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15章 城下町

 自分たちの状況など微塵も関係ない、眩しいほどの平和が眼前に広がっていた。

 雪が降ってもなお人通りは多く、活気に満ち溢れている。客引きに世間話に、雪にはしゃぐ子供たちの声にと様々な声が飛び交う。

 街は人々の集合体である。一人ひとりの微々たる事情、例えば娘が一人攫われたくらいでは、この平穏な光景はびくともしない。

 白い雪を薄く被った朱色の屋根と白い外壁を持った家々が連なっている。城下町の庶民の民家の外装はだいたい同じで、二、三部屋ほどの平家というのが一般的な造りである。規則的に並んだ窓は、今日はどれも閉められていた。

 もしこの膨大な数の民家のどれかにエリーがいたとしても、見つけることはほとんど不可能だろう。

 ヴァンと兄者は周囲を見回しながら、人波を縫って大通りを進んでいった。皆今日は厚着をして猫背になり、白い息を吐いていた。

 何処を捜せばいいのかはわからない。とりあえず城下町の中心部、つまり城のある方向へと歩いた。その理由は、ヴァンの家が街外れにあるからそれより街中にいる確率の方が高いのではないか、という心許ないものであった。

 だが今、もしエリーが通りの端を通り過ぎていったとして、ヴァンも兄者も気づけるかどうか。

 当たり前のことだが、この街には多くの人間が住んでいる。だが、単純にそれだけではない。商人や傭兵などそれ以上の流れ者が日々行き交っている。この城下町は住民だけではなく彼らの街でもある。

 こんな場所で少女一人を見つけるなんて、途方もない話だ。

 ヴァンはつい溜息を吐きそうになったが、慌てて息を止めて飲み込んだ。隣にいる兄者をこれ以上不安がらせるわけにはいかない。

 口を閉じて、道行く人々、民家の窓の奥、視界の隅から隅まで、エリーを捜す。

 何処かで遊んでいてくれればいい。ヴァン以外の誰かに手合わせをねだっていればいい。ヴァンの代わりとなる手合わせの相手を捜しに行ったのかもしれない。

 だが、エリーが自分以外の人間の元へ向かわないことを心の何処かで確信していた。傲慢だということはわかっている。しかし、ヴァンが来るなと言ったら、エリーはまた来ると言ったのだ。エリーはヴァンの元に来るはずなのだ。

 ヴァンは道を歩きながら、降雪とは別に一つ、普段と異なる点に気づいた。憲兵が多いのだ。

 その理由はすぐに思い当たった。明日、蒼の国の王子がこの国を訪問するのだ。そのために警備を固めているのだろう。

 親睦を深めるという名目のもと毎年一度は行われる恒例行事である。客人は隣国の第一王子にして唯一の王子。必然的に警備は強固なものになる。


 朱の国にも蒼の国にも、第二王子というのは存在しない。王子はおろか、王女もいない。そういうことになっている。

 大国白の国で王位継承を巡って二十年戦争が起こったのが二百年近く前。その名の通り、二十年以上の長き戦いになった。王族たちが近隣諸国に援助を懇願し戦禍を広げ、朱の国も蒼の国もこの戦争に巻き込まれることとなった。

 そして、その戦争に勝利し、王位を得たのが、ニスブロー二世だった。彼は第一王子を城に残し育てたが、それ以外の子は宮中から追放した。王位継承に起因する争いを避けるためである。

 これほどの規模の戦争は、朱の国の独立戦争以来、初めてのことであったから、悲劇の火種は排除しておきたいという心理が宮中の者にはもちろん、国民全体に浸透していた。

 その災禍に見舞われた朱の国と蒼の国でも、同じ制度が導入された。

 その制度は公にはされていないが、誰もが知っている。

 第二、第三……と続いて生まれてくる王子たち、つまり王太子以外の王子王女は、存在を公表されることなく、その身内ごと宮中から追放されるのである。

 追放された王子王女がどのように生きているのかはわからない。だが、生きているのは確実で、王太子が亡くなるようなことがあれば、次の王位継承者が宮中に招かれるのだ。そのときに初めて存在が公表される。

 朱の国の現王はまさしくその一例だ。彼の王位継承権は元々三番目で、兄一人、姉一人が病死したために王位に就いた。

 ただしこういったとき、親を始めとして王太子と血縁関係がある者は宮中に招かれない。言うまでもなく、無意味な権力争いを避けるためである。この事情から、数え切れぬほどの王子王女たちは、厳しい監視の下、自分の血統とは異なる家庭で育てられているらしいと噂されている。自分の血統の者から余計なことを刷り込まれないようにするためだ。


「これだけ憲兵が監視してるなら、事件に巻き込まれた可能性は低いかもしれないな」

 ヴァンは現実に意識を戻しながら、楽観的な推測を、自分たちを励ますために口にした。だが、兄者の返答は険しく沈んでいた。

「でも、国民一人の身と隣国の王子の身なら、後者を優先すると思うよ」


 雪は降りやむどころか、どんどんその量を増やし続けていた。

 エリーがヴァンの家を訪れているかもしれないと、どちらともなく言い始めたので、一旦ヴァンの家に戻ることにした。その推測に根拠はなく、二人の希望でしかなかった。

 来た道を戻りながらヴァンは、家にエリーの姿が無ければ、腹を括って憲兵に相談しようかと考えていた。父から人との関わりを絶つよう言われてきたヴァンにとって、それは相当な覚悟を必要とした。

 来た道を戻りながらも目を凝らしてエリーを捜し続けていると、挙動不審な少年を見つけた。

 ヴァンにはその少年に見覚えがあった。エリーと初めて出会った日に、路地裏へ逃げ込んできていたあの少年だ。

 本人はヴァンが見ているとも知らず、通行人の後ろポケットから財布を抜き取った。

 ヴァンは呆れた。こんな憲兵の多い日にスリをするなんて。

 付近の憲兵たちを伺うと、やはり少年を目で追っている者がいた。

 しかし、彼は少年から目を逸らし、そのまま微動だにしなかった。

 憲兵はスリを見ていたはずだ。彼は見て見ぬ振りをしたのだ。いや、あんなに怪しい人間がいるにも関わらず、目で追うことすらしなかった他の憲兵たちも同罪だろう。

 ヴァンはぞっとした。もしエリーの身に何かあったとしても、憲兵たちが何かしらの対応をしてくれているのではないか。そんな無責任な淡い期待は完膚なきまでに打ち破られた。

 この国がここまで腐り切っていたとは。

 憲兵の話をしても兄者の返事が暗かった理由を肌で感じた。

 彼らは犯罪を防ぎ庶民の暮らしを守ることより、異常なしと偽って王太子を何食わぬ顔で招く方を優先しているのだ。

 エリーがヴァンの家の前で待っていてくれれば。その思いをより強くしたヴァンだったが、家の前の路地裏には人っ子一人見当たらず、石畳に降り積もる雪の上には足跡一つなかった。

 二人の希望は、あっさりと砕かれた。だがその代わりに変わったことが一つあった。ヴァンの家の扉に封筒が一つ、挟まっていたのである。

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