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WONDER WORLD 2  作者: こと
3/9

第三章 美しき勝負師

日も傾いて薄暗くなってきた頃、レイナ達はブリツに向かって森の中を歩いていた。

森の中にも街道と言える道はあるが、レイナは草むらをかき分けて歩きにくい道を進んでいる。

レイナの後から、カリルとマーリが草むらをかき分けて後に続いている。

「レイナ…どうして街道を歩かないのですか?」

「だって、こっちの方が近いもん」

夕日の光は差し込むものの、森の中は思った以上に薄暗くなっていた。

その時、突然、前方から勢い良く走りだす音が聞こえ、いくつもの火が見えた。

レイナ達の前に、たいまつを持った男達が現れ、その前にいた男達が剣を構える。

「俺らは剣集団(ソードグループ)『炎の狼』だ!!命が惜しかったら有り金を全部置いていきな!」

一人の体格の良い男が前に立ち、大声で叫ぶ。

剣集団(ソードグループ)…?ああ、ごろつきみたいなものか?お前らこそ命が惜しいなら、とっとと逃げるんだな!」

道とも言えない道を歩かされて少なからず苛々しているマーリは、レイナの前に立って挑発した。

「なんだとっ!?」

怒った男は目線で他の男達に合図を送り、レイナ達を囲んでいっせいに剣を構えなおした。

それまでずっと考えていたレイナは、腰に挿している剣の鞘を抜いて、左手だけで構えた。

レイナの目が一瞬で鋭い眼差しに変わる。

「『炎の狼』…だっけ?本当に私の顔に見覚えはない?」

レイナの言葉に周囲の男達は変なものを見るように大笑いをする。

「お前のようなガキなんて知らねぇよ!」

「兄貴!こんな奴ら早くやっちまいましょう!」

男達はリーダー格と思われる男の顔を見ると、顔は青ざめ、レイナの顔を指差した。

「あ、あ、あんた……………まさかっ!!」

男の膝はがくがくと震え、握っていた剣を落としてしまう。

「兄貴?どうしたんだ?」

「…………何をやってるんだ!に、逃げるぞ!」

「あ、兄貴?」

「待ってくださーい!!」

リーダー格の男は一目散に逃げ出してしまう。一瞬の間があったが、取り残された男達も後を追い逃げ出してしまった。

呆気に取られたカリルとマーリは顔を見合わせ、レイナは何事もなかったように剣を鞘に戻した。

「レイナ、何がどうなったか説明しろ」

マーリは不思議に思い、レイナに問いかけた。

「この辺りは治安が良くないし、前に立ち寄った時もこんな感じだったよ」

レイナは僅かに視線を泳がせ、曖昧に答えた。

カリルも何かを察知して、マーリをなだめる。

「まあまあ、そのうちレイナも話してくれますよ。けど、レイナ……もう火は大丈夫なんですか?」

「火?」

思いがけない発言にレイナは少し顔を歪め、マーリも首を傾げる。

レイナは何かを言いかけて悩んだが、何か吹っ切れたのかマーリの顔を見て答えた。

「カリルと旅をする時には言ったんだけど、私、火が怖いの。ロティルの城でティムも話してたけど、村で大火事があってから火を見るだけでも思い出しちゃって……」

「そういえば、お前が火系魔法を使っているところを見た事がないな」

マーリはレイナと出会ってからの出来事を思い出す。

「ラグマと戦った時は、前に左腕につけていた魔法石のおかげなの。火の魔法石の力を借りて発動させたんだ」

「待ってください。ティムとラグマの戦った時の高等魔法はレイナの滞在能力だったのですか?」

それまで話を聞いていたカリルが話を止めた。

有翼人によって属性は異なるが、主な大属性は風と光。大天使の娘であるレイナが、光と真逆の闇魔法を使う事に疑問を抱いていたのだろう。

「…………」

カリルの言葉にレイナは言葉を詰まらせる。

「この際だから言え」

マーリは落ち着いた口調で言う。

「闇魔法も使えるけど……高等魔法はファーシル隊長に教えてもらったの」

「ファーシルさん!?」

「あのジジイ!レイナと会っていたのか!?」

カリルとマーリはそれぞれ違う反応をして驚いた。

「マーリに会う前、ファーシルさんとヴィースに会ったのです。マーリはファーシルさんの事を知っているのですか?」

「炎竜ファーシルはヴィースの師だ。炎竜は剣術に長けていて、ヴィースに剣術や体術を教え込んだ。竜族で師弟関係を結んで力や技を継承するのはよくある事だ」

「じゃあ、マーリはスーマから教えてもらったの?」

今度はレイナが問いかけた。

スーマは竜族の中で最も強く、マーリはスーマの事を兄貴と呼んでいる。

「竜族には兄貴より上に炎竜と俺の師匠がいて、兄貴はその二人から能力の全てを身につけたんだ」

「ファーシルさんが炎竜なら、マーリの師匠も水か氷を使うのですか?」

「ああ。ま、ジジイ二人は楽隠居してるみたいだから会う事は殆どないだろうな」

マーリはあっけらかんとして笑った。

師弟関係があっても、互いに干渉しない場合もあるのだろう。

「ティムが生きている事が分かって、改めて過去を見つめ直したからかもしれない…」

レイナは思い返し、独り言のように呟いた。

「そう思ったら火が恐くなくなったし、なんでだろう…それだけじゃないんだけど、マーリからもらった剣を挿しているだけでも、火に対する恐怖が薄れような気がして…」

「マーリの剣を?」

「俺の部屋にあった剣だから水の属性が備わってる。何か緩和するのかもしれないな………っと、こんなとこで立ち話してたら野宿になりそうだ。街に向かうぞ」

「ええ。レイナもすっきりしましたか?」

カリルは歩きながらレイナの顔を見て微笑する。

その笑顔に不意を突かれたか目を丸くしたが、照れ臭そうに笑い返した。

「よく分かるね」

そう呟くと、マーリより先に道とも言えない道を歩きだした。

それから三人が街に到着したのは、完全に日が沈んだ時だった。



ブリツの街。

港町フォールから近く、巨大なカジノが有名で、昼夜問わず毎日が祭のように活気に溢れている。

レイナは街の見渡すと、笑顔で大きく深呼吸をした。そして、突然、街の中に向かって走り出した。

「ごめん!ちょっと行ってくるー!」

「レイナ?!」

「おい、待て…っ!!」

二人の言葉に耳を傾けず、レイナは街の中に消えていった。


一人になったレイナは歩きながら背伸びをして、市場の中を散策していた。

夜になっても果物や料理を売る声が聞こえてくる。旅人や観光客らしい人達も多く見かける。

「懐かしいー!」

「レイナちゃん、レイナちゃんじゃねぇか!」

一軒の店に立っていた男が、レイナの姿を見ると声をかけた。

それに気づいたレイナも小走りで店に近づいて、並んでいる果実を眺め始める。

「どうしたんだい?」

「近くまで来たから立ち寄っただけ。あ、トリトの実があるー!」

果実の山の中から緑色の果実を見つけると、懐かしそうに手に取った。

「流石、良い目をしてるね。いくつ欲しい?」

レイナは指を数えて、手の平を男に見せる。

「じゃあ、五つ。ねえ、彼女はいる?」

レイナは腰についてる袋からコインを五枚出すと、果実が並んでいる台の角に置いた。

大きな紙袋に入った果実を片手で受け取ると、すぐに右手で一つ取り出して口に運んだ。

「ああ、いつもの場所にいるよ」

「ありがとう」

男は市場の外を指差すと、レイナに手を振った。

手を振れないレイナは笑い返して、市場を抜けるように歩き出した。

市場を抜けて北に向かうと、大きな建物が見え始める。家が書かれた看板とコインを表す看板が掲げてある事から宿とカジノが併設されているのだろう。

外では罵声と歓声が飛び交い、三人の男と一人の女が睨み合っている。

男達は女を囲い、腰からショートソードを抜いた。

「姉ちゃん、もう一回言ってみなっ!?」

「何度も言ってやる。お前達みたいな奴がここに踏み入るな。目障りだ!」

カジノの従業員のような格好をしている女は、男っぽい口調で声をあげた。

真紅の長い髪をはらい、女はベストの内ポケットから青いカードの束を取り出した。

「言わせておけば…この女っ!!」

「おい、カードを出して占いか?」

「今更、許しを乞いても無駄だぜ」

男の声を無視して、女はカードを混ぜる。

女は一番上のカードをめくると、にやりと笑った。

残りのカードは胸のポケットに戻して、一枚のカードを放り指を鳴らした。

「孤独な蛇が潜むのは三ツ又の鉄鎖…スネークチェーン!!」

女が言葉を発動させると、カードから三本の鎖が飛び出して、蛇のように動きだした。

鎖は目にも留まらぬ速さで一本ずつ男達に絡まり、動きを封じる。

身動きが取れなくなった男達を蹴り倒し、鎖を一本に纏める。

「な、何しやがるっ!!」

女は鎖を引いて、周りに居た観衆の前に突き出した。

「どういうつもりだっ!?」

「誰か!私の名前で役人に突き出しておいてほしい!」

それだけ言うと、観衆を抜けて建物の路地裏に入っていった。

「流石、ティア!相変わらずだね」

声がする方を振り返ると、後ろには紙袋を抱えたレイナが立っていた。

「レイナ!!帰ってきたのか」

ティアと呼ばれた女はレイナの顔を見るなり嬉しそうに駆け寄り、肩を小突く。

ティアは紙袋の中身を覗くと、何も言わずにトリトの実を一つ取り出して口に運ぶ。

「ううん、近くまで来たから寄ってみただけ」

「元気そうだな?…そうだ、暫く滞在するのか?」

ティアはあっという間にトリトの実を食べ終え、落ち着いたように息を吐いた。

「うん、依頼も無いから滞在するつもりだけど…何かあったんでしょ?」

レイナが苦笑すると、ティアは少し俯いて呟いた。

「よく分かるな…。実は、数日前から師匠の姿が見当たらないんだ」

「見当たらないって…よく街にいたじゃない?」

「分からない。ある日、街の入口で、不審な男と一緒にいたのを見てから……師匠を見てない…」

俯いたまま途切れ途切れに言葉を続ける。

レイナは少し考えるとすぐに返事を出した。

「分かった。私も一緒に探すよ」

「本当か?すまない…じゃあ…」

ティアは顔を上げて、悲痛な表情でレイナを見つめた。

涙を流してはいないが、内心は落ち着いていられなかったのかもしれない。

「ちょっと待って、ティアに紹介したい人がい…」

「レイナー!!」

その時、遠くからカリルの声が聞こえた。

レイナとティアが振り向くと、カリルとマーリが走りながらレイナに近づいてきた。

「カリル!マーリ!ちょうど良かった!」

レイナは手を振って、大声で手招きした。

「やっと見つけたぜ。宿に行くなら先に伝えろ」

「そうですよ。勝手に走って…二人で探しましたよ…」

マーリは何食わぬ顔でレイナを注意したが、カリルの息はあがっていた。

「レイナ、この二人は誰だ?」

事情を知らないティアは、レイナの顔を見て質問した。

「紹介するね、カリルとマーリ。一緒に旅をしてるの」

レイナはカリルとマーリの顔を見て二人を紹介する。

「私はティア=ガイストだ。よろしく」

「カリルです」

「マーリ」

カリルは笑顔で軽く会釈したが、マーリは何か察知してぶっきらぼうに答えた。

「ごめん、ティアに会いたくなって…」

「人に会うなら先に伝えてくださいね」

「お前らは何を話していたんだ?」

結局、二人に注意される形でその場は終わった。カリルもマーリも、レイナの性格を少しは理解しているようだ。

「ティアの師匠のブロウアイズさんが、行方不明で探そうって…」

「何っっ!!?」

レイナの言葉に反応したマーリは、思わず声を出した。三人はマーリの方を向く。

「あ、いや……………で、どうやってその人を探すんだ?」

マーリは冷や汗をかきつつ、落ち着いて何事もなかったように話を続けた。

「夜も遅いし、今日は宿に泊まるだろう?明日になったら、迎えに行く」

ティアは来た道を戻り、三人を宿に案内した。


夜になっても街中が賑わっていた。

月が空に昇り、やっと街が静寂に包まれた頃、宿の二階の一室では、レイナはまだ起きていた。地下から聞こえてくるカジノの音が気になり、中々寝つけなかった。

ベッドから起き上がり窓の扉を開けると、心地良い風がレイナの肌を撫でる。

「久しぶりにブリツに帰ってきたなあ」

月の光が差し込み、暗い部屋が少し明るくなる。

レイナが窓から顔を覗かせて辺りを見ると、上空から漆黒の羽が舞い落ちている。

レイナがそれに気づいて空を見上げると、上空には漆黒の翼を羽ばたかせたマリスが浮かんでいた。

「マリス!!」

突然のことにレイナは目を見開いて驚き、咄嗟に呪文を唱えようとした。

「こんな街中で魔法を使ってどうするんだ?」

マリスは翼を広げると、わざとレイナと同じ視線まで降りてレイナを睨みつけた。

「……何?」

レイナの怒りが消えることはなかったが、冷静に考えて両手を下ろした。

剣はベッドの横に立てかけてある。取りに行く間に攻撃される可能性がある。

「ブロウアイズは東の廃墟にいる。返してほしいなら、今すぐに来い!」

「東の廃…墟?」

レイナは何かを考えた。何かが引っ掛かる。

「明朝までに来なかったら…」

マリスは素早くレイナに近づき、念を押すように言う。

「お前の大事な奴らを…ぶっ殺してやる!!」

「!!」

レイナは寒気を感じて両手で振り払おうとしたが、すでにマリスはレイナから離れ、翼を広げてどこかに消えていってしまう。

驚いていたレイナは、我に返ると窓を閉めて急いで身支度を整え始める。

気がつくと、隣の部屋から物音が二つ聞こえていた。

数分後。

マリスの気配に気づいたカリルとマーリ、それにレイナとティアも宿の前に集まっていた。

ティアは先程の服ではなく、黒を基調とした動きやすい服装にマントを纏っていた。

親指以外の指には、銀の指輪を身につけている。

「僕らもマリスの気配に気づきましたが…マリスは東の廃墟を指定したんですよね?」

「うん……」

レイナとカリルは同じように少し考えていた。

それを知らないマーリは疑問に思う。

「東の廃墟に何があるんだ?」

「…東の廃墟は以前、闇の精霊シェイドを滅ぼした場所なんです」

「多分、使われなくなった教会だったと思うんだけど、私の魔法で廃墟になっちゃって…」

レイナとカリルは顔を合わせて思い返す。闇の精霊シェイドに操られたスーマと戦ったのもその場所だった。

「とにかく、そこに行ってみないと分からないだろ?早く行くぞ!」

レイナ達四人は街を出て、東の廃墟に向かった。


真夜中の森は鬱蒼としている。

夕暮れの時と違い、レイナ達は整備された街道に沿って走っていた。四人の足音に追いつくように、左右の草むらから複数の足音が加わる。

それはレイナ達を囲み、何十人もの男が巨大な角を生やした青黒い獣を連れ、剣を構えて立ちはだかった。青黒い獣は、人間によって調教されたダークデーモンだ。

「俺達は、剣集団(ソードグループ)『白い女神』!!命が惜しいなら女を置いて逃げるんだな!」

リーダー格の男は太い声で笑って剣を振り回した。

しかし、咄嗟に立ち止まってしまったのはカリルとマーリだけで、レイナとティアは男達の前を通り過ぎようとする。

「おい!無視するんじゃねぇ!!」

「ダークデーモンを引き連れて、金銀を盗み出す集団…」

「卑怯な手しか使えない奴らだな」

男に背を向けたまま、二人は立ち止まって挑発をする。

その言葉に怒りはじめた男は、後ろに引き連れている男達に命令して、ダークデーモンに威嚇させる。

「もう一度言ってみろ!」

男は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「お前らのような者には分からないが、私達の顔に見覚えはないか?」

ティアは振り返り、レイナと顔を見合わせた。

すると男は鼻で笑っていたが、次第に何かを思い出して顔がひきつっていく。

「はぁ?誰がお前達の顔、を……?……ま、まさか、お、お前、らは…」

目を見開いて腰を抜かす男に、別の男達が笑いながら次々に声をかける。

「何やってるんですか!?」

「早くやっちまいましょう!」

「ば、ば、馬鹿野郎!こいつらは…こいつらは剣集団(ソードグループ)『レイティア』だ!!」

男の言葉に、他の男達全員の顔が青ざめていく。

「あ、あの…剣集団(ソードグループ)の中でも半端なく強い奴ら…」

「自然消滅したっていう伝説が…」

剣集団(ソードグループ)っていうより、一人に近い…あ、あの『レイティア』っすか…」

男達は口々に呟いて顔を見合わせ、リーダー格の男は他の男達を置いて逃げ出してしまった。

「あ、兄貴ーっ!!」

「畜生!構わねぇ…やっちまおうぜ!」

残った男達は震える両手で剣を構え、それを合図にダークデーモンも二人に襲いかかる。

レイナは瞬時に剣を抜いて、攻撃を受け止める。

レイナとティア、二人の目つきが変わっていく。

「久しぶりにやるか?」

「うん!」

ティアの言葉を合図に二人は間合いをとり、ダークデーモンを引きつけるように走り出した。

二人は平行に走り、その間にも攻撃はかわしていく。

「チェーンジッッ!!」

ティアが声をあげると、ティアの身体は紅蓮に光る剣に変わり、ティアに近づいたレイナがそれを左手で握る。

「いくよーー!!」

強気に笑うレイナは風のように走り、ダークデーモンに接近して剣を振りかざした。

跳躍して着地した瞬間、ティアは元の姿に戻り、全てのダークデーモンは真っ二つに切り裂かれ炎に包まれる。

「腕は落ちていないようだな」

「もちろん!」

二人は顔を見合わせて笑った。

それを見た男達は全員で二人に切りかかった。レイナはティアの前に立ち、攻撃をかわしていく。

その間にティアは、腰に下げている小さな袋から黒いカードを取り出すと、言葉を発動させた。

「猛き狼の怒涛の牙…キラーファング!!」

カードに描かれた模様が光ると、ティアの指輪が光り、鋼の刺のようなものが伸びて爪の形に変化した。

ティアはレイナの前に立ち、男達の剣を次々に薙ぎ倒していく。ティアに殴り掛かろうとした男は、ティアに手首を引かれ軽々と持ち上げ投げられてしまう。

「何?!」

また一人の男がティアに切りかかろうとしたが、それより早くティアは男の懐に入り、腰を目掛けて回し蹴りをした。

あまりの攻撃の速さに残りの男達は恐怖を覚え、剣を捨てて逃げ出してしまう。

『ああぁぁぁーーっっ!!』

悲鳴がこだまして、辺りが静かになる。

呆気にとられていたカリルとマーリは、我に返り溜息を吐いた。

「…凄い、そんな力を持っていたんですね」

「俺の剣を左手だけで握っていたのも驚いたが…両利きだったんだな」

レイナとティアは苦笑する。

いつの間にか、魔法で作られた爪は元に戻っていた。

剣集団(ソードグループ)は元々、街を守るために作られたらしいんだけど、次第に金品を盗んだり、街や自然を荒らしたりする人達が増えて…。そこで、当時、街で出会ったティアと組んで悪さをする人達を追い払っていたんだ」

「名前が広まるようになって命が狙われるから、名前は封印したんだけどな」

「…うん。人の気配がしないうちに早く行こう!」

カリルとマーリは知らなかったレイナの過去を聞いて驚き、レイナは思い出したように声を出すと再び走りだして廃墟に向かった。

月は傾き始めている。

森を抜けると廃墟が見えた。

あの時のように、入口の扉は開いていた。

四人が恐る恐る中に入っていくと、真っすぐ続く廊下の壁には、まるで誰かを招いているように明かりがともされていた。

「あの時と一緒だ…」

「レイナ、こんなところに師匠がいるのか…?」

ティアは眉間に皺を寄せて、レイナの後ろ姿に問いかける。

「静かに…何かいます」

カリルが何かに気づいて、立ち止まった。

四人の目の前に青白い光りが現れ、近づくにつれて人の形だと気づく。

腰まで伸びた髪に、顔には目立つ大きな十字傷、決して明るいとは言えない廃墟の中でそれは本当にいるのかどうか分からなかった。

「師匠!!」

それを見たティアが驚いて声をあげた。

最後尾にいたマーリも驚いている。

それは虚ろな目で立っているだけで、動こうとしない。

「…師匠?どうしたんだ…?」

「ダイアモンドブレス!」

ティアが一歩踏み出そうとしたその時、後ろからマーリが魔法を放った。

無数の氷の刃は、レイナ達の目の前で粉砕して、レイナ達の前にいるものを消してしまった。

それを見たティアはマーリに近づいて胸倉を掴む。

「何をしたっ!?」

マーリはびくともせず、無言でティアの両手を振り払った。

「レイナ、この先だな?!」

「う、うん」

マーリの声にレイナは驚いたが、廊下の奥を指差した。

マーリは怒りをあらわにして足早に歩き、三人は後に続く。

やがて目の前に大きな扉が視界に入る。マーリは気にすることなく、錆びた扉を勢いよく蹴って開けた。

それまでと違い、中はまるで建てたばかりのように綺麗だった。

四人は目の前にあるものを見て言葉を失う。

天井まで高く大きな竜が、雪のような水晶の中に閉じ込められていた。

『師匠っ!!!』

それを見たマーリとティアが悲痛な声をあげた。

ティアはマーリの顔を見た。自分以外にそれを師匠と呼ぶ人がいるとは思わなかったのだろう。

「何故、お前が師匠を知っている…?」

「大人しく楽隠居してればいいものを…」

マーリは俯いて舌打ちをすると、天井を見上げて叫び出した。

「マリスッ!!出てきやがれーっ!!!」

レイナとカリルも辺りを見回す。

「早かったな」

声が聞こえた方を向くと、竜が閉じ込められている結晶の頭上に、マリスが座っていた。

右手には短剣を握っている。

「師匠をこんな風にしてどういうつもりなんだ!?」

「愚かな人間が」

ティアは目の前にいる少年が師匠をさらったと思い敵意を見せた。

マリスの呟いた言葉に、ティアの怒りは増した。

「お前に問う。何故、人を殺してはいけない?人は自然を破壊して、自分の利益のために罪を犯す…。その人間を何故、殺してはいけない?」

突然、マリスの投げかけた質問に四人は驚き、思わす考えてしまう。

一瞬の沈黙の中で、ティアは顔を上げて答えた。

「それは…悲しむ人がいるからだ」

「そうか…!」

マリスは怒りと憎しみがこもった声で叫び、手にしていた短剣を強く握ると竜の右目を突き刺した。

突然の出来事に、マーリとティアが同時に叫んだ。

『師匠っ!!!』

二人の声を聞いたマリスは立ち上がり、声をあげて笑った。

「はーっはっはっはっ!!お前らも同じ苦しみを味わえ!」

マリスは水晶を蹴って、地面に着地した。

水晶は音をたてて砕けるが、竜の瞳からは血が一滴も流れることはなかった。代わりに、そこから霧のようなものが吹き出すと辺りの空気が冷えていく。

霧は人の形に変わり、実体していない透明な身体は水のように透き通っている。

それはうっすらと瞳を開いた。

「我ハ水ノ精霊ディーネ。天上ノ輝キヲ身ニ纏イ、永久ノ瞬キヲ抱ク者ナリ…汝ハ何ヲ望ム?」

「水の精霊!目の前にいる奴らを殺せ!」

マリスは漆黒の翼を羽ばたかせる。

「逃げるつもりか!?」

マーリはマリスを睨みつけて声をあげる。

「逃げる?戦い好きの馬鹿な竜族に構う暇はない!」

「我ハ封印ヲ解イタ者ニ従ウ…」

ディーネが呟くと、周りに水の泡のような球体が浮かび上がり、螺旋を描いてティアに襲いかかる。

「っ!!」

突然の出来事にティアの足は震え、動くことができなかった。思わず目を閉じてしまう。

何かと何かが爆発して、部屋中に冷たい風が吹き荒れた。

ティアはゆっくりと目を開いた。すると、目の前には竜の姿に変身したマーリが立っていた。

「…竜?」

「何をしてる!?……マリス!!俺を怒らせるなよ?」

マーリはティアの顔を見て一喝すると、マリスに向かって口から光る球を吐き出した。

光る球は光線のようにマリスに向かっていく。

「挑発に乗ると思うな!」

そう吐き捨てると、マリスは瞬時に消えてしまう。

光線は虚しく壁に当たっただけだった。

マーリの後ろで立ち尽くしていたティアは我に返ると、カードを取り出して一枚選び、言葉を発動させる。

「彷徨う火神が掲げる紅き槍、フレイムスピアー!!」

カードが光り、幾つもの炎の槍が現れるとディーネに向かって加速する。しかし、ディーネの周りに氷の刃が現れ炎の槍を弾き飛ばしてしまう。

ようやく状況を理解したティアは、大きく深呼吸をした。

「アノ人ト同ジ技ヲ使ウ人間ガイタ…」

ディーネは表情を変えずに誰にも聞こえないように呟く。

それまで様子を伺っていたカリルは何かに気づいた。

水の精霊ディーネは、他の精霊よりも鋭く強く力を感じていた。水晶に包まれた竜も気になるが、それ以上に自分達に危機が降りかかろうとしている。カリルはレイナに近づく。

「レイナ、僕が呪文を唱えている間に、風の魔法を出して下さい」

「…うん、分かった」

レイナが頷くより先に、カリルが前に出た。

「(あの魔法は危険すぎる…一か八か…)」

カリルに不安が過ぎった。もしかしたら、また同じことが起こるかもしれない。

しかし、カリルは瞳を閉じて意識を集中させた。

「…聖なる炎よ、悪しき闇を葬り、今、全てを包め…」

カリルが呪文を唱えると、カリルの周りの弾き落とされた小さな炎が輝いて、線を結ぶと魔法陣を描き始める。

カリルを包む白い光が引くと、再び強く輝きだした。

それを見て、レイナも呪文を唱える。

カリルに迷いはなかった。

「ゼーレ!!!」

「ウィンドサイクロン!」

カリルが魔法を発動させると、魔法陣から光と炎が交差した火柱が飛び出して、一瞬にしてディーネを包み込んだ。

同時に、レイナの放った竜巻が火柱に交わり勢いを増していく。

「クアァァァァーーーッッ!!!!」

炎と竜巻の中で水蒸気が上がり悲鳴が聞こえる。

「………成功した」

自分が放った魔法に驚いたカリルから大量の汗が流れ、呼吸が乱れて両膝をついてしまう。

炎と竜巻が消えると、身体から蒸気を発しているディーネが浮かんでいた。

「………我ハ負ケナイ」

「カリル!!」

力を使いきったカリルは立ち上がれず、呆然としている。

気づいた時には遅く、ディーネは巨大な氷の球体を生みだし、カリルに向かって投げつけていた。

ティアは咄嗟にカリルに近づいて、持っていたカードを発動させた。

「慈母が施すのは聖なる防壁、クロスシールド!!」

カードが光ると、ティアの目の前に十字の魔法壁が現れディーネの攻撃を防ぐ。汗をかきながらティアは次々にカードを取り出して、言葉を発動させる。

「火焔が導く紅、フレアボールッッ!!」

カードから幾つもの巨大な炎の球が飛び出して、不規則な動きでディーネに向かっていく。

避けきれないディーネは次々に炎の球にぶつかり、赤く染まりながら湯気を吹き出す。

「グウアァァァーーーーッッ!!!!!」

「はあぁ…はぁ、はぁぁ…」

力を使い果たしたフィアは、その場に倒れ込んでしまう。

水蒸気に変わり、ディーネの姿はそのまま消えてしまった。

「ティア!!」

「カリル!」

レイナはティアに駆け寄りティアの身体を支える。カリルは何とか立ち上がり、レイナに近づいた。

その時、突然、地面が揺れ始め天上から瓦礫や岩が降ってくる。

「崩れる!?」

さらに激しく揺れて、建物は音をたてて崩れ落ちていく。


「あんな所で魔法ぶっ放し続けたら、崩れるに決まってるだろーが!!」

崩れ落ちた廃墟の上空では、竜の姿に戻ったマーリがレイナ、カリル、ティアの三人を抱えて翼を広げていた。

暗くてはっきりと分からなかったが、廃墟は完全に崩れていた。

マーリは安全に着地できる場所に向かって、下降し始める。

「………師…匠…」

マーリの腕の中でティアの身体が小刻みに震える。

声を殺して涙を流し、涙はマーリの腕に零れ落ちた。

「……………」

マーリは何も言わずに空を見つめていた。

気がつけば、もうすぐ夜が明ける。



その後、ティアとカリルの回復を待った四人は、再び廃墟があった場所に向かった。

水晶に包まれた竜の姿は無く、まるで最初からいなかったように消えていた。

「…本当にいいの?」

レイナは背を向けているティアに問いかけた。

カリルとマーリに話をして、ティアを旅の仲間に迎えるつもりだったのだ。

しかし、振り向いたティアは首を横に振った。

「すまない。レイナの気持ちは嬉しいが、しばらく一人になりたいんだ…」

師の行方が分からず、目の当たりにした現実も信じることができなかった。

「また、街に来てくれ」

「…うん、分かった」

苦笑したティアの顔を見て、レイナはすぐに気づいた。

三人は街に戻ろうと森の中を歩き始めた。

マーリは途中で立ち止まり、ティアの顔を見た。ティアは苦笑しながら手を振って見送っている。

マーリは右手で拳をつくり、左手で重ね合わせた。

それに気づいたティアは驚いていたが、何かに気づいてマーリと同じ動作をする。

それはマーリとティアが知る共通の動きだった。

「マーリ?どうかしましたかー?」

遠くからカリルの声が聞こえる。

気づけば、レイナとカリルの姿は小さくなっていた。

「何でもねぇ!」

マーリはレイナ達に追いつくように、再び走りだした。

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