18*Attract
Attract――引き付ける
あれから3時間後。
遂に、運命の対決が始まる。
本部側は『薬師用のデバイスを渡さず、メチルフェニデートを逃がさない』ため。
支部側は『薬師用のデバイスを奪い取り、メチルフェニデートが閉じ込められている研究室に行き彼女を逃がす』ため。
「それでは総員、闘衣に換装するように!」
「総員、了解!」
「C19H21NO3!」
「C18H21NO3…」
「C17H12Cl2N4…」
「C17H13ClN4!」
「C22H28N2O」
「C17H21NO2!」
「C12H17N2O4P!」
『ダイブ、スタート!』
それぞれのデバイスをかざせば、認証音が鳴る。
換装が、始まる。
彼らが纏う黒と己の色は、薬としての効力を最大限発揮するための装甲に等しかった。
「よし、行くぞ!」
「行きますわ!」
「…行くぞ」
「行くっすよー!」
「行きます」
「行くぞー!」
「いっくよー!」
――全ては、それぞれの目的を果たすために。
数分後 私立薬師寺学院特進科校舎 治療室 ブース
Aチーム・フランス本部側。
C19H21NO3・パラモルフィン。
オピオイドの一種である。
化学的にモルヒネと類似した構造を持っており、現身の容姿も彼に似ている。
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で処方箋医薬品及び劇薬に指定されている。
C18H21NO3・メチルモルヒネ。
デソモルヒネなどの元となったオピオイドである。
薬物としては、塩の形態の硫酸コデインもしくはリン酸コデインとして製品化されており、リン酸コデインは鎮痛剤や下痢止めとして用いられるが、コデインを還元して製造したジヒドロコデインを鎮咳薬として風邪薬に配合するのが一般的である。
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で処方箋医薬品及び劇薬に指定されている。
普段は憑身の彼らだが、換装すると自動的に現身に切り替えられる。
対してBチーム・日本支部側。
C17H12Cl2N4・『蒼海の導師』トリアゾラム。デバイスの色は紺色。
ベンゾジアゼピン系の超短期作用型睡眠導入剤である。
普段は特進科の治療におけるリーダーを務めている。
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で処方箋医薬品及び習慣性医薬品に、麻薬及び向精神薬取締法で第三種向精神薬に指定されている。
C17H13ClN4・『荒神の操り手』アルプラゾラム。上位会議の4番目で、デバイスの色は空色。
ベンゾジアゼピン系の短期間作用型抗不安薬及び筋弛緩薬の一種である。
日本では心身症における身体症状と不安・緊張・抑うつ・睡眠障害に適応している。米国で最も処方され、かつ最も乱用されているベンゾジアゼピンである。
麻薬及び向精神薬取締法で第三種向精神薬に指定されている。
C22H28N2O・『百発百中の殺戮兵器』フェンタニル。上位会議の5番目で、デバイスの色は緑。
主に麻酔や鎮痛、疼痛緩和の目的で利用される合成オピオイドで、がん疼痛治療法の第3段階で用いられる強オピオイドである。
乱用薬物としても流通していて、通称はチャイナホワイト。その効果から「ジアセチルモルヒネのデザイナードラッグ」とも評されるが、彼自身はその扱いを嫌がっている。
麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。
C17H21NO2・『生身を喰いつくす薬物』デソモルヒネ。デバイスの色は赤。
オピオイド系の合成麻薬であり、ロシュ社が開発した鎮痛剤の一種である。
非常に強力な鎮痛及び鎮静作用をもつ薬物であり、それはモルヒネの8倍から10倍とされる。
麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。
C12H17N2O4P・『狂幻少年』シロシビン。デバイスの色は黄緑。
マジックマッシュルームと一般に称されるキノコに含有される成分で、幻覚剤に分類される、インドールアルカロイドの一種である。
セロトニンやリゼルグ酸ジエチルアミドと似た化学構造を持ち、作用も似ている。
麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。
「もう一度おさらいするわね。実況などは、私と舩田先生がやる。条件は、相手チーム全員の現身を破壊すること。この2点となるわ」
「それ以外は何でもあり、ってことだ!」
「それでは――戦闘開始!」
***
同時刻 私立薬師寺学院特進科校舎 治療室 ブース外
ゲートの外には、既に数名の薬が駆けつけていた。
「えっ…俺の知人ばっかじゃねえか!」
C17H19NO3・モルヒネ。特進科の生徒会長かつ上位会議の6番目で、デバイスの色はエメラルドグリーン。
メチルモルヒネ、パラモルフィンとはそれぞれ関係があり、特にメチルモルヒネは代謝産物の約一割が彼となる。
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で処方箋医薬品及び毒薬に、麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。
「なになに?あの2人もいるって?」
C18H21NO4・オキシコドン。上位会議の3番目で、デバイスの色はピンクパープル。
オピオイド系の鎮痛剤の一つで、パラモルフィンから合成される半合成麻薬であり、ジアセチルモルヒネやコーク――ベンゾイルメチルエクゴニンに次ぐ権威でもある。
モルヒネやフェンタニルと並んでがん性疼痛治療第3段階に用いられる強オピオイドであり、現身、分身共に攻撃を受けたらその部分がゲル状になる。
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で劇薬に、麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。
「そうそう!マジやばくない?」
C18H21NO3・ヒドロコドン。上位会議の9番目で、デバイスの色はフクシャピンク。
オピオイド系の鎮痛剤の一つで、メチルモルヒネから合成される半合成麻薬であり、ケシから抽出されるアルカロイドの一つである。
麻薬性鎮痛薬として、中等~重度の疼痛軽減のために経口投与されるほか、鎮咳剤として一般的には液剤として経口投与される。薬効は姉のオキシコドンよりは弱いが、それでも薬の中では強い方である。
麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。
「結局、私達がどうにかせねばならんのだろうな…」
C16H25NO2・トラマドール。デバイスの色は深緑。
オピオイド系の鎮痛剤の一つで、がん性疼痛治療第2段階目で用いられる弱オピオイドである。
彼には2つの作用機序があり、μオピオイド受容体の部分的なアゴニストとしての作用と、セロトニン・ノルアドレナリンの再取り込み阻害作用とを併せ持つ。
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で劇薬に指定されている。
「まあまあ、ここは見守ってよう?」
C19H21NO4・ナロキソン。デバイスの色はストロベリーピンク。
オピオイド拮抗薬の一つである。
彼女をオピオイドの過剰摂取などで呼吸抑制作用によって呼吸困難を起こしている場合に静脈注射することで、オピオイドの作用と拮抗して呼吸を回復させることができる。
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で処方箋医薬品及び劇薬に指定されている。
「はぁ、俺の仕事増えないといいけど」
C16H13ClN2O・ジアゼパム。上位会議の10番目で、デバイスの色は朱色。
ベンゾジアゼピン系の化合物であり、主に抗不安薬、抗けいれん薬、催眠鎮静薬として用いられるが筋弛緩作用も有する。アルコールの離脱や、ベンゾジアゼピン離脱症候群の管理にも用いられる。
広く用いられる標準的なベンゾジアゼピン系の一つで、世界保健機関による必須医薬品の一覧に加えられている。
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で処方箋医薬品に、麻薬及び向精神薬取締法で第三種向精神薬に指定されている。
「ってか、皆攻撃のスピード速くなってない?…ま、私も負けないけどね!」
C17H15ClN4S・エチゾラム。デバイスの色はチェリーレッド。
チエノトリアゾロジアゼピン系に属する抗不安薬、睡眠導入剤であり、ベンゾジアゼピン系と同様の作用を持つ。
他のベンゾジアゼピン系の薬剤を含めても、日本の乱用症例において3位がエチゾラムである。彼女はジアゼパムに比べて強い力価を持つ。光に対して不安定であり、光に当たると徐々に分解する為、現身での外出時は日傘を差している。
麻薬及び向精神薬取締法で第三種向精神薬に指定されている。
「僕もあそこに並び立てたら最高だろうに…」
C2H5OH・エタノール。デバイスの色は水色。
第一級アルコールに分類されるアルコール類の一種である。
分身としては、日本酒、ブランデー、ワイン、ウォッカなど色々な姿で売られている。現身の場合は自分を構成する薬効成分を飲むことで『酔った』状態になり、力を引き出すことが出来るが性格も変わる。
消防法で危険物第4類、航空法で引火性液体に指定されており、入門薬物、すなわち特進科見習いとして扱われている。
「えっ…戦ってるところ久しぶりに見たけど、やっぱりかっこいい…」
「なんか高ぶってきちゃった〜♪」
C10H14N2・ニコチンとC15H21NO2・ペチジンもまた、そこで成り行きを見守っていた。
「あっ、2人ともー!」
そんな2人が気になったのか、C21H20Cl2N6O3・リルマザホンが駆けつけてきた。
「リルちゃん!なんかね、フランス本部だか何だかの薬と、あたしらの仲間達が戦ってんの!」
「へえ!」
ガラスの向こうを覗き込み、とある人影を見つける彼女。
「あ!ハルシオンさん!」
リルマザホンはハルシオン――トリアゾラムと同じベンゾジアゼピン系である。
ベンゾジアゼピン系の中でリーダー的な役割を果たすトリアゾラムを、彼女は心から頼りにしており、また惹かれていた。
「ねー、ハルシオンさんホント王子様だわ…」
ニコチンもまた、トリアゾラムに惹かれている。
「だよねー!ハルシオンさんもうかっこいいったら…私達と同じ薬とは思えないよー」
「2人ともそういうタイプが好きなんだね〜。あたしはもっと面白い子が好きかな?」
「…ペチジンさん、どう言う奴だそれは」
いつの間にかペチジンの後ろにいたのはC11H17N2NaO2S・チオペンタール。
「まさか俺じゃないだろうな?」
「そーだね〜、あの5人だとシロシビンかな!」
「なるほど、あいつとあんたは凄く気が合いそうだな」
「確かにそんな気がするわね…」
「…よかった…俺は狂ってない…」
「まあ、ロヒプノールよりかはマシだよね」
遠くから見ていたC13H16ClNO・ケタミンが、チオペンタールを牽制する。
「ケタミン…!」
「えっ、ロヒプノール君ってまともな子じゃないの?」
「リスミー、ロヒプノールは駄目。あいつは薬として人をボロボロにする楽しさがわかってない。ちょっと前まではわかるような子だったのにね」
「そうそう。私達のところにデートレイプドラッグとして戻ってくればいいのに」
C4H8O3・四ヒドロキシ酪酸。
彼女もまた、ロヒプノール――フルニトラゼパムの『デートレイプドラッグ』復帰を望んでいる。
「そう思うでしょう?テトラさんも」
「あー…俺はお兄がいればそれでいいかな」
C21H30O2・テトラヒドロカンナビノール。
メサドンだけを「お兄」と慕う彼にとって、フルニトラゼパムは特にどうでもいいようだ。
「私は?」
「ケタミンさんはただ派閥を組んでいるだけですからね」
「…そう。残念…まあ、私もメサドンのことは気にかけてるけど…それよりロヒプノールを引きずり戻したいかな」
「うーん…ロヒプノール君のこと詳しいの?」
リルマザホンは、彼のことをケタミンや四ヒドロキシ酪酸程は知らない。
同い年で同系統かつ、双方の性格もあってそれなりに仲は良いが、フルニトラゼパムが自分を嫌っているせいかあまり聞き出せずにいる。
「そうだね、幼馴染の腐れ縁かな。昔は気が合っていたんだけどね…成分を改変されたとかなんかで、今はああいう人助け至上主義になっちゃってる」
「そうなんだ…ちなみに昔は強かったのね?」
「うん、昔も今も強いよ。上位会議にすら入ってないのに、入ってるジアゼパムよりも強い」
彼は他の多くのベンゾジアゼピン系薬剤と同様に、鎮静・抗不安・抗けいれんおよび筋弛緩作用を有するが、鎮静作用――特に入眠・催眠作用に限ってはベンゾジアゼピン系に分類されるものの中では高力価とされる。
「どれだけ?」
「治療範囲での投与量で、っていう前提なら…単純な薬効は俺の10倍くらい強いんじゃないか?」
先程まで眺めていたジアゼパムが、リルマザホンに答えを返す。
「ジアゼパム君よりも強い…!」
「ああ。だからあいつの投与量は俺の10分の1だ」
「お前の10倍だと…どれ程強いんだあいつは…!」
「彼はクロスボウを武器として使っているけど、どんな武器でも当たらなければどうってことはないでしょう?それを正確に当てるもんだから侮れないのよね…」
「だよね。弓を引いて当てる時の集中してる彼には私も多分負けると思うな」
「お前らが負けるだと…?」
「まあね。さらにあいつって結構即効性でしょ?経口投与だと薬効が発現するまで20分で、1時間もすれば血中濃度が最高に達する。効果も他のベンゾジアゼピン系睡眠薬より長続きするってチートじゃない?」
「えっ…私達よりも強くて、しかも長続きするんだ…!」
「まあな。抗不安作用も強いけど、抗けいれん作用や筋弛緩作用は俺と同じかそれ以下だな!」
「そうなんだ〜!いつか戦ってみたいな〜!」
「ペチジンさん、あんたは相変わらずだな。…それよりもお前ら、戦況を見ろ」
チオペンタールの言葉を受け、彼らは再びガラスの向こうに視線を移した。