第一章 リベンジゲーム
雪が降る町スノーフリア。
山の中にある町は気候の為に空は雲で覆われ、一年のほとんどが曇りや雪だった。
「…ここがスノーフリアか。やっぱり防寒具を買っておいて良かった。あーっ!寒い!」
町の入口に、暖かそうな毛で作られた厚手のマントを身に纏った少女が、同じような材質で出来た手袋をつけて立っていた。
色素の薄い青い髪と瞳を持つ少女は、フードを目深にかぶりなおすと溜息を吐いた。
吐息は白く、寒さで自然と背中が丸くなる。
「早く仕事を終わらせて、ふもとの街に戻ろう!!」
少女は背筋を伸ばして、村の中へ進んだ。
外では子供たちが雪を丸めて遊んだり、追いかけっこをしている。
少女が目的の家を探して歩いていると、目の前の曲がり角から人が現れる。
薄い紫の長い髪に紫色の瞳、そして右頬には古い傷痕。少年は髪を一纏めに結い、防寒具を着ていた。
少女は少年に見覚えがあった。
「あっ!!」
声をかける間もなく、少年は走り去ってしまう。
少女が息を切らして後を追うと、そこには教会があった。民家より一回り大きくて、祈りや集会の為に用いられているのだろうと思った。
少女は閉ざされた扉を叩く。
暫くすると、中から先ほど走り去った少年が扉を開けて現れた。
「いらっしゃい………レイナ…!?」
「やっぱり、カリルだ!」
黒を基調とした牧師の服を着たカリルは、レイナの顔を見て驚いた。
その顔を見て、レイナも笑顔が零れる。
教会の中は思っていたよりも広く、祭壇と長椅子が幾つも並んでいた。
防寒具を脱いだレイナは祭壇の近くの椅子に座った。
「あれから、もう一年半経ったんだよね。カリルはずっとこの町にいるの?」
「ええ、この町で牧師の見習いとして、付近の宗教を学んだり、魔法の勉強もしています」
「カリル…その、翼…?!」
防寒具を脱いで髪をほどいたカリルの姿を見て、レイナは驚いて声をあげた。
今まで右にしか生えていなかった真っ白な翼が、両方に生えていたのだ。
有翼人特有の真っ白な翼はとても綺麗だった。
「ああ、半年前くらいでしょうか…突然、激しい痛みに襲われ、気づいたらもう片方の翼が生えたのです」
カリルは悲しい顔で左翼を撫でている。
「神様が許してくれたのでしょうか…」
カリルの左翼は、約千五百年前に起きた戦争で、竜族によって引きちぎられたのだった。
レイナはカリルの痛々しい顔をずっと眺めていた。
「ところで、この町に何か用事ですか?」
カリルの言葉に、レイナの表情が固まった。
教会から離れたとある民家。
広間には、レイナとカリル、それに中年の男性が座っていた。
「こんな寒い町にようこそいらっしゃいましたー。カリルさんも旅の人の案内をありがとう」
白髪混じりの髪を掻きながら、男性は笑顔で二人を迎えた。
教会から急いできた二人は、少し息が荒かった。
ここに来る前に、カリルは牧師の服から旅用のローブに着替えていた。
「(言えない……カリルに会えたから用事を忘れてたなんて、絶対に言えないっっ)」
室内の暖かさと動揺で、レイナの額から汗が流れている。
「早速ですが、これを見てください」
男性はテーブルの上に置いてある木箱を開けて二人に見せた。そこには白金に輝く丸い宝石が丁寧に布に包まれていた。
「これは『風牙の爪』といって、町に代々伝わる不思議な宝石です。頼みというのは、これを下の街に行って、ロゼッタという人に渡して欲しいのです」
男性は上着の懐から小さな麻袋を取り出して、木箱の横に置いた。
「これは前金として受け取ってくれ。ああ、残りはロゼッタに催促してください」
「は、はい…」
レイナは頷きながら、布に包まれている宝石と小さな麻袋を普段身につけているマントの中にしまった。
二人はスノーフリアから下山して、ふもとの街ヴェーアンに辿り着いた。
山といっても標高は低く、一日か二日あれば行ける距離だ。
活気に満ちた通りを抜け、二人が向かったのは街の南部に位置する城。その城の門の前で立ち往生していたのだった。
「だから、隊長に会わせてほしいって何度も言ってるでしょ!」
「お前みたいな娘は通すわけにはいかぬ!!」
「おとなしく帰れ」
門の前に立つ二人の兵士は長い槍を握り、毅然とした態度で動くことは無かった。
レイナも引き返さず、門番に呆れなれながら何度も頼みこもうとした。
「この城に用があるの!!」
「し…しつこいぞ!」
レイナの挑発的な態度は、兵士の怒りを買い、レイナに向かって同時に槍を構える。
「ちょ、ちょっと…」
カリルは驚きつつ、兵士の行動を警戒していた。
その時、門の扉が大きな音を立てて開く。
中から現れたのは、四十代半ばくらいの濃い橙色の髪の男性だった。男性が兵士を見ただけなのに、圧力に似た空気を感じる。
「何事だ?」
「ファ、ファーシル隊長!!」
ファーシルという男の顔を見るなり、兵士達は驚いて姿勢を正した。
しかし、レイナは男性の顔を見て喜び、兵士達の間を抜けてファーシルに近づいた。
「隊長!」
「なんだ、お前が騒いでいたのか?」
ファーシルは少し表情を緩めると、再び厳しい口調で命令する。
「この者は私の知り合いだ。粗相のないようにしてほしい」
『はい!!』
兵士達はまっすぐ立ったまま敬礼して道をあけ、レイナの後をついてカリルも城に入っていった。
城内の廊下は茶色と明るい薄茶色を基調として、濃い緑の絨毯とカーテンや調度品を見ると、今までに見てきた華やかな城とは違っていた。
二人はファーシルの後ろを歩いていた。
「ファーシル隊長、助かりました」
「その言葉遣い、どうにかならんか?知らない間柄でもないだろう。…ところで、お前がカリルか?」
ファーシルは歩きながら、首だけでカリルの顔を見ると苦笑した。
「はい、初めまして…」
レイナの後を歩きながら、カリルは警戒していた。魔力はそれほど強く感じないが、人間とは違う種族の雰囲気に違和感を覚えていたからだった。
「レイナから話は聞いている。この暴れん坊が迷惑をかけてすまないな」
ファーシルは立ち止まり、レイナの髪をぐしゃぐしゃに撫でた。
「隊長」
「それにヴィースも悪さをして…すまなかったな」
「どういう事ですかっ!?」
ファーシルの言葉に驚き、カリルは声を張り上げる。
違和感は解決された。
この雰囲気は、以前戦った赤竜士ヴィースに似ていたのだ。
カリルの問いに答えたのはファーシルではなく、レイナだった。
「あのね、隊長はヴィースの師匠なんだって。ヴィースの剣は代々継承されてるみたい」
「成程…まさか僕のことも知っているのですか?」
レイナの言葉を聞いても警戒は解けない。竜族と有翼人が対立しているわけではなく、翼狩のようにいつまた自分の身に何が起こるか分からなかったからだ。
「レイナが話したことだけしか知らないが、私は幻精郷にいた時から隠居の身だ」
今度は身体ごと振り返りカリルを見つめて笑った。
その表情を見て、やっとカリルの警戒は解かれた。
「それで、今日は何の用だ?」
「あ、うん。この城にロゼッタっていういたよね?」
それが普段の口調なのか、レイナは敬語を止めて話した。
「ああ、それなら訓練場だ」
ファーシルは方向を変え、細い道を抜けた。
階段を降りて大きな扉を開けると、広間には、鎧を着て剣を振る何人かの兵士達がいた。
その中で、輝く白金の甲冑に身に纏った人物が、兵士達を見渡していた。
白金の甲冑に身に纏った人物は、ファーシルに気づくと足早に近づいた。
「隊長、何か御用ですか?」
ファーシルと同じくらいの背丈の人物は女性の声だった。
「ロゼッタ、お前に用があるらしい」
そう言うと、ファーシルはレイナ達の方を振り返り、ロゼッタに紹介した。
「初めまして。これ、スノーフリアにいる人から預かってきました」
レイナはマントの内側の布に手を当てて小さく呟くと、マントの中に手を入れて、先程渡された白金の宝石を取り出した。
「ああ、それは私のだ。ありがとう」
ロゼッタはレイナが差し出した宝石を受け取り、自分の鎧の腹部の空洞にはめこんだ。
宝石は吸い込まれるようにぴったりとはまり、まるで元からその場所にあったように輝きを増している。
「それにしても、女性なのに鎧は重たくないんですか?」
レイナはロゼッタの甲冑を指して問いかける。
声は二十代くらいに聞こえるが、女性がここにいる男性たちと同じ甲冑を身につけて動くのは相当厳しいと感じた。
しかし、ロゼッタはあっけらかんとして答える。
「ああ、私はリビングメイルなんだ」
「リ、リビングメイル…ですか?」
レイナとカリルは同時に驚いた。
リビングメイル。
魔法や錬成術によって、空っぽの鎧に魂を吹き込み、人間のように動くもの。会話をしたり意思はあるが、魂だけだからこそ痛みを感じないという。
二人の驚いている反応を見て、ファーシルは、やっぱりな、という顔で頷いた。
「この城の者は知ってるし、私も実感は無いんだが…知ら…」
ロゼッタが話していると、突然、地面が揺れ出してレイナ達は慌てて天井を見上げる。
天井から崩れ落ちた場所から土砂が落ち、広間にいたレイナ達は急いで階段を駆け上がった。
地上に上がったファーシルは近くにいた兵士に問いかけた。
「これはどういう事だっ!?」
「はい!何者かが上空から侵入し、この城を破壊しているようです!」
地震は続き、天井の一部が崩れ落ちる。
レイナ、カリル、ファーシル、ロゼッタは近くの扉から外に出た。そこは中庭で、瓦礫であちこちが崩れていた。
四人が上空を見回すと、黒い羽がひらりと舞い落ちる。
そこにいたのは、黒い衣服と漆黒の翼、衣服が違うせいか最初は分からなかったが、まぎれも無くマリスだった。
「レイナ=ドルティーネもいるだと?!……ラグマ様の敵っ!!」
翼を羽ばたかせ空中に浮かぶマリスは、急降下してレイナ達に接近すると、両手から魔法を放つ。真っ黒い魔法球は電気を帯びて、加速していく。
カリルは咄嗟にレイナの前に立ち、魔法で防御壁を作った。
レイナ達を見て最初は気づかなかったが、何かに気づいたマリスは瞬間移動をしてロゼッタの背後に立つ。
「お前…リビングメイルだな?!」
マリスは瞬時にロゼッタの鎧に触れ、魔法を放った。
一瞬にして鎧がバラバラに砕け散り、胸部に埋められた宝石は地面に落ちて音を立てて崩れた。
「ロゼッター!!」
ファーシルは砕け散ったロゼッタの鎧を見て、驚いて言葉を失う。
その時、砕けた宝石から白い霧が吹き出した。白い霧は次第に人の形に変わり、女性の姿となっていく。
「あれは…」
カリルはその光景に驚きを隠せなかった。
透明な身体、柔らかいが強い魔力、風の流れが激しく感じる。
それは静かに瞳を開いて、言葉を発した。
「我ハ風ノ精霊シルフ。光アル風ニ身ヲ包ミ、翼ヲ創リシ輪廻ノ者ナリ…我ヲ喚ンダノハ誰ダ?」
白に近い水色の瞳と髪、エルフのような尖った耳、そして風のようなドレスを身に纏っている。
精霊の力を借りて魔法を使う者でも、姿があるのを知る人間は少ない。
初めて精霊を見たレイナもまた、その姿に圧倒されて言葉を失っていた。
「風の精霊!お前を喚んだのは俺だ」
マリスは待ち望んでいたかのように答え、翼を広げると飛翔して空中に浮かんだ。
「…我ハ余リ戦イヲ好マナイ。オ前ハ何ヲ望ム?」
「他の建物は破壊しても構わない、目の前にいる奴らを全て殺せ!」
シルフは溜息を吐くとそのまま宙に浮かび、張り詰めた空気が荒々しく変わっていく。
「我ハ封印ヲ解イタ者ニ従ウ…」
シルフが両手を掲げると風が竜巻に変わり、鋭利な刃がレイナ達を襲う。
風の刃は簡単に城の柱や壁を切り壊し、衝撃で亀裂の入った建物が崩れ落ちる。
崩れ落ちた瓦礫の塊が、ファーシルの頭上に落下しようとした。
「隊長ー!!」
レイナが叫び剣を抜こうとしたその時、どこからか別の声が聞こえた。
「師匠ーーっ!!」
突然、カリルの身体から何かが抜け出して、カリルは妙な感覚に襲われその場に膝をつく。
カリルの左手首に光るブレスレットは砕け、身体から抜け出した何かは疾風のようにファーシルに近づくと瓦礫の塊を粉々に砕いたのだった。
マリスは不快なものを見るようにそれを睨む。
レイナ達の目の前には、剣を構えたヴィースが立っていたのだった。
「ヴィース?」
「師匠、すまねぇ…」
ヴィースはファーシルの方を向くと、苦笑して謝った。
「まあいいや。俺にはこの骸霧がある!覚悟しろ!」
濃紅の髪を掻きあげて両手で剣を握りなおすと、シルフに突進していく。
「全く…あの馬鹿はいつまで経っても成長しないな…」
ファーシルは引き止めようとしたが、ヴィースの性格を理解してか溜息を吐くだけで動こうとしなかった。
「カリル…大丈夫?」
レイナはカリルの元に駆け寄り、意識を確認した。
それまで穏やかだった風は渦を巻いて、刺さるように冷たく感じる。
ファーシルの言葉に耳を傾けず、ヴィースは建物や瓦礫の山を登り跳躍してシルフに切りかかる。
シルフの右腕は切られ身体から離れるが、風が集まりまた直ぐに元に戻ってしまう。
ヴィースは動揺せずに、シルフの左腕、右足、首、左足を切りつけていく。しかし、次々に風が集まると元に戻っていってしまう。
「赤竜士!精霊に物理攻撃は効かない事ぐらい知ってるだろう!?」
「ああっ?」
マリスはヴィースを見下して笑うが、ヴィースも低い声で唸ったかと思うと、犬歯を見せて睨みつけた。
「骸霧を知らない奴が吠えるな!よーく見ておくんだなっ!!
ヴィースは剣を握りなおし、跳躍すると力を込めてシルフの心臓を突き刺した。
すると、今まで傷一つつかなかったシルフの透き通った身体が光り輝き、紅い魔法陣が浮かび上がった。
「コノ魔力ハ……ヤ、ヤ、ヤメテーーーーッッ!!」
シルフの顔が歪んで苦しそうに悶えると、身体はバラバラになり消えていってしまう。
「シルフに、直接魔法陣を描いたか…」
マリスは少し驚いていたが、自分を見ているヴィースを睨みつける。
「俺より下の奴が吠えるな!さ、かかってこいよ!」
ヴィースは剣を構えたまま、今にもマリスに飛びかかろうとしていた。
「今日のところは…」
マリスは焦りながら、翼を広げてとこか遠くへ飛んでいってしまう。
ヴィースは面白くない顔で、マリスが飛んでいった方を睨んでいた。
「ヴィース!」
状況を理解できなかったレイナとカリルは立ち上がり、ヴィースに近づく。
ファーシルはヴィースの背後に立つと威圧するようにヴィースを見ていた。
「詳しく話せ」
城の被害は思っていたより少なく、城下街に及ぶことは無かった。
兵士達が瓦礫を片づけている間、レイナ達は中庭の端にいた。ファーシルが何か言う前に、カリルがヴィースに問いかける。
「どうして、貴方がここにいるんですか?貴方は死の契約で消えたはすではないのですか?」
「お前、失敗したな…?」
ファーシルは隣にいるヴィースを睨む。
「師匠…うん、あ…いや、だから最初に謝ったじゃねぇか!」
冷や汗を流しながら必死で弁解しようとしたが、最後には開き直っていた。
ファーシルが横にいるだけでヴィースの様子が違う。師弟関係は厳しいようだ。
「俺達の持つ死の契約は一つでも間違えると、無効になるんだ」
ヴィースの話に続くように、ファーシルもレイナとカリルに説明した。
「成立すると力を渡し、二度と実態化することは出来ないのだが、成立しなければ身体は無くならず、力も渡す事にはならない」
「最初は俺も気づかなかったが、お前ら有翼人には苗字が無かったな?だから、今でも俺の身体は残ってる」
三人の会話にレイナの中に疑問が生じた。
自分は体験していないからはっきりしなかったが、ふと、その相手が浮かんだ。
「だから、マーリも契約に失敗して出てきたんだよね?」
「マーリ?」
カリルはレイナの顔を見た。カリルも同じことを考えていたようだった。
「マーリは誰と契約した?」
「スーマです」
カリルの言葉を聞いたヴィースは呆れたように驚きを見せる。
神竜スーマ。
竜族の中で最も強く、その本来の竜の姿を見たものは限りなく少ないと言われていた。
レイナ達と行動していたが、何者かによって滅ぼされてしまった。
「は?あいつ、馬鹿か?!」
「スーマには無意味だろう…」
スーマを呼び捨てにするファーシルに、レイナとカリルは不思議な感覚だった。
いつの間にか、中庭にいた兵士たちの姿はなかった。
「さ、私はそろそろ失礼する。城主が私を探しにくるだろう。城の修復もある」
ファーシルは周りを見てからレイナの顔を見る。
「お前らは、これからどうするんだ?」
「私は、北のフォールの町に行こうと思ってる。ヴィースは…?」
「俺は…一度、幻精郷に戻って様子を見てくる」
瓦礫に座っていたヴィースは立ち上がり、ファーシルの様子を伺う。
ファーシルは頃合いを見計らったようにヴィースと同時に竜の姿に変身した。
「し、師匠…?」
ファーシルの竜の姿はヴィースの竜の姿より、一回り大きく炎のような色の身体だった。
「気が変わった。私も幻精郷についていこう。なに、少しの間いなくなっても城主は心配しないだろう…それより、もう一度ヴィースの生半可な態度を直してやる」
「隊長、風の精霊はどうして宝石の姿だったか知ってる?」
レイナは、竜の姿のファーシルを大きく見上げて問いかけた。
あまり動じていない様子だったが、強い力を受け、ファーシルの本来の姿を肌で感じて少なからず動揺しているようにも見える。
「精霊は、外界から身を隠している。封印を解いた者に従うという噂は本当だったようだな…」
ファーシルもまた精霊の存在に驚いている様子だった。
「魔法にいくつかの属性があるように、いくつかの精霊が存在するとします。その精霊が消えてしまったら、何か起こるのですか?」
今度はカリルが二人に問いかけた。
闇の精霊シェイドが消滅し、風の精霊シルフも消滅した。闇と風の魔法を見た時に何かを感じていたのだ。
「有翼人は風には敏感だな。簡単に言うと、魔力は増幅する…が、自然の力は乱れ始めるだろう」
ファーシルがカリルの顔を見て答える。
「もしも全ての精霊が消滅するような事があれば…」
ヴィースは言葉を濁した。
ファーシルが代わって言葉を続ける。
「自然が破壊され、世界が消滅すると言われている…」
『!!!!!!』
レイナとカリルは驚いて絶句した。
「ただし、光の精霊は希望や革新を意味する…何かを破壊するとは思えない…」
「精霊を探すのは難しいが、気配を察知できるなら誰かを探した方が早くねえか?俺は先に行くぜ」
ヴィースは翼を羽ばたかせ、空に向かって吠えると大空に向かって飛翔していく。
「ヴィース!!全く…いつまで経っても子供だな。レイナ、この近くに嫌な気配を感じる。何か探してみるのはどうだ?」
そう言い残すとファーシルも翼を広げ、ヴィースの後を追うように空に消えていった。
「行っちゃった…」
中庭に残された二人は顔を見合わせる。
「マリスは精霊を消滅しようとしているのでしょうか?」
「そうだとしたら止めなきゃ!」
レイナは崩れていない出入口を探そうと周りを見たが、いつの間にか兵士たちの数が増えて瓦礫の撤去をしていた。
「カリル、また一緒に旅をしない?」
レイナは飛翔呪文を唱えようとした。しかし、咄嗟に呪文を唱えずに魔法を発動してしまう。強い魔力を持っていれば、呪文の詠唱無しで魔法の発動する事もできるが、コントロールが難しく、レイナは余程簡単な魔法ではない限り使用していなかったのだ。
「…あれ?」
「レイナが詠唱無しで発動させるなんて珍しいですね」
カリルは翼を広げ、飛翔した。
片翼しか無かった時は特殊な魔法で翼を隠して飛翔魔法を使用していたが、翼が生えてから魔法を使っていなかったようだ。
「…もう飛翔魔法を使わなくていいの?」
「僕も翼が生えるとは思っていませんでしたが、きっとこれが有翼人本来の形なんでしょうね」
カリルはレイナと同じ高さまで飛翔すると、右手を差し出した。
「改めて、よろしくお願いします」
「うん!」
軽く握手を交わして、再び二人の旅は始まった。