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断章 フローヴァの戦い

 朱歴二五〇年。しんと澄んだ空気が流れだした秋の終わり。まだ薄暗い空には、無数の鋼色の雲が浮かんでいる。

 太陽がバルガウン山脈から顔を覗かせようという頃、フローヴァ草原に無数の軍靴が響き渡った。その不穏な音を耳にした鳥たちが一斉に飛び立つ。羽音は兵士たちの怒号にかき消された。

 周りはひらけた草原だが、進軍する隊列には、密集した兵士の体温によって不快な暑さがこもっていた。その暑さの要因は兵士たちの興奮が生み出す疑似的な熱でもあった。

 フローヴァは朱の国と蒼の国の国境付近に位置する地方である。耕作に適したこの地は、幾度となく戦の火種となってきた。現在は朱の国最東端の地であるが、蒼の国最西端の地であった時代もある。

 だだっ広い草原だが、集落とはそう離れていない。今から馬を飛ばせば、昼前には最も近い農村に辿り着いてしまう。

 農民たちは自分たちが巻き込まれぬよう警戒して、戸を固く閉ざしていた。村の民家と田畑の防衛には朱の国の兵士が当たっている。しかし、農民からすれば、その自国の兵士たちも何をしでかすかわからず、信用できたものではなかった。


 衝突する両軍が朝日に照らし出される。

 剣と剣のぶつかり合う音が早朝の草原に響き渡る。兵士たちの怒号は一層大きくなり、憎悪を含んだものとなった。至る所で断末魔が上がるが、その断末魔すらかき消されてしまって、誰の耳にも届きはしない。

 緑の草原は、赤く、やがて黒く染まっていった。汗と砂埃と強烈な血の匂いがした。しかし、戦闘に集中するあまり、兵たちの嗅覚は鈍ってしまっていて、匂いなどもはや誰一人として気にしてはいない。


 そんな最前線からは遠く離れた北西に朱の国の本部はあった。背後は崖になっており、奇襲に遭うことはまず無いだろう。本部最奥の天幕のまたその最奥、綿を詰めた簡易的な玉座に腰掛けているのは、金の装飾の施された白い兜をかぶった青年であった。

「イキシアの隊はどうなっている?」

 天幕中央の机上に置かれた地図を軍師たちが取り囲んでいる。そのうちの一人である青年が問いに答えた。眉間にしわを寄せて張り詰めた表情をしているが、顔立ちにはあどけなさが残っている。

 王の元へ一歩も歩を進めることなく、少し声を張り上げただけの報告だった。

 端的に、でも事細かに、王の求める情報をまとめた完璧な報告を行う。

 それが終わると、王の隣に立つ体格の良い短髪の青年がからかうように声をかけた。

「そんなにイキシアのことが心配か?」

 王は困ったようにはにかんだ。

「そういうつもりでは無いんだけどな……」

 此処がまるで酒場であるような軽い口調だった。

 彼らの元に、慌ただしい兵士たちの足音や鎧の擦れる音は聞こえても、戦闘の音は対岸の火事と感じられるほど微かにしか届かないのである。


「何故だ! 数の上では此方の方が勝っていたはず……朱の国ごときに何故!?」

 前線では蒼の国の将軍が唾を飛ばしてわめいていた。

 手綱を引き上げ馬に指示を出すが、身体に矢が刺さって興奮している馬は暴れ狂って言うことを聞かない。

 正面からは朱の国の騎兵隊が迫り来る。

 先頭で馬を走らせるのは、黒き鎧の女騎士。

 既に隊の半分近くは弓矢の攻撃によって負傷している。無事である兵も、将軍同様馬をなだめるので精一杯であった。

 女騎士が槍を空へ突き上げて振り下ろすと、それを合図に騎士たちが彼女に続いて突撃する。

 蒼の国のこの隊は兵の総数では勝っていたが、戦力になる兵数の差に押し負けて、あれよあれよという間に壊滅状態まで追いやられた。

 もうその隊がまともな相手にならないと判断するや否や、次の敵と戦うべく女騎士の隊は去っていった。


「驚いたな。あの騎士団長がここまでやるとは、正直思ってなかった」

 王が報告を受け終わると、隣の短髪の青年騎士の方が先に口を開いた。

「言っただろう? 彼女に任せておけば問題ないって」

「ああ。そうみたいだ」

 王が嬉しそうに胸を張ると、騎士は思い出したように問いかけた。

「あいつは?」

 王は深く頷いて笑った。

「大丈夫だよ。君も人のこと言えないね」

 青年はばつが悪そうに黙り込んだ。


 最も南で行われている戦闘は歩兵隊のものであった。

 朱の国の隊の先頭を朱い鎧の剣士が突っ切っていく。敵兵たちが止めようと前へ出ても、走る速度を落とすことすらままならず、次々斬られていく。勇猛果敢に切り開いた道のあとには、死体の山が連なる。他の兵がその後ろを追うように進み、蒼の国の隊とぶつかる。

 剣士が蒼の国の隊を一直線に突破すると、隊の後ろに一人の男がいた。

 余裕のある態度で馬を剣士の正面へ進める男。目立つ金色の兜に青い鳥の羽が一つ、装飾されている。

「おぬしが将か!?」

 剣士が声を張り上げた。羽織ったマントは返り血で紅く染まっていた。

 マントと一つに結わえた黒髪が、風にたなびく。

「いかにも。私は蒼の国第一大隊の将、クラレンスである。貴様、名は何という?」



 俺は――――

ここまで読んでいただきありがとうございます!

初ファンタジー投稿です。とりあえず好きなもの詰め込んで完結目指して頑張ります。

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