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間章3 生きる剣

 シャクジ曰く、酒場で他の傭兵たちと手合わせをしているとき、護衛を依頼されたらしい。

 酒場の中には客同士の手合わせを見世物として扱い、賭けの対象として盛り上がっている店もある。ヴァンたちと出会う前から、シャクジはこの街の南西にある酒場の常連だったという。

 商人以外の道を考えたとき、傭兵は身近な存在だったのだろう。シャクジが傭兵になりたいという発想になった理由をヴァンはようやく理解できた。

 シャクジが父の弟子になって変わったことと言えば、賭ける側から賭けられる側の人間になったことだ。

 初参加で勝利を収めたシャクジは、その店の常連客のみからというささやかなものながら、脚光を浴びた。

 そこでの手合わせは、彼の力を高めると同時に彼の評判を作り広める役目も果たした。

 何度も負けたが、勝率は少しずつ上がっていった。その様子を気に入った商人が、次の遠征時の護衛に雇いたいと言ってきたらしい。

 シャクジは二つ返事で了承した。だが、彼は傭兵として必要不可欠なものを所持していなかった。武器だ。

「剣を買うための金を貸してほしいんだ!」

 シャクジがそう言って机を叩いた。紅茶の湯気はとっくに消えていた。

「謝礼を受け取ったら必ず返す! だから……」

「傭兵に金を貸すなんて愚の骨頂だな」

 父に一蹴され、シャクジは歯ぎしりをした。父は席を立つと倉庫へ入った。

 シャクジは俯いて愚痴をこぼした。

「生きて帰ってくるかもわからない傭兵とは貸借りの契約はできないってかよ」

 シャクジは頬杖をついてヴァンを睨んだ。

「お前は傭兵にはならないんだろう? 兵士にも」

「ああ」

「お前、本気で商人なる気あるのか?」

 ヴァンはその返答に困って、言葉を見つけられなかった。

「答えろよ」

「すまん。よくわからない」

 シャクジは鼻を鳴らした。

「つまんねえ奴」

 彼は紅茶を一気飲みした。ヴァンも残っていた紅茶を流し込んだ。

 死と隣り合わせではあるが、シャクジの方は自分で生きる道を切り開きつつある。

「お前それでも本当に師匠の息子なのかよ」

 シャクジのその発言はただの嫌味だった。

「当たり前だ。俺は紛れもなく息子だ。ブライトは紛れもなく俺の父親だ」

 深い意味はないのだと分かっていたのに、思ったより自分の声が強くて驚いた。

 父が自分を息子だと口にするとそれはそれで釈然としないのだが、息子であることを否定されそうになると、むきになって反抗してしまう。

 驚いた様子のシャクジの瞳に物珍しげな色が混じっていて、ヴァンは少々恥ずかしくなった。


 倉庫から出てきた父は手に剣を持っていた。

「弟子に剣を与えるだけだ」

 シャクジは大きな音を立てて椅子から立ち上がると、それを受け取り大袈裟なまでに頭を下げた。

 その日以来、手合わせに一層力が入るようになったシャクジに対し、ヴァンも気合いを入れて相手をしなくてはならなくなっていった。


 偶然にも、シャクジの初仕事とヴァンと父が商売のために遠征に行く日程が重なった。白の国の建国記念日に向けて商人たちが動く時期なので、重なる確率は比較的高かったのである。

 相変わらず父もヴァンも剣を携帯し、傭兵などは雇わなかった。

 常に剣を携えていても、シャクジのように傭兵や騎士になろうなどとは一度も考えたことはない。


 お前は商いで生きていくのだ。

 それは暗示だった。傭兵や騎士になることは禁じられた。そしてヴァンは、それが暗示であることを承知した上で、一人前の商人になることを目標とした。特に深い理由があるわけではない。あえて理由を挙げるなら、他の可能性を鑑みる必要を感じなかったという消極的な理由からだった。

 ヴァンは全国各地と、たまに国外で商売をしたが、実は訪れる場所はいつも決まっていて、飛行経路もほとんど同じだった。また、上空を通過しただけで、全く地に足を付けなかった地域も多々ある。

 あるとき、城下町周辺しか訪れたことのないというシャクジから一瞬だけ羨望の眼差しを受けたが、真実を知るとすぐに消沈された。



 朱の国と白の国の国境付近で、あのときのシャクジの表情を思い出した。

 ヴァンに好きな場所と呼べるものがあるのなら、それは此処、空だった。

 普段の生活に閉塞感があるとは思っていない。それでも空を飛んでいるときは、自由を感じる。

 実際は、相棒の背から落ちれば死ぬという極めて不自由で危険な状態にあるのだが。

 父が乗っている竜は白銀だったが、ヴァンが騎乗している竜は違う。冬の夕焼けに血を混ぜたような激しい朱色の鱗を持っていた。この二匹は夫婦だった。

 快晴の下、木箱を彼らの腹の下に括り付けて商品を運ぶ。

 予定より早く、二日目の昼前にノマダ地方に着いた。


 荷下ろしをしていると、背後から感嘆の声が聞こえた。

「お前さんたちの髪は白銀なのに竜は白銀じゃないんだなあ」

 振り返ると中年の男が麦わら帽のつばを摘みながら相棒の姿をまじまじと見つめていた。

「竜を使う商人は何度か見たことあるけど……朱の竜だなんて、初めて見たよ。本当にいるんだねえ。まるで勇者ハヤトの竜みたいだ」

 丁寧に相手をしながらも、話題を相手の身の上話にすり替え、早く話を切れるように誘導した。

「そうだ、こっちも仕事せんとな。じゃあね、盗人に気をつけるんだよ」

 男は笑顔で去っていった。相棒は黒い瞳でずっと男を見つめていたが、去っていくと同時に目線を外した。

 ヴァンだって朱い竜は相棒と異界の勇者の伝説以外に見たことがない。

 竜といえば白銀の鱗と朱い瞳を持ったもので、相棒は特例だ。

 未だに竜には謎が多い。人間よりはるかに大きく力があり知能も高い竜は、研究対象にするには危険すぎる存在だった。研究者の数も少ない。朱い鱗をした竜は白銀の竜と何が違うのか、何が同じなのか、研究者たちは未だに明らかにできていないらしい。いや、彼らは朱い竜が実在していることすら知らないかもしれない。


 滞在は五日間。人とは関わらないようにと言われているが、遠出した先では顔馴染みになる者もいた。そのうちの一人である宿場の主人に会ったのは、五日間の滞在の最終日だった。

「相変わらず、お前さんとは似てないねえ」

 主人は快活に笑ったが、こちらは心中穏やかではなかった。

「ああ、母親に似てくれた。目元なんかそっくりだ」

 ヴァンは横目で父の表情を伺った。母を思い出すとき、父はいつも穏やかな顔をしている。


 父とは血が繋がってないかもしれない。

 初めてそう感じたのはいつだっただろうか。

 きっかけもよく憶えていない。外見が似ていないと指摘されたときだったか、母との思い出話を言い淀んだときだったか。

 ただ疑いを持ったときにはもう、父にも何か事情があるのだと気づいていて、言及できなかった。

 父が語る母の話だって、何処までが嘘で何処までが真実なのかはっきりしない。

 あと一歩の勇気が出ずに、結局ヴァンは、父に真実を尋ねられないままなのだった。

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