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09 英雄志願

 妖精たちが訪れてきたその翌日のことである。

 山羊を数匹連れた少女が鈴を鳴らして杖を突きつつ、村はずれの道をとことこ歩いていると村の娘アーニャが岩に腰かけていた。

 おりしもアーニャちゃんは14歳。性欲よりも食欲が旺盛な育ち盛りの年頃であった。

「エルザ、乳ちょうだい」

 いきなりのアーニャの無心に足を止めた少女が首を傾げた。

「壺に半分の乳と麦一碗を交換だよー

 雑穀だったら、そのはんぶん」


「けちけちすんなー」

「こっぷいっぱいでいいからよこせー」

「ぐんー」

 アーニャの肩にぴょこんと小さな影が飛び出した。

「わっ、なにそれ?」

 目を輝かせる山羊飼いの少女にアーニャ答えて曰く

「新種の猿だよ」

「うっきー!」

「ぐんー!」

 髪の毛を引っ張られたアーニャが悲鳴を上げた。

「あ、いた!嘘です。妖精です」

「妖精!いいなー」

「山羊のミルクくれたら触らせてあげよう」


「ううー、妖精。触りたい」

 物欲しげな目を向けつつ、深刻そうに悩んでいる山羊飼いの少女。

「フフフ、可愛いぞう。今ならミルク一杯で妖精に触らせてあげよう」

「うられたー」

 アーニャと騒いでいる妖精たちの前で悩むエルザ。

「だめー。お父さんに怒られちゃう」しかし、アーニャは買収に失敗した。

「バレないって」

「適当言ってる。採ったら出が悪くなってばれるもん」

 山羊飼いの少女は鼻の穴を広げて言い張った。


「一口でいいんだけどなー」

 言いながら腰のポケットを弄ったアーニャちゃん。

「あっ、こんなところにベリーがあります」

 細かな枝に小さな実が沢山ついたベリーを取り出すが、少女は首を振らない。

「ベリーは私も持ってるよ」

「そりゃそうだ。山羊を連れて野原を歩いてるんだから。

 うーん。しかたない。栗があります」

「くり!」

 アーニャがポケットから取り出した小さな実に、今度こそエルザの目が釘付けになった。

 栗は、ご馳走です。茹でてよし、焼いてよし。その甘みは、大人すら篭絡する。

 勝てるとしたら、焼いた林檎くらいのものだろうか。

 甘味に弱いは子供の常。蜂蜜がご馳走な田舎である。

 エルザは、金貨を見つけたドワーフのように目をぎらぎらとさせている。


「栗がふたつあります」

 エルザの口元からは、涎がダラダラ。

 もはや勝ったも同然。勝利を確信したアーニャは、ダメ押しをした。

「三つです!」

「も、もうひとこえ」

「他にも山羊を飼ってる人はいるしなー」

 アーニャは勝利した。


 コップに並々注がれた乳をチビチビと飲みながら、アーニャは村を見下ろす丘陵の頂にたどり着いた。

 妖精たちが腕にしがみついてくる。

「こっちにもみるくよこせー」

「はい」

 素朴な素焼きのコップを手渡した。体格よりも大きいそれを掲げて、ぐんがミルクを一気に呷る。

「ぐんにわたすなー」

「ぐんんんー」

「きゃー、ぜんぶのまれるー」


 秋の澄んだ風が草原を水面のように波立たせていた。

 丘陵のふもとでは村の少年たち。活発な少女も幾人か混ざって、棒切れを振り回し、戦争ごっこに興じている。

「……いざ、冒険者に!といっても家もあるし、畑もある」

 寝ころんだアーニャは空を見上げながら、手近な葉っぱを一枚、手に取った。

「それに冒険に出るといっても、小娘ですよ。

 正直言ってゴブリン一匹にも勝てる気がしません」

「いまのままではなー」

「だが、われらはヴぁるきゅりあー」

「ぐんー」

 妖精たちの言葉を聞きながら、アーニャは草笛を吹き始める。

「えいゆうのいくせいにはじしんがあります」

「いっかげんある」

「ぐんー」

「しぐるずはわしがそだてたー」

 シグルズって誰だろう?思いつつ、ぺたんとした胸を張る妖精たちに、草笛を止めてアーニャは目を細める。

「ほんとぉ?」

「ほんとう、ほんとう」

「しんじろー」

「ぐんー」

「まあ、いいか。やるよ。失うものもないしね」

 くすくすと笑ったアーニャ。

「よーし、いいぞー」

「われらにまかせろー」

「ぐんんー」


 ひるでが進み出てアーニャを見上げた。

「あーにゃよ。しゅぎょうはながくくるしいだろう。

 そして、やりぬいたうえで、あっさりとしぬこともありえる」

「分かっている。覚悟の上だよ」頷いたアーニャの前で妖精たちが爪楊枝のような槍を振った。

「よし、われらはこれよりもてるわざのすべてをなんじにさずけよう」

「このしゅぎょうをおえたとき、なんじはちにならぶものなきせんしとなっていようぞー」

「ぐんー」

「地上最強……ほんとにぃ?」

「なんじは、それなりのせんしになってようぞー」

「あ、言い直した」



「あーにゃよ。なんといっても、せんしとしてのわざをたかめるのはくみてだー」

「まずは、なんじのたたかいのわざをみせてもらおうかー」

「ふむ、心当たりがありますよ」

 杖を抱えたアーニャは、ふもとへ向かって軽やかに歩き出した。

 羊に草を食べさせがてら、合戦ごっこに興じている男の子たちが屯してる。


「ヒュー、混ぜてー」

 頭目格の少年に手を挙げて挨拶するアーニャ。

「だめだ」

「は?」

 笑顔で駆け寄ったアーニャだが、いきなりの拒絶。

 予想外の言葉に、額に縦しわが浮かびあがった。

「なんでさ?」

「女はだめだ。遊びじゃない。戦うための訓練なんだぜ」

 意味不明である。どう見ても遊びだし、女の子も混ざってる。

「えっと……そこにいるイルマ。奴隷で女だよね」

 棒切れをプラプラさせたアーニャは、ヒューに寄り添っているイルマに視線を向けた。

 村でも裕福なヒューの家は、奴隷を所持していた。

 と言っても、イルマとその両親だけであるが。

 アーニャがイルマを見下したと思ったのか、ヒューが渋い顔となった。

「ヒュー坊ちゃん。私は……」

 何か言いかけたイルマを制して、ヒューはアーニャに向き直った。

「イルマは戦うための訓練を受けた奴隷だ。それが仕事でもある」


 アーニャの眉間のしわが深くなった。周囲の少年少女が慌てたように多少の距離を取った。

「はあ?

 私自由民だよ。

 私は自分で財産を守らないといけない」

「兎に角、駄目だ」

「女の子だって混ざってるじゃないかー」

 頭をガシガシと掻いて言い放ったアーニャに、ヒューが断言する。

「アーニャは大人だろ。いい歳して、戦争ごっこに混ざろうとするな」

 慣習法では十五歳が成人であるが、アーニャは一歳誤魔化して成人と称していた。

「ヒューだって十六か、七歳」

 都合の悪い言葉には答えず、ヒューが肩をすくめる。

「だいたい、顔に傷でもついたらどうするんだ。もう嫁に行ったって不思議じゃないのに」

「なんで省くの?あたし、なにかした?」

 アーニャの質問にヒューは答えない。

「ねえ、ヒュー。答えてよ。このやろう」


 むっすー、と頬を膨らませたアーニャは、草地を見ながら杖をプラプラと振った。

「……何様のつもりだい?

 女の子に意地悪な奴はもてないぞ。クリスに振られる呪いを掛けてやる」

「はあ?クリス?クリスに何の関係があるんだよ?」

 ヒューが怪訝そうにアーニャを見た。

「クリスのこと好きなくせにぃ」

「いや、全然?」

「あっそ」

 取り合えず、今の言葉をクリスに言いつけてやろうと思いながらアーニャは引き下がった。

 

 村の子供たちの目の前で体よくあしらわれ、メンツが丸つぶれであった。

 アーニャは舌打ちする。村社会で、軽んじられる立場は面白くない。

 ヒューの奴め。

 子供の時に親切にしてやったのに。いや、だから、舐められたのかな。

 丘陵の頂へと引き換えしながら、アーニャは腹立ちまぎれにススキを杖で薙ぎ払った。

「くそっ……初っ端から挫折しましたよ」

「じんぼうがないー」

 妖精の言葉にアーニャが焦った。

「ちっ、ちがいます。ヒューのやつが意地悪なんなんです?」

「どうようしすぎー」

「これはこころあたりあるな」


「うーん、どうしたものかな」

 鼻先がツンとしていた。腹の底で火が燃えてるような悔しさに、涙が零れそうになるが、泣いたら負けのような気がしたので、じっと我慢する。

 小高い丘の頂にある大きな樹に寄りかかって、アーニャは指を噛んだ。

「……ヒューの奴も、冒険を計画しているのかな」

 アーニャは石を拾って投げた。

 

「吟遊詩人の冒険の歌を熱心に聞いてたのは、村の子供ではあいつとわたしだったから」

「ふむー」

 妖精たちがアーニャの肩や腕にぶら下がりながら、相槌を打った。

「……農民の手慰みにしては些か熱心すぎるよね」

 棒を振り回しているヒューは、合戦ごっこには毎回、参加しているが、大抵、勝っている。

 棒の振り方からして他の子供たちとは違う。年上の子でもヒューには歯が立たない。

「……お山の大将め」

 呟いてから、アーニャは手近な草を千切った。草笛を吹いて、気持ちを落ち着かせる。

 太陽の位置からして、時刻は三時ほどだろうか。

 日時計なので精密さには欠けてるが、おおよその時間が分かればいい。

 生活が自然に根差した農民にとっては、都市にある正確なだけの水時計やドワーフ製の機械時計などよりも便利なのだった。


 草笛を口元から離して、アーニャは彼方の地平線を見つめた。

 丘陵や森を縫うように避けて蛇行している街道は、遥かな都まで続いているそうだ。  

「貧しく野心に溢れた若者が富と名声を欲するならば、目指すは冒険者。そう相場が決まっている。

 まあ、十中八九は早死にするんですけど」

 アーニャは、剣を天に掲げるように、杖を両手で掴んで空に向かって構えた。

「そして、小さな冒険団や傭兵団というのは、同郷の集まりから始まってることも少なくない。

 ヒューの奴め。これと思った相手には、唾をつけてるのかな?

 あいつの大叔父さんだか、お祖父さんだか。

 若いころ異民族相手の遠征に参加して、多少の財貨を持ち買っているんだ。

 その爺さんに剣の扱いも習っている。

 確か、あの奴隷娘もその時に連れ帰った異民族の虜囚の子孫だとか」


 戦争ごっこの終わった後に、ヒューが仲間たちに声をかけて回ってる姿を木の幹に寄りかかりながら眺める。

「そう、イルマね。褐色の肌した可愛い子。

 でも、ヒューの奴よりもずっと強い」

「ほう、わかるかー」

 アーニャの独白に妖精たちがうなずいた。

「なんとなくね。雰囲気が違います」


「まさか、同じ村に同じ年代で冒険を企んでいる奴がいるとは誤算でした。

 目ぼしい子も取られちゃうかもなー。

 まあ、いい。仲間が欲しい訳でもなし。くれてやるさ」

 立ち上がり、ヒューや少年少女の一団に杖を向けながら、微かに首を傾げる。

「いいのかー?」

「さきをこされるぞー」

「大丈夫」妖精たちの言葉にうなずき返す。

「まけおしみかー?」

「違いまーす」


 アーニャは妖精たちを手に乗せながら、思うところを打ち明けた。

「吟遊詩人の歌は、出身地や出自も出てくる。これは正確なことが多いんだ。

 歌われる冒険者にとっても、故郷に錦を飾るわけだからね」

 クォータースタッフ(六尺棒)を手に取り立ち上がると、駆け出した。

「同じ英雄志願の少年少女でも、群を抜いて名を上げるのは、やっぱり騎士の次男三男。それに狩人の子なんかの方がずっと多い。もしくは、高名な冒険者の子供たち」

 話しながら、踊るように軽やかに丘陵の斜面を駆けては杖を振るう。

 ぴょんぴょんと飛び跳ねながらついてくる妖精たちを見ながら、色の変わりつつある草を薙ぎ払う。

「出自を偽っている人もいるだろうけど、元剣闘奴隷や傭兵、狩人。

 そして無法者なんて褒められない出自の冒険者までが、出藍の誉れを誇っている以上、大方は正確なんだと思う」

 憤懣を解消するように、杖で草地を幾度も薙ぎ、突き、払いのけてから息を整える。

「だけど、農家の余り者や職人の徒弟が詠われることは滅多にない。そう、滅多にないんだ。

 あいつも同じ歌を聴いていたはずなのにね」

 アーニャも農民で冒険志願者ではあるが、妖精たちがついている。

 用心深く振舞えば、絶対はないにしても、生き延びることは出来るだろう。

 吐き捨てるように言ってから、息を整える。

「確かに負け惜しみ。でも、ヒューの馬鹿は……なんでもない」

 首を振るってから見下ろせば、丁度、此方を見上げていたヒューやイルマたちと視線がぶつかった。


 恩を施した相手を格下認定するねじくれた人間も、世の中にはいる。

 そういう人間だったのは残念だが、どうやらヒューを見損なっていたらしい。


 もし、ヒューが同じ村の子女を連れて行くつもりであり、そして口車に乗った子どもがいたら、気の毒なことになる。そう思いながら、アーニャはヒューを見下ろして肩をすくめた。

「農民の若者を引き連れて、どれだけやれるか見てやろう」



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