21*Abdicate
Abdicate――退く
私立薬師寺学院特進科校舎 大教室B
「おいGHB達、天冠とハンドル配ってこい!」
フルニトラゼパムがフリップを手に宣言する。
「えー、ひとつめのお題は『幽霊タクシー』だ。回答者はハンドルを握り、頭に天冠を付けた幽霊タクシーの運転手になって何か一言言え!オレがそれに対して『ほんとか?』って尋ねるから返答しろよー」
早速手を挙げたのはジアセチルモルヒネだった。
「お客様、親切な方なのね…」
「ほんとか?」
「お隣に座った赤っぽいベンゾジアゼピンの誰か、どっかで見たことあるわ…」
「!…誰もいねえよ!ジアゼパムはスタンバってるし!」
「ジアゼパムじゃないけど…ここにいるよ…」
「いねえよ!その人知らねえけど!」
「見てごらん…」
「いねえよ!」
「肩の横だよ…」
「いねえっつってんだよ!」
「…そうだな。ジアセチルモルヒネ、あいつはもういないぞ」
同調したのはトリアゾラムだった。
「あいつ…って誰ですか?」
「お前らは知らないだろうな。まあ、また説明する。フルニトラゼパム、続けてくれ」
そんな彼女に見守られる中、続いて手を挙げたのはフェンタニル。
「お客さんはお腹が空いているのですか。それでしたら反対側にある裏のご飯屋さんが美味しいとの情報です」
「ほんとか?つかお前飯食えねえだろ、デソモルヒネじゃあるまいし」
「うらめしやー」
「お前それどう考えても棒読みだろうが!」
続いてメチルフェニデート。
「お客様~、ただいまサービスキャンペーン実施中で、プレゼントが貰えます!」
「ほんとか?やっぱリタリンはまとも陣営だな!」
「お~ま~け~だ~ぞ~」
「…前言撤回で」
「次誰だー」
ケタミンが手を挙げる。
「んじゃあお前で」
「お~きゃ~く~さ~ま~」
「その言い方要らねえだろ!」
「お客さん、怪談なんかいかがでしょう?」
「ほんとか?つーか薬が怪談っておい」
「それが嫌なら、猥談でも…ほら私達2人って、GHBと合わせてデートレイプドラッグでしょ?」
「はーい座布団1枚没収ー」
ケタミンは、フルニトラゼパムに座布団を1枚没収されてしまった。
「嫌な幽霊…」
続いてメサドン。
「お客さん、火の玉なんか怖くないよ?」
「ほんとか?」
「うちの家計簿、火の車…」
「薬に家計簿ってなんだよ!おい!」
続いてジアセチルモルヒネ。
「お客さん…ラジオのボリュームはこれでいいかしら?」
「ほんとか?」
「音量の事は任せなさい…」
「お前にしては上手いな!おーい、こいつに座布団1枚やれ!」
ジアセチルモルヒネは座布団を1枚獲得した。 続いてはメチルフェニデート。
「お客さん、うちの幽霊タクシー、クラクションが幽霊タクシーぴったりなんですっ!」
「ほんとかー?」
「ヒュ~~~…ヒュ~~~…ホケキョ!」
けれども、それはクラクションではなく鶯の鳴き声だった。
「おいちょっと待った!なんで怪談話にそんな春っぽいんだよお前!」
次に手を挙げたのはジアセチルモルヒネ。
「お客さん、ドア閉めていいかしら?」
「ほんとかよー?」
「おひとりさまよね…?おひとりさまかしら?ずぅっとおひとり様かしら?そうよね、もうあなたの参考服薬者さんはいないものね?」
「うるさい!1枚没収!」
「隣の赤の…」
「いねえよ!知らんけど!」
続いては満を持してというべきか、アルプラゾラム。
「お客さん…お客さん、シートベルトに血痕がべっとりとついてるんすよ…」
「ほんとか!」
「結婚はいいっすよ、俺達薬には縁ないっすけど」
「はーいお前も1枚没収なー」
彼も座布団を1枚没収されたのは言うまでもない。
「おひとりさまっすねー」
続いてはフェンタニル。
「お客さん、他のタクシーは皆妖怪タクシーですが」
「ほんとか?いや薬物タクシーだろ」
「俺は要介護タクシーです」
「お前、薬の癖に要介護なのかよ」
そして最後はメチルフェニデート。
「お客さん!今、走ってるこの辺り、心霊スポットで色んなものが見えるんです!」
「ほんとか?」
メチルフェニデートは、GHB――四ヒドロキシ酪酸を呼び寄せる。
「火の玉の燃えカスです!」
「…私が教えたようなものだけど一応ぶっ飛ばされてくれる?そして座布団2枚没収でいい?」
「いや、1枚にしてやれ!」
***
そうして時間は過ぎて、あと1題を控えるまでになっていた。
「このお題で締めるとするか。最後のお題は『網をかけて何かを捕まえる』だな。GHB達、虫取り網持ってこい!」
GHB達が、虫取り網をそれぞれの回答者に渡した。
ケタミンが網を振り下ろした。
「なんだケタミン」
「役人と政治家を捕まえたら、法の網くぐって逃げたよ」
「まるでお前だな!脱法ドラッグとして扱われたお前だな!」
乱用楽物としてのケタミンは、幻覚剤として知られる。不正な密輸入および若者の間での乱用が問題となった。
ヒトがこの粉末を鼻孔吸入、もしくは経口摂取、静脈注射した場合、臨死体験などの幻覚作用があり、悪夢を見るという副作用もある。一時期は『K』『スペシャルK』などという隠語で呼ばれ、トランス系の曲を流すクラブで多く流通したこともある。だが、彼女は本来の用途が麻酔薬である故に同じ幻覚剤であるリゼルグ酸ジエチルアミドとは反対に精神状態は沈静化するので、テンションを上げたい乱用者の間では不人気であった。
そのあとメサドンがイナゴを捕まえ(本人は女子を希望していた)、アルプラゾラムが毒蜘蛛を5匹捕まえ(ただし1匹足りなかった)、ジアセチルモルヒネが珍しいバッタ(ただし偽物だった)を捕まえたりしていた。
メチルフェニデートが網を振り下ろした。
「ガチャガチャを捕まえたぞ」
「薬ってガチャガチャ回すのかよ…これ全部コンプするまで金つぎ込み続けるパターンだよな間違いなく」
フルニトラゼパムは彼の参考服薬者である梅枝凛々香がガチャポンを回しているところは何度か見たことがあった。流石に彼女は金をつぎ込み続けはしなかったようだが。
「…ガチャガチャ言うと叩っ斬るぞ!」
「主人公らしくなってきたな、リタリン!」
「フルニトラゼパムさん、それはメタ発言というものです」
アルプラゾラムが再度、網を振り下ろした。
「毒蜘蛛3匹捕まえたのでロヒプノールさんに報告するっすー!」
「おっ、どうしたソラ!」
「…結局1匹足らんチュラ~」
「おいまたか。また逃げられたのかよ。お前の網どうなってんだよ」
ケタミンが網を振り下ろした。
「水澄しを捕まえたよ」
「どうした」
「水の上に水澄し、皆浮いた存在だね」
「はい1枚没収」
ケタミンは座布団を持っていかれた。
アルプラゾラムが三度、網を振り下ろした。
「単純な虫を捕まえたっす」
「毒蜘蛛じゃないのかよ」
「脳みそが足らんチュラ~」
「お前タランチュラしか知らないのかよ!」
メサドンが網を振り下ろした。
「アゲハ蝶を捕まえたよ」
「ミイロタテハやのうて?」
「いや、コークさんは黙っててください!」
ミイロタテハ属は、中南米に産するタテハチョウ科フタオチョウ亜科に分類されるチョウの1属である。幼虫はベンゾイルメチルエクゴニンが抽出される元であるコカノキの葉を食べて育つ。
「逃げてった、そっちは女湯でしょ!…失礼したね」
「…薬って温泉入るっけ?」
フェンタニルがアルプラゾラムの頭上に網を振り下ろした。
「うわぁ!何するんすかー!」
「…この薄馬鹿下郎が」
「えぇ!いくら俺が1番乱用されてるベンゾジアゼピンだからってー!」
さらにメサドンの頭上にも振り下ろす。
「その日暮らしですね、貴方は」
「…かもね。姉さんと比べて影薄いし」
「お前が言うなメサドン。ってことで、大喜利大会はここで終わり!まあ、誰も呼び出されなくてよかったな!」
大喜利大会はここに幕を閉じた。
数分後 私立薬師寺学院特進科校舎 談話室
大喜利大会の後処理を終えた彼らは、思い思いの時間を過ごしていた。
彼――フルニトラゼパムも、その1人だった。
「トリアゾラムさん、さっきの大喜利の『赤いベンゾジアゼピン』って、あんたが知ってる薬ですか?」
「ああ。エリーだ――エリミン、本名をニメタゼパムという薬だ」
C16H13N3O3・ニメタゼパム。所持していたデバイスの色は赤。
ベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤の一種である。
かつて商品名エリミンとして大日本住友製薬から発売されていた薬で、トリアゾラムは彼女をエリーと呼んでいた。
麻薬及び向精神薬取締法の第三種向精神薬である。
「薬…?薬師寺学院にいないんですか?」
「ああ、あいつは確かに薬師寺学院、それも特進科にいた」
「――けれど、エリーはもういない」
「どういうことですか?…確かに、オレの知らない薬だ…」
「お前が知らないのも無理はないさ。お前と入れ替わるように退学しているんだから」
「退学…?何か悪いことでもしたんですか?」
「いや、そうじゃない。彼女は、日本での販売を中止されたんだ」
フルニトラゼパムと入れ替わるように退学した彼女は、元々依存性の高い薬として名高かった。
彼女は睡眠効果だけでなく、筋弛緩作用も有する。筋弛緩作用はアルプラゾラムらにも認められるが、ニメタゼパムのそれは強力で、エタノールやオピオイドに似た気持ちよさがある。また、他のベンゾジアゼピンと同じように、エタノールと併用するとさらに強い薬効を生む。
赤いパッケージである彼女の分身は『赤玉』という俗称で乱用されており、『青玉』と呼ばれるトリアゾラムと対のような扱いを受け、彼と同じように裏売買も横行されてきた。
「販売停止になると、退学になるんですね」
「ああ。もうここに置いておく理由がないのだろうな。赤のデバイスも、今は同じ色のものをデソモルヒネが使ってる――見限った、ということなのだろう」
退学した生徒は、法での指定は残るものの、校舎にいることも寮にいることもなく、普通の生徒とも封印された生徒とも異なる扱いを受ける。
例えば、デバイス。
デバイスはジアセチルモルヒネのような封印されている生徒も所持しているが、退学の場合は取り上げられる。退学した場合はデバイスが取り上げられているので、発売を再開される等のことがない限りは特進科に戻ることはおろか薬師寺学院に復学することもなく、闘衣に換装することもない。
通常は色も各人異なるが、退学した生徒が出た場合、新しく入ってきた生徒にそのデバイスと同じ色が割り振られることもある。例として、かつてのニメタゼパムのデバイスカラーである赤が、今はデソモルヒネのデバイスに割り振られている。
ニメタゼパムの他に同様の扱いを受けている薬は、同じくベンゾジアゼピン系の抗不安薬の一種であるC19H17ClN2O・プラゼパムや、中枢神経刺激薬のC18H21NO・ピプラドロール、非バルビツール酸系の初のトランキライザーであるC9H18N2O4・メプロバメートなどである。
ベゲタミンも日本精神神経学会からの要請を受けたことにより販売停止となったが、ベゲタミンはC17H19ClN2S・クロルプロマジン、C12H12N2O3・フェノバルビタール、C17H20N2S・プロメタジンの合剤なので、彼らはトリオ解散という形になったのみで退学はしていない。
「ただ…デバイスを取り上げられたまま退学せずに、どこかで眠らされている薬がいる」
「どんな薬ですか?デキストロメチルフェニデートとは無関係ですか?」
「関係ないとは言い切れないが、『あのお方』はチオペンタールと同じバルビツール酸系だ。エリー以上に古い薬だから、知らない奴も多いのだろうな…」
「その薬は今の現状を知って…」
「いるだろうな。松本先生は毎日報告しに行ってるから、メチルフェニデートの存在自体は知っているだろう。だが、『あのお方』は何よりも面白いことを好んでいるからな…」
「さて、鬼が出るか蛇が出るか…はたまた竜が出るか――」
トリアゾラムはフルニトラゼパムの前から立ち去り、談話室を出た。
*会話劇という名の茶番【妹様の部屋】
『えー、有栖川です。このコーナーははっきり言って茶番です。本編の清涼剤が目的です。司会は作者の私と、ジアセチルモルヒネです』
「それで、19話なのだけれど」
『はい何でしょう』
「貴方、バトルシーンは?」
ガーーーーーーン(効果音)
『あっはい…書いていたんだけど消えちゃって』
「それで兄さんの視点から傍観する形なのね。…何故貴方は懲りずにアクションばかり書くのよ」
『だって好きなんだもん…書けるかどうかはともかく武器とか好きだもん…えーと、このコーナーではコピペの改変をします!』
・人間じゃない
デソモルヒネ「先日兄貴は、人間にフラれて落ち込んでいた姉貴を慰めようとして『お前、人間は顔じゃないぞ』と言うところを、『お前の顔は人間じゃないぞ』と言っちまった。確かに俺達は人間じゃないけど」
・不幸の手紙
杏仁「生薬・漢方科に不幸の手紙が来た。『この手紙を同じ文章で10人に出さないとあなたは1週間後に死にます』みたいな内容。それを読んだ麻黄さんは『上等だ!かかってこい!オレ達は薬だ!』と言ってもの凄い勢いで手紙を破いた。麻黄さん、というか魔王さんすごい。まあ薬だから死なないけど」
・振り込め詐欺に遭った時の対応
1・「俺だよ俺!」に「誰だ?」の一言で2時間戦ったメチルフェニデート
2・「麻薬及び向精神薬取締法」を唱え続けたトリアゾラム
3・無言で叩き切ったフルニトラゼパム
4・電話にカトラリーの音を聞かせるデソモルヒネ
5・「俺に家族など存在しませんが?」の後、棒読みで高笑いしたフェンタニル
松本「最後2人職員室」
・それって本当?
アルプラゾラム「エタノールを普段から沢山摂取していると麻酔が効きにくくなるって聞いたんすけど、本当っすか?」
トリアゾラム 「俺は睡眠薬だからわからん」
エタノール「僕もどうだか…飲まれる側だから…」
・薬が…
トリアゾラム 「洗面所で身支度を整えてたら、オキシコドン達に『薬がどれだけカッコつけても薬でーす』『それな。お姉ちゃんマジわかってる』と言われた。オピオイドはアホばかりだな」
『ありがとうございました!次回もよろしくね!』
※この後、正真正銘のあとがき始まるよ!
***
*正真正銘の真面目なあとがき
皆様こんにちは、はじめましての方ははじめまして。「私立薬師寺学院特進科!」、略して「しりんか」をご覧いただき、ありがとうございます。「しりんか」の原作担当の有栖川優悟と申します。以後お見知り置きを。
略称の「しりんか」は、「『しり』つやくしじがくいんとくし『んか』」の前2文字と後ろ2文字を取ったものです。
・瑠璃光総合関東病院はNTT東日本関東病院、ヨコハマ市薬剤師会は横浜市薬剤師会、フィリア女子学院は頌栄女子学院中学校・高等学校をモデルにしていますが、あくまでもモデルというだけなので実在の施設・団体とは全く異なりますし、全く関係ありません。
・21話の大喜利大会については、『幽霊タクシー』は8月12日放送の、『網をかけて何かを捕まえる』は8月19日放送の笑点でのやり取りをお借りしました。
・本作は実質的に『となりの通り魔さま。』の過去編です。
『となりま』の90年前を描いた作品です。世界観は繋がってはいますが、まだ異形はいません。
『極楽小路』は、『となりま』の作中作『向かいの放火魔さま。』と同じく『小説家になりませう』で連載されているという設定の作中作ですが、こちらの作者は松田かなりあではありません。というか、となりまの舞台は本作よりも未来なので、彼女は『極楽小路』連載時にはまだ生まれてません。
さて、前回解説していなかった用語を解説します。
☆『極楽小路』
高堂が愛するライトノベル。元々実写映画化されることを前提としており、今も『小説家になりませう』で連載は続いている。
・アルプラゾラムの準参考服薬者である青葉クリスティーナは、現在放映されている実写映画版で泉奈を演じている。ちなみに、彼女の休業前の最後の作品となっている。
☆憑身
人間に取り憑いた薬のこと。薬師寺学院の生徒以外は体が不安定なため、人間に取り憑くことで体を保つ。憑身の場合は体がほぼ人間なので、普通の薬と違い鏡に映ることができる。
・『作りは人間だが、どこかに薬としての部分が存在する』形となる。
・その部分は服などを纏わない限り鏡に映ることはなく、傷口から成分が流れ出ることはあれど人間の体液が出ることもなく、温度を感じることもない。
・個人によって違い、パラモルフィンの場合は右腕、メチルモルヒネの場合は左眼。
☆ラボラトリー・コード122・『ガランサス』
ヒュギエイア機関の地下にある、研究室のひとつ。薬師用のデバイスでなければ扉を開くことはできない。
『ガランサス』はスノードロップの学名。
※用語は今後増えていく可能性がございます。
※本作の薬物に関する解説は、某インターネット百科事典から引用しているものがほとんどとなります。正確性については保証致しません。
某インターネット百科事典、及びこの作品を見ている全ての方々を始めとした私に関わる全ての方々に、この場を借りて御礼を申し上げます。
また、この作品は二次創作を歓迎しています。
18年10月18日
自宅にて
有栖川 優悟