番外編 明日への旅路
デッドの街を出た後、私達はラムサールに来ていた。
あの教会に行きたい、確かにそう言ったのは私だ。
しかし、それはマーリの一言から始まった。
「え?幻精郷に帰る?」
「ああ、神竜がいない今、俺が城を再建して竜族らをまとめないとな」
「僕も幻精郷には戻りたいと思っていました」
心のどこかでは分かっていた事だけど、急に言われると困る。
「ティムはどうするの?」
私は隣を歩く双子の妹に聞いた。
もしかしたらティムも悩んでるかもしれない。
「あたしは幻精郷に行ってもいいし、違う大陸に行って旅を続けてもいい。私が有翼人なら、もっと力を磨きたいな」
「………」
助けを求めたつもりだったけど、ティムは生き生きとした瞳で笑っている。
母さんがいた世界を見てみたいっていうのはあるけど、自分が育った場所から離れるのが嫌だという感覚もある。
私が答えを出したのは数分後だった。
目の前には教会が見えている。
「私も幻精郷に行く…。母さんの世界を見てみたい。でも、今まで行った街にも行きたい」
「姉さん」
「とりあえず、行こうぜ」
二度とこっちに行けない事はないし、カリル達と一緒にいたい気持ちもある。
私が考えてる間に、カリルは教会の扉を軽く叩いていた。
教会では見知らぬ神父さんが笑顔で迎えてくれた。
礼拝堂に案内してもらい、大きな十字架の前に跪くと目を閉じた。
もうターサさんも、スーマもいない。そう考えると涙が止まらなくなった。
「……ごめんなさい…!」
カリルから話は聞いたけど、蘇生魔法を使うには肉体と特殊な魔法が必要らしい。
今の私達には出来なかった。
事情を知らないティムも、跪いて何かを祈っている。
私は三人に気づかれないように涙を拭いて立ち上がった。
きっとスーマは、どこかで私達を見ている。
神父さんに一礼すると、教会を出てラムサールの街を後にした。
それから七日後、ケリュールの街を通り過ぎてアンディルの街に到着した。
マーリと初めて逢った場所。
私とカリルの後ろでマーリとティムの会話が聞こえる。
「どうしてここに来たかったの?」
「ああ、お前はまだ知らなかったな。ここには俺の城があるんだ」
「城っ!!?」
事情を知らないティムは驚いている。その反応が楽しくて、私は笑いを堪えていた。
城下街の中心にある銅像の前で立ち止まり、話を続けた。
「竜族は、ある程度の力があると城を与えられるんだ。師弟関係だと城も受け継ぐ事もある」
「そうなんだ」
じゃあ、あの城も誰かから受け継いだのかな?
カリルも知らない話に興味深い顔をしてる。
「幻精郷には色々な種族の城や神殿がありますよ。獣族や有翼人、純魔族…」
「純魔族?」
聞き慣れない言葉にティムは首を傾げている。
幻精郷の事は、まだ分からない事ばかりたから聞いてみたい。
「人間とは違う種族…まあ、ルトやロティルのように人の形を保つ事が出来て、獣や竜に変化しない奴らだと考えればいいさ」
竜族や獣族ばかり見ていたけど他の種族もいる事を改めて知った。
私は頷きながら、銅像に触れる。
「…じゃあ、あたし達も魔族になるの」
「知識の無い人間から見たらそうかもしれないな」
マーリの話を聞いていたら、いつの間にか空は紅く染まり、露店は店を畳む準備をしていた。
教会の鐘が夕刻を告げ、夜を迎えようとしている。
マーリの顔を見ると鐘の音を聞いている。
それから何を考えたか、呪文を唱えると身体を宙に浮かせた。
「すまない。先に湖に行っててくれないか?俺も後から行く」
何も聞いてない。
カリルもティムも知らないみたいで、私の顔を見た。
「ちょっと…どこに行くんですかっ!?」
「すぐ戻る」
急いでる様子のマーリは、慌てて南の方へと飛翔していった。
南の方…ああ、あの場所だ。
カリルは気づいてると思うし、事情を飲み込めないティムは首を傾げている。
「マーリの言う通り、湖に行こう」
私はカリルとティムと湖に向かった。
城下街から湖まで歩いて十五分。
私達が到着した時には、マーリは湖の底を眺めていた。
「遅え…」
「何であたし達より早いの!?」
飛行呪文を使って移動しても早い、早過ぎる。
私はマーリに近づいて、気づかれないように小声で問いかけた。
「お城?」
「……俺なりのけじめだ」
不機嫌な表情のまま、マーリは私の顔を見ないで呟いた。
何となく、マーリとスーマは似てる部分がある。
「マーリ、ここに来て何をするんですか?」
「俺の城を幻精郷に移す。兄貴の城は崩れただろ?」
「し、城を移す!?」
驚いた。
城を移動するなら、一度解体してまた建てないといけない。
「まぁ、見てろって!!」
私達がどうするか考えている間に、マーリは深呼吸を繰り返して目を閉じた。
「空の彼方、竜の城…今、その聖域に新たな城を創る…」
マーリが呪文を唱えると、大きな音をたてて湖が揺れ、湖の底にあった城が姿を現した。
「これが…マーリの城!?」
湖の底にあった城を実際に見ていないティムは目を見開いて驚いてる。
「結界の力で浮いているのでしょうか?」
日も暮れてた森の中に、城は淡い光に包まれながら浮かんでいる。
あの時と同じ城が私達の目の前に浮かんでいる。
「氷竜ブロウアイズより受け継いだ蒼き城、我が名は精竜士マーリ…監視者の掟に従い、今、城を移す」
マーリの呪文が唱え終わると、城がまばゆい光を放ち、瞬時に消えていってしまう。
マーリはゆっくり深呼吸をする。
「あー……終わった…長え……」
マーリは私達の方を振り返ると、その場に座り込み疲れた様子で溜息をついた。
今まで聞いたことがない呪文だった。大人しく、いや、何も出来なかった私達には不思議な光景だった。
「一種の転移魔法ですか?」
「ああ、兄貴の城があった場所に俺の城を移した」
落ち着いてきたのか、マーリの呼吸は整っていた。今は欠伸を噛み殺している。
多分、高等魔法以上に魔力を消耗するんだろうな。
急にマーリは森に向かって、合図を送るように叫んだ。
「さあ、もう出てこいよ!」
カリルも何かに気づいていたのか、私とティムじゃなくて森を見つめていた。
森の中から現れたのは、ローブで姿を隠したフィアさんだった。
淡紅色の長い髪を耳より高い位置で二つに結い、ローブの中から翡翠色の服と腰に巻くヴェールが揺れている。
「フィアさん!!」
「…お久しぶりです、レイナ様」
フィアさんはステップを踏むように私達に駆け寄った。
「突然、空に城が浮いているのを見て、もしかしたらと思ったのです」
柔らかい笑顔で私達を見つめている。
ふと、ティムが私に耳打ちしてきた。
「姉さん、誰?」
「この人はフィアさん。お母様に仕えていたの」
ティムはフィアさんを知らない。私達が落ち着いてるから警戒はしてないようだ。
私達に気づいたフィアさんが、何かを見て驚いている。
「…ティム様?ティム様ですか…?」
「は、はい。そうです…」
それを聞いたフィアさんは瞳を潤ませて、跪いた。
「やっと…やっと、お会いする事が出来ました…!あたくしは大天使に仕えていたフィアと申します。ところで、レイナ様達はどうしてここへ?」
私は今までの出来事を全て話した。光の聖霊を見つけ、元の世界に戻したこと、マリスを倒したこと。話すことは全て話した。
「大天使とスーマ様の仇はとれたのですね…それを聞いて安心しました。…レイナ様、先程、翼が生えたと仰いましたが、見せていただけますか?」
「えっ!?…翼ですか?」
急に聞かれたから驚いてしまった。
カリルは慣れたのか移動中は翼を出している。けど、普段から身体を動かしている私とティムは、恥ずかしさもあって翼は隠している。
私とティムは苦笑して、特殊な言葉を発動させた。
二人の声が重なる。
『隠された真実よ』
小さく呟くと私達の背中は淡く光り、隠されていた純白の翼が現れた。
有翼人の象徴っていうのは知ってるけど、やっぱり恥ずかしい。
「まさしく大天使様と同じ輝きです!」
「………」
フィアさんは涙を流しながら歓喜の表情で見つめてるけど、やっぱり照れる。
「レイナ様達は、これから幻精郷へ行かれるのですか?」
「僕達はもう少し旅をしてから、幻精郷に行こうと思っています」
「分かりました。あたくしは一足先に幻精郷に向かいます」
フィアさんは頷くと、軽やかに回り私達にお辞儀をして暗くなった森へと走り去っていった。
今まで何も喋らなかったマーリが、大きな欠伸をする。
「とりあえず…宿に行かないか…?眠たい……」
竜の姿に戻って魔法を使っても疲れた顔は見せなかったけど、眠たそうな顔を見ると相当疲れているのだろう。
「そうだね、今夜は宿に戻ろう」
私達は街に戻り宿屋に向かった。
次の日。
宿屋と隣接している食堂で私とティムは早く起きて朝食をとっていた。
ご飯を食べ始めてから少しして、カリルとマーリが階段を降りて空いている椅子に座った。
「おはよう、大丈夫?」
「…ん…大丈夫だ…」
マーリは昨日と変わらず欠伸を殺して、眠たそうな顔をしている。
カリルは従業員に声をかけてから、空いている椅子に座った。
「おはようございます」
二人が席に着いて、すぐに料理が運ばれてきた。
やっぱり皆で食べるのが一番好き。マーリは寝ぼけながらも、会話に交じりながら食べている。
「眠たそうだけど、本当に大丈夫?」
「ああ、魔力もほとんど回復してる」
「今日はどうしましょう?」
「一番近いのはブリツじゃない?」
「姉さん、ブリツなら遠くなるけど…行かない?」
ティムの思わぬ言葉に、一瞬だけ考えた。
けど、ティムの目を見て直ぐに答えがでた。
「あ…」
「どこか思い当たる場所があるのか?」
考えながらも手を休める事は無かったけど、マーリはすでに食事を終えていた。
「あたし達が育った村だよ。あれから一度も行ってないし…」
あの事故から、私は村へ帰ってない。
あの時のまま何も変わっていないなだろう。
「あの時ばかりはラグマ様に感謝しなくちゃ…」
横を向くと、食事を終えたティムがうっすらと涙を浮かべていた。
ティムにとってラグマは命の恩人なんだろう。
ん?ラグマ?何かが引っ掛かる。
「ねえ、ティムがラグマの魔法でどこかへ消えた時、どうなってたの?」
ラグマは転移魔法のようなもので、ティムを消していた。
「あの時…」
ティムは腕を組み何か迷っている。
もしかしたら、覚えてないのかもしれない
「うん、姉さん達なら大丈夫だと思うし、案内する」
私達が食べ終わったのを確認すると、ティムは立ち上がりカウンター側にいた女性に声をかける。
「お金、ここに置いておきまーす!」
ティムは腰に下げている小さな袋から代金を支払うと、私の手をとり外へ走り出していった。
「ち、ちょっと…ティム?!」
「気が早いところも似ていますね」
カリルとマーリは苦笑して、後を追いかけるように外に出ていった。
人気の無い場所まで連れ出された私は、ティムに問いかける。
「何かあったの?」
「ううん、人には見られたくないんだ」
カリルとマーリも私達の後ろにいた。
ティムは、首にかけているネックレスに向かって呪文を唱えた。
「…永久の光と闇に我は立つ、今、その扉を開け」
突然、私達の目の前に時空の歪みが生じ、ティムは不安な動きも見せずに歪んだ時空の中へと進んでいく。
私達が驚く間もなく、ティムに急かされてしまう。
「ほら、早く来て!」
幻精郷に行った時の感覚だった。
とにかく、私達もティムを追って中へ入っていった。
どこかの建物だろうか。
私達は見慣れない廊下を歩いている。
壁には明かりが灯され、見たことも無い装飾品や鉱物が散らばっていた。
ティムは知っているみたいで、先頭を歩いている。
「ティム、どこに向かってるの?」
「んー…あたしを救ってくれて、今まで知らなかったことを教えてくれた人かな?」
ティムは考えながらも落ち着いて答えている。
何も感じないし、それほど警戒しなくても良さそうだ。
「さ、着いたよ」
いつの間にか、私達の目の前には重厚な扉が立ちはだかっていた。
ティムが扉に触れたその時、殺意に似た気配が噴き出した。
「…この魔力…?」
「ああ、どす黒い嫌な魔力だな」
カリルとマーリも何かに気づいたのか、眉間に皺を寄せて気配を探っている。
扉が勝手に開くと、ティムは戸惑うことなく中に入ろうとした。
『!!!!』
しかし、中の光景を見た瞬間、言葉を失い、足を止めてしまった。
前を歩いていたティムも、いつもと違うのか驚いている。
薄暗い空間に、大きな玉座が一つ。
その玉座の横には、細い針金や重々しい鎖、手足には鉄球で自由を奪われているマリスがいた。
死んだと思っていたマリスが生きている。
「マ、マリス…?」
「やはり、こいつの魔力か…」
緊張が走り、辺りを警戒し始めた。
まだ違う魔力を感じる。
「お久しぶりです」
マリスに目がいって気づかなかったけど、近くにミスンさんもいた。
「ミスンさん?どうしてここにいるんですか?!」
特殊な魔法によって、マリスとミスンさんは消えた筈だった。
マリスは目を開けると私達の存在に気づいたのか憎悪と殺意に満ち溢れた表情で叫び始めた。
「生きていやがったかっ!!」
マリスは何度も激しく身体を動かして鎖をほどこうとしていた。マリスの身体には、何度も針金が食い込んでできたような傷ができて、そこから血が滲んでいた。
マリスに警戒しながら、ティムはミスンさんに近づいた。
「あの…あの方はいますか?」
「ティムさんですね。少しお待ちください」
ミスンさんもティムを知っているのか、あの頃と変わらない笑顔で頷いた。
「カストル…ポルクス…」
ミスンさんが上に向かって声をかけると、前にも見た精霊が二体姿を見せた。
首には片翼の首飾り、一枚の布を纏ったようなローブ、確か片方はマリスについていた精霊だ。
『ハイ、オ呼ビデショウカ?』
二つの声が重なり、精霊が答えた。
精霊は契約した者に従うと書物で見た事がある。
「あの方を呼んでくるから、レイナさん達とマリスを見ていて」
『ハイ、畏マリマシタ』
精霊にそう告げると、ミスンさんはどこかに消えていってしまった。
少し経つと、ミスンさんは誰かを連れて戻ってきた。
ミスンさんが戻ってくると、二体の精霊はどこかへ消えていってしまう。
ミスンさんの前に立つその人は、ティムを見ると目を丸くした。
「なんだ、ティムではないか」
「久しぶり、ザート」
真っ黒い髪とローブ、海のような深い青い目の女性…計り知れない魔力、精霊のような気配を感じるけど、何かがおかしい。
私達が警戒していると、女性は何かに気づいた。
「我が不思議か?まあ、名くらい名乗ってやる。我は時の精霊ザートだ」
「時の精霊…!!?」
「まだ精霊が存在している?」
この世にまだ精霊が存在してるなんて思わなかった。
カリルとマーリも驚いている。
「お前がレイナか?確かにティムに似ているな。…で、お前は何しに来た?」
「あたしの事を、姉さん達に話しておきたいの」
ティムは簡単に私達を紹介した。
幾つもの精霊が存在しているのは分かる。けど、この人の話し方は今まで見てきた精霊と違う。
私が考えている間に、ティムとザートの会話は続いていた。
「面白い奴らを連れているな。良いだろう」
ザートが私達に近づこうとした瞬間、マリスが激しく身体を揺らして抵抗しているのが視界に映った。
針金や鎖で繋がれている部分は赤黒くなっていた。
「番人!!殺すなら殺せ!!」
「…うるさい」
ザートがマリスを睨みつけると、虚空から闇の魔法球が生まれ、孤を描きながらマリスにぶつかった。
『!!!』
マリスは黒い炎に包まれ、声は聞こえないが鎖の音が何度も揺れる音が聞こえる。
声も出ないほどの威力なんだろう。
黒い炎が消えると、そこには意識を失ったマリスがいた。
この人の魔法はラグマに似ている。何故かそう感じた。
「ミスン、こいつを見てろ」
「…はい、分かりました」
ミスンさんも、苦痛の表情だけど何もすることができないように佇んでいる。
時の精霊ザートが何を考えているか分からない。
気がつくと、私達はザートに連れられ、瞬間移動で別の場所にいた。
その場所には幾つもの形の違う歯車と時計が回っていた。
しかし、歯車の回る重々しい音も時計の秒針の音も聞こえない。
私達の目の前には円卓と椅子みたいなものがあり、ザートに指示されて座った。
「まず、お前が思った事を言ってやる。我は他の位の低い精霊と違い、口調も違うわけだ」
「私の心が分かるんですか?」
今まで見てきた精霊と呼ばれるものは片言のような口調だった。
けど、ザートは違う。寧ろ、私たちと同じ口調だ。
「似ていると最初に言っただろう?ティムも同じ事を聞いたからな」
この空間に来てから、驚いたり警戒してばかり。ティムは慣れてるみたいだけど、カリルもマーリも警戒しながら様子を伺ってる。
「どうしてここにマリスとミスンさんがいるんですか、マリスは禁呪によって自爆したんじゃなかったのですか?」
「あれは、街が壊滅する前に時空を歪ませてやったんだ。ルマ…いや、マリスという素材が欲しくてな、ミスンと分離させたのも我だ」
そういえば、爆発が起こる前に何か違和感があったような気がする。
「……ならティムは?ティムを助けてくれた事は感謝する。でも、理由が分からない」
ラグマの魔法によってティムは消えた。
それが転移魔法か分からないけど、過去を教えたり魔力を引き出す理由が分からない。
ザートは反応を変えて微笑している。
「ああ、大天使の娘として助け、本来の力を引き出したまでだ。…まあ、ただでは済まないがな」
「姉さん、この傷よ」
前から気になっていた。
ティムの右目の傷が何か分かった時、一瞬にして血の気が引いた。
「回復魔法でも治らないの、怒らないで」
ティムは私の考えに気づいて首を横に振った。
「ティムの瞳の力…『魔眼』を知りたくてな、隠された力を引き出す代償として力を少し貰った」
怒りと悲しみが混ざった感情が込み上げて、何を考えていいか分からない…。
ティムの本来の力も分かるし、傷が治らないのも何かあるに違いない。
私がうろたえて俯いていると、いつの間にか私の後にはカリルが立っていた。
カリルの手が私の肩に触れる。
「レイナ…大丈夫ですか?」
「あ、う、うん。ちょっと気分が悪いだけ」
カリルは分かっている。
けど、咄嗟に答えられなくて言葉を濁してしまった。
突然、辺りが暗くなり空間が大きく歪み始めた。
『!!!!』
「誰かが故意に時空を渡ってるな…面白くなってきた」
ザートは何かを待っていた笑みを浮かべた。
そして、私達が立ち上がる間もなく再び瞬間移動をしていた。
マリスのいる空間に戻った私達は、目の前の光景に言葉が出なかった。
ミスンさんの前には黒い翼を生やした獣のような悪魔が立っている。左目には古い大きな傷がある。
どこかで感じた魔力だった。
それを見たザートは待ち望んでいたように笑い、ミスンさんの方を向いた。
「やはり来たか。ミスン、マリスを起こせ!」
「………はい」
ミスンさんが握っていた一筋の針金を強く引くと、気を失っているマリスの身体が大きく震え、頭を上げた。
鎖が鈍い音を立てる。
「…痛っ………!!」
意識を取り戻し瞳を開いたマリスは、漆黒の悪魔を見ると顔を歪ませて驚いている。
ザートもマリスも知っているみたいだけど、誰か分からない。
「いい加減、姿を変えたらどうだ?」
悪魔は少し下がると闇に包まれ姿を隠した。闇が霞み、誰かが姿を現し始める。
その瞬間、ティムとマリスの声が重なった。
『ラグマ様!!』
白銀の長い髪に黄金色の切れ長の瞳。左目には切り裂かれたような古い傷痕が見える。
死んだと思っていたラグマが、生きていた。
カリルもマーリもラグマの存在に驚いている。
ラグマが怒りを露にしている。それに気づいた私は、身体が震えて立っていられなくなる衝動に襲われた。
「…マリスを迎えにきた」
「ここは我の空間、代償が必要だ。それくらい知っているだろう?」
「私の魔力の一部…ただし、その力はティムに与えろ」
ラグマが何を言っているか理解できない。
でも、確か前にマーリにしてもらったような気がする。
何も出来ないまま、私達はただ様子を伺ってる。
「…仕方ない。ティム、お前はそれでいいのか?」
ザートとラグマの視線がティムに向けられた。
私の後ろにいたティムは、ラグマの前まで歩くと呪文を唱える様子もなくラグマを見つめた。
「お待ち下さい、ラグマ様。何故、あたくしに魔力を下さるのか分かりません」
ラグマも私達やティムに攻撃をする様子はなかった。
「ここに来て過去を知ったなら…分かるであろう。私やロティル様はお前に辛い思いをさせてしまった…。せめてもの償いだと思ってほしい」
氷のように冷たいラグマに、こんな一面があったなんて知らなかった。
ティムも私と別れてから、あの城で色々なものを見てきたのだろう。
きっと、ティムはラグマに好意に似た気持ちを抱いてるのかもしれない。
「過去の事は関係ありません。…あたくしは…あたくしは、今でも貴方をお慕いしています」
「……」
ラグマの表情が変わった。
無表情だった顔が変わり、悲しい顔でティムを見ている。
「…お前は大切な者と幸せになれ…」
『………!!?』
ラグマの表情もティムの表情も、今まで見た事が無かった。
多分、ティムだけに向けられたのだろう。
「ザート、始めろ」
「我の力を持つ奴がでかい態度だな。まあ、いい…トワ、トワはいるか?」
ザートが見上げて辺りを探ると、空間から異様な空気が立ち篭め、空虚から一人の女性が現れた。
ザートと同じ真っ黒い髪とローブ、違うのは紅蓮のような赤い目。
この人も気配を感じないし、今までに感じた事のない魔力を放っていた。
「見ていただろ?始めるぞ」
「…了解」
トワと呼ばれた女性は淡々と答えると、深紅の眼差しでどこかを見つめ全身から重苦しい空気を放つ。
これが魔力だろうか。
私の横でマーリが小刻みに震え、視線を動かさずにカリルに話しかけている。
「カリル…あの紅い瞳…」
「ええ、地の精霊ノームの時に感じた魔力ですね……」
マーリもカリルも何かに怯えているようにも見える。
光でも闇でも無い力は、一体何だろう。ザートとトワは聞き取れ無い言葉を発音している。
やがて、言葉が途切れるとラグマの目の前に透明な球体が形作りだされていく。
透明な球体は浮遊して、驚いているティムの身体の中に入っていく。
ティムは何事も無かったように立っているが、ラグマは右手で胸を抑え、苦しそうに顔を歪めている。
「ラグマ様…?」
気がつけば、マリスは動かずに呆然として見ている。それは今までに見た事の無い表情だ。
「…マリスを放せ」
ザートは不満な顔をすると、背後に立つミスンさんに声をかけた。
「ミスン」
「……はい」
ミスンさんは手にしている針金を手繰り寄せた。
すると、針金と鎖、手足に繋がっている鉄球が解かれていく。
鎖を解かれたマリスは震えながら立ち上がり、傷口から血が流れる事も気にせずに歩いている。
ラグマの前に着いたマリスはその場に跪いた。
「ラグマ様…どうして俺の事を……?」
「私と共に来い。…有無は言わせない」
「………はい!」
マリスの声が震えている。
ティムは何も言わずにラグマの背を見つめている。
私達は手を出す事が出来ずに見届けるだけだった。
「ティム、お前といた日々…忘れない」
「………はい、ラグマ様」
ティムは目を見開いて驚き、ボロボロと泣き出した。
私の隣にいるカリルの表情が違う。多分、ここに来た時からだ。
ラグマとマリスはどこかへ消えていった。
それまで黙って見ていたマーリが口を開く。
「なあ、そいつは誰だ?俺とカリルは覚えがある…」
ザートとトワは顔を見合わせる。
「我、無の精霊トワ。時と共に存在」
『無の精霊!?』
私達の声が揃った。
まだ知らない精霊の姿に驚くばかりだった。
無の精霊トワは淡々と言葉を続けている。
「我、知る。汝ら、我、召喚」
「ほお…こいつを喚ぶとは中々やるな」
トワはカリルとマーリを指差して、二人に近づいた。
「あの時使ったのは、光と闇の属性だ。無の源なのか?」
「否、我の魔力、全ての魔力と異なる」
マーリもカリルも目を合わせて、何か興味を示している。
私の知らない時だから、ルトに操られた時かもしれない。
まだ泣いているティムの肩を抱きながら、話を聞いていた。
カリルの表情が険しくなる。
「僕からも聞きたい事があります。マリスは貴方に番人と言っていましたね?」
「ああ…そうだ」
「……やはり貴方が時の番人と言われる存在ですか。…お願いです。…妹を、ルキアを生き返してください!!」
「蘇生は死んだ肉体と魂の両方が無いと出来ない」
蘇生。
特殊な魔法と契約が無いと出来ないと聞いたけど、この空間と何か関係があるのかな。
カリルはさっきから怒っているような険しい顔で、ザートを睨んでいる。
カリルに妹がいたんだ。知らなかった。
「…まあ、やるだけやってやろう」
ザートとトワは、また私達に聞き取れない言葉を発音して詠唱する。
言葉が切れると、トワが目を閉じた。
「汝、願い、否」
「………え?」
カリルが呆然としている。
何故か解らないけど、胸が苦しい。
「妹は復活を望んでいない。その代わりに…」
ザートは持っていた泡のような球を、カリルに向かって放り投げた。
カリルの手に包まれた球は、すぐに割れて消えてしまう。
「兄さん、大好き…」
まだ幼い声が空間に響く。
これがカリルの妹の声だろう。女の子の声は暖かくて優しさで溢れていた。
カリルはその場に膝を着いて、顔を歪ませて涙を流していた。
「……僕が、もっと…強かったら、皆も、ルキアも守る、ことができたのに…。本当に、ごめん…」
両手で顔を隠して、泣いている。
大切な人を失った痛みは分かるけど、今の胸の痛みは何かが違う。
「ティムに免じて代償は受けとらない。さあ、用は済んだだろう?」
「そうだね。…じゃあ、あたし達を故郷の村まで移動してほしいな」
それまで泣いていたティムは涙を拭い、私達の前で笑顔を見せた。
カリルも赤い目を擦って涙を拭いている。
そのカリルの表情が、痛々しい。
「仕方ない」
ザートも分かっていたのか、右手を掲げていた。
目の前の空間が歪んだ時、私達は時空の中へ消えていった。
空間が歪み景色が変わると、山と森に囲まれた場所に移動していた。
私とティムはすぐに気づいた。
ここは、私とティムが生まれ育った村。でも、何かが違った。
『!!!!!』
焼け崩れた瓦礫や木々は消えて無くなり、重なり合っていた死体も消えていた。
代わりに、幾つもの十字架とそれに架かっている白い花輪が視界に広がる。
「誰かがしてくれたのかな…?」
「良かったね、姉さん…」
あれから、三年は経っていただろう。
私達は嬉しさのあまり涙を流し、十字架の前で手を合わせた。
カリルもマーリも手を合わせてくれている。
もう、安心だ。
全ての十字架に手を合わせて、私達は故郷の村を後にした。
でも、そこに流れていた微かな魔力に気づく事が出来なかった。
それから十日後、ブリツの街に到着した。
街に着くまでに、何度も剣集団に襲われた。ティアがいないとだめなのかな。
「姉さん、この街には誰かいるの?」
「カリルと出会う前に、ティアっていう人と一緒にいたんだけど、その人のところ」
あれから、ティアの様子は気になっている。日が傾いてるから、家に戻ってるだろう。
市場を通り過ぎて、路地裏にある小さな家に着いた。
扉を小さく叩くと、中からティアの声が聞こえた。
「……レイナ?どうした?」
扉が開くと、白を基調とした部屋着でティアが笑顔で迎えてくれた。
「今、時間ある?」
「ああ、今日は休みだ。中で話を聞く」
一人で住むには少し広い部屋には、大きめのテーブルと椅子が六つ、それにベッドと読書用の机が置かれている。机にはカードの束と指輪が並んでいる。
あの頃と変わらない。
私達は椅子に座り、その間にティアは別の部屋に行ったと思ったら、慣れた手つきで飲み物を用意していた。
「話は何だ?」
「実は……」
私はティアと別れた後の事を全て話した。
マリスのたくらみを阻止して、荒れた世界を元に戻した事、私が人間ではなく有翼人という種族だという事…。
隠し事が出来ないから、全部話した。
私は、口唇を噛みしめて俯いた。ティアは驚くはずだ。
相槌を打っていたティアが口を開く。
「ふーん………」
私もカリル達もティアの反応に、違う意味で驚いた。
「ちょ…ちょっと、ティア!!私、人間じゃないんだよ?」
「レイナはレイナだ、何も変わらない。その幻精郷っていう場所も、自由に行き来できるんだろう?なら、何も心配しないさ」
「……うん」
微笑んだティアの顔も言葉も優しかった。
思えば、一人になった時からずっと一緒にいてくれたし、剣集団を作った時も色々教えてくれた。
胸のつっかえが無くなったら、気分も落ち着いた。
「何日か滞在するなら、たまにはゆっくり話がしたい」
「ありがとう!」
今までに旅で見てきたことを話して、私達はティアの家を出た。
宿に向かう足が軽い。
この街を出たら、私達は幻精郷に向かう。
ブリツの街は眠らない。
真夜中でもカジノから賑わう音と声、路地でも酒を片手に語らう声、夜しか行われない市場の賑わう声が聞こえる。
私は、街で一番高い建物の屋上で街を眺めていた。
空気は澄んで、満月が輝いている。
深呼吸を繰り返して胸に手をあてた。
「隠された真実よ…」
特殊な言葉とともに背中が淡く光り、真っ白な翼が生えた。
羽根が風に揺れて気持ち良い。
「姉さーん!」
下から声が聞こえる。
建物の淵から下を覗くと、ティムが翼を羽ばたかせて飛翔している。
「どうしたの?寝れないの」
ティムは着地すると、小さく呟いて翼を隠して座った。
「だって、今夜は早く寝るって先に部屋に行って、ベッドにいないんだもん」
ティアと別れてから宿に向かい、今日は早めに休もうと話していた。野宿もしていたから、たまにはふかふかのベッドで眠りたい。
「ブリツに来るとね、必ずここで気持ちを落ち着けるの」
私もティムの横に座り、翼を隠した。
「姉さん…久しぶりだね。二人でゆっくり話すの…」
「うん」
父さんと暮らしていた頃は、毎日が楽しかった。花と緑に囲まれて、魔法も錬金術も勉強した。
あの事故でティムと離れて、父さんの過去を知ってしまった。
「でも、カリルやマーリ達に出会えなかったよね」
「うん」
村を出て、たくさんの出会いと別れがある。魔法だけじゃなく体術や剣術も学んだ。
「あ、姉さんさ…カリルの事好きでしょ?」
「えええーーっっ!!!!!」
ティムの言葉に驚いて、思わず声が裏返った。
私は一度も言った事は無い。
「姉さんを見ていたら分かるよ。あたしもそうだから…」
ティムは遠くを見つめて苦笑した。
ティムは、今でもラグマが好きなのだろう。
「カリルは…」
自分でも分からない。
カリルの言葉を思い出した。
「…僕はレイナの事が…好きです」
あの時は仲間だから好きと言ってくれたから、カリルの本心も分からない。
「さ、冷えてきたし宿に戻ろう」
「うん」
私とティムは宿に戻っていった。
その時、ティムの言葉を素直に受け止める事が出来なかった。
次の日の昼。
私達は食堂で食事をしていた。
ティアに挨拶したら、幻精郷に向かう。
「お前ら…そっくりだな」
マーリが私達を見て笑っている。
ちょうど同じタイミングで、フルーツの乗ったパンケーキを食べていたからだろう。
双子だから似てるかもしれないけど、私達は気にしたことが無い。
カリルも穏やかに笑っている。
「マーリは兄弟はいないの?」
私の横でティムがマーリに問いかける。
「俺は、神竜が兄貴みたいだからな」
「ふーん…じゃあカリルは?」
ティムはカリルにも聞いていた。
いつもなら普通に話を聞けるんだけど…今は聞きたくない気分だった。
「ルキアですか?優しくて気が強くて…」
食べ終えた私は、俯いて聞き流そうとした。
今日はカリルの顔を見たくない。
「…結構、レイナに似てますよ」
何故かカリルの言葉が胸に刺さる。
気づいたら、私は椅子から立ち上がって、俯いたまま無言で出て行った。
食堂を出る前に、ティムが何か言っていたような気がする。
昼間の宿は静かだ。
昨日から借りている部屋のベッドの上に座っていた。
どうして、あの時に飛び出してしまったのか分からない。
謝らなきゃ。
沈黙を消すように、扉を小さく叩く音が聞こえた。
「レイナ…入ります」
扉に背を向けて座っているけど、気配でカリルだと分かる。
カリルは部屋に入り扉を閉めた。
「すみません…」
「い、い、嫌だな…私、突然、食堂を出て…」
言い訳をしたけど、それは、嫉妬に近かった。
血の繋がっている家族に嫉妬しても仕方ない。
「本当にすみません!」
カリルは私の目の前にきてしゃがんだ。
カリルの表情が曇っている。
「僕は、レイナに気持ちを伝えました。それなのに…きっと、嫌な気持ちになりましたよね」
「私が悪いの、ごめんなさい」
今になって分かった。あの時の言葉は仲間として好きっていうことじゃなくて、異性として好きっていう意味なんだ。
「妹の事は忘れます…」
「ううん、大切な人だから忘れちゃだめだよ」
カリルと話して気づいた。
私はカリルの事が好きだ。
私は立ち上がり、カリルの手を引いった。食堂に戻らないとティムとマーリも心配してるだろう。
私は聞こえるか聞こえないか分からないくらいの声で呟いた。
「私も好きだよ」
直ぐに手は離したけど、カリルは苦笑していた。
何も言わなくてもいい。
私達はティムとマーリが待っている食堂に戻った。
もう迷う事はないだろう。
私にはティムやマーリ、カリルがいる。
まだ、旅は終わっていない。
これから新しい旅が始まる。




