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15 この先生きのこるには

「キノコを探します」

 唐突なアーニャの宣言であった。

 なぜか得意げな表情をしている村娘とは裏腹に、なに言ってるんだこいつとでも言いたげに眉を顰めている牧人娘。

 付き合いの長いクリスは、やや考えてから制止の言葉を口にした。

「……きのこ。森に潜るつもり。あ、危ないよ」

 森にはゴブリンもいれば、狼も出没する。オークにコボルド、吸血大蜘蛛、エルフに黒熊、猪、無法者に逃亡奴隷。実りの秋に動物たちはさほど腹を空かせてはおるまいが、小娘の臓腑は柔らかいに違いなく、亜人や森の民も己が縄張りに踏み込んでくるようなよそ者連中に対して、けして友好的な反応は見せぬであろう。

 だが、アーニャはなぜか自信満々の態度を崩そうとしない。

「このアーニャは、西の森に限って言えば村人の誰よりも歩いています。森の帝王といっても過言ではない。

 そして季節は秋。マッシュルームやらアンズタケを採って町で売れば、銭こががっぽがっぽですよ。

 干してよし、燻してよし。長期間の保存も問題ありません」

 アーニャの大言壮語を耳にして、ジゼルは思わず鼻で笑った。

「何が森の帝王だ。キノコ狩りで小銭稼いだところで、到底30ペンスなんて溜まらないぞ」


 何故か不敵そうな笑みを浮かべたアーニャ。壁の掛け釘からつるした革袋の一つを手に取った。

「見るがいいです」

 革袋から取り出した中身。拳を二つくっつけたほどの大きさの、不気味に絡み合った粒めいた塊をジゼルとクリスは見下ろした。

「なんだこりゃ、不気味な」

 牧人娘の言にアーニャが頬杖付きながらニヤリと笑う。

「トリュフだ」


「これが」

 珍味として珍重された茸を初めて見たのか。まじまじと見つめる二人。

 ジゼルがそっと指を伸ばしがてみたが、アーニャが慌てて遮った。

「あ、汚れた手でべたべた触るな。それで銀貨6枚くらいの価値があるんだぞ」

「へ!こ、これで6ペニー?たっか」

 驚愕してうめいたジゼルに、アーニャが告げた。

「6フローリンです。まあ、売る時はもっと安いけど」

「……嘘……だろ」


 フローリンとは、フローリンという概念である。

 ジゼルには、フローリンはよく分からぬ。

 だけど、身近なペニーよりずっと強いということだけは知っていた。

「フローリンってなんだ?」混乱しているジゼルが口にする。

「5分前まで計算できてただろ?12ペニーだよ。なんで、急にバカになってるんだよ、こいつ」とアーニャ。

「ははぁ、わかったぞ。そのトリュフ、偽物だな?」

「わざわざ、偽物のトリュフを用意してどうするんだ?本物だよ。

 これだから貧乏人は、疑い深くて困るわい」

「なにおう」

 話を仕切りなおそうとアーニャは小さく咳払い。改めて、もう一度、説明を始める。

「これがトリュフです。そしてアーニャちゃんは、トロンペット・ド・ラ・モールやトリュフの探し方のコツを知っている」

 トロンペット・ド・ラ・モール(死者のトランペット)やトリュフは、いずれも高級な食用キノコであった。

「なら、なぜ探しに行かないんだよ」

 なぜかトリュフに怯えたような眼を向けてるジゼルが、当然の疑問を口にした。

「行けるものなら、毎年だって行きたいわい。

 だけど、森の奥まで潜るには、信用できる人間が必要なのだ」

 告げたアーニャは、かなり真剣な表情になってクリスとジゼルを見回した。

「人手がいる。それと犬も必要だ。取り分は三等分。

 春には、お前たちが見たことないほどのペニー銀貨を稼がせてやるぜ」

 

「でも、森にはゴブリンとか、エルフとかいて……あいつらもキノコ大好きだし」

 渋るクリスをアーニャは首をかしげて説得した。

「おい、クリスちゃん。元はといえば半分はお前の為でもあるんだぞ。

 それにアーニャちゃんは、暇さえあれば森を歩いている。

 ゴブリンの縄張りも知ってるし、エルフは滅多に奥から出てこない」


 牧人と言う職業柄か。森の脅威に詳しいのだろうジゼルは、かなり強い口調で拒んだ。

「バッカ言うな。お前、死ぬ気か。そこまで付き合えんぞ。命あっての代物だ。

 狼とか出たらどうするんだ?食われて死ぬぞ。めっちゃでかくて怖いんだぞ。狼」

「ジゼルは狼避けの為の犬連れてこい。2頭な」命令するアーニャ。

「なんでそんなことしてやる義理があるんだよ。犬持ち出すのバレたら、あたしがお頭に殺される」

「お頭がなんだ。腰抜け。友達を助けてやろうと思わんのか。根性なし」

「だから、力になってやれる範囲で親身になってるだろ。自分が命の危険を冒してまで助けられないってだけで非難される謂れはないぞ」

 一歩も譲らずに睨みあうアーニャとジゼル。


 目を閉じたアーニャだが、次の瞬間、にやりと笑みを浮かべた。

「ジゼルちゃぁん。銀貨って見たことあるぅ?」

 急に口調を変えた。耳元まで口を近づけて囁いてくる。

「なっ、なんだ、急に?馬鹿にするなよ」

 狼狽するジゼル。

「どうせペニー銀貨でしょお。フローリン銀貨はおおっきいぞぉ。

 一枚入ってるだけでこう財布がずっしりと重くなってね。安心感が違うの」

「あ、安心感」

「中指と親指、くっつけてごらん」

 ジゼルは言われたとおりにしてみる。

「よおく見て。それがフローリン銀貨の、お、お、き、さ♡

 どうせ、お小遣いくらいしか貰ってないんでしょお?

 上手くいったら、フローリン銀貨がいちまぁい。にまぁい。はい、ジゼルちゃんのお財布にこんにちわー」

 アーニャは右手で円を維持したまま、残りの指で器用にテーブルの上を歩いて見せて、挨拶までして見せた。

「わぁ、お財布破れちゃうよぉ」

 変な裏声で続けるアーニャ。

「へ、変な寸劇やめろぉ」

 動揺して弱々しく呟いたジゼルの目の前。

「見てみ。これがフローリン銀貨だ」

 アーニャがどこからか、本物を取り出した。キラキラと輝いている巨大な銀貨。

 若干の銅が混じっているが、有り体のビロン貨幣(銀と他の金属の合金)とは明らかに違う。

 高品位の銀が持つ鈍い輝きがジゼルの視線を釘付けにした。

「……ほああ」

 ごくりと喉を大きく鳴らしている牧人娘の目の前で、チビの村娘はフローリン銀貨を左右に振った。

 ジゼルの目線が素直に銀貨を追った。

 食いついている。やったぜ。

 ほくそ笑んだアーニャが甲高い声を出す。

「ぼく、おぜぜ(銭)ちゃん。ジゼルちゃんと友達になりたいなぁ。ねえ、友達になろうよ」

 どういう寸劇だ。呆れるクリスの前で、しかし、混乱しているのか。ジゼルのお目目がぐるぐる泳いでいる。

「いいかぁ、ジゼルちゃん。此の侭じゃ、いいように使われる下っ端のままで人生終了だぞ。

 ノア婆ちゃんみたいに、腰が曲がってるのに炊事お掃除お洗濯と扱き使われながら暮らしたいか?」

「ノア婆ちゃんを悪く言うなよ」

 身を乗り出したアーニャは、ジゼルの耳元で囁くように言葉をつづけている。

「うーふ。ノア婆ちゃんに楽させてやりたいなら、なおさら、お前。お金を稼がないと。

 アーニャちゃんはお前以外を誘ってもいいけど、信用できると見込んだから勧誘してるです。

 ここ数年、村人のだあれもトリュフ採ってないから、育っているはずだぞぉ。

 ひとかどの人物になれるチャンスだよ。

 十年先、二十年先には、畑買ったり、山羊の群れ持ったりできるかもしれない」

「ひとかど……自分の山羊の群れ……」

「やるよね?」

「やる」

 アーニャちゃんの悪魔的説得スキルが、ジゼルの抵抗ロールを貫通した。

 もはや言いなりだ。

「よし、秘密を守るんだぞ」

 咳払いしたアーニャが、改めて友人二人を見回した。

「それと、言っておくぞ。裏切りはなしだぞ」

「裏切りって……」

 心外そうなクリスが眉間に皺を寄せたが、アーニャは言を翻さない。

「例えば……わあい、間抜けのアーニャちゃんのお陰でトリュフの生えている場所と取り方が分かったよ。家族で取りにいこーよぅ、とか。

 親方ぁ。お人よしがゴブリンの縄張りとトリュフの取り方教えてくれました。みんなでとりにいきましょーぜ、げへへとかするなってことだぞー」

 不満そうに、何か言いたげに口を開きかけた友人たちを制して、アーニャはテーブルにナイフを立てた。

「言っとくけど、このアーニャちゃんを甘く見るなよ。裏切るときはアーニャちゃんを殺すつもりで裏切れよ。さもないとお前たちの喉を掻っ切ってやります」

 真顔で脅迫するチビの村娘。喉元に親指を当てて、掻っ切るジェスチャーをしてみせた。

 アーニャなら脅しじゃなくて本気で殺りに来るかも。思いつつも、クリスは鼻で笑った。

「それを言うなら、わーい。アホ共をうまく使ってトリュフたくさん撮れたぞー。しめしめ、独り占めー

 町で売り払って銀貨10枚で売れたけど、あいつらには3枚で売れたって言ってやろー。

 はい三等分ー。じぜるにー、いちまいー。くりすにー、いちまいー。あーにゃちゃんにはちまいー。

 わあい、あーにゃちゃんかしこいなあ。さすがあーにゃ。やつらとはあたまのできがちがうぜー。とかやる可能性だってある訳じゃない」

 欲深い農民丸出しで、クリスとアーニャはお互いを疑い深そうに相手を観察してから、同時に取り繕うように満面の笑顔を浮かべた。

「勿論、そんなことがあるはずないよね!」

「アーニャはクリスちゃんを信じてるよ!」

「私もアーニャちゃんを信じてるよ。ずっと友だちだよ!」

 どこか空虚な笑い声を響かせるアーニャとクリスを前に、とってもない茸のことで険悪になってる。こいつら、思っていたよりずっとアホだな、とジゼルは思った。


「ジゼルも裏切る前にはよく考えてね」

 クリスが水を向けてきた。ジゼルは不機嫌そうに吐き捨てた。

「なんで、裏切る前提なんだよ」

「いいや、お前が一番怪しいね。貧乏をこじらせているから、パニックになる可能性がある。

 だから、あらかじめ言っておくぞ」

 アーニャは食卓に身を乗り出した。

「トリュフ狩りは一人では危険な作業だし、親方たちに教えてもお前には小遣いしかくれないぞ。クリスの親父さんも血が繋がってると思えないほどいい加減だし、姉ちゃんもお人よしだから秘密を守れない。 長期的には、私と組んで秘密を守ったほうが得だからな」

「わかってる」ジゼルはうなずいた。

 アーニャが自分の手のひらに唾を吐いてから袖でぬぐった。

 ジゼルとクリスも同じようにした。それぞれ、手のひらに唾を吐いてお尻や裾でごしごし拭う。


「自分たちの祖霊と守護神にかけて誓えよー。この金儲けは、トリュフの場所も秘密だぞ。

 裏切者が出たら、残り二人で始末する。裏切ったものは喉を掻っ切られて死にます」

 アーニャが宣言して、ジゼルとクリスもうなずいた。

 全員が他の二人と握手する。

「秘密は守る」

「一連托生」

 永遠の友情と契約の順守を誓い合いながら、しかし、三人は三人とも、腹の底では他の二名の誠実さを疑わしく思っていたのだった。





今回は、クエストの導入部および掛け替えのない仲間との邂逅。

指輪で言えば、馳夫さんとの出会いの部分。

冒険の動機は大事。薄っぺらいと説得力が感じられない。

友人の窮地を救うために命を顧みずに探索に赴くアーニャとジゼル!

説得力を感じますよ、これは。

ユウジョウ!

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