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17*Archer

Archer――射手


私立薬師寺学院特進科校舎 A教室


「あの子達、本部の薬と戦うみたいね」

「なあ…何で薬同士が戦わなきゃならねえんだ?」


 C21H23NO5・ジアセチルモルヒネと、C16H12FN3O3・フルニトラゼパム。

 彼ら2人は本部の薬とアルプラゾラム達が戦うことは知っているが、理由などは直接は知らされていない。


「わからないわ。目的が違うからじゃないのかしら?」

「目的…か。あいつら何を目的にしてるんだ?またお前が関係してんのか?」

「リタリンを取り戻すだか何だか言ってるみたいよ」

「それは別に止めなくてもいい目的だとは思うけどさ――何も戦う必要ないんじゃねえか?」

「あの子達が決めることよ。貴方が関係することじゃないわ」

「そうだけどさ…オレ達は薬同士戦うために生まれて来たってのか?…薬ってのは、人間の治療を助けるために生み出された存在なんじゃねえのか?」

 フルニトラゼパムは、ある時から『この目的』を掲げている。他の薬と衝突することはあれど戦うことを良しとせず、彼は彼なりの正義で人間そして薬に向き合っている。

「そう…フルニトラゼパム、どうして貴方は人間を助けることにこだわるの?」

 ジアセチルモルヒネには、どうもそういう感情が理解できないようだった。彼女にとって人間は、ただの弄ぶだけの存在だった。

「あー…それ、話さなきゃいけねえかな。まあ、オレの過去知ってんのケタミンとGHBだけだろうし、話しとくか」


 ――『彼』は1970年代前半にスイスのロシュ社が開発し、1975年にヨーロッパで販売を開始された薬だった。


 ***


2年前 アメリカ


「なー、名前は?」

 フルニトラゼパムは、擬態した上でストリート系の少年達に紛れ込んでいた。


 彼は比較的高い確率で健忘を引き起こすことがあるため、アメリカ、イギリスなどでデートレイプドラッグとして利用された。被害者が健忘によって、薬を飲まされた間やその前後に起こった出来事を覚えていないことが多く、加害者が特定されにくかったためである。

 そのため少年達に対しては分身わかちみとして存在していたが、彼らの見ていないところでは現身うつしみとして顕現けんげんすることもあった。

「名前?――そんなものねえよ」

 C16H12FN3O3、フルニトラゼパムという薬としての名前をそのまま名乗るわけにもいかず、特段しっくりくるような名前も思い浮かばなかったため、とりあえず名前は『ない』ものとした。

「親はいないのか?」

「いねえよ、そんなん」

 天涯孤独、と言われれば響きがいいのかもしれない。

 人間に擬態してはいるが、彼とて薬だ。薬には開発者はいれど、親はいない。元々人間ではないどころか生物ですらないのだから、血縁などあるはずがない。

「捨てられた、とか?」

「いや、産んだあとすぐにいなくなったのかもな」

「だったらここまでどうやって…」


「あー…あれだ。こういうとこ、転々としてた」

 ――もちろん嘘だ。

 フルニトラゼパムは分身に――錠剤としての『彼』に意思として存在していた。だが、それをそのまま話せば怪しまれるだろうということは、聡い彼ならとっくに理解している。

「そっか。なんか仲間になれそうだ!」

「なんだそれ!」

「あ、そうだ。名前つけてやろうなー!」

「名前というか、あだ名?俺達はあだ名で呼びあってるしな」

 そういえば、彼らはあだ名で呼びあっているようだった。


「『ナタラ』とかどうだ?」


「ナタラ…?よくわかんねえけど、かっけえじゃん、それ」

「本当はナタラージャっていうんだけど、まあ…とある神様の名前だよ。ペットとか飼うなら絶対に付けたいって思ってたんだ」

『ナタラージャ』とは、踊りの王という形で表現されるときのシヴァ神の別名である。

 名付け主の少年はヒンドゥー教の神の名を調べていたところ、ナタラージャという名前に惹かれて、どこかでつけようと思っていたらしい。

「そっか、ありがとな!オレはナタラだ!」


 ***


 ナタラという名で振舞っているうち、彼は仲間に出会った。


「貴方も…薬よね?」

 2人の少女――に擬態した薬が、姿を現した。

「そうだけど、えーと…誰だよお前ら」

「C4H8O3・‬四ヒドロキシ酪酸よ。GHBとでも呼んで」

 どこか妖艶ようえんな雰囲気を持つ‬彼女はヒドロキシ酸という化学物質の一種で、フィリピンを始めとした多くの地域で出回っている幻覚剤である。

 分身は粉状だったり、錠剤になっていたりもするが、液状の場合は無色透明である。味もほんの少し塩気があるだけだ。

「C13H16ClNO・ケタミン‬だよ。君は?」

 クールな雰囲気の彼女はアリルシクロヘキシルアミン系の解離性麻酔薬で、彼女も幻覚剤である。

 分身は常温常圧においては固体で、白い粉末状をしている。水やエタノールに解けやすく、また、無水酢酸やジエチルエーテルには殆ど溶けない。

 「あー…オレは‬C16H12FN3O3・フルニトラゼパムだ。‬人間の前ではナタラって名乗ってる」

「そう。…フルニトラゼパムさん、ね。…見るからに年上だったから」

「そっかー。ケタミンは?」

「君と同い年くらいじゃない?15歳だけどね」

「オレも、ケタミンと同じくらいだ」

 そうやって時には少年達に薬として手を貸しつつ、普通の日々を過ごしていた。


 ――はずだった。


半年後 私立薬師寺学院 神経科教室


「では、今年後期の転級を発表します」

 今年もこの時期が来たか、と痛感する。

 ――オレが呼ばれねえといいんだけど。


「――C16H12FN3O3、フルニトラゼパム。以上の生徒はその優秀な成績が認められたため、今日付けで特進科へ転級することになりました。ちなみにフルニトラゼパムは第2種向精神薬のため、寮は向精神薬棟の2階となります」


 ――呼ばれてしまった。

 ――自分は呼ばれないといいのに、と願っていた矢先に。


 ――ああ、もう。

 ――なんなんだよ。


「では玄関前でデバイスを持って待っている生徒がいるので、その生徒から受け取ってくださいね」


 ――行くしかねえんだな。


 そう思った彼は立ち上がって、特進科校舎へと足を進める。


数分後 私立薬師寺学院特進科


 受け取った濃い橙色のデバイスで、特進科への扉を開ける。


「初めまして、松本まつもとよ。どうしてここに呼ばれたかわかるかしら?」

 特進科担任・松本は問う。

「端的に言うとね――貴方達は国に指定されたの」


 それはある意味で当然と言えるものだった。

 フルニトラゼパムは利用されたとはいえ、デートレイプに関わる形で様々な人間を手にかけてしまっていたのだから。


「フルニトラゼパムは、こちらに来なさい」

 松本は、彼を研究室に呼び出した。


 それは彼の内部に青色色素を混和するためだった。

 アメリカでの彼の分身は、飲料に混入しても無味無臭であったことから、錠剤を緑色の長方形にし、液体を青く染めるように改良した。今年になって、日本でも通知を出されたのだ。

 製薬企業は10月出荷分から彼の分身の内部に青色色素を混和し、粉砕または溶解させると青色の色素が拡散するよう変更を行なっている。ここ私立薬師寺学院でも例外はない。

 何故ならば、現身と全ての分身は繋がっているのだから。


 成分が変更されたと同時に、彼の内側で何かが弾けた。


 ――それは彼の正義であり、言い換えれば自罰であった。

 薬は人間を助けるために開発された以上、その目的を果たす存在でいなければならないのだと。


 ***


「つーわけだ。だから、薬同士で戦おうとする奴らには賛成できないってことだ」

「否定はしない、と言うことね?」

「そりゃ目的によっては否定しねえけど、オレはそういうのには積極的に乗らねえからな、ってこった。…で、リタリンを取り戻すって…」


 メチルフェニデートは、人間に連れて行かれ研究室内に入れられていた。


「人間も、あの子を利用したいみたいね」

「ったくお前らはともかく人間までもか…どんだけだよあいつ…!」


 ――さて、リタリンを助けに行くか。


 フルニトラゼパムは立ち上がり、メチルフェニデートの行き先を訪ねに行った。

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