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1章 王都路地裏

  朱の国の者で、異界の勇者ハヤトの名を知らぬ者はいない。


  大国白の国に現れた異界の勇者がエドワーズという名の奴隷と出会い、迫害を受けていた辺境の民や奴隷たちを集め、国を作った。それが朱の国。伝説に伝えられる話。

  そして、勇者の最初の仲間であり親友であり、参謀としてそばにあり続けたエドワーズは、朱の国の初代国王となった。二〇〇年以上も昔の話である。

  心通わせた竜たちを自在に操り、また、自らも竜にまたがり空をかけたハヤトの姿は、人々の希望になったという。


  そんな建国伝説を持つ朱の国は大陸北西部に位置し、南は白の国、東は蒼の国と面している。人口は約一千万人と隣国より少なく、国土面積は白の国のおよそ半分、蒼の国よりは少し大きい。土地の三割は砂漠、国の中央は山岳地帯が広がり、南部の王都周辺は荒野と耕作に適さない地域が多い。農業ができる地域は国境付近などに限られており、商人や傭兵のような土地に縛られず生きる者の割合が他国より高い。乾燥した土地が多いが、例外として北部は雨量が多い。この地方も小麦を育てるには向かないが、稲なら育てることができる。そのため、隣国から輸入した小麦に加えて、北部で栽培した米が国民の主食となっている。


  アルシャード家が王位を継承すること一五代目。

  現王の名前はエスカナル・アルナ・シャルドネ・アルシャード、齢は三十八。

  王太子は齢十七のエルク・ジェネジオ・ルイス・アルシャードである。


  迫害を逃れ、国を作り、それで万事解決という訳にも行かないのが世の常。

  王都サントタールの城下町の通りを歩く人々の服装は簡素だし、町の中央の市場に並ぶテントも頼りなさげで、雨風を凌げるかすら怪しい。

  しかし、これでも此処何十年の間、一応右肩上がりに国は豊かになってきた。

  市場には色とりどりの野菜や川魚が並び、店員が明るい声で客を呼ぶ。白壁に朱色の屋根の乗った煉瓦造りの建物ばかりが並ぶ。強い日差しを避けるため、店々には白い日除けが付いている。


  しかし、豊かになるにつれて、貧富の差は大きくなった。貧しい者の中には盗みで生計を立てているものもいる。この日は、長年元老院議員を輩出している名家ランベルト家で、白昼堂々盗賊たちが盗みを働いていた。

  騒がしい街の片隅、盗んだ首飾りを抱いて、痩せた少年が走っていた。追ってきた憲兵たちをやり過ごそうと大通りから細い路地へ、さらに細く暗い路地裏へと入り込む。壁に背をつけて息を潜め、路地の様子を伺う少年は、気づかなかった。

  そこにはもう先客がいたことに。

  突然肩を叩かれ、少年が驚き飛び上がる。振り返ると、銀髪の青年が自分を見下ろしていた。少年も人のことは言えないが、貧相な身なりをした青年だと思った。ゆっくりと視線を下げていくと、左手に鞘に収めた剣を持っていることに気がついた。背中にじわりと嫌な汗が滲む。少年は即座に逃げねばならないと感じた。しかし、静かな迫力に押されて、体がすくんで動かない。

「此処は俺の家の真ん前なんだが」

  一言、青年は口以外微動だにさせず言い放った。気だるげで、底冷えするような威圧感を持ちながら、不思議と粗野な印象は与えない声だった。

  少年は混乱していて、男の言葉が頭に入ってこなかった。ただ、この男の前では自分は逃げることすらできないだろうと感覚的に悟った。逃げられないのならどうするか。冷や汗をかきながら、胸元からナイフを取り出した。護身用に持ち歩いていたもののようであった。首飾りをズボンのポケットに入れ込む。

  両手でナイフを握り、叫びながら、青年に向かって突進する。

  青年はそれをひらりとかわすと、左手に持っていた剣の鞘から剣を抜き取る。

  薄暗い路地裏、銀に光る刃が翻り、少年を襲う。

  少年は体勢を整えて迎え撃とうとしたが、振り返ることすら間に合わなかった。

  青年が峰打を背中に食らわせると、少年は胃の中の空気を勢いよく吐き出して、その場に崩れ落ちた。

  首飾りがポケットから飛び出て、地面へ叩きつけられる。背中の痛みと、石畳に身体を打ち付けた痛みで半泣きになる。あまりの痛みに立ち上がることができない。

  顔を上げ、青年を見上げる。青年の背後、霞んで見える路地がやけに眩しく遠く感じられた。少年は死を覚悟したが、青年はとどめを刺さずに佇むばかりである。

「何故殺さない?」

  息が上がったまま少年が聞くと、男は気だるげな声で答えた。

「自分の家の前に死体が転がってたら、処理しなきゃなんねえだろうが」

  少年は男が何を言っているのかよく解らなかった。

  そもそも、彼は初めから状況を把握できていなかった。青年の言葉は耳までは届いていたが、脳はその意味を処理していなかった。

「何を言ってるんだ……? お前はランベルトの兵じゃないのか?」

「なんで此処でそんな貴族の名前が出るんだ?」

  つかの間の沈黙。

  噛み合わない会話の内容を急いで頭の中で整理していく。少年の目の前の男も同じ状態らしい。

  やっと状況が把握できると、少年が何かに気づいたらしく、勢いよく体を起こした。そして、慌てて首飾りを手元に手繰り寄せる。

「この首飾りは渡さんからな!」

  身体中の痛みなど首飾りと比べればちっぽけなことだった。このサファイアの首飾りを手放してしまえば、今晩、いや、向こう十日分の飯はない。これは少年にとっては死活問題である。

 動くと背骨に鋭い痛みが走る。無意識に歯を食いしばっていた。首飾りを胸に抱き、気圧されぬよう自分を奮い立たせて青年を睨む。

「ああ、要らねえから好きにしろよ……」

  青年は煩わしそうに応えた。

「おおお覚えておけ!」

  財宝を強く抱きかかえたまま、脈絡のない安い捨て台詞を吐いて、少年は来た方と逆の路地へと逃げだしていった。

  青年はその様子をぼんやりと眺めていた。が、やがて欠伸をしながら、先ほどまで少年が寄りかかっていた小さな民家へ入ろうとした。


  屋根の上からそれを眺める人物の存在に、彼は気づいていたのだろうか。

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