間章5 極点
以来、父のヴァンに対する剣の指導は厳しくなった。また、父自身も鍛錬を積んでいる様子だった。お世辞にもにこやかとは言えなかった表情は一層険しくなった。
父は責任を感じているのだろう。他人とは関わらないようにしてきたのに、シャクジを巻き込んだこと。恐らく一生残るであろう傷を、身体にも精神にも残してしまったこと。
剣の腕を磨けば万事解決するわけでもない。そんなことはわかっていても、肩に力を入れずにはいられないのだ。ヴァンはそんな父の気持ちを察していた。
父はヴァンだけに厳しくなった。シャクジに対しての指導は変わらなかった。そして、シャクジの口数は減った。
だが、そんな父にヴァンの身体はついていかなかった。
「立て、ヴァン」
あの事件からしばらくは、ヴァンも父の無茶に付き合った。しかし普段以上に気温の高いある日、父との手合わせの最中、身体が動かなくなって膝をついた。
父の声に従おうとしたが、足が重くて言うことを聞かない。だが、不思議と痛みは感じない。
木剣に体重を預けて何とか身体を持ち上げようとする。だが、バランスを崩して左手を地に付ける。
呼吸が乱れて口が開きっぱなしだった。
親父は何も言わない。ヴァンには脚しか見えないが、微動だにしてないことがわかった。
シャクジの叫びが路地に響き渡ったのはそのときだった。
「俺にもそんくらい本腰入れて指導しろや!」
ヴァンは首を回してシャクジを見た。彼は拳を震わせていた。
「何なんだよ! そんなどうしようもない奴なんか置いといて、やる気に満ち溢れたこの俺にその熱を向けろよ!」
何とか視線を上げると、シャクジの表情が確認できた。今にも泣きそうだが、絶対に涙を見せないだろうことも伝わってきた。
「あんたが言ったんだろ! 俺もヴァンも同じ弟子だって! 息子だとかそんなん関係ないって!」
シャクジは木剣を石畳に投げつけて、ヴァンたちに背を向けた。
「嘘だったのかよ」
そう吐き捨てて彼は走り去って行く。ヴァンはよろつきながらも身体を起こした。しかし、足は動いてくれなかった。
父がシャクジに手を伸ばしたのも束の間、その手はすぐに父自身の胸へと向かった。
「親父?」
父が突然、両手で胸元を抑えて膝を折った。肩で息をして、咳を繰り返す。ヴァンもしゃがんで父の顔を覗き込むと汗が噴き出していた。
「どうしたんだ! 親父!」
父のこんなに苦しそうな顔は見たことがない。ヴァンは父の背中をさすった。
停止しそうな思考と鉛のような身体を何とか働かせて、父の肩を抱きベッドまで連れて行った。
「医者を呼んでくる」
父を横たえさせて、すぐに最低限の外出準備を済ませた。
扉を開けようとしたちょうどその瞬間、父のかすれた声がした。
「やめろ、ヴァン」
その声に負けて、ヴァンは家から出られなくなってしまった。