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間章4 襲われる商人

 商売自体は滞りなく終わった。

 商いを終えて、王都への帰途。

 事件は起きた。

 王都に近い山中に高い見張り台がいくつも建っていた。

 以前も建っていたが、せいぜい二、三だったはずだ。その数は不自然に増えている。

 その理由は何なのかぼんやりと考えていると、小さな何かが複数、物凄い速さでこちらへ飛んでくるのに気が付いた。

 意識がはっきりした。矢だ。

 自分たちを狙っている。

「高度を上げろ!」

 父が上を指差して指示を出した。

 ヴァンが伝えるまでもなく、相棒は高度を上げていく。

 見張り台一つにつき十人近くの人間がいて、その大半が弓を構えている。

 精度より数で勝負しようとしているらしい。

 馬の代わりに竜を使う商人だけを狙いにした盗賊なのだろう。

 竜に乗っている商人はほとんどの場合、用心棒を雇っていない。それは竜が戦闘能力の高い生き物であるというのもあるが何より、今まで竜に乗る商人を狙う輩がいなかったからという理由が大きい。

「親父……流石にこの人数は……」

 ヴァンがそう狼狽えたとき、相棒が吠えた。

 その咆哮が轟いてまず、賊たちが怯んだ。

 彼らはそれでもまた弓を引いたが、そのときにはもう異変は起こっていた。

 空がだんだんと白銀に染まりつつあったのだ。

 男たちが一様に空を、正しくは空を覆う竜を見つめる。

 白銀の竜がヴァンたちの周りを囲む。

 彼らの長を護るように旋回すると、一糸乱れぬ動きで賊へと迫って行く。

 矢に当たっても竜の鱗には刺さらない。

 羽の鱗のない箇所に刺さってしまう竜もいたが、そんなもので彼らが突撃の速度を落とすことはなかった。

 怯える賊たちは悲鳴とともに次々と竜の口の中へと消えて行った。

 彼らは賊を口に含んだまま、また遠くの山へと飛び去って行く。彼らは何処か別の場所で、食事をするのだろう。

 流血はほとんど無かった。竜はヴァンたちを気遣ってくれたのだろう。相棒がそう指示したのかもしれない。

「悪いな、迷惑をかけた」

 ヴァンが首をさすると、相棒は小さく唸った。

 父は相棒に頭を下げると、ヴァンと同じように白い竜の首をさすった。だが、表情を綻ばせることはなかった。

「ヴァン、やぐらを確認するぞ。生き残っていた者がいたら教えろ。口を塞ぐ」

 そう命じながらも、父は自分自身で全てのやぐらを見て行った。

 ヴァンも相棒に乗ったまま回った。異常なしと伝えても、父は自分の目で確認しなければ気が済まなかった。


 ヴァンたちが王都サントタールに帰ってきた五日後、シャクジは腰に剣を携えて顔を見せた。

「師匠、感謝する」

 シャクジはそう言って頭を下げた。そして、懐から布袋を取り出し、机に置いた。

 中身は銀貨だった。

「受け取ってくれ。借りてた分だ」

「この額……まさか、報酬全額じゃないのか?」

 ヴァンがたじろぐと、シャクジは鋭い視線を向けた。

「どうだっていいだろ、そんなこと」

 父は銀貨には目もくれなかった。

「お前には何も貸してないだろう」

「師匠はそう言ったけど、俺の気が済まねえよ。受け取ってくれ」

「その金は、今後の活動資金に当てろ」

「そうは言ってもな……」

「では、俺が命令する。この金で防具を買ってこい」

 ヴァンもシャクジも唖然とした。父は無邪気な少年のように楽しそうだった。

「傭兵として生きていくんだろう?」

 シャクジはにやりと笑った。

「ああ」

 袋を手元に戻し、木剣を取って立ち上がった。

「よし、手合わせだ」

 シャクジが扉を開けた。

 扉の先、晴天の下に男が二人。

 こちらを見る二人の手には太陽を照り返す銀色の物が。

 剣だ。

 息が詰まる。

 父がすかさず立ち上がり扉へ駆け寄る。

 だが、男がシャクジを捕らえて剣を首元に突きつける方が早かった。

 一瞬の出来事だった。

 シャクジの手から木剣が滑り落ちる。

「動くな。こいつの命が惜しければ、そこに武器を置け」

 ヴァンは椅子から立ち上がることすらできなかった。

 父は剣を手放そうとした。

 しかし、男の悲鳴でそれは中断された。

 シャクジが自分を捕らえている男の右腕を掴みながら左腕を噛んだのだ。

 男の悲鳴は痛みからではなく驚きによるものだろう。

 シャクジはそのまま男を繰り返し蹴り付ける。

 それでも男はシャクジを手放さない。

 だが隙はできた。

 父がシャクジを捕らえている男の腕を斬る。

 シャクジは男から逃れると、鞘から剣を抜いた。

 だが、男の反応は素早く、シャクジの左頬を斬り裂いた。

「逃げろ!」

 父がシャクジを捕えていた男と戦いながら叫んだ。

 ヴァンはようやく立ち上がって扉へと向かった。

 しかしシャクジは父の命令を無視して、もう一人の坊主頭の男へ向かって行く。

 シャクジの頬は真紅に染まりつつあった。

 男の剣を避けてシャクジは剣を振った。

 が、避けられる。

 父は自分の相手を片付けると、シャクジの助太刀に入ろうとした。

 ヴァンも助太刀に入ろうと部屋の剣を取った。

「来んな!」

 シャクジの叫びと父の鋭い眼光が飛んできて、ヴァンは動きを止めた。

 シャクジは男の攻撃をするりと避けた。

 そして、勢いを利用して男の脇を斬った。

 シャクジと坊主頭の男の一騎討ちはシャクジに軍配が上がった。

 シャクジが崩れ落ちた男の首を刎ねた。

 二つの男の遺体が路地裏に転がった。

 剣は人を殺すためのものだということ、ヴァンは今更になって思い出した。

 気分が悪い。

 一息つくこともなく、シャクジが口を開いた。

「師匠は驚いてねえってことは、これまでも同じように襲撃されたことがあるのか?」

「鋭いな」

「そんくらい気づく」

 鼻を鳴らすシャクジを他所に、父は家へ入った。

 父はすぐに救急箱を取り出して来て、シャクジの手当てを始めた。頬の傷は大きく深く、血が止めどなく流れ続けていた。

「すまない」

 手を動かしながら父が唐突に呟いた。

「なんで師匠が謝るんだよ」

 シャクジはぶっきらぼうにそう返した。

「お前を巻き込んでしまったからな」

「俺は何に巻き込まれたんだ?」

 その質問に父は答えなかった。手当てはやたらと手際が良く、悲しげだった。

 シャクジはヴァンの方を見た。ヴァンは反射的に彼から目線を外してしまった。

 何故ならヴァン自身もその答えを持ち合わせていないからだった。

「なんで狙われてんだ」

「昔俺が仕入れた物が原因らしい」

 答えたのは父だった。ヴァンもそう聞かされている。しかし、それが具体的に何だったのかは知らない。

「仕入れた物?」

「ああ」

「ふうん」

 シャクジは、父がこれ以上は語らないだろうとわかったらしく、詮索するのを止めた。

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