは死んだ。