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08 たべないで

前回の後半 少し書き足した

18年 9月 27日 23時

 切り立った崖の下で、泥まみれになった着ぐるみ妖精が恨みがましい目をアーニャに向けていた。

「ぐんー」

 木の枝を削った小さなこん棒で、ぽかぽかとアーニャの太ももを叩いてくる。

「洗うよ、洗いますから。許してください」

 言いながら、アーニャはほどよく沸かした泉のお湯を用意する。

「ぐんー」

 金属製のたらいに張られたお湯に浸かって、すっ裸になったぐんが満更でもなさそうに目を細める。

 よかった。許された。たぶん。

 ホッと息をついたアーニャは、焚かれた炎の傍らで冷えた体を柔軟体操しながら、崖の奥に座っているクリスに視線を転じた。

「だから、クリス。もう泣き止みなよ。年上なのに」

「ほっ、本当にア、ア、アーニャなの?オーガじゃないの?」

 切り立った崖下の奥。濡れ鼠となったクリスは、ガタガタ震えながら問いかけた。

「本物だよ。子供の頃、水汲み行くついでに、よくベリーやコケモモを一緒に探しに行ったアーニャちゃんだよ」

 クマっぽい小さな着ぐるみを手にしつつ、雨に晒して揉み洗いしながら、幼いころの思い出を語ってみるアーニャだが、クリスは疑い深そうな表情のまま陰気に沈黙を守っている。

「二人だけの思い出話したのに、なんで信じないのさ?」

「……上等なオーガは、獲物の脳みそ食べて記憶まで奪うって」

 おびえながら余計なことをほざいてくれるクリス。


「なんか面倒くさくなってきたよ」

 洗濯しつつ、吐き捨てたアーニャ。

「いっそ、くっちまえー」妖精のするーずが騒ぎ立てる。

「ひいっ!」

 いっそ、ぶっ殺しちゃおうかな?なんて物騒な考えが一瞬だけ、アーニャの脳裏を掠めるくらいに世の中は物騒で殺伐としている。幼い頃からの友人だが、クリスは過剰に怯えていた。オーガだなんだと村ン中で騒がれると、最悪、家財産を失って村から逃げ出す羽目になりかねない。


 寄る辺ない放浪者は惨めであろう。森や街道に巣食って無法のアウト・ローになるか、町に流れ込んで底辺の無宿者になるしかない。そして、通りすがりの牧人や旅人から財貨を奪う無法者には、農夫たちも悩まされている。

 武装した放浪者の大群は、手に負えない。徒党を組んで畑を荒らすし、家畜も盗まれる。

 街道を少し歩けば、職務に熱心な保安官に捕まった無法者が後ろ手で縛り首にされている姿を見かけることもできる

 太い樹木の枝に吊るされた彼ら、彼女らは、大抵、擦り切れた衣服に酷い皮膚病を患っている。そんな自分の末路が、アーニャにはあっさりと想像できた。

 その想像がアーニャを警戒させた。だから、大事な友人のクリスであっても、必要と考えたら殺すかもしれない。


(やだなあ、殺したくないなぁ……細い首、簡単にへし折れそう……殺したくないなぁ、なんか弱味でも握れないかな……死体の処分は、服を奪って捨てるだけでいいか、獣が処分してくれる)

 どこか眠たげで、一見穏やかにも見えるアーニャの意図に気づかず、涙目のクリスは妖精たちに視線を向けた。

「この子たちは?」

「われらはヴぁるきゅりあー

 あらしのかみおーでぃーんのつかいなりー」

「ぐんー」

「だーくないと あーにゃを ふがっ」

 余計なことを言い出す前に、ひるでを掴んで泉に向かって放り投げる。

「いや、妖精と遊んでいたんだよ? えへへへへ」

「だーくな……あー、うん。本物のアーニャだね」

 なぜか知らんが、ようやく警戒が薄れたので良しとする。


 気が緩んだのか。クリスがくちゅん、と小さくくしゃみした。

 鼻水を啜っているクリスを眺めたアーニャ。

「いかん、風邪を引く。服を脱いで火に暖まりなさい」

 素っ裸のアーニャが勧めると、おずおずと近寄ってくる。

「ほら、服を脱いで」

「う、うん」

 下穿き一枚残して、濡れた服を脱いでいくクリス。その胸は形がよく豊満であった。

「ふひっ……げふん。火の傍に寄りなさいよ。暖かいですよ」

 手招きするアーニャの声は上擦っていた。


 岩に腰を下ろしたクリスは、崖下に広がる空間に視線を走らせた。

 地面が少し小高くなってる為、雨が流れ込んでくることはない。

 入り口には薪が積まれ、奥には鍋や窯。広がった場所には、毛布まで敷かれている。

「随分と暮らしやすそうな……」

「それは貴女。万が一、村が傭兵やらオークやらに襲われたら、逃げ込む為の場所ですから」

 アーニャは鼻歌を歌いながら、湯気を立てたお粥を碗によそった。

 お粥の匂いに反応して、クリスのお腹が大きく鳴った。

 こうなると、赤面してる友人がやたらと可愛く思えてきたアーニャ。さっきまで殺して埋めるかとか考えていた癖に、親切面して食事を勧めだした。

「さあ、お食べなさい。貴女は大事な友達だもの」

「ありがと。わ、凄い」

 一口に粥といっても色々ある。貧民が食べる粥は、ライ麦や燕麦、蕎麦などの雑穀を薄めた重湯のような代物だが、金持ちの食べる粥は、小麦に蕪や肉を加えた煮込み料理である。

 アーニャの粥は、流石に新鮮な肉や香辛料が入っている訳ではないが牛乳に鶏ガラ、塩漬け肉とチーズ、蕪や玉ねぎ、キノコも豊富に入っている。


 碗を受け取ったクリスは、無言で匙を動かしだした。よほどお腹が空いていたのか。すごい勢いで粥が減っていく。

「盗賊が襲ってきても、ここに逃げ込めば、クリスだけなら助けられるかもね」

「ふにゃひゃ、ふにゃひゃひゃ」何を言ってるかわからなかったが、適当にうなずいてから、ぐんの着ぐるみを洗うべく入口に向かって、もみ洗いを再開。

 ほんの数分で戻ってみると、鍋は空となっていた。


「あれあれあれぇ?

 クリスさぁん。食べていいよって言って全部食べちゃいますかあ?

 普通、遠慮して一杯か、二杯。図々しくても半分くらいだと思うんですよぉ?」

「ごっ、ごめん」

 そういう奴ではないと思ったんだけどなー。アーニャは首を傾げるも、涙目になってるクリス。

 よく見れば、心なしかやつれていた。頬もこけている。ここ最近は、ろくなものを食べていないのだろう。

 最近は、村でも、貧しい家の子供たちが腹を空かせて野原をうろついている姿を見かける程だ。

 クリスのことだから、弟や妹に自分の分を回しているのだろう。

 とはいえ、アーニャもすきっ腹である。

 ふっと笑ったアーニャは、ベリーから作ったワインを洞窟の奥から取り出すと、壺を傾けて飲み始めた。

「まあ、いいよ。どうせ、妹とか、弟に自分の分を回してるんでしょう。

 前には畑の件で味方してくれたし、村で、誰かひとり友達を選ぶとしたらクリスだと思っています。

 自分が好きでも相手のほうが御免と思うこともあるでしょうが」

 起こったことは変えられない。どうせなら、付け込んで貸しにすべえ、とアーニャは口から適当こいた。まるっきり嘘でもないからセーフである。

 クリスは感じ入ったようだ。目が潤んでる。

 クリスは優しい性格で、胸は豊満である。村の大半から好かれている。若い男の半分くらいは、クリスと結婚したいと思っているのではなかろうか。女房持ちに口説かれているところを見かけたこともある。辺境の村々だと、そこら辺の貞操観念が色々と緩い。


 何よりかわいい。尻を撫でたい。乳に顔をうずめたい。

 アーニャはかわいい女の子が好きだった。尻も乳も辛抱溜まらんです。


 すきっ腹に強いお酒を飲んで、なんか、ワインが回ってきた。あーにゃのおめめがぐるぐる。

 アーニャは毛布を持ってクリスの隣に腰を掛けた。

「こうしたほうが暖かいよ」

 

「ふへへ、くりすぅ」

 しな垂れかかったアーニャが、クリスの胸に視線をやると、そこには見慣れぬ十字の首飾り。

 素朴な木製の装飾品を物珍しそうに眺めるアーニャの視線に気づいたのか。

 クリスは胸元のお守りに触れてほほ笑んだ。

「これね。町でもらったの。すごく素敵な神様の教えで……」

「ふんふん、ほうほう」アーニャは聞いてない。クリスの言葉も、右から左。

 揺れるクリスの胸に合わせて肩を寄せると、髪の匂いを嗅いだ。


「えっと……アーニャ?」

 戸惑うクリスに妖しく微笑みかけるアーニャ。

 裸の美少女二人が見つめあう構図に妖精たちが息を呑んでいる。

「クリスはいい匂いだね」

「酔ってる?息が荒くて恐いんだけど」

「よく考えたら二人きりだし。これはチャンスなんじゃないかな?」

「……アーニャ?」

 おめめぐるぐるのアーニャが背後の妖精たちを振り返った。

「やっていいのかな?」

「やっちまえー」

 するーずがゴーサインを出した。

「もう、辛抱たまらないにゃー」

 アーニャは毛布を敷いてから、クリスを押し倒した。

「ひゃああ!?」

「クリス、クリスぅ」


「アーニャ!やめてよぉ!」

「くりすは一なる神の信徒なんだね。げへへ、その恥じらいがたまらないよ」

 クリスの胸に顔を埋めながら、アーニャは好き放題にほざいている。

「友だちだとおもったのに!ひどいよ!」

 クリスの頬を流れる涙を見たアーニャ。振り返った。

「泣いてるクリスを見るとぞくぞくしてきますよ?神?」

「いいぞー、いけー、やれー」

「ちゅーしたら、こどもができちゃうー!」

 ノリノリのするーずと顔を赤くして手で目を覆っているひるで。

「クリスお姉ちゃん、なんかね?アーニャおまたがジンジンするんだ」

「なに、カマトトぶって!やめなさい!やめなさいってば!」

 ポカポカ叩かれるが、意に返さない。


「ひゃああああああ!だめだってば、結婚するまで!お嫁さんになるまで」

「お嫁さんになって!アーニャのお嫁さんに」

 アーニャは、クリスの紐で結ばれた素朴な聖印を力任せに引きちぎって投げ捨てた。

 すんすん、ぺろぺろ、もみもみ、ぬちゃぬちゃ

「食べ物が足りないんだよね?悪いようにはしないからね?げへへ

 手伝いに来てくれたら、ご飯を上げるよ。クリスが売られたりしたらやだから」

「あ、あーにゃのけだものー」


 一なる神は、主として町を中心に布教されている神であった。ちなみに都市と農村は、信仰も文化、言語も違い、民族的にもかなりの差異を持っていることが多い。都市は古代帝国の入植者の末裔が勢力を保てっいるのに対し、田園は昔からの神々を信仰してる者が多いのだ。


「まあ、しかたない。たいりょくつけばあっちもつよくなる」

「ぐんー」

「のうみんむすめにあいはかたるな、むらむらしたらそくおかせってむかしのきしもいってるからなー」

 するーずとぐんが語っている横で、ひるでは投げ捨てられた聖印に歩み寄った。

「よんもじのやろー、どこのうちゅうでもけんかうってやがるなー」

 そこで聖印の何かに気づいて、ひるでは仲間に振り返った。

「あ、こいつほんきのしんじゃだ」

「まじかよ、やばいぜ」

「ぐんー」

 妖精三匹が顔を寄せ合ってるところに光の粉が降ってきた。


「あー、きやがったよ」

 鳥の翼をはやした妖精がやってきた。キラキラしたエフェクトを纏ってる。

「わが信徒が害され、よこしまな気配を感じてみればきさまらかー」

 鳥妖精の言葉に三匹が言い返す。

「よこしまとはなんだー」

「おまえらだってげんちのかみないがしろにしてんじゃねーか」

「ぐんー」

「かたいこというんじゃねーよ、しんじゃのいっぴきくらいよこせよー」


 岩陰からアーニャの言葉が響いてくる。

「えー?固いこと言わないで」

 クリスのお母さんと私のお母さんだって、若いころには仲良くしていたじゃない」

「そういう、穴があったら山羊でもいいやとか、女同士で平気でちちくりあう田舎のひゃああ!」

 岩肌に影絵が映し出される。影がもう一方の下着を奪い取って投げ捨てる。


 争っている影の反対側では、妖精たちが言い争ってる。

「はあ?こっちのうちゅうはあすがるどにちかいんだぞー?」

「いっぴきでやるきかよー、みかえるちゃんよー

 いまはがぶりえるもいないんだぜー?」

「ぐんー」

「ちきゅうでのうらみはわすれてねーぞ」

「らぐなろくでちょっとめをはなしたら、むんそおうちょうほろぼしやがってよー」

「おーでぃんがげきおこだぜ」


 にらみ合う妖精たちの反対側では、ついに影がもう一方を組み敷いていた。

「クリスのお父さんとお母さん!ありがとうございます!」

「はやあああ!バカ!ばかばか!アーニャのバカあ」

「ありがてえ!ありがてえ!」


 三匹の妖精たちが鳥妖精にとびかかった。

「やきとりにしてやるぜー」

「ぐんー」

「つばさむしれー」

「不埒者どもー!」

「このこの」

「神の威光を思い知れー」

「ぐん!」

 くんずほぐれつ顔を引っかいたり、ぽかぽかたたき合う妖精たちの背後。


「これでクリスはわたしのお嫁さんだよ?」

「ふやぁ、アーニャの……おんなのこのおよめさんにされちゃったぁ」


 二人は幸せなキスをして終了。やったぜ。



森永チョコフレークが販売中止になったので、

題名を あーにゃ・ざ・だーくないと に変更するかもしれない。した。


※ムンソ家は、スカンディナヴィアの伝説的家系。オーディンの血を引くとされていた。

※アンドレ・ル・シャプラン 恋愛論

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