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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

縄文の言の葉

作者: 風連
掲載日:2016/06/09

海沿いに面したこの小さな社殿しゃでんが、45年に1度、建て替えられる事は、世間には知られていなかった。

それ程古くから、人目に触れないやしろだったのだ。

その年、新しい社殿を建てるため、吉備きびの的当て行事が行なわれた。

神官の見守る中、この大役を巫女が演じる。

その足元の石畳には、渦巻きの紋様が描かれ、大輪の花の様に、外に外にと、広がっていて、その周りには玉砂利たまじゃりが引き詰められていた。

真ん中の少し盛り上がった石に乗り、巫女は弓と矢を構えている。

祝詞が読み上げられると、その場に緊張感が生まれた。

白の着物に白袴の神官は、瑞々(みずみず)しいさかきを持ち、その場を払う。

普通はあんと呼ばれる足付きの細長い台なのだが、ここでは八角形の台に、鯛や野菜や果物や餅と共に、依代よりしろが、乗っていた。

神官の後ろに控えていた、朱色しゅいろの袴の3人の巫女の手の中の小さな鐘が、打ち鳴らされた。

弓に添えられた矢が、キリキリと音をあげる。

白装束の巫女の、その白魚の様な手から、藍色あいいろ矢尻やじりを染めた、白羽の矢が、弧を描いて飛んだ。

人も来ないような寂れた社に、これを観ようと、民俗学部の大学生が、押しかけていた。

禁忌きんきのこの弓当ての儀式に、時代のゆるみからか、魔がさしたのだろうか。

自分の甥の友達と言う、先頃の抜けた大学生に、神官がたかくくっていたのかもしれない。

それ程、悠久ゆうきゅうの時が過ぎてたのだ。

矢は観衆の見つめる中に、空を切り空地に突き刺さった。

そこが次の社殿の場所に決まったのだ。

それを見届けて、神主もホッとしている。

弓を降ろした巫女の衣擦きぬずれの音が、矢が切り裂いた後を埋めていた。

止まっていた風がよみがえり、巫女のほほを柔らかく撫でていく。

波の寄せて返す音も、足下から湧いている。

手順どおり、一礼し、大役の巫女は石畳から降り、こちらに帰って来た。

祭壇にお辞儀をすると、弓当ての儀式は滞りなく終わった。

観ていれば、あっけないものであった。

ただ1人、里中さとなかけいを除いては。

彼は目眩めまいおそわれていた。

クラクラするその先には、あの弓を違えた巫女が立っていた石畳があった。

慧は、髑髏どくろの幻覚を見ていた。

二重三重に揺れてざわめく石の中から、眼の穴も黒々とした髑髏が、こちらをにらみながら、湧き出てきていたのだ。

彗が髑髏と睨み合ってるのをそこにいた誰も気がつかなかった。

慧の背中から白いもやが生まれ、彼を包んで行ってるのにも、気が付いたのかもしれなかったが。

それはほんの一時で、慧の目の前から髑髏は消えた。

ジットリとかいた汗が、耳の横を流れていった。

慧の背中には薄いかすみが、ほんの一筋残っていたが、まるで生き物の様に、首筋からその中にツイッと、消えていった。

我にかえり、石畳を凝視したが、その花の様な螺旋らせんの紋様のまま、石は石であった。

何故かホッとした。

ゾロゾロと社殿に向かう一団の後を、慧は小走りで追いかけて行った。

今回の行事について、レポートするのだ。

フィールドノートの製作は、大事だ。

靴を脱いで、上がっていくと、巫女を控えた神官を囲んで、みんなが座っている。

あわてて一礼し、そばの折り畳み式の椅子の様な胡将こしょうに、腰掛けた。

これより先は、一般人には本当に禁忌なので、触りだけ話してもらうのだ。

名前の伏せられた天子様からの御達しで、この行事はいつとは無しの遥か昔より、続いて来ていたというのだ。

その先は、国造りの神世が現れてしまうので、やはり聞かせてはもらえない。

あの石畳は、八方睨みの龍の左眼なのだそうだ。

そこから湧く様に描かれた花のような紋様は、方角を指していた。

それを描いた図を見せてもらった。

北には玄武げんぶと呼ばれる亀、但し尾にあるはずの蛇はここでは描かれない。

南に朱雀すざくと呼ばれるほのおをまとった鳥が描かれた。

西に白虎びゃっこという、白い虎が描かれていて、東には、絡み合う2匹の蛇が描かれるているのだという。

古代中国を創設したと云われる蛇身人頭の姿をしている伏犧ふくぎ女媧じょかとは違い、赤と青の2匹の蛇は、頭から尾まで蛇身で、その尾が二股に割れていたのだった。

「これは、五行ごぎょうでもありませんし、方角と言うのにも、本来は東を司る青龍が左目だけで中心にいますから、この二体の蛇のことわりが途絶えてしまって居る今、如何様いかようにも説明が出来なのです。」

神官は1度言葉を止め、この大学生たちを見渡した。

甥っ子は、ボイスレコーダーと携帯を持ち、次の言葉を待っている。

現代っ子らしい事、この上なかった。

「どうぞ、書き写した物をコピーしたものです。

ご覧になってください。」

先程の弓の巫女が、まとめられた紙の束を左端の学生に渡した。

「その下の紙には、今話した事と、さっき見て頂いた一連の行事の事が書かれています。」

みんなに、紙が渡った。

「そして、それ以上は、お話する事もお教えすることも、あいなりませんので、どうぞ、ご了承ください。

本日はご足労、ご苦労様でございました。」

神官は、サッと立つと、きびすを返して、奥に消えていった。

呆気あっけに取られている彼らを残し、巫女もその後をついて、居なくなってしまった。

ガタガタと全員立ち上がり、紙を持ったまま、ゾロゾロと社の外に出ていた。

消化不良感が拭えず、誰も口を開かなかった。

禁忌の式は、見たのだ。

だが、謎のままだったのだ。

神官の甥の佐古田さこた飛翔かけるが、クルリとこちらを向いた。

「さて、これをどうまとめるか、だな。」

「飛翔は、こうなるのを知っていたのか。

物凄く中途半端な気分だよ。」

不満げな能山のうやま義一ぎいちの問いに、飛翔は、頷いた。

「儀一は、どうなると思っていたんだ。

儀式を見られただけでも、凄い事なんだぜ。

それにこの2匹の蛇だ。

蛇体神についても調べなけりゃならないぞ。

手がかりは貰ったんだからさ。」

飛翔が、あの紙をパタパタと振って見せた。

まるで小学生時代の宿題のように見えた。

誰かが答えを知っているだろうが、誰も応えないだろう。

慧は、持っていたバインダーにその紙を挟んだ。

「慧は、どう思う。」

唐突に、宮下みやした守哉もりやが、聞いてきた。

虚を突かれた慧は、思わずさっきの事を話し出したのだった。

「あの石畳の真ん中。

ほら、青龍の左眼。

だけど、あの髑髏は、人型だったから、あれは龍ではなくて、人だよ。」

騒めきが彗を囲んだ。

だが、一通り聞くと、単なる幻覚、慣れない儀式での緊張感がもたらした物と話は尻つぼみに終わった。

だが慧は、あの髑髏を動画でも見るように、思い浮かべられるのだ。

眼窩かんかの深さ、頬骨ほほぼねの高さ、あごの幅広さ。

華奢きゃしゃな感じは微塵みじんもない、力強く威圧的な髑髏だったのだ。

ほとんどの歯は抜け落ちていたが、長く鋭い犬歯が、不気味だった。

それに、渦巻きの紋様が額に掘られていたのだ。

蛇もクネクネと渦のようにトグロを巻く。

帰りの電車の中でも、彗は寡黙かもくだった。

慧は、挨拶もそこそこに、ひとり帰って行った。

気になって仕方なかったのだ。

自分の部屋で、もらってきた紙を何回も読んでみたが、落ち着かない。

そればかりか、不安が広がって行く。

もう、駄目だ。

慧は、夕闇の迫った街に飛び出し、駅に向かった。

決心して、出るのが遅かったので、電車が途中で、途切れてしまった。

朝まで待てない。

慧は、終電の遠ざかる明かりを見ながら、線路に飛び降りた。

携帯の懐中電灯を頼りに、線路を歩く。

土地勘の無い場所なので、道路より安心だが、慣れない線路歩きに、時々つまづいた。

枕木の幅を覚えてからは、スムーズに足を進めた。

田舎のひと駅は長い。

それでも、線路伝いに、ひと駅、ひと駅と歩いて行った。

見覚えのある駅に着いた頃は、真夜中に近かった。

月の無い策月さくつきの夜だったが、星だけでも、かなり明るい夜だった。

やがて、微かな灯を頼りに歩いて行くと、今日見たあの石畳の場所に出た。

慧はここで、見張ることにしたのだ。

何を、と、訊かれたら、返答に詰まるが、今は木の陰で、石畳を見張っていたいのだ。

石畳の周りには、松明たいまつかれ、ユラユラとかげあかりが踊っている。

石や玉砂利の影も、揺れる松明と共に、影と明かりを躍らせていた。

ジャリっと、音がした。

社の方からだ。

何人かの人の気配がする。

慧は思わず、息を止めた。

昼間とは違い、真っ黒な着物に袴を履いた巫女が、漆の黒で光る弓を抱えて、こちらに歩いてくる。

松明の明かりでは、顔までは見えないが、多分昼間、弓を引いた巫女さんだろう。

その後ろを神主と他の巫女がゾロゾロと歩いて来る。

全員、真っ黒な出で立ちをしている。

弓を持った巫女があの石の上に立つと、神主が祝詞のりとを上げ始めた。

たま由良ゆらは、中の言葉ことはの〜えにしつゆぞにー。

顔明がんめいありき〜永見所ながみどころの〜りき、そ姿すがたを、可撫かなたてまつたまえー。」

黒い紐が何十本も下がっているはらぐしもまるで生き物の様に、キラキラと輝いていた。

その後の記憶が無い。

慧が目覚めたのは、朝靄あさもやの薄水色の薄縁うすべりが、とばりすそをからめ流れている夜明け前だった。

固まっていたかのように身体が痛い。

眼が開かない。

思わず、うめくと後ろから、同じ様な呻き声が、聴こえてきた。

手で眼をこすると、ブックリとれている。

手の甲で、ゴシゴシこすって、ようやく眼を半分開けた。

開かない眼をすがめたまま後ろを見ると、飛翔が、眼を擦っている。

「飛翔、なんで、いるんだ。」

「うん、慧か。

眼が開けられないんだよ。」

「腫れているからだ。

開くから、頑張れ、もっと。」

飛翔も、三分の一くらい、眼を開けたが、片目は開かない。

ものもらいと蜂に刺されて、ダブルで腫れた見たいな顔だ。

すがめた眼で、辺りを探る。

有難いことに誰もいない。

松明の燃え残りの臭いが、鼻を刺激する。

もっと見ようとした矢先、意識が飛んだのだ。

「あれ、あれ見ろよ、あれ。」

飛翔が、ブルブル震えて、指差した方は、松明の下だった。

まだよく見えないが、眼を凝らして見る。

1番近くのくすぶる松明の下には、黒い山羊がうずくまっていた。

見れば、10本の松明の燃え残りの下に、黒い陰が固まっているのがわかる。

涙が出る。

闇雲に擦りながら、どうにか眼を開ける。

「あれ、死んでないか、、、。」

飛翔の声が、震えていた。

ダランと伸ばした首の先に、角の生えた頭が有り、真っ黒なその頭に、風切羽かぜきりばねも黒の矢が、刺さっている。

山羊は動かない。

その黒い毛を風が逆立てて行くが、置物の様に、松明下に置かれていたのだ。

上がってきた太陽が、その矢の先に、血溜まりがあるのを、教えてくれる。

玉砂利の上に塊になってるのは、血だ。

黒く紅くテロテロと光り、盛り上がって固まっているのがここからでもわかる。

日が射すと、血の溜まりが、光を乱反射させ出したのだ。

生贄いけにえ

慧は、飛翔を掴み立ち上がらせると、辺りを警戒しながら、森の中に入っていった。

飛翔もされるがまま、共に後ずさった。

2人がやぶの後ろに頭を隠した時、玉砂利を踏む音が、聴こえてきた。

藪の中で、2人は、その音があちこち歩き、何かを引きずっているのを、感じていた。

眼が言うことをきかないのだから、隠れているのが1番の得策だろう。

やがて、玉砂利を踏みしめていた者達は、何処かに消えていった。

しばらく待ってから、慧は飛翔を引っ張ると、無言で、歩き出した。

ここの近くの駅で電車に乗っては、行けないだろう。

誰がいるか解らない。

万が一、あの儀式の時の巫女さんとかに会いたくはないのだ。

獣道を探り探り歩いて行くと、飛翔が立ち止まり、指を刺した。

「あそこに、車で来て停めてるんだ。」

朝靄あさもやに濡れたボンネットが、光っていた。

上手く歩けない飛翔を引きずる様にして、車に急いだ。

慧でさえ、途中で電車が終電になってしまって、此処への乗り継ぎが出来なかったのだ。

後から来た飛翔が、車を運転していなければ、此処に来る事は出来なかっただろう。

助手席に飛翔を座らせ、慧は運転席に身体を滑らせた。

車の中は、あたたかかった。

2人で飲みかけのペットボトルのお茶を飲んだ。

慧の眼は、だいぶ開いていたが、飛翔は益々腫れている様だ。

まるで小さな水風船を眼の上に押し当てているみたいだ。

お茶の残りでテッシュを湿らせ、眼の上に当てさせた。

不安と緊張が入り混じり、飛翔は眠りに落ちていた。

慧も寝たいのだが、開きだした眼を凝らして、周りを警戒していたので、眠る事はなかった。

ダッシュボードを開けて、ボトル入りのガムを見つけて、口に入れた。

ミントと甘い香りが、車内に広がる。

何も考えられず、ガムを噛んだ。

どれぐらいそうしていただろう。

口の中のガムは味を無くしていた。

ビクンと大きく爆ぜる様にして、飛翔が、起きた。

もう少しで天井に頭をぶつけるところだった。

「大丈夫か、確りしろ。」

ずれ落ちたテッシュの隙間から、濁った眼が覗いている。

座り直し、態勢を整えると、こちらを向いた。

「俺、見えたんだ、骸骨の亡霊。

あれは、悪霊なのか。

俺ら、呪われて眼が腫れているのか。」

そう言いながら、飛翔が泣き始めた。

見えづらい眼から涙は溢れていた。

「泣くなよ。

ほら、テッシュだ。」

飛翔が泣き止むまで、慧は待った。

鼻をかんだ飛翔は少し元気になったみたいだ。

2人の眼の腫れも少し引いてきた。

「あれは、呪ってくる様な感じじゃなかったさ。

もっと、威圧感あって、堂々としてたろう。

あの犬歯の長さが、気になるけど。

俺らを呼び寄せたなら、何かあるはずだ。

呪うなら、昨日の昼間で出来たはずだ。」

慧は車のエンジンをかけた。

「朝飯、食いに行こう。

飛翔はサングラスしてた方が良いと思うけどな。」

ダッシュボードの中で見つけたサングラスを渡すと、飛翔は言われたままにそれをかけた。

「運転出来そうか。」

「ああ、だいぶ見える。

何かにかぶれたのかもしれないしさ。」

バックしながら、雑木林の中を立木を避けながら、少し行くと、砂利道が出た。

窓を開けて、辺りの音を探る。

何せ視界が半分なのだから、音が頼りだ。

遠くで波の音がしている以外は静かだ。

慌てず、トロトロと砂利道に入った。

鼻面を駅に向けて、静かに走ることにした。

駅に続くアスファルト道路に出たが、慧は真っ直ぐ駅に向かわず、反対方向に車を進めた。

遠回りでも、リスクは避けたい。

慧の車が三叉路を抜けた頃、二台の車がその砂利道から現れ、駅に向かって行ったのだった。

慧と飛翔はかなり走って、ようやくコンビニを見つけた。

おにぎりやコーヒーを買い、目薬も手に入れた。

ウェットテッシュも買った。

お湯を入れたカップ麺は、美味かった。

目薬をさすと、かなり眼が開いた。

慧が車を運転していくのには、支障が出ないだろう。

飛翔の顔も、かなり腫れが引いてきた。

片目も開いてきて、なんとなくホッとした。

「あれが、見てはいけない、本当の禁忌だったのかな。」

「解らないけど、あの石畳に立ってみたいんだ。

弓と矢がいるな。」

「俺ら、巫女さんになるのか。」

慧のつぶやきに、飛翔がチャチャを入れた。

思わず、笑った。

「それはそれで、いるだよ、弓と矢が。

あの儀式の用のじゃなくてもさ。

そう、思えるんだ。

巫女の衣装はいらないだうろ。」

「ハハハ、お前の袴姿も結構いけたかもな。

俺んちに確か古い弓があったから、矢もあるはずだ。

無けりゃ、100均で、探そうぜ。」

慧は頷くと、自分たちの街に向かって、車を走らせた。

目薬が殊の外効いて、少し痒いが、車はスムーズに、道路を走って行った。

飛翔はあの骸骨の話をクドクドとしたが、同じ物を見ていたので、慧がその口を閉じさせた。

慧と違って、車で来ていた飛翔は疲れていたのだろう。

文句を言いながらも、又寝てしまった。

慧は何故だか、気力が溢れている。

ハンドルを切りながら、弓と矢を求めていた。

飛翔の家の弓と矢はかなり古い物だったが、弦も貼れたし、使い物になりそうだった。

2人は、ガソリンを入れ、今夜、申し合わせて、又あの場所に向かう事にした。

飛翔に自転車を借り、一旦別れて、慧は自分の部屋で寝る事にした。

慧の夢は、現実を映さない。

荒唐無稽なヘンテコな世界観で溢れている。

それゆえ毎回、夢は夢と直ぐに知れる。

滝の上に立っていた。

足元から、雲が湧くように、水が溢れ下に落ちている。

また、夢だ。

滝の色は、変化して海に注ぎ込み海の色を淡く曇った白っぽい水色に変えているが、直ぐに元の青に飲み込まれていく。

滝はそれを繰り返し、音の無い世界で永遠に落下していた。

水平線は歪み、空と混ざりながら、雲を湧かせている。

ジットリと汗をかいて、眼が覚めた。

思わず、眼のあたりを探ったが、腫れはひいていて、視界は開けていた。

シャワーを浴びてから、今夜の支度をした。

携帯に飛翔からのメールが来ている。

もう、迎えに来るみたいだ。

慌てて、髪を乾かし、服を着た。

どうなるだろう。

禁忌の儀式は終わっているから、何も起こらないかもしれない。

それでも、あの石畳に呼ばれている気がするのだ。

携帯が鳴って、飛翔だ。

下に降りると、車があった。

「よし、行くか。」

運転席の飛翔の問いかけに、うんと頷いた。

儀式の事、その後の黒装束での松明の中での、祝詞のりと、気を失ってからの、腫れた眼。

覚えてる事柄を、堂々巡りになってしまうが、話さないではいられない。

途中で、小さな食堂に寄り、定食を食べた。

夕方間近の中途半端時間帯で、2人の他には誰も居なかったので、話すことがはばかられて、静かな時間を過ごした。

くすんだテレビが、夕方のニュースをやっている。

煮魚定食は、普通に旨かった。

海藻の和え物が小鉢にあり、名も知らない貝の身が薄切りで入っていたぐらいしか、印象はなかった。

そこを後にすれば、後少しで、あの石畳の場所に行ける。

夕陽が夕闇としのぎを削り、闇に徐々に負け出した頃、木立の間に、車を停めた。

真っ直ぐあるかず、社の方に向かい、そっと伺うと、人の気配は無い。

車も駐車場には無く、明かりを灯す人もいない様だ。

それでも2人は、そこに隠れて、暫く様子を見た。

波の音が、静かに寄せては返し、風に塩を運んできていた。

「よし。」

それを合図に、2人はあの石畳に向かった。

その場所に松明は無く、血の跡も無い様だ。

逢魔時おうまがときの影が消えた時間は過ぎて夜がやって来ていたが、夜目に眼が慣れていたし、石畳は白っぽいかったので、歩くには、支障をきたさなかった。

飛翔を社と石畳の間に残し、慧は弓と矢を違えて、龍の眼の上に乗った。

何もしてないのに、弦がビーンと、鳴った。

矢を構えると、石に刻まれた螺旋の渦が光出し、それぞれの獣達が、浮かび上がり出した。

慧は、矢を自分の足元の龍の眼に、打ち込んだ。

矢は、石に当たり跳ね返るはずが、吸い込まれて、消えていった。

矢を放った弓は、またもやビーンと、鳴っている。

木霊でもいるかの様に、重なった音が、あたりに響いた。

龍の眼が開いた。

石に描かれていた物ではなく、その中にいた、龍の眼だ。

そしてそれは、犬歯を持つあの頭蓋骨の眼だったのだ。

踏ん張って立っている慧の足元から、黒い沼の中から湧いてくる様に、骸骨の姿が現れた。

いつの間にか、玄武も朱雀も白虎も2匹の蛇も周りに浮かんでいる。

骸骨の左眼の、龍の眼がこちらを見ている。

「眼をもらうぞ。」

パクリと開いた大きな口の奥から、その声は響いてきていた。

慧は右眼に痛みを感じたが、そのまま立っていた。

涙が溢れる。

今、骸骨の暗い穴には、2つの眼が、はめ込まれていた。

「見よ、今の時間を生きる者らよ。

我が時間の始まりと終わりを。」

慧は、夢の中にいた。

ゆったりと流れる時間をさかのぼり、あの滝の上に立っていた。

滝の側には、小さな集落があり、平和に暮らしている人々が見えた。

不思議な土器を、土をこねるだけで、作り出し、こねた粘土板に模様や人や獣を描き、渦巻きを重ねると、それらは硬い土器になるのだ。

手をかざせば、土が動き、呼べば、木の実が集まり、海から貝がやってくる。

野生の稲や麦や栗の実も集まって来る。

道具はほとんどが飾りの様で、生活には、この呼び寄せの力を使っているのが、よく判る。

獣も呼ばれれば直ぐにやって来る。

自らのその身を投げ出すのだ。

そして彼らも、生命がこの世の外に向かうと、その身を世界に帰すのだった。

彼らは骨も残さず、世界に還っていく。

そして、その悠久の時間は、外からの侵略者によって、打ち壊された。

呼び寄せの力はなかったが、彼らは殺戮の力を持っていた。

食べる為ではなく、自分たちだけが生きる為に、その力を使っていたのだ。

闘いは、呆気なかった。

呼び寄せの力を戦闘に使うことに慣れていなかったので、彼らには選択肢は、逃げることだけだった。

だが、ここから離れては、呼び寄せの力は弱くなってしまう。

安住の地を追われ、彷徨さまよいいながら、北に逃げたが、力は無くなり、あの不思議な土器を作る事も出来なくなっていった。

粘土板に、歴史を刻む事も出来ない。

彼らの土器は、焼いてないので、持ち主が離れると、かなりもろい。

あちこちのこういった場所から、彼等は追い立てられ、数を減らしていった。

新しい野蛮な者達は、ここの力を巧く使えなかった。

やがて、捕らえられた者達が、呼び寄せの力を、彼等に教えた。

彼等は、土器や粘土板をこさえたが、力が弱く、形を保っていられない。

やがて、器を野焼きして、土器の形を固めることを思いついた。

最初こそ、渦巻きや獣を描き、作っていたが、彼等には苦役な事だったのだ。

誰かがあっさりとした、紋様の無い器をこさえると、渦巻きも大きなうねりや粘土板も、見向きもされなくなった。

呼び寄せの民の力も、雑婚によって、失われたが、王の血脈には、その力が湧いて出てくるのだ。

闘い方を覚えた王は、反旗を翻したが、多勢に無勢。

闘うことがそもそも無理な話だったのだ。

彼等は、争いに耐えられない仲間の力で、封印された。

呪いも怒りも、全てこの石畳の下に。

人としての姿を無くしても、彼の嘆きは収まらなかった。

封印を堅牢な物にするべく、社が建てられ、石畳がひかれた。

「今の世に、帰る気はないが、我らを捉えてやまないこの渇きを、お前に託そう。

お前は、我らの跡を探す者。

王の末裔。」

慧は崩れて、石畳の上に座り込んだ。

「我が眼を。」

慧の右眼の中身が帰り、左眼には龍の力が宿った。

「呼べば、応える者がいるだろう。

お前が我が問いかけに応えた様に。」

髑髏は、二重三重に増え重なり、やがてひとつになって、石畳の下に、吸い込まれていった。

辺りはすでに真っ暗で、青い稜線に星が光出していた。

腰が抜けた様だった、飛翔が走り寄ってきた。

「見たぞ、慧、お前と一緒に。

俺には、龍の眼は宿らなかったが、お前が見たものは、俺にもみえたんだ。

あれは、縄文人か。」

「そうだ。

古代日本人。

言葉も文字も持っていなかった事にされた古代の人々だ。」

飛翔の手を借りて、立ち上がると、2人は、石畳を後にした。

車の場所に帰り、シートに座ると、落ち着いた。

「で、どうする、この先。」

「彼等は、外見は雄々しく猛々しく見えるが、争い事は嫌いだし、下手くそだ。

まあ、そんなもの巧くても、仕方ないけど。

俺は、無くなった歴史を掘り起こそうと思う。

幸い、民俗学なんてのをやってるし。

飛翔は、どうする。」

「俺は、入り口を覗いて、ビビる様な無粋な男じゃないぞ。

付き合う。

この眼が見せて来るものが、見たい。

俺だって、チョビッとぐらいは、縄文人の血が入ってるだろう。」

「そうだな。

争って負けたなら、争わずに勝つ方法を探ろう。

縄文時代の歴史が変わるかもしれないし、日本語のルーツを見つけられるかもしれないぞ。」

閉じ込められ封印されていた過去が、2人の若者によって、動き始めていた。

たとえ1滴の水でも、流れ始めれば、やがて滝になり、川になり、海に注ぐまで、その流れを止めはしない。

夢の滝が、虹をその手に抱きながら、時の海の中に、流れ落ちて行っている様に。


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