番外編 炎と闇を司るもの
それは突然起こった。
私とティムは城下街にある銅像を見に、魔力を使い切ったマーリはカリルと先に宿に行くと話していた。
ティムがマーリと何か話している。マーリが何かを渡していたみたいだけど、なんだったんだろう。聞くに聞けなくて、その話はしなかった。
銅像に祈りを捧げて、宿に向かう。
宿で寝る時はゆっくり身体を休めたい。そう話をしながら宿屋に向かい、私とティムは部屋の扉を開けた。
その時だった。
『!!!』
扉を開けた途端、強い魔力が流れ出した。あまりに強い力に足がすくむ。
私達の目の前に立つそれは、真っ暗な部屋に全身を覆う黒いローブをまとい、自分の身長以上に長い大鎌を握っていた。
俯いてて顔はよく見えないけど、この魔力は間違いない。
ティムもこの魔力に気づいている。
それは顔をあげて笑うと、ローブの紐を解いて脱いだ。
「こんばんは」
藍と青の混ざった癖のある髪、濃く赤い瞳、いつものローブとマントを身につけている。
その顔は何度も見ている。
「ルト」
真っ暗な部屋の中で、ルトが大鎌を握って微笑している。
狙いは私なのかどうか分からない。
「また私を狙いに来たの?」
ルトと目が合うと術にかかるのは知っている。
でも、目が合っても何も無いっていう事は術にかかってないはず。
それにしても、今までのルトとは違う雰囲気と殺気を感じる。
ルトは目を細めて笑うと、考えたふりをする。
「そうですね………強いて言えば、レイナさんを怒らせに、ですかね」
言っている意味が分からない。
挑発にはのらない、そう言おうとしてルトを睨みつけようとした瞬間、どこから叫び声が聞こえた。
その声を聞いた私は、ルトと対峙しているのにも関わらず背を向けて部屋を飛び出した。
「姉さん!」
ようやくティムの声を理解したけど、私は隣の部屋の扉を叩いた。
私達より先に宿に着いていて、そこにいるのは知っている。
あの声はカリルだ。
扉を開けると、そこは宿屋の部屋はなかった。
紫と黒を混ぜたような暗い空間に、蝋燭の炎だけがともしてある。恐らくルトの結界の中だろう。
目の前には、黒い鎖で縛られて気を失っているマーリが横たわっている。
そして、カリルは目の前のものを見て、目を疑い立ちつくしている。
いつも落ち着いていているカリルが、恐怖に怯えて涙を流している。
「カリル…?」
カリルの視線の先には、女の子が立っていた。
歳は私より下くらいで、薄い紫の短い髪。生成の簡素なローブを着ているが、胸元…心臓の辺りだけ血が滲んで赤く染まっていた。
「マーリ!カリル!」
私のすぐ後にティムも駆けつけ、この状況にを見て驚いている。
少女が虚ろな表情で、一歩一歩カリルに近づいている。
カリルは何も出来ずに身体を震わせ、身体を曲げてうずくまった。
カリルが小さく声を漏らす。
「ル、キア……」
「ルキア?」
誰だか分からないけど、その子はカリルとよく似ていた。
私は何かの気配を感じた。カリルの真下には黒い魔法陣が浮かび上がり、そこから黒い鎖が現れるとマーリと同じようにカリルを縛りつける。
「カリル!!」
私はカリルに近づいて確かめる。気を失っているだけだ。
私は女の子の方を向くと、女の子は紫色の霧に包まれていた。霧が人の形に変わって消えていくと、そこにはさっきまで隣の部屋にいたルトが立っていた。
「カリルに何をしたの!?」
あの感じは、私が闇の精霊シェイドの術にかかった時と似ている。
恐らく、私が思っている以上にルトの闇の力は強い。
「幻術ですよ」
ルトは私を挑発している。今ここで、冷静さを失ったらいけない。
「魔力の弱まった水竜を押さえつけるのは簡単ですし、レイナさん同様、闇を抱えるカリルさんも術にかかりやすい」
殺気や魔力が突き刺さるくらい感じるのに、ルトは微笑している。
本当にルトの狙いが分からない。
「さて、本題です。僕と勝負をしませんか?」
「はあ?」
「前に言いませんでしたか?僕は貴方に興味があります。有翼人の翼は隠してますが、戦ってみたくなりました」
ルトはどこかで私達を見ていたのだろう。デッドの街の出来事を見てなかったら、私が有翼人だった事も知らないはずだ。
「もちろん、貴方を操る事はしません」
さっきから何度も目が合ってるけど、何も起こらない。これは本当だろう。
けど、今まで感じた事が無い力に、私は震える身体を抑えるのがやっとだった。
これは勝負じゃない、ルトは本当に私を殺すつもりだ。
「…分かった」
私は肩のベルトを外してショルダープレートとマントを外した。
ルトの殺気は本物だ。一つ間違えれば殺される。
「ティムは手を出さないで」
「分かった」
ティムもルトに警戒している。ティムも分かってたと思う。
私は胸に手をあてて特殊な言葉を発動させた。
「隠された真実よ」
その言葉に反応して私の背中は淡く光り、隠されていた純白の翼が現れた。
腰に挿している剣の鞘を抜いて両手で構える。白銀の刃が輝いている。
「ああ、本気を出さないと…僕は貴方を殺しますよ!」
ルトが右手の指を鳴らすと、空間をともしていた蝋燭の炎が燃え上がり、辺りを赤く染める。
「炎…」
火系魔法は使えるようになったけど、あの事故がまだ頭から離れない。
少しでも意識を炎に移したのが間違いだった。
ルトは大鎌を両手で構え直して、瞬く間に私に襲いかかってきた。
「速い!」
物が重く大きいと動きも大きくなり鈍くなるけど、ルトの動きは速い。戦い慣れている。
私は咄嗟に剣で攻撃を防いで、翼を広げて飛翔した。
間合いをとって態勢を整えなきゃ。私は呪文を唱えて発動させた。
「フリーズダスト!」
私の周りに氷の球が生まれて分散すると、細かい氷の粒が風に乗って舞い、凍える吹雪が炎を包んだ。
この熱さは幻術じゃないはず。けど、吹雪は炎をすり抜けて消えてしまった。
「氷が消えた…?」
「僕の術は形が有り、形が無いもの。簡単には消せませんよ」
ルトも飛空魔法で宙に浮かび上がり、間合いをつめて大鎌を振り上げる。
私は素早く呪文を唱えて、剣を構え直した。
「フリーズウインドブレード!」
剣が青白く輝くと刃は氷に覆われ、氷のつぶてと衝撃波でルトの刃を弾いた。
マーリの剣だから水の属性に強い。アレンジは成功した。
刃と刃がぶつかり合う。間近で見ると、ルトは殺気のこもった瞳で笑っている。大鎌も、まるでショートソードのように軽く振り回している。
さっきから攻撃をかわしたり、避けるのが精一杯だ。もっと強力な魔法じゃないと、ルトに攻撃出来ない。
「光は闇の中に、闇は光の中に…聖光より暗き闇光よ……ダークレイ!!」
私の頭上に黒い球体が幾つも浮かび上がり、金属がぶつかるような音を発している。
黒い球体から、細い光が放射状に広がる。
「!!!」
網目のように交差する黒い光線はルトを囲み、逃げ場を無くす。
「ぐっ!!」
直撃しなかったけど、動きは止めた。
今のうちだ。
「混沌と静寂に住まうものよ。汝、母なる大地より生まれ、時の流れに封じられし刃…闇の名において交わりを命じる…ダークウェイヴブレードッ!!」
私は意識を集中して呪文を唱えた。
一度だけ、ルトの結界にひびをいれた魔法。これで終わらせる。
力を増した剣から青黒い波動が流れ、私は構え直して飛翔するとルトに切りかかる。
「有翼人は光の魔法を使うのに、貴方は闇の魔法を使う。興味深いですね」
ルトは怯まず笑いながら、大鎌を振り回して私の剣を受け止めた。
青黒い光の刃と大鎌の刃が擦れあって音をたてている。
「レイナさんは光魔法を使わないのですか?」
「そんな事、関係ないでしょ!」
「そうですか。ああ…僕はまだ力を出していませんよ」
「えっ…?」
ルトが本気を出していない?
高等魔法を使っても、まだルトは本気を出していない。
私は柄を握りしめて力を込める。このまま大鎌を砕こうとした。
その時、ルトの目つきが変わる。
「それと、僕の属性は闇だけじゃないですよ」
その一言でやっと気づいた。
空間の周りの炎は魔法で消せないのに熱は感じる。
ルトは火の属性も持っている。
私の考えに気づいたルトが笑う。
魔法剣の威力が消えかかる前に、剣を引いて態勢を立て直そうとした。
けど、遅かった。
「ダークフレア」
私が火の魔法石を使って発動した高等魔術を、ルトは詠唱呪文無しで発動した。
「!!」
その瞬間、結界の周りの炎が紅く輝いて、幾つもの巨大な炎が私の背中を直撃した。
「があぁぁーーーっ!!!」
全身に激しい痛みと熱が襲いかかる。衣服は燃えて、翼は焦げるのが分かる。力が入らない。
剣は私の手から落ちて、その場に落下した。
「ぐ……っ…」
うずくまったまま小さく呪文を唱えて傷を回復した。魔力の消耗は激しいけど、まだ戦える。
けど、私は動かなかった。いや、動く事が出来なかった。
私の喉元には大鎌の刃が光っている。
「がっ………!!!」
ルトは私の背中を踏みつけ、片手で私の翼を掴んだ。更に激しい痛みが襲う。
「…これで終わりですか」
手足、顔、何か一つでも動かしたら殺される。
ルトは多分、表情を変えずに笑っている。
「そうだ、ゲームをしましょう。ティムさん、今から一回だけ僕に攻撃してください。僕にかすり傷でもつけばレイナさんは放しましょう。ただし、僕にかすり傷でもつかなかったら………」
私は視線だけでティムを見た。
ティムは何もしていない。いや、炎とルトの力を前に何もする事が出来なかったんだ。
明らかにルトはティムを挑発している。
ティムの力がどれくらいか分からない。高等魔法か何かを召喚しないと、ルトに傷はつけられないだろう。
炎が勢いよく燃えている。
それまで黙っていたティムが、意を決したようにルトを睨みつけて口を開いた。
「…分かった」
ティムは髪を掻きあげて左耳を撫でると、呪文を唱え始めた。
「赤き戒め廻り、天を旋回する白い光よ。今…水と時の契約により我は命ずる。瞬く緋炎よ…燃え上がれ」
ティムは乱れる息を整えながら詠唱している。
聞いた事の無い呪文。何か精霊でも召喚するんだろうか。
ルトも何もせずに見ているだけのようだ。
周りの炎の流れが変わり始めた。
「僕の魔力を打ち消すものを発動させるみたいですね…」
ルトの表情が変わった。
ルトとは違う魔力が空間を覆いはじめる。
再び、ルトが詠唱無しで魔法を発動させた。
「フリーズスピアッ!」
ルトの周りに幾つもの細い氷の刃が生まれ、無防備のティムを狙う。
今から結界を張っても間に合わない。
氷の刃がティムに直撃する瞬間、空間の周りの炎がティムの目の前に集まり、巨大な炎の塊が生まれた。
炎の塊によって、氷の刃は簡単に蒸発してしまう。
巨大な炎の塊から、懐かしい声が聞こえた。
「その汚い足をどけろ!」
私がその声に気づい時には、炎の塊から何かが飛び出した。
「!!」
ルトは身を翻して、その場を離れた。
全身の痛みに耐えながら起き上がろうとすると、私の目の前に誰かが立っている。
金のように輝く綺麗な髪、身軽そうな黒い腹に左耳に光る蒼翡翠色のイヤリング。
何故、そこにいるのか分からない。
驚いて声をあげようとする前に、ルトが口を開いた。
「神竜スーマ…」
「スーマ…実体化してる…」
一度死んだ人間が、蘇生魔法無しで実体化するなんて考えられない。
炎を纏ったスーマは、あの頃と変わらない顔で立っている。
「レイナ、立てるか?全く…魔力を使い果たすまでこの俺を召喚するなんてな。マーリ、お前、俺のピアスをレイナの妹に渡したな?」
マーリ?
スーマの言葉を聞いて、私は立ち上がり振り返った。
そこには、気を失って倒れているティムと、それを抱きかかえるマーリがいた。腕と手には、無理矢理鎖を壊した跡がある。
血が流れているにも関わらず、マーリはスーマに答えて笑った。
「ああ、ティムの力を増幅させようと考えたのは正しかった」
「こいつも強くなるな」
スーマはティムを見つめて優しく笑うと、思い出したようにルトの方を振り返った。
「…素晴らしい。レイナさんもティムさんも侮れませんね」
ルトは大鎌を握りしめて微笑しているけど、さっきまでの余裕が少し消えているように見えた。
少なからず、スーマの魔力に警戒しているように見えた。
「ルト、跪かせてやるよ」
そう言うと、スーマは私達の視界から消えた。
その瞬間、スーマはルトの目の前に現れた。
『!!!』
私は目を疑った。速い!
いつの間にかルトの真下には真紅の魔法陣が浮かび上がっている。
スーマが笑う。
「サラマンドラ!」
スーマが手をかざすと、魔法陣が強く光り、魔法陣から炎の渦が巻き起こった。炎の渦が螺旋を描いてルトを包み、激しく燃える。
炎の中、ルトの姿も見えないし声も聞こえない。
スーマは様子を見ずに、次の言葉を発動させた。
「いけ、ウィスプ!」
突然、天井に巨大な光の魔法陣が浮かび上がり、奇怪な音が響き渡る。
スーマの背後には、半実体化した光の精霊ウィスプが立っている。
「…光の精霊を詠唱無しで召喚した…?」
信じられない。
二度も精霊を詠唱無しで召喚した。
スーマの魔力と精神力はどこまで強いのか分からない。
「これがスーマの力…」
ルトの様子を見ないで次々に攻撃している。
乱れた呼吸を整えたマーリが動揺しながら口を開いた。
「水竜と精竜士、称号を二つ持つのは俺と兄貴だけ。そして、兄貴の称号を知るのは俺だけ…」
冷や汗を流しながら息を飲む。
「光の裁きだ」
スーマの言葉とともに、天井に描かれた魔法陣から雷が流れ、槍のように降り注ぐ。
降り注ぐ雷と噴き出す炎に、私はただ見ている事しか出来なかった。
「兄貴の称号は…」
マーリが言うよりも先にスーマが口角を上げて笑った。
「瞬神」
瞬神スーマ。
今まで見た事の無いスーマがいる。
光と炎の魔法陣が消えると、そこにはマントや服が焼け破れ、全身に血を流しているルトがいた。大鎌は消えて無くなっている。
「はぁ……はぁぁ…ぁ…」
足元がおぼつかない様子のルトは、ふらふらしている。
やがて、立つ事もできなくなったルトはその場に膝と手をついた。
スーマが最初に言った、跪く形。
スーマはルトに近づくと見下して睨みつけた。
「このまま消してやろうか?」
「………」
ルトは何も答えない。
答える事が出来なかった。
今まで感じた事の無い強大な魔力に見ているのがやっとだった。
周りの空間に亀裂が走り、炎が消えると結界が壊れて元の部屋に戻っていく。
ルトは口から血を吐いても微笑していた。
「…いいえ、時は…巡るも、の…。ここで、滅び、るわけには、いきません…」
その時、ルトの身体が闇に包まれていく。
闇に包まれていく中、ルトは震える身体を堪えて立ち上がった。
「…また、来世…」
そう呟くと、ルトの身体は闇とともに消えていった。
終わったのかな。
安心して大きな息を吐こうとした時に思い返した。
「ティム!」
私は振り返ってティムを見た。
「大丈夫、気を失ってるだけだ」
マーリの代わりにティムを抱きかかえて確かめた。
ティムの左耳に見慣れないピアスがついてる。
「このピアス、見た事ない…」
「ああ、それは俺が兄貴からもらったやつだ。そのピアスには兄貴の魔力がこめられている。それを媒体にして、兄貴を召喚したんだろう。俺の読みは間違いなかった」
「俺を召喚する事が出来たなら、ティムには時の属性が備わってるかもしれないな…」
そうか、さっきマーリがティムに渡したのはピアスだったんだ。
ティムは以前、ラグマの魔法によって時空の狭間に転移されている。
その時に何かあったのかもしれない。
ふと、私はスーマの足元を見た。炎を纏ったスーマの身体が消えかけている。
「スーマの身体が…」
「ああ、ティムの魔力の限界だろう」
「兄貴…」
「マーリ」
足、胴体と消えかかる中、スーマが思い出したようにマーリの顔を見た。
スーマはティムの顔を見て苦笑する。
「お前、俺と似たな」
ん?
スーマが何を言っているか分からない。けど、マーリの顔を見ると、動揺して視線を反らしてしまった。
「ば、馬鹿な事言うなよっ!」
「そういう事にしてやるよ、じゃあな………」
面白がって笑うスーマは、目を閉じると炎と風に包まれると消えてしまった。
「お前らより先に宿に着いたら、いきなり襲われて、カリルはルトの幻術にかかったんだ」
結界が壊れてルトが消えたおかげで、カリルを縛りつけていた黒い鎖も消えていた。
「ルトは一体、何者なんだろう…?」
「さあな、気づいたら城にいたし、前から何を考えてるか分からなかったからな」
マーリは床に倒れているカリルの腕を持って自分の背に乗せると、ベットに運んだ。
私も気を失っているティムを隣の部屋に運ぼうとした。
「…俺が運んでやる。お前もボロボロだろうが」
ルトとの戦いで魔力の消費も激しかったし、傷の回復も殆どしてなかった。
マーリも魔力を使い切っているのに、妙に優しい。
ルトの最後の言葉が耳に残る。
「また来世」
何を言っているか分からないけど、考えると頭が痛くなる。私はマーリに向かって言う。
「マーリ、とりあえず明日にしよう」
「…そうだな」
マーリも苦笑して答えた。
幻精郷に行けば分かるかもしれない。
少しずつ真実に近づいてるのかもしれない。




