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2001年(4)

2001年8月15日(水)  天気:晴れ 最高気温:32.8℃


沖縄に帰省したくない最大の理由はこれだった。こうなるに決まっている。フェリーの甲板から、母と兄に向かって手を振る。父は離れたところにいた。

私が手を振ると、父も手を振ってくれた。そして、涙を拭う仕草をしたように見えた。母と兄が父のほうを見ると、それに気付いた父は、軽トラックの影に隠れてしまった。


仕事は明後日からだったが、那覇で高校時代の友人たちと会うことになっていたので、今日島を出るのだ。

俊と保とウッチーも見送りに来てくれた。上京する時よりも、胸が張り裂けそうだった。東京で働くことになって、島のあたたかさを知った。父と母に愛されていたことを知った。

フェリーが離岸して、ゆっくりと離れていく。このスピードがつらかった。絆創膏をゆっくり剥がす痛みに似ていた。


島に高校はなかったので、私は俊や保と一緒に那覇の高校に進学した。俊は水産高校に入り、保は農業科のある高校に入った。

私は軽音楽部のある高校に進学し、クラスメイトの女子4人でバンドを組んだ。最初はまじめに取り組んでいたが、徐々にメンバー全員が恋愛過多になり、バンドは自然消滅した。

ちなみにバンド名は、『ウマクー4』だった。ウマクーとは方言で“悪ガキ”という意味で、尖った感を出したかったのである。


国際通りの裏手にある居酒屋で、高校時代の青春を共にした静子と由香里、仁と久しぶりに再会した。由香里と仁は高校卒業後に付き合うようになっていた。静子は大学で知り合った彼氏がいるそうだった。

私は広告制作会社の同期と付き合っているとウソをついた。そして、調子に乗って会社行事の花見の時に撮ってもらった佐藤くんとのツーショット写真を見せた。この写真は気に入っていて、定期入れに忍ばせていた。

佐藤くんと付き合えたら、私は一生分の男運を使い果たすことになるだろう。


「デージ、イケメンさー。いいなあ、町子」


と由香里が言うと、仁が嫉妬してしまい、険悪なムードになる。

由香里は、高校の頃からファンクラブができるようなモテ男を好きになるタイプだった。


「仁も負けてないよ。かっこいいよー」


静子がフォローすると、


「さすがシズ、わかっているやっさー」


と仁の機嫌が直る。

静子と仁は小学校からの幼馴染みで、中学校の時に付き合っていたという噂もあった。その為、今度は由香里が静子に嫉妬する。


「なんでシズにデレデレしているばー」


「はあ、褒められて喜んだだけさー」


「もう、喧嘩しないでよー」


私は笑いながら、仲裁に入る。放送禁止用語が飛び交う、チーフコピーライターの佐野さんと、チーフデザイナーの浅井さんの喧嘩に比べたら、かわいいものだ。

こんなちょっとしたことで喧嘩ができるなんて、よっぽどお互いのことが好きなんだろう。


「そうだ、町子、上原先生がどこの学校に行ったかわかったよ」


静子がそう言うと、


「どこ?」


私は身を乗り出して聞く。


「名護の高校みたい」


と静子が教えてくれる。

静子は大人しい性格なのだが、友達が多く、同級生の誰々が結婚したとか、どこぞ大手企業に就職したという情報を教えてくれる。

上原先生に一言文句を言いたかったが、名護までは遠いし、行ったとしても夏休みだから会えるかわからない。


「それから、結婚して、今の名字は…」


「シズ、待って!その話はパス!上原先生の幸せな話なんか聞きたくないさー」


「良い先生だったと思うけど」


「俺も」


いつの間にか仲直りしていた由香里と仁が、上原先生の肩を持つ。

そうなのだ、上原先生は学校ではマドンナ的な存在で、生徒たちから好かれていた。私も上京するまではその一人だった。どんな人と結婚をしたのだろう。子供はいるのだろうか。もう少し、休みが長ければ会いたかったな。


学生の時は、1ヶ月丸々帰省できたから、ほとんどの友人と会うことができた。

でも、社会人になり夏休みが極端に短くなった上に、私と同じように就職をする友人も増えたし、結婚して子供がいる子もいるから、帰省しても友人と思うように会うことができなかった。


「町子、町子、どうしたの?」


「えっ、何?」


静子が心配そうに私を見ていた。


「さっきからシズが呼んでいるのに、何で返事しないばー」


仁が少し怒った口調で言う。


「ごめん。楽しすぎて、寂しくなっちゃった」


そう私が言うと、由香里と仁はぽかんとした表情を見せる。静子は頬笑みながら、泡盛の水割りを濃いめにつくってくれる。

心の中に東京の影が忍び寄っていた。今はそんなこと気にしないで、思いきり再会を楽しみたいのに…。



2001年8月16日(木)  天気:晴れ 最高気温:31.8℃


「町子、大丈夫?」


羽田空港の到着ロビーで怯えるように座っていた私を見つけて、薫が駆け寄って来る。


「どうしたの?」


「……」


私は羽田空港から出ることができなかった。またあの暗い部屋に戻りたくなかった。今すぐ那覇行きのチケットを買いたかった。でも、そんなことはできない。明日からは仕事がある。


「今日、泊めてくれない?」


「ごめん…彼も今日、東京に戻ってくるから…」


「そうか…」


「19時くらいまでなら一緒に居られるから」


「……」


「クレーム・ブリュレでも食べに行く?」


私は首を横に振った。食欲も失せていた。いっそ、宇宙に旅立ってしまいたい気分だ。でも、わかっている。どこにも逃げられない。禅問答にも、もう飽きた。


「薫、ごめんね。」


突然泣きながら電話をして、薫は羽田空港までやって来てくれた。それなのに、私は謝るまでにこんなに時間をかけてしまった。


「何言っているのよ、友達でしょ」


薫が私の背中を優しくさすってくれる。だいぶ落ち着いてきた。

去年、もし帰省していたら、私は立ち直れなかったと思う。この一年で少しは強くなれているのかもしれない。涙を拭うと、急に空腹感に襲われた。


「ただいま」


薫と浜松町で焼肉を食べた後、私は一人でこの暗い部屋に帰って来た。薫は彼氏を迎えるために東京駅へと向かった。今頃、何をしているのだろう。答えは一つしかない。

旅行鞄を開けたくなかった。開けると、島の匂いが目にしみるから。幸い、会社に持って行くお土産は手提げの紙袋に入っているから、無理して旅行鞄を開ける必要はない。

私の住処は、こんなに狭い部屋だったかな。10歩で往復できてしまいそうだ。悲しくなるから正確に数えるのはやめておこう。


タバコを吸いながら、レンタルビデオ店に行こうかと考えていると、携帯に母から電話がかかっていた。しまった、声を聞くのが辛すぎて、母に連絡するのを忘れていた。


「もしもし」


「あんたよー、何で電話をしてこないねー。心配したさー」


「ごめん」


「飛行機、揺れなかったねー?」


「うん、大丈夫」


「よかったさー。町子、荷物も今日のうちにちゃんと片付けしなさいよー」


「わ、わかってるさー」


なかなか電話を切ることができず、母もそれに付き合ってくれて、1時間近く話込んでしまった。

母に初めて、同期の佐藤くんに恋をしていることを告げた。母は芸能レポーターのようにそのネタに食いついてきた。


電話を切ると、私は母に言われた通りに旅行鞄を開いて、荷物を片づけた。今日は疲れたから早めに眠ることにしよう。相棒の目覚まし時計を、いつもより10分早い6時20分にセットした。

シャワーを浴びたら、佐藤くんに大きな魚を釣ったウソをつく練習を2、3回してから、さっさと眠ってしまおう。

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