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16*Atomoxetine

Atomoxetine――アトモキセチン


▼C14H19NO2

「…ここを使いましょう」


 私がゆっくりと降ろされた先は研究室らしきところだった。

 ――どこだここは?


「私ってばあまりこの建物を知らないんですけど、なんて名前ですっけ」

「ラボラトリー・コード122・『ガランサス』よ」

「『ガランサス』って、どういう意味でしたっけ」

「花の名前よ。スノードロップという花の学名なの」


 どうやらこの部屋は『ガランサス』という名前の研究室らしい。

 この学校自体が学校の名を借りた研究施設とのことだが、詳細は私には全くわからない。

 いや、わからないように伏せられているのだ。


ゆい、メチルフェニデートに聞きたいことがあるのなら聞いてしまいなさい。そのデータをヨコハマ市薬剤師会に持っていくもよし、自分で保管するもよし。ただし、私の分はプリントアウトしておくこと」

 松本まつもと先生と高堂たかどうさんは、靴を鳴らして出ていった。


 どうやら地下にあるらしいこの部屋は、やけに音がよく響く。


 ***


「コンサータ…」

「ああ…久しぶりだな、ストラテラ」


 透き通った髪をした少年はC17H21NO・アトモキセチン。商品名『ストラテラ』。

 神経科の生徒で、ノルアドレナリン再取り込み阻害薬の一種である。

 日本では『コンサータ』としてのメチルフェニデートと同じく、注意欠陥多動性障害に適応している。

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律における劇薬である。


「何しに来たの?」

「私は連れて来られたんだ。好きでここにいるのではない」

「そう…ま、ボクには関係ないかー…」

「ああ。お前はなぜここにいる?」

「ボクはね…」


 彼もまた、別の薬師くすりしに連れて来られていた。

 全ての医薬品の中で2番目に自殺未遂の報告が多かったのだ。


「…ボクも、連れて来られてるんだ。ところで、そこの金髪のお姉さんは誰?」

「あの人も薬師らしい」

「そう…特進科ってどんなところ?」


 彼は麻薬及び向精神薬取締法では指定されておらず、非刺激薬とされ乱用性もないため、特進科の生徒ではないどころか、準ずる存在ですらない。調査されることになってこの場に連れ込まれたのが、特進科と初めて接触した瞬間でもあった。

 その為、特進科についての知識は全くといっていい程無い。


「そんなに楽しくないぞ。誰かが特進科になったことを喜ぶ奴の気が知れないな」

「ああ、ラメルテオンさんのこと?」


 C16H21NO2・ラメルテオン。商品名『ロゼレム』。

 メラトニン受容体に作用するメラトニン受容体アゴニストの一種であり、メチルフェニデートの親友でもあった。

 体内ではメラトニンがこの受容体に結合することで入眠のリズムを司っており、彼女はその作用を模倣している。

 彼女は、メチルフェニデートが特進科に入ることを喜んでいた。


「あいつも…そうだったな」

「あの子、君がいなくなってて寂しがってたよ」

「そうか。…あいつらに言っておけ、『特進科はそんなにいいところではない』とな」

「うん…言っておくね」


数分後 私立薬師寺学院特進科校舎 B教室


「松本先生。こちらを見てもらってもいいっすか?」

「何をするというの?」

「――秘密、っす」

 じっ…と松本の目を見て、その視覚情報を読み取る。


 ――リタリンさんは地下のラボラトリー・コード122・『ガランサス』というところにいるらしい。

 ――恐らく、入室にはデバイスが必要になるだろう。

 ――さて、俺のデバイスで扉を開けられるのか?


 ――どうやら薬師用のデバイスでなければ開かないようだ。

 ――でも、どうやって?


 ――薬師から奪うしかなさそうだ。

 ――この場にいる薬師は、さっき戻ってきた松本先生と高堂さんだ。

 ――でも、松本先生には俺の能力は見抜かれてる。

 ――高堂さんに狙いを定めるしか。


 アルプラゾラムは、高堂の手首を掴んで強く引き――一瞬にして、()()()()を感じ取ってしまった。


 ――もしかして、この人は薬師じゃないのだろうか?

 ――デバイスを奪う前に、これは確かめておいたほうがいいだろう。

 ――いずれ戦わなければいけなくなるかもしれないのだから。


「えーと、高堂さん。薬についての知識が人一倍あるんすよね、貴方は」

「まあね…?」

「一発で薬剤師試験に合格したのも、そこから22歳で麻薬取扱者の資格を取れたのも、貴方が薬のことをよく知っていたからっすよね」

「いや、そうだけど。あんたってば、それがどうしたって言うの?」


「――貴方自身が、他でもない薬だからじゃないんすか」


 どうやらアルプラゾラムの読みは当たったようだ。


「あんたってば鋭いね…私ってば上手く人間に紛れられたと思ったんだけどね…」

「結…貴方、薬だったの?私は見たことがないのだけれど」

「ああそうだよ、私は――」


 高堂は纏っていたカーディガンを脱ぎ捨て――チップが埋め込まれた腕を露出させた。


「俺はC19H21NO3・パラモルフィンだ」


 パラモルフィン・別名テバイン。

 オピオイド系アルカロイドの一種で、アヘンの少量成分である。化学的にモルヒネと類似した構造を持つ。抑制作用よりも興奮作用のほうが強く、多量に摂取するとストリキニーネと同様のけいれん作用をもたらす。

 彼がそのまま治療用に使われることはないが、工業的には医薬品原料として利用され、オキシコドンやナロキソンなどが製造される。

『高堂結』というのは彼が取り憑いた人間の名前であり、人間としての戸籍は彼女のものをそのまま使用している。元々薬に身体的な性別がないこともあり、違和感なく過ごしている。


「――その通りでしてよ」

 コツン、と靴の音が鳴った…と思いきや、もう1人の女性が教室のドアを開けていた。

「メチルモルヒネ…!」


「あらあら松本先生。この姿の時はコーデリアと呼んでくださいな――皆様は初めまして。C18H21NO3・メチルモルヒネと申しますわ」


 メチルモルヒネ・別名コデイン。

 鎮痛、鎮咳、および下痢止めの作用のある、μ受容体アゴニストのオピオイドである。

 塩の形態の硫酸コデインもしくはリン酸コデインとして製品化されている。リン酸コデインは鎮痛剤や下痢止めとして用いられるが、コデインを還元して製造したジヒドロコデインを鎮咳薬として風邪薬に配合するのが一般的である。プロドラッグであり、代謝産物の約一割がモルヒネとなる。


 普段は『篠塚しのづか・グレース・コーデリア』として、田口みぞれと同じ薬科大学の教授をしている。彼女もまた人間に取り憑いた薬――憑身つきみではあるが、コーデリアという名は自身の別名『コデイン』を捩って彼女自身がつけた名で、取り憑かれた側の元の名前は『篠塚風花』である。

 パラモルフィンとメチルモルヒネは、ヒュギエイア機関フランス本部で研究されていた薬だった。松本が彼らの正体を知らなかったのは、この経緯によるものである。


 メチルモルヒネが眼帯を外しながら問う。


「ねえ…どうして見抜いたんですの?あの子は鏡にも映りますのに…ああ、服を着ていたから、ですわね」


 薬の現身は人に見られることはあれど鏡には映らないが、憑身の場合は体がほぼ人間なので、鏡に映ることができる。ただし、現身の場合は『元から人間と作りが違う』が、憑身の場合は『作りは人間だが、どこかに薬としての部分が存在する』形となる。

 その部分は服などを纏わない限り鏡に映ることはなく、傷口から成分が流れ出ることはあれど人間の体液が出ることもなく、温度を感じることもない。個人によって違うそれはパラモルフィンの場合は右腕、メチルモルヒネの場合は左眼だった。

 アルプラゾラムがパラモルフィンの正体を見抜いたのは、掴んだ右腕に神経が通っていなかったからだった。


「…で、アルプラゾラムだっけ。何が目的だ?」

「単刀直入に言うっす。――デバイスをください」

「デバイスな…薬師用デバイスだよな?で、それを何に使おうとしてるんだ?」

「リタリンさんを取り返しに行くんすよ」


 隠したところで奪えるはずもないと悟ったアルプラゾラムは、そのまま率直に理由を述べた。


無色カラーレスを?…お前ってば何言ってんだよ。あいつはうちの研究材料だってば。――そう易々と渡してやるかよ」

「あらあら…条件をつけたらどうですの?」

「へえ…条件、ね。うーん…ここの薬の誰かが、俺らに勝てたらかな」


 薬師寺学院を――日本支部を含めたヒュギエイア機関の治療室は、患者がいないときは訓練や模擬戦闘に使うことができる。おそらくそれを知った上での条件提示だろう。


「複数形ということは、わたくしも含みますの?」

「含まれてる、って言ったらどうすんだよ?」

「わたくしは別にカラーレスとやらには興味ありませんけど…まあ、こうやって表に出るのも久しぶりですし…わたくしも加わらせていただきますわ」


 メチルモルヒネも、パラモルフィンの提案に乗った。


「それはいいっすね。…でも、貴方達のデバイスは?」

「ありませんわ。わたくしたちはデバイスではなく、体に埋め込まれた薬の成分チップを介して換装するのですから」

「じゃあ、治療室に入れるんすかね?」

「その場合はあらかじめ換装しておくのですわ」


「松本先生、いいっすか?」

「ええ、いいわ。駆けつけたら駆けつけたで、覚醒を誘発できるかもしれないから。――けれど、私から条件をつけさせていただくわ」

 その条件とは、こういうものだった。


・戦うメンバーは、以下の通り。

 Aチーム・パラモルフィン、メチルモルヒネ。

 Bチーム・アルプラゾラム、フェンタニル、デソモルヒネ、シロシビン、トリアゾラム。

・実況などは、松本と舩田ふなだがやる。

・条件は、相手チーム全員の現身もしくは憑身を破壊すること。

・時間は3時間後とする。


「…これでいいわね?」

「大丈夫だ!」

「ええ、問題ありませんわ」


「いいっすよー」

「こちらも、問題ありません」

「デソモルヒネ以下3名については、今から私が伝達してくるわ。では…3時間後、治療室に集合とします。解散!」

 松本は、B教室を出ていった。

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