俺が世界で一番イケメンだ、そんなふうに考えてた時期が俺にもありました
「……知らない天井だ」
幼少期より周囲の人間から美少年だとチヤホヤされ、毎日のように誘拐されかけまくった俺は、すくすくと女嫌いに育ち、立派な次期辺境領主へと変貌を遂げた。
いつまでも嫁を娶らず、跡取りをつくろうとしない息子に業を煮やしたオヤジが、王都で開かれる侯爵家のパーティーに俺をぶちこんだことは記憶に新しい。
結婚適齢期を若干過ぎたとはいえ、次期辺境領主で優良物件な俺。パーティー開始直後から名だたる令嬢達に囲まれた。
恐れおののいた俺はマッハで隅へと移動し壁の花との同化を試みる。そうして必死に気配を殺し、飾られていた薔薇に無駄に指を滑らせたのが運の尽き。気づいた時には遅かった。
使用人が抜き損ねたのであろう薔薇のトゲで出血し、オヤジにも殴られたことが無かった俺は自分の血を見て気絶……ついでに頭を打って前世の記憶を取り戻した次第である。
「お目覚めですか? アレン様」
「ええ、ご心配をおかけしました」
主催者の侯爵が心配そうにこちらへ視線を向けてくる。ここは客間のベッドか?どうやら目覚めるまで見守っていてくれたようだ。女性アレルギーを持つ俺のためにホスト自ら、それも自分の血で気絶した男の介抱とか本当に申し訳ない。
「指と額のお怪我はこちらで応急処置をさせていただきました。おい、アレン様に鏡を!」
「ハッ!」
侯爵の横に立っていた護衛が跪き、うやうやしく俺に鏡を持たせる。鏡の中には額に小さな絆創膏を貼り付けたゴブリンこと俺がいた。うん、安定の不細工。
前世の記憶を取り戻した段階で薄々感づいてはいたんだけど、やっぱりこの世界の美的感覚は日本のそれとは大きくかけ離れている。いや、むしろ真逆だ。自他ともに認める美少年とか思ってた時代が黒歴史レベルで懐かしい。
ちなみに現世のアレンという人格は、前世の俺という人格が主導権を握った時点で消滅した。独身、それも清らかな身体を保ち続けてくれた彼には感謝の言葉しか浮かばない。安らかに眠れ、アーメン。
「親切丁寧な対応、恐れ入ります」
「いえいえ、元はと言えば当家使用人の管理不足が原因ですから……入れ、アメリ!」
「ひっ……し、失礼致します!」
弱々しい声と同時に入室してきた女性はとても小柄な人だった。栗色のセミロングヘアー、長いまつげに縁取られたミント色の瞳。メイド服から覗く手足は白く、握りしめたら折れてしまいそうに細い。
今にも泣き出しそうな顔をしているアメリさんは俺的絶世の美女でした。ハッキリ言おう、どストライクの超タイプ。
「アレン様は私のせいで怪我をしてしまったと聞きました……大変、申し訳ございませんでした!」
「見た目はアレですが良い仕事をするので重宝しておりました。ですが、さすがに今回の件で手放すことに致しました」
大事なことだからもう一度言おう。「アメリさんは俺的絶世の美女でした」……身も蓋もない言い方をすれば、彼女の容姿はこの世界基準では歴史的醜女って事だった。
苦々しく告げる侯爵の横で唇を噛みしめるアメリさん。あ、そっか。今回の件は勝手に転んだ俺の不注意であるとはいえ、被害者と加害者がハッキリしてるもんな。
ふむ、と考えこんだ俺に名案が浮かぶ。
「侯爵、どうせ手放すおつもりなら……そのアメリという侍女、私に頂けませんか? 田舎の我が家はちょうど人材不足でしてね」
金持ちだから人手は足りてるけど、「俺の嫁」という名の人材が不在だったから嘘はついてないよ。永久就職できるアメリさんにも損が無く、男色という噂が流れはじめた俺にもメリットがある。
……というか、俺は彼女に一目惚れしてしまったのだ。イケメンの俺が、歴史的醜女と接点をもてる機会なんて今後そうそう無いだろう。いろんな意味で。
「え? しかし彼女はご覧の通りの容姿をしておりますよ。よろしいのですか? アレン様」
「次期辺境領主である私に侯爵家侍女ごときが怪我を負わせたとなれば、世間が黙っていないでしょう。そうなると侯爵も面倒なことになるかもしれません」
なる(かも)ではなく、なる(確定)だけどな。「アメリさんを差し出さないなら全力イケメン補正で悪口言いますからね」っていう、これ以上無いぐらいわかりやすい脅しだ。
「変わったお方だ……まぁ、良いでしょう。もともと手放す予定だった使用人です。明日にでも書類をご用意致しましょう。アメリ、近日中に荷物をまとめるように」
「侯爵の寛大なお心遣いに感謝致します」
ヤレヤレと肩をすくめる侯爵に対し、凶悪な笑みを浮かべる俺……計画通り。怪我したことを忘れて握りしめた拳はちょっぴり痛かったです。
「今からお帰りになるのは大変でしょう。今宵は当家でごゆるりとお過ごしください。行くぞ」
「ハッ!」
「旦那様、私はどうしたら……」
「現時点をもってお前と当家の雇用関係は解消された。今、この時よりお前の主人はアレン様だ。今後のことはアレン様から直接指示を仰ぐように」
「そ、そんな……」
無情な言葉を残し護衛と去っていく侯爵。扉の中に残されたのは俺とアメリさんの二人だけ。パーティー中のご休憩は貴族社会では良くある話だ。
当然俺はいきなり事を進めるような、そんな野暮な真似はしないがな。名前を呼び捨てにするぐらいは許されるだろう。
「さてアメリ、たった今よりお前の主人となったアレンだ。お前、俺のことはどのぐらい知っている?」
「貿易の要所となっている海に面した辺境の次期辺境領主様です。見目麗しい容貌の……その……同性愛者であると伺っております」
前言撤回。今すぐその噂が嘘だと、その柔肌に教え込まねば。俺はベッドからするりと立ち上がりアメリの前へと歩を進めた。
「俺は異性愛者だ。残念ながらこの歳まで運命の人と呼べるような女性に出会えなかったが……とはいえ生理的欲求は自然に生じてしまう。今までは自らの利き手でそれら全てを自重してきたが、この有様だ。責任を取ってくれるな?」
利き手の小さな傷をわざとらしく見せつけ、反対側の手でアメリの頬をなぞる。ゴブリンフェイスでいちゃもんレベルの誘い方だが、ウブな彼女には効いたらしい。ビクリと固まる様子はまるで野生の小動物のようだ。
「お戯れを……こんな容姿でも結婚には憧れているのです。お手付き侍女に未来はありません。どうか考えなおして下さいませ……!」
か、かわいいぃぃ!震えながらの上目遣い。もともと整った顔立ちでのそれにより俺の理性は簡単に崩壊した。
「うん、わかった。そっちの責任は取るから、うん、もう同意ってことで良いよね、アメリ?」
ムードもへったくれもあったもんじゃない。かぶってた猫を脱ぎ捨てた俺は怪我をした方の利き腕一本でアメリをベッドに押し倒した。いや、だってトゲがちょっと刺さっただけだし。全然健康だし。
「ふぇ? あ、アレン様?」
頬を染めた彼女が目を丸くする。困ったようにキョロキョロと動く瞳もまた愛らしい。
そうだな、まずは黒いワンピースを脱がして、新妻らしく裸エプロンになってもらうとするか。そう英断した俺は、色気のないカボチャパンツに手をかけあっさりと彼女の身から引き剥がす。
「え、えええええ……んぅ……」
うるさい唇はふさぐに限る。徐々に深くなる口づけにアメリの息も荒くなっていく。恐怖の色を宿していた眼差しもだんだんと蕩けるようなものへと変化していった。
「じゃ、最初の命令……俺が良いと言うまで動くな。わかったね?」
アメリの抵抗が弱くなったのを確認し耳元で囁く俺。そんな言葉に彼女は諦めたように頷き、優しくしてください……と呟いた。それがまた可愛かったのは言うまでも無い。
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「昨晩はお楽しみでしたね」
翌朝、ニヒルに笑った侯爵は教会へ提出する情事後のシーツを快く譲ってくれた。
結婚するならどんな女でも良いと豪語していたオヤジは、宣言通りアメリを可愛がり立派な孫馬鹿になった。
昔は、俺が世界で一番イケメンだ……そんなふうに考えてた時期もあったが、蓋を空けてみれば、俺が世界で一番幸せ者だ、が正解だったなぁと思う今日この頃である。