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サイ・フレーム――ウォーゲーム――

転移した先で

作者: 倉に鍋

「異人の餓鬼が!」


 売り手の男に突然殴られた。


「俺が間違ってるってのか、えぇ!?」


 痛みと混乱で動けななかった所に、容赦のない蹴りが突き刺さる。

 道行く他人は、俺の顔を見てすぐに興味を失ったように去るか、遠巻きにしてこの突発的な催し物を楽しんでいるようだ。


「売ってもらえるだけでも感謝しろってんだ!」


 もう三度か四度か蹴られた。

 俺はただ釣銭を誤魔化すなと指摘しただけだ。

 なのにこの仕打ち。

 それもこれも、こんな異世界に放り出した奴のせいだ。




 事の始まりは長期休暇で遠出をしていたときのことだ。

 たまたま目についた、寂れた神社を見て回り帰る途中、階段を踏み外し、転がり落ちた。

 死ぬんじゃないかと思って頭を抱え目をつむったが、予想した衝撃はなく、むしろ土の上に優しく転がされたような……。


 気付けばそこは一瞬前までいた場所とは異なる場所。

 広い平原とそこ走る一本の道の上。土がむき出しで轍が刻まれた、未開の地を思わせるものだ。

 慌てて携帯電話を取り出してみるも当然のように圏外。

 手持ちには財布と携帯と、そして飲みかけのスポーツ飲料が入ったペットボトル。


 深呼吸を繰り返しても、呼吸は浅く短くなる。

 どれぐらい立っていたかも分からないが、遠くから馬車がやってきたのに気付いて、俺は脇によけてその馬車が来るのを待った。とにかく情報が欲しかった。


 馬車といっても、幌とか箱とかじゃない。荷車を馬みたいな生き物に曳かせているものだ。時間は……携帯の時計を見ると昼前ぐらいだが、これが何の役にも立たないことは疑うまでもない。

 とにかく座って寄ってくるのを待って、声が届くところまで来たので、御者台に座っている男に声を掛けた。


「すみません!」


 馬車は止まってくれた。が、男の目は怪しい者を見る目だ。


「ここ、どの辺りでしょうか」

「旅人か? はん……ムダン様んところさ。でえ、なんのようだ?」

「近くに人の住む場所があれば連れて行ってもらいたいのですが」


 この申し出に男は侮蔑の眼差しと共に鼻先で笑った。


「村ん中に知らねぇ奴を連れてけるかい。旅人なんてやつはやくざな連中って決まってらあ」


 馬鹿にされた俺は腹を立てた。立てたが、それで状況が変わるわけではない。

 そもそもだ。ムダン様というのは誰なのかどこかの、そう、地主とかだろうか。そういう人は今でもどこかにいるのだろうが、それだけの情報で何が分かるというのか。

 少なくても、目の前の男を見るに日本じゃない場所だということは確実だ。こんな場所は日本にないだろうし、見事な赤毛と汚い格好を見れば間違いあるまい。

 それなら何故言葉が通じるのかが分からないが。


 男は俺が黙り込んでいる内に馬を歩かせ行ってしまった。




 それからの事は長く語りたくない。 端的にいうなら、どうも異世界に来たらしいということ。

 現代日本とは比べ物にならないぐらい未発達な文明で、異人――俺に限らずだ――は差別される立場であること。

 その二つぐらいだ。とりあえず、今生きていることだけは確かだが、この世界は俺にとって地獄みたいなものだ。


 蹴られて痛む腹を手で抑えながら、臭くて汚い道を行く。

 糞尿はそこらへんに投げ捨てるもので、したくなったらその場でする。男も女もない。

 さっき買ったのは露店売りの果物だが、まあ、盛大にぼられたわけだ。

 抗議したらあの有様である。

 これでもマシになったほうだ。

 この世界の宗教のシンボル。丸に棒を刺した物を持っていなければ、そもそも物を売ってもらえないし、町中にも入れないだろう。

 異人だが、同じものを信じているなら、まあ最低限の扱いはしてやろうというのがこの世界の考え方だった。

 最低限というのは、口を聞いてやって商売をしてやることで、そこには詐欺をしないとか暴力を振るわないとかは含まれない。


 俺は町を出て、川で果物を洗い口にする。

 これで手持ちの金は全部なくなった。ペットボトルと財布と携帯をそれぞれ売った金で今まで食いつないできたが、もう何もない。

 仕事を探してみたが、誰も異人を雇ってなんてくれない。いや、異人でなくても身元不詳の相手、旅人なんて見向きもされない。身元を保証する何かが必要だが宗教を頼っても駄目だった。どんな世界でも宗教は結局生臭い物になるのだと俺は思い知っただけだ。


「死にたくないなあ」


 声に出してみても、そこには諦めしかない。

 詰んでいる。

 金はない。コネもない。食い物も水もない。

 

 川縁に座って石を投げていると、町の方から棍棒をぶら下げた男二人と、さっきの露店の店主、それから七人ぐらいの男女がやってきた。


「あいつです!」


 俺を指差して店主が叫んだ。


「あいつが、俺の店から盗んだんだ!」


 冗談じゃない! ぼったくられた上にありもしない罪状をでっちあげるなんて!

 俺はすぐさま逃げ出した。

 逃げて逃げて、どこをどう逃げたかも分からない。


 気が付けばどこかの森の中。必死になればどうにかなるもんだ。

 そう思っていたが、状況は何も変わらない。

 無一文で飲食物なし、現在森の中。サバイバルの知識もないのにどうやって生きていける?

 他人は――というか、この世界の住人は誰も信じられない。頼れない。


「俺、何か悪い事やったかなあ……」


 動いたせいで余計に腹が減った。

 疲れと痛みで動きたくない。

 そのまま、俺は眠った。もう、眠る以外に出来ることがなかった。




 何日か経って、ある町の近くで異人の死体が発見される。

 獣に食い荒らされたそれはそのまま投げ捨てられた。

 シンボルを持っていたが、元々盗人として追われていた男だ。それも盗品に違いないとして、むしろ死体は辱めるべきだという声さえあった。




転移した主人公にはもっと冷たくていいんじゃないか?

と思って書いてみたけど、物語を作る以上どこかで主人公に都合がよくなければ早々に死ぬだけですよね。

早々に身包みを剥がされるとか、服飾規定に引っかかってしょっ引かれるとか、そういう展開もありかもしれない。


でも、どうせ行くなら優しい異世界がいいですね。

リアルな異世界なんて真っ平御免です。

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