二人の事情と奴隷商
「あー陛下は大丈夫だろうか。」
ブランは昨日、花梨が心配で一睡もすることができずずっとうろうろしていた。
「落ち着け、ブラン。我が主なら大丈夫だ。」
ブランの様子を見て呆れたようにしているノワールも一睡もしていないが、こちらは元々眠ることはないので通常運転だ。
睡眠が必要ないので夜の見張りにはありがたい。
もっといえば食事も必要ないのだが、味覚はあるのでノワールは食事を楽しんでいる。
一方、クロードはまだソファーで眠っていた。
奴隷商で酷い扱いを受けていたこともあり疲れがたまっていたが、花梨に買われたことで安心してぐっすり眠っている。
でも一応起きようと努力はしていた。
そうして一晩、三人が心配しながらも邪魔をしないように辛抱強く待っているのだが
「さすがに遅すぎるんじゃないか!?やはり様子を見てきた方が」
「待てブランよ。それでは我が主の今までの頑張りが水の泡になってしまうかもしれないではないか!」
「しかし!」
ちなみにこのやりとりはこれで34回目だったりする。
「はー、もう朝かあ。お腹空いた。あ、みんなおはよう!」
ブランとノワールが34回目のやりとりを終えたとき、隣の部屋からあくびをした花梨と、元気な姿になったセルジュが応接室に入ってきた。
「あれ?ブラン、その目の下の隈どうしたの?」
花梨はブランの酷い顔を見て心配そうに首をかしげる。
「あ、はは・・・。」
ブランがいかにも寝起きな花梨を見て、倒れたのは言うまでもない。
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「いやー、ごめんごめん。まさか寝ずに待っていたとは。」
私はブランが寝ずに待っていたことを聞いて申し訳なくなる。
ブランは倒れてしまったのでブランの部屋にノワールに頼んで運んでもらった。
相変わらずブランは心配性だと思う。
「セルジュ、なんだよな。」
あの騒ぎで目を覚ましたクロードは元気な姿になったセルジュを見てまだ呆然としている。
「はい、クロード様。セルジュです。ご心配をおかけしました。」
セルジュはクロードに優しい笑顔を向けて頷く。
「そうか、よかった。俺のせいでこんな。本当にすまなかった。ありがとう。」
クロードは今にも泣きそうな顔で安心したように微笑んだ。
「ありがとう。セルジュを助けてくれて。」
クロードは私の方を見ると深くお辞儀をした。
「いいよ、そんな。私が助けたくてしたことだし。でもほんと成功して良かった。」
クロードが頭を下げたので私は少し慌てて気にしないように言った。
私も実際は成功する保証はなかったからちょっと不安だったんだよね。
魔法を作るときもかなり疲れたし。
でもこうして無事に終わって安心した。
そして私は再生魔法でクロードの腕も治した。
またお礼を何回も言われたけど、一回作った魔法は簡単に使えるのでそんなに苦労はない。
やっぱり創造魔法って便利。
「クロードの腕も治ったことだし、この話はここまでにして朝ごはん食べましょう。私お腹空いたんだよね。メイドさんに四人分ここに朝食をもってきてもらえるように頼まないと。ブランの分は起きてからでいいよね?」
控えていたメイドさんに朝食をお願いして部屋に持ってきてもらう。
メニューは、パンにサラダにスープ、それからスクランブルエッグ。
洋食の典型的な朝食だ。
ごはんに味噌汁に卵焼きはさすがにないよね。
うちには神様が用意してくれた日本の食べ物があるから、帰ったら和食を作ろうかな。
日本人の私にはやっぱり和食が食べたくなるからね。
そこには神様に感謝しないと。
朝食を終えた私たちは、ブランを除く四人で自分たちの事情を説明することにした。
まだお互いのことをなにも分かっていないし、クロードたちが故郷に帰りたいっていうなら帰してあげようと思っている。
できれば奴隷からも解放してあげたい。
「えっと、私はポラリス王国の女王をしている花梨です。こっちは騎士のノワール。寝ているのが同じく騎士のブラン。そしてこの子たちは・・・」
『俺は朱凰だ。花梨の一番のパートナーだ!』
『私は翡翠よ。花梨の一番のパートナー。』
『青蘭といいます。花梨の一番のパートナーです。』
「お、おう・・・。」
クロードとセルジュは目を丸くして朱凰たちを見ている。
まあ驚くよね、目の前にちっちゃいドラゴンがいたら。
というか、全員一番のパートナーって。
別に順位をつける気はないけどさ。
あーあー、誰が一番かってまた喧嘩を始めちゃった。
「ポラリス王国、ドラゴン・・・。ということは、あのワイバーンを倒した?」
クロードは私たちのことを知っているようだった。
まあ、あれだけ大々的にパレードをしたんだから、知っている人も多いよね。
「実は私たちの怪我はワイバーンによるものだったんです。そのワイバーンを倒してくださった方たちだったとは」
セルジュが感激です!と言って、キラキラスマイルを向ける。
こ、これは、男女関係なく落としてしまう魔性の微笑み・・・。
美形のイケメンって怖い!
「セルジュがあんなに酷い怪我だったのは俺を庇ったからなんだ。本当に何度感謝してもしたりない。」
「そっか。それであんなに酷い状態だったんだ。」
クロードの言葉に納得する。
ワイバーンにやられたならあの怪我も分かる。
ほんと迷惑なやつらだ。
「それでこれからどうするの?」
「どうするとは?」
私の言葉に首をかしげるクロードとセルジュ。
「故郷に帰りたいなら、帰してあげようかと思って。やっぱり帰りたいでしょ?」
奴隷にされて家族から離れて生活するのはきっと辛いことだと思う。
二人がどういう理由で奴隷になったかは知らないけど、魔眼で見る限り悪い人ではないから、犯罪奴隷ってわけではないはず。
できれば家族の元に帰してあげたい。
「そんな!私は花梨様の奴隷です。それとも私が要らなくなったのですか?」
「え?いや、そういうわけでは・・・。」
セルジュの反応が意外すぎて戸惑ってしまう。
というか帰りたくないの?
なぜにそんな悲しそうな顔をする!?
「俺たちにはもう帰る場所はないんだ。だからどうか俺たちを見捨てないで欲しい。」
「帰る場所がない?」
帰る場所がないってどういうこと?
私がわけが分からず困っていると、クロードは意を決したように話し始めた。
「実は俺は敗戦国の王子なんだ。」
「・・・は?」
王子?王子ってあの王子?
というかなんで王子が奴隷に?
敗戦国だから?
私はクロードの衝撃の告白に頭が混乱してしまう。
というかなんでノワールはそんなに落ち着いてるの?
え?表情が分からないだけ?そ、そうですか。
「セルジュは腹違いの兄弟なんだが、庶子だから王族ではないんだ。俺の世話役をしてくれていた。」
ここでまた衝撃の事実。
なんか顔が似ているような似ていないような気はしていたけど、雰囲気も目の色も違うし、髪の色が同じだからそんな気がしただけかなと思っていたら、まさか本当に兄弟だったとは。
腹違いらしいけど。
「父と母は殺されたが、俺たちは運よく奴隷落ちで済んだ。まあ、王族の生き残りなんて邪魔だからこうして他の大陸に飛ばされたわけだが、殺されなかっただけでも良かった。」
え?奴隷落ちって運がいいの?
たしかに命を落とすよりはいいかもしれないけど、ちょっと微妙なところだ。
でも奴隷の考え方については考え直した方がいいかもしれない。
奴隷制度がなければきっとクロードたちは生きてはいない。
奴隷制度に対して私はあまりよくは思えないけど、敵は皆殺しじゃー!ってなるよりはましなのかも。
それはともかくクロードたちが帰る場所がないというなら無理に帰す必要もないので、ポラリス王国にきてもらうことにした。
クロードは元王子で、国の政策にも携わっていたというし、なかなかいい人材を見つけられたかもしれない。
正直言って国の経営なんて私は素人だし、経験者が手伝ってくれたらすごく助かる。
という訳で、クロードには宰相をお願いすることにした。
奴隷で新参者の俺が!?って言ってたけど、ポラリス王国には三人しかまだいないことを話したら凄く驚いていた。
まあ三人しかいない国なんてないだろうから無理もない。
セルジュは私の執事を申し出てくれたので、有り難く受け入れることにした。
セルジュも経験者だし助かる。
こうして優秀な人材を手に入れることができたので、私が異世界旅・・・じゃなくて、国外視察を自由にできる日も近いかもしれない。
「花梨様、いえ陛下。一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ん?なに?」
私が考えごとをしていると、セルジュが手を挙げてお願いがあると言ってきた。
セルジュのお願いってなんだろう?
執事服が欲しいとか?
給料を高くしてくれとか?
「ポラリス王国には三人しかいないとおっしゃっていましたから、メイドはいないのですよね?」
「え?あ、うん、そうだね。」
「恐れながら、メイドはいた方がよろしいかと思われます。」
あー、たしかにうちにメイドさんはいないな。
ほとんど自分でしていたし。
ブランには怒られるけど。
「うーん、今までほとんど自分でしてたから、考えもしなかったな。」
「陛下ご自分でなさっていたのですか!?やはりメイドは必要です!陛下自ら身の回りのことをするなど考えられません!」
セルジュがなんか取り乱している。
やっぱり家事をする王様って変なのかな。
私はいいと思うけど。
家事のできる王様って格好よくない?
え?そんなことない?そ、そうですか。
「わ、分かったよ、セルジュ。メイドさんを雇うことにするから落ち着いて。」
「し、失礼いたしました。」
セルジュは自分でも取り乱していたことが恥ずかしかったのか、大人しく引き下がってくれた。
「でもメイドさんってどこで雇えばいいのかな?」
「それなら奴隷を買った方がいい。他国に行くわけだし雇うのは難しいからな。没落貴族の令嬢やメイドがいるかもしれない。」
「奴隷かぁー。」
確かにそれなら連れて行くのも問題ない、のかな?
「陛下、奴隷の扱いというのは主人にもよりますがあまりよいものではありません。ですが私は陛下に買っていただいてとても幸せです。きっと陛下に買われたメイドもそう思うでしょう。」
「俺もそう思う。俺たちは幸運だった。性格の悪い貴族や変態金持ちに買われるより、陛下に買われて良かったと思うはずだ。それに王宮仕えのメイドなんて普通貴族がなるものだ。奴隷からの大出世だな。」
セルジュが微笑んで、クロードがにやっと笑う。
そ、そんなうれしいこと言われたら奴隷を買うしかないじゃないかー!
「来てしまった・・・。」
えー、私は今奴隷商の前に来ています。
セルジュとクロードに誘導された気がしないでもないけど、まあメイドも必要だろうと考え直す。
今日のお供は、目を覚ましたブランと、クロードとセルジュ。
お金もちのお嬢様の連れっていう設定で、服装もそれらしいのを用意した。
ちなみに私は高級なローブを着ている。
もちろんノワールとドラゴンたちはお留守番。
ごめんね、お土産買ってくるから。
さすがに鎧は目立つんです。
ここの奴隷商は、クロードとセルジュがいたところじゃなくて、この王都一番の高級な奴隷商らしい。
確かに立派な建物だ。
何人になるか決めてないけど、お金はあるから足りないということはないはず。
私たちが中に入ると奴隷商人がすぐにやってきてにこやかな笑みをうかべる。
「いらっしゃいませ、お客様。今日はどのような商品をお探しでしょう?」
「お嬢様の身の回りの世話をさせるものを探している。よさそうな女性を何人か見繕ってくれ。金に糸目はつけない。」
打ち合わせ通りにクロードが話しをする。
奴隷商人は、畏まりましたと言って一旦下がると、小さい少女から大人の女性を20人ほど連れてきた。
「なるべく素養のある者がいいですね。少々戦闘ができればなお良いのですが。」
奴隷たちを見ていたセルジュの言葉に奴隷商人は、そうですねぇと答える。
「あまりおすすめはしませんが、戦闘能力のある元メイドならおりますよ。」
「本当ですか?しかし、なぜおすすめできないのですか?」
私たちは奴隷商人の言葉に驚く。
戦闘できる元メイドなんて凄く高そうなのに。
「それが、ある貴族のメイドだったんですが、貴族の方を庇ったときに腕を無くしてしまったらしくて奴隷として売られたんですよ。片腕がなくても護衛として使えるかもしれませんよ。」
また腕をなくした人か。
というかその貴族最低でしょ!
命の恩人を片腕がないからって奴隷として売るなんて。
思わず私は怒りでわなわなしてしまう。
「ではその者を連れてきてくれ。」
クロードが私をちらっと見て奴隷商人に言うと、奴隷商人はまた奥に引っ込んでその女性を連れてきた。




