銭湯の魅力
花梨と話を終えた冒険者の女性二人セシルとローラは、仲間たちのところに戻り仕入れた情報を伝えていた。
「おう、無事に情報が手に入ったようだな。それにずいぶんとご機嫌じゃねえか。そんなにいいもんだったのか、これ?」
剣を腰に差した体格のいい男バーナードは銭湯を指差し首を傾げた。
店のようにも見える変わった建物だが、人は誰もおらずそんなに人気があるようには見えなかったのだ。
「もちろんよ!これって誰でも使える銭湯っていうお風呂らしいわ。せっかくだし行ってみましょうよ!」
「風呂だと?それってもの好きの貴族が使ってるっていうあれか?そんなもんのどこがいいんだよ。」
この大きな建物が風呂だということに困惑するバーナード。
しかしそれ以上に風呂に食いついている興奮した様子の二人にも戸惑う。
どこにそんなに興奮する要素があるのか分からなかった。
それはバーナードだけでなく、他の3人の男性陣も同じだった。
「私たちもよくは分からないんだけど、とにかく髪がサラサラになるらしいのよ!これは絶対に行くしかないわ!」
「はあ?髪がサラサラに?それがどうしたんだよ。」
鼻息を荒くして目を輝かせるセシルにバーナードはあきれたような視線を向ける。
バーナードは男なのでサラサラの髪に興味が惹かれることはなかった。
そもそも風呂でサラサラの髪になると聞いたこともない。
もしそうなれば貴族の女たちが放っておかないだろう。
「はあ。まったくあんたは女心がちっとも分かってないわね。そんなんじゃもてないわよ。」
「ふん!余計なお世話だ!」
「まあまあ、落ち着いてください二人とも。しかしセシルが必至になるのも無理はありません。教えてくれたあの女の子は驚くほど髪がサラサラでしたから。それに凄くいい匂いがしましたし。」
「そうなのよ!もうびっくりしちゃったわ!それにこっちにきてから思ったんだけど、この国ってどこも清潔だしいい匂いがするのよね。よく見ればこの国の人たちもみんな髪が綺麗で汗のにおいがしなくていい匂いだし。これは絶対あの銭湯に秘密があると思うのよね。」
「け、けどよ・・・」
「私もそう思います。それにあの子がいうには銭湯はこの国では一般的のようですし。せっかく異国に来たのですからこの国の文化を学ぶ必要があると思います。しばらくこちらで活動する予定でしたよね?」
「あ、ああ。」
「なら、銭湯に行ってみましょう。」
ローラは有無を言わせぬ笑顔でにこりと微笑んだ。
女性二人の勢いに男性陣は抵抗できずに銭湯へと行くことになったのだった。
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「いらっしゃいませ!アルカイドの銭湯へようこそ!」
冒険者たちが銭湯へ入ると人魚族の女性が出迎えた。
もちろんこの女性も美女である。
「みなさんは銭湯のご利用は初めてでしょうか?」
「お、おう。」
美女に笑顔で微笑まれた男性陣はたじたじになる。
例えそれが営業スマイルであっても、女気のない彼らにとって至福の出来事であった。
この笑顔が見られるならここに通ってもいいなと思ってしまうくらいには。
「初めてのご利用でしたら銭湯についてご説明させていただきますがいかがなさいますか?」
「はーい!よろしくお願いします!」
「分かりました。ではみなさんは銭湯がなにかご存知ですか?」
「えっと、公衆のお風呂なんですよね?」
ローラの答えに人魚族の美女は微笑みながら頷いた。
「はい、その通りです。とても広いお風呂なんですよ。ポラリス王国の町全てに銭湯はありますが、ここの銭湯は綺麗な海を一望できるのが自慢なんですよ。それぞれ町によって内装や受けられるサービスが違ったりしますから、もし銭湯が気に入ったならそれぞれの町の銭湯を巡る旅をしてみるのもいいかもしれませんね。」
銭湯で働いている人はみんなお風呂を気に入って働いているので、この女性もいつか銭湯を巡る旅をしてみたいと思っているのだった。
「それでは利用方法をご説明しますね。まず右側が女湯、左側が男湯になっています。靴を脱いで上がってもらうと脱衣場がありますのでそこで服を脱いでください。服や荷物は鍵付きの棚がありますので盗まれる心配はありません。しかし大きなものは入りませんので、その場合はこちらの方で預かることも可能です。ですが紛失の際は責任を負うことはできませんので、できるだけ貴重品は持ち込まないようにお願いします。ここまではよろしいでしょうか?」
冒険者たちがふむふむと頷いているのを見て説明を続ける。
「服を全て脱ぎましたらお風呂に入る前に必ず体を先に洗ってもらうことになります。お風呂場に入ったらすぐにシャワー付きの体を洗う場所がありますのでそこで頭と体を洗って下さい。頭はシャンプー、体はボディーソープで洗って下さいね。洗い場に備え付けてありますのでボタンを一回押してもらうと適量の液体が出てくる仕組みになっています。最後は髪をケアするためのリンスをつけるのがオススメですよ。」
「そ、それって髪がさらさらになるんですか!?」
身をのり出して詰め寄るセシルに驚いたように答える。
「え、ええ。よくご存知ですね。」
「ここにくる途中で女の子に教えてもらったんですよ。それで早速入ってもいいですか?」
待ちきれない様子に人魚族の美女は少し嬉しそうに頷いた。
「もちろんです。どうぞゆっくりお風呂を楽しんでくださいね。」
そして冒険者たちは料金を払い男湯と女湯にそれぞれ入っていったのだった。
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~女湯サイド~
「おー!なんかむしむしする!」
更衣室に入ったとたん感じる湿気にセシルは目を丸くした。
二人以外には誰もいないようだった。
「たしかにすごい熱気ですね。お湯があるから当然なんでしょうが。」
「それもそうか。えーと、ここで服を脱げばいいのよね?」
「そのようです。鍵がついているというのは盗まれる心配もなくてありがたいですね。」
二人は服を全て脱ぎロッカーに荷物を入れて鍵をした。
そしていよいよお風呂場に足を踏み入れる。
「わっ!」
「ふわっ!」
扉を開けたとたん今まで感じたことのない熱気と湯気が二人を包んだ。
「すごい!なにこれ!」
「これはすごいですね。セシル、こちらで体を洗うようですよ。」
洗い場は日本の温泉のように洗い場が仕切られていた。
もちろんシャワーつき。
「えっとたしかここに座って、って冷た!」
「えーと、ここを捻るとお湯が出るんでしたよね?・・・わ!本当に出ました!温たかい。」
二人は人魚族の美女に教えてもらったことを思い出しながら二人は体を洗い始めた。
「すごいわねこれ!お湯の温度の調節ができるみたいよ!」
「あー、お湯をかけるだけでこんなに気持ちいいなんて。」
頭にまんべんなくお湯をかけると早速シャンプーを手に取り頭につけてごしごしと洗う。
最初はなかなか泡立たなかったが次第に泡が多くなってくると二人ははしゃぎ始める。
「これって液体だけど髪用の石鹸みたいなものなのね。石鹸って凄く高いはずなのに贅沢だわ!」
「これは絶対に高級の石鹸です!こんなに泡立っていい匂いがするなんて!」
シャンプーなどはもちろん花梨が本を見ながらポラリス王国で開発したもので、この世界のものより品質がいいのは当然のことだった。
大量生産をしているのでポラリス王国では高級品ではないのだが。
「ふわ~。なんかすっきりして気持ちがいい。今まではあんまり分からなかったけど私たち結構汚れていたんだね。泡がちょっと黒々なっててびっくりしたよ。」
「そうですね。なんだかいい匂いもしますし。このリンスをつけてからなんだか髪がスベスベしています。」
二人は感想を言い合いながら風呂へと向かう。
異世界には汚れた人たちが多いためそのままお湯につかってしまわないように洗い場と仕切られている。
そのためまだ彼女たちは湯船をその目で見ていなかった。
「なに、これ?」
二人が横引きの扉を開けると目に飛び込んできたのは巨大な湯船に溢れるほどのたっぷりのお湯。
それが合計3つ。
ひとつは泡が吹き出しておりジャグジータイプになっている。
「凄い。これほどの水が全て浸かるためのものだと言うの?」
「こんな量のお湯はなかなかお目にかかれませんね。」
二人はお風呂にかけられただろう多大な労力にただ圧倒されたようにその場に立ち尽くした。
本当はダンジョン機能で造られたものなので一瞬でできてしまったものなのだが。
「これ入ってもいいのよね?」
「え、ええ。そのためのものですからおそらく。」
恐る恐るお湯に足をつけるとちょうどいい湯加減でじんわりと暖かさが伝わってくる。
「ふわ~。なにこれ凄く気持ちがいいんですけど!暖かくて体の力が抜けるよ~。」
「本当ですね。これは癖になりそうです。あ、隣はここよりお湯が熱いですね。なるほど。好みの温度で分けられているんでしょう。」
「そうなんだ。随分と凝っているね。最初はお風呂なんてってちょっとばかにしてたけど、これはたまらないわー。」
「ええ。一度この気持ち良さを知ってしまったらまた入りたくなりますね。セシル、あちらは泡が出ていますけどあれもお風呂でしょうか?」
「泡が?凄く熱いとか?でもそんな熱いのに入れるかしら?」
二人は湯船から出て、気になったジャグジー式の湯船に近づいた。
「熱気はそこまでありませんからそんなに熱くはないですね。」
「というよりこの泡、よく見ると煮立っているわけじゃなくて空気の泡みたいね。びっくりしたわ。凄く熱いお湯に浸かる人がいるのかと思っちゃった。」
「なんのために泡が出ているんでしょうか?」
「入ってみれば分かるんじゃない?」
二人は少しわくわくしながらジャグジーの湯船に浸かってみた。
最初は驚いたような顔をした二人だったが、すぐに顔を緩める。
「ちょっとくすぐったいような気もするけど、なんかこれいいわね。」
「ええ。まるでマッサージされているかのようです。」
それから二人は言葉もなく目を閉じながら湯船に身を委ねるようにして風呂を堪能した。
そしてしばらくするとまた普通の風呂に浸かってから上がることにした。
「気持ち良かったわね。また入りたくなっちゃうわ。」
「本当です。それに見てください。髪がこんなにさらさらになりました。あの女の子ほどはありませんけど明らかに前よりさらさらになっています。」
「見て見て!私も!」
二人はお互いの髪を触りながら目的が達成できて嬉しそうに笑う。
女性にとってツルツルのお肌とサラサラの髪は一種のステータスなのだ。
「あ、バーナードだ。待たせちゃったかな?ごめんね。」
二人は女湯から出ると先に上がっていたらしいバーナードたちと合流することになった。
男性陣から少しいい匂いがして、心なしかいつもより格好よく見える気がしないでもない。
そして少し呆けるけるようにこちらを見ていた。
「お、おう。なんかちっとばかし美人になって帰ってきたな。」
「え!本当!?」
「バーナードからそんな言葉が出るなんて驚きですね。」
「まあな。素直な感想を言っただけだ。それよりもお前たちに相談したいことがあるんだ。」
「相談したいこと?」
バーナードの思いがけない褒め言葉にちょっと気分が上がっていた二人だったが、相談と聞いて首を傾げる。
「ああ。提案なんだがこの国を俺たちの活動拠点にしないか?俺は、俺たちは分かったんだ。風呂に入らなかった今までは人生の大半を損していたことに!もう風呂のない生活など考えられない!俺は例えお前たちが嫌だと言ってもここに残るぞー!」
「「は?」」
それからバーナードたち男性陣は風呂がいかに素晴らしかったかを力説し始めた。
・・・後ろでは人魚族の美人が頷いている。
そうしてここに風呂の魅力に取りつかれたものたちが誕生したのだった。




