残念女王とハイスペック王子
「さて。」
腕の中で眠ってしまったエレンを見てほっとため息をついた。
しかしまさかこんなことになっているなんて。
もっと早く来るべきだった。
思っていたよりも事態は深刻だったらしい。
大体エルフの姫だから迂闊に手を出せないとか言ってなかった?
「おい貴様!何者だ!」
あのバカ貴族が声をあげて喚いている。
「こういう貴族いるよね」とか思っていたけどここまで屑だなんて思わなかった。
本当に笑えない。
私はバカ貴族をちらりと一瞥した後、エレンを抱き上げてゴードンのところまで下がった。
「ゴードン。エレンをお願いしていい?」
「ああ、任しておけ。思いっきりやって構わんぞ!わしもかなり腹が立ったからな!」
そう言って笑うゴードンの目は全然笑っていなかった。
うん、かなり腹が立ったみたいですね。
「貴様!この私が聞いているのに無視するとはどういうことだ!私が誰か分かっているのか!?」
そう喚くバカ貴族の前に私は仁王立ちをして立った。
自分でも信じられないくらい冷ややかな目をしていると思う。
でも今は深くローブを被っているので顔もバレていないし私の冷たい視線にも気づいていないだろうけど。
「ふん!あんたが何者なんて知らないし、どーでもいい。」
「貴様!無礼であろう!」
私に無礼だと怒鳴ってくる貴族の私兵に後ろから「ぶはっ!」と笑いを吹き出す人がいた。
まあ私の正体を知っているゴードンしかいないけど。
一国の女王に無礼だとか、後で知ったらどんな顔をするか。
「無礼、ねぇ。一体いつ、誰が貴方たちに無礼をしたか教えてもらいたいわね。」
「なんだと!?」
「今の私はすこぶる機嫌が悪いから単刀直入に言うわ。早くここに捕らえたセリオンさんを連れてきて解放しなさい。エレンにも一生関わるな。」
「なんだと?!なんの権限があって・・・」
「大体エレンに嫌われてるって分からないの?それなのに無理やりこんなことして。男の風上にも置けないやつね。」
私がそう言って鼻で笑うと、ついに我慢できなくなったらしいバカ貴族が顔を真っ赤にして怒鳴りちらす。
「黙れ黙れ!平民の分際でこの私に意見するとは!おい!お前たち、その無礼者を捕らえろ!」
貴族の私兵たちが私の方向に走ってくる。
私はニヤリと笑うと指をパチンと鳴らす。
すると風が巻きおこって貴族の私兵たちがぶっ飛んでいった。
「な!?無詠唱、だと!?」
周りの人たちの驚く声が聞こえる。
この世界では、よくあるような長くて恥ずかしい呪文はないけど、魔法の名前は声にだしている。
え?指を鳴らすのは必要だったのかって?気分の問題です。
「き、貴様、こんなことしてただで済むと思うなよ・・・!大体なんなのだお前は!このエルフたちとどんな関係が・・・!」
「ああ、そう言えば名乗ってなかったね。」
私が「今思い出しました!」というような感じでそう言った。
もちろん名乗らなかったのはわざとだけど。
でもあちらが私に手を出してくれたからもう十分だ。
この茶番を早く終わらせよう。
全部終わったら、またエレンは心から笑ってくれるだろうか?あんな暗い顔はエレンには似合わないから。
そんなことを考えながら私はローブのフードを脱いだ。
「はじめまして。私の名は北川花梨。ポラリス王国初代女王であり・・・エレンの友達よ!」
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時が止まったような静けさ。
フードを脱いで露になったその顔に誰もが息を飲み言葉を無くした。
いつの間に月が昇っていたのだろうか?
月の光を受けて輝く月と同じ色をした銀色の髪。
白く滑らかな肌、美しく整った顔を怒りを宿した金色の瞳が彩る。
その怒りを向けられて恐ろしいと思いながらもその美しさに惹き付けられ顔を背けることもできない。
しかしそれと同時に自分が何をしたのかを悟り頭が真っ白になる。
ポラリス王国初代女王。
彼女は我がシェルフィート王国が危機に陥ったとき、ドラゴンを従えてこの国を救ってくれた英雄。
その強さと美しさ、その身にまとう神々しさから女神と呼ぶ者たちもいる。
この国の恩人であり、国王陛下や王女殿下とも仲がいいらしい。
そしてポラリス王国とシェルフィート王国は友好国でつい最近同盟も結んだ。
・・・いかに自分が不味い人物に喧嘩を売ったのかが分かる。
私がなにも言えずに固まっていると
「私が名乗ったのに無視とはいい度胸ね。」
「い、いえ!申し訳ありません!ポラリス女王陛下とは知らずとんだご無礼を!わ、私はディロラン・・・」
「誰がいつあんたの名前を聞いた?」
「!?も、申し訳ありません!」
私は地面に頭をつけて平伏する。
人前で無様な格好だとかそんなことは今はすっかり頭から抜けていた。
冷や汗がだらだらと止まらない。
・・・恐ろしい
身がつぶれそうな威圧を受けて体がガクガクと震える。
「エレンは私のたった一人の友。その家族であるセリオンさんも私の身内も同然(多分)。つまり、あなたは私の身内に手を出した。それだけじゃない。さっき私に危害を加えようとしたよね?・・・それがこの国の意志ということか?」
女王陛下の言葉に息が止まりそうになる。
「め、滅相もございません!シェフィート王国には敵対の意志などございません!」
私は自分のせいで今度はこの国をドラゴンが破壊するのを想像してしまい、体の震えがとまらなかった。
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バカ貴族がこちらから見ても思わず可哀想になるぐらいにぶるぶる震えている。
ちょっと脅しすぎたかな?
いやいや、あれだけエレンたちにひどいことをしたんだから自業自得だ。ざまあみろ。
周りの人も誰も動かず青い顔して固まっている。
足が震えているけど大丈夫?
ちょっと待って!なんでエルフの人たちまで怯えてるの!?おかしくない!?
ゴードンだけはいい笑顔で私が顔を向けたときサムズアップしていたけど。
うん、そうだよね。私悪くない。
よし、ここで一気にこいつの心を折ってやろうじゃないの!
私は「ふぅ・・・」と息をついて腕を組み、青い顔をしている貴族に冷ややかな目線をおくった。
「そちらがそのつもりならこの間の同盟を考え直す必要が・・・」
「それは困りますね。」
私の言葉を遮るように凛とした声が届く。
私が振り向くと、騎士を引き連れた私より少し年上くらいのイケメンがにこやかな笑みを浮かべて立っていた。
あれ?えっと、たしかこの人って・・・
「お久しぶりですね、ポラリス女王陛下。私のことは覚えていらっしゃいますか?」
金髪碧眼のキラキラ美青年。
まさに物語に出てくるような王子様のよう。
いや、実際に彼はこの国の第二王子なんだけど。
たしか名前は・・・
「は、はい。お久しぶりです。第二王子のセドリック様、で宜しかったでしょうか?」
「・・・それは兄の名前ですね。」
「「・・・。」」
気まずい沈黙が流れ、私は思わず視線をずらした。
やばい、やばいよ!
思いっきり名前間違えちゃったよ!
周りも「シーン・・・」としちゃったし!
第二王子も笑顔で固まっちゃってる!
「も、申し訳ありません!私ったら名前を間違えてしまうなんて!え、えっと・・・」
まずい!名前が出てこない!
私が冷や汗をだらだらと流しわたわたと慌てていると、くすりと笑う声がした。
私は顔を赤くして、バッ!と王子を見る。
「ああ、失礼。先ほどあんなに堂々としてらっしゃったのに慌てている様子が可愛らしくて。」
キラキラスマイルでさらりとそんなことを言われた私は顔がカアーッと熱くなる。
こんなときになに言ってんだこの人は!前世を含めそんなこと言われたことない!
私がぱくぱくと口をさせていると第二王子は私の前に歩みでて手をとると
「シルフィート王国第二王子、エドウィン・ヘルス・シルフィートと申します。以後お見知りおきを。」
そう言って手の甲にキスを落とし私にだけ聞こえるような小さい声で「次こそ名前を覚えてくださると嬉しいです。」と言ってウィンクをした。
う、うおおぉ!
だ、だめだ!私には刺激が強すぎる!
社交辞令だと分かっていてもこういうの慣れていないんだってば!
というか異世界の王子ってこんなにハイスペックなの!?
王族とかさらりとこんなことができないとだめなのかな?
私女王になっちゃったけどこんなのできないよ!
私がクロードやセルジュに社交辞令を教えてもらおうかと考えていると
「今回のことは申し訳ありませんでした。こちらの貴族が陛下のご友人にご迷惑をかけたばかりではなく、陛下ご自身にも危害を加えようとしたようで。」
王子は一瞬冷たい目をその貴族にちらりと向けてそう話す。
「女王陛下のお怒りもごもっともですが、この者はこちらに任せて頂けないでしょうか?もちろん厳しい処分をくだすつもりです。」
王子は真っ直ぐ真剣な表情で私を見つめる。
うーん、こんなの(貴族)私が預かってもどうしたらいいか分からないし、それならいっそちゃんと罰してくれるなら向こうに任せてもいいかな?
もうエレンに関わらないなら別に私はあいつがどうなってもいいし。
あ、セリオンさん返してもらわないと。
「分かりました。そちらにお任せします。適正な処分をお願いしますね。それとそこの貴族が捕らえた方のことですが・・・」
「もちろんすぐに解放いたしましょう。冤罪であると判明していますので。」
王子はそう言うと後ろの騎士に目配せをして、騎士は貴族の家に入って行った。
「今部下の者を迎えに行かせましたのでご安心下さい。それと先ほど女王陛下がおっしゃっていた同盟の件ですが、破棄をお考えならどうかお考え直し頂けると・・・」
「え?あ、ああ。大丈夫ですよ。同盟を破棄しようとは考えていません。エドウィン王子にも迅速に対応して頂きましたし。」
私がそう言うと王子はほっとしたような顔をした。
「それは良かった・・・」
「ですが、このままなにもないというわけにはいきますまい。」
そうそう。
仮にも一国の女王に危害を加えようとしたんだからごめんなさいで終わるわけには・・・ってあれ?
「きっちりそちらには国からとして謝罪をしていただかなくては。女王陛下がお許しになってもそう簡単に済ませられることではありませんので。」
「ははは。やはりそうなりますか。」
王子が肩をくすめて苦笑する。
というか、えーと・・・なんでこちらにいらっしゃるんでしょうか?
私が恐る恐る声のした方に視線を向けると、それはそれは機嫌の悪そうなクロードがどす黒いオーラを振り撒きながらとてもいい笑顔で立っていましたとさ。
終わり。
・・・いや、これは本当に終わったな。
花梨「ど、どうしてクロードがこんなところに!?」
クロード「正座。」
花梨「ちょ、ちょっと待って!これでも一国の女王であなたの上司・・・」
クロード「正座。」
花梨「あ、はい。」
クロード「全く、勝手に出ていったと思ったら早速騒ぎを起こして」
花梨「いやー、それは私のせいじゃないような気が・・・」
クロード「なにか?」
花梨「いえ!なにもありませんです宰相様!」
それから花梨は正座のまま二時間の説教を受けたのでした。
花梨「女王とは一体・・・」




