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Reverie World  作者: 一語大福
6/12

クロトゲアリ

 鉄腕アトムの本を床に落とした処は、禿げ親爺に見られなかった

アトムの続きは読まず、本を棚に返して、未来男は古本屋を出た。


 何の夢だったか覚えていないが、凄く良い気分だった。


 家に帰り、その日は家に有った漫画を読みながら、未来男は眠りについた。

口を大きく開けた大トカゲが迫ってくる、吸血鬼に血を吸われる、

うなされて目が覚めた。気分が良かったのに、なんで怖い夢を見るんだ。


 怖い夢は3日続いた。

4日目の夕方、未来男はあの古本屋の隅っこに隠れていた。

こっそり古本屋の中を覗くと、禿げ頭の親爺が座っていた。

未来男は親爺に見つからないように、遠回りして、隠れながら古本屋に入った。

鉄腕アトムの棚へ、禿げ親爺に見つからないで辿り着いた。


 鉄腕アトムの漫画には誰も触っていない、あの時のままあった、

2巻目もある、3巻目も置いてある。


 未来男は前に、2巻目の途中で眠たくなったので、

今日は2巻目を飛ばし、3巻目から読み始めた、面白い、

未来男は鉄腕アトムの世界にはまった、程なく3巻目を読み終えた。


「今日は大丈夫みたいだ、鉄腕アトムの3巻目は眠くならなった。」


 鉄腕アトムの2巻目を手に取り、読み始めた。

古びたエアコンの風が冷たかった、未来男はうたた寝を始めた。


 パタパタ、禿げ親爺のさんはたきで本を払われ、目が覚めた。

2巻目だけは、なぜか眠くなると思ったが、視線を、開いていた鉄腕アトム

に戻した瞬間、未来男は深い眠りに落ちた。


「未来男君、着いたよ。」


 アトムの顔が真上にある、アトムに手を引かれ、未来男は立ち上がった。


 周りの落ち葉が異様に大きい、落ち葉は未来男の背丈の20倍はある。

落ち葉の間から大きな蟻がでてきた、真っ黒で目が大きく、目つきが凶悪。

身構えたが、恐怖で未来男の足がすくむ、蟻は襲ってこない、

忙しそうに、未来男に目もくれず、どこかへ立ち去った。


「巨大蟻に噛まれるかと思った。」未来男は額の冷や汗を手で拭った。


「あれ、俺の手はこんなに黒かったっけ?」


「ハハハ、未来男君、君は蟻だ、良く見給え、自分を!

君はツムギアリの仲間、琉球諸島に住む、クロトゲアリじゃないか。」


アトムは笑い声を残し、ジェット噴射で飛んで行った。


「エエ~、全身真っ黒だ、手も足もスラリと細い、黒い骨みたいな手、

俺、蟻だったっけ?」


 未来男は押されるように、クロトゲアリの行進の列に加り、後に続いた。


 ツムギアリの仲間は蟻でも、地中へ入らない、隊列は高い木上に向かった

整然と行進が続く、未来男は列を乱せなどできない、ついて行くしかない。


 木登りは大の苦手な未来男だが、足の爪がシッカリと木を掴んでくれる

嘘の様に木が登れる、仲間の後を追って未来男は木を登って行った。


 樹上にボールの様な巨大な巣がある、隊列は巨大ボールに向かって進んでいく

スポンジのような大きな巣の中へ未来男が入ると、先輩蟻が待っていた。


「おい、お前、見慣れない顔だな、丁度良い、手伝え!」


 未来男が案内された部屋では、大勢の蟻が幼虫が出す糸を紡いでいる。


「俺は紡績工場の女工か、働きアリはオスと決まって無かった?」

先輩蟻の大きな目がジロリと未来男を見た、怖い視線だ。


「解りました、解りました、頑張ります。」


恐ろしかった、「噛み殺される」と未来男は震え上がった、逆らえない。


 既に3日も糸を紡いでいる、仕事にはだいぶ慣れた。

食事は他の蟻が運んできて、口移しで食べさせてくれる。

食事中も仕事の手は休めることができない、手を休めるのは夜だけだ。


 未来男は無口で、毎日、毎日せっせと糸を紡いだ、

紡いだ糸を運んで、上手に蟻が巣の修理をしたり、拡張工事をしたりする、

先輩たちは大忙しだ、皆良く働く、文句ひとつ言わず、黙々と働き続ける。

先輩蟻たちは目つきが鋭い、とても怖い、お互い無駄口など叩かない。


 ある日、隣の木に巣を作っている、別のクロトゲアリのグループが、

我々の縄張りにいた虫を見つけて、自分の巣に運んでいるのが見つかった。


 伝令が報告に来た、巣の中は大騒ぎになり、大勢の蟻が一斉に外に出た。

未来男もかり出された。


 先輩たちは興奮して奇声を上げ、一斉に隣の蟻の軍団向けて突進していく。


 2つの集団が境界線を挟んで睨み合いになった、

前線が動いた、次の瞬間、蟻同士の戦いの火ぶたが切られた。


 大あごを使って敵味方取っ組み合い、取り囲んで一人を集団で噛みつく、

蟻と蟻の軍団が入り乱れ、そこかしこ大乱闘が始まった、後から援軍も加わる。


 組み合ったまま力比べで、力尽きて死ぬ蟻、手足を千切られた蟻、

大怪我をした蟻、死体の山が増えていく、お尻から毒液の掛け合いをする、

化学兵器を使った戦争に大勢の蟻が死んでいく。


 争いは生き残りを掛けた、王国同士の激しい戦いに発展した。


 1時間後には、未来男の軍団は既に3割以上の兵隊が死亡した、

相手にも大勢の死者が出ている、両軍はほぼ互角の戦いだ。


 未来男は戦いを避け、枯葉の下に隠れていた、

枯葉に両軍が乗ってきた、重い、枯葉から出て、逃げ回っていたが、

敵に取り囲まれた、脚に両方から噛みつかれた、

一人の敵が未来男の背中に被さって来た。


「殺される、もう駄目だ」と観念したが、大勢の戦闘に巻き込まれ、

何とか逃げ出すことができた、外側へ逃げて、なるべく戦闘を避けた。


 2時間後、双方半数の戦士が命を落とした、怪我人も多い、

戦っている蟻の数が激減した、両者痛み分け、激しい戦いは一時停戦となり、

両軍は兵を引いた。


 怖かった未来男の先輩、あの大きな蟻の姿が見えない、

気の荒い先輩は、敵の大将蟻と大顎で組み合ったまま力尽きていた。

見事な戦死だった、正にクロトゲアリの鏡。


「ああ、恐ろしかった。」


 陽が落ちた、未来男が生き残れたのは奇跡だった。

歩き難いと思ったら、足が2本折れている、

未来男は折れた足を引きずりながら、やっと巣にたどり着いた。


 巣の中では、間もなく女王アリ主催の戦勝祝賀が催され、

戦死者の追悼がなされた。

怖かった先輩蟻は英雄として女王から称えられた。


 未来男は巣の中の自分のベッドに戻った。


「未来男、危なかったね。」


 声は聞き覚えがある、アトムだ。


「アトム、君は肝心な時にいつもいないな、もう少しで死ぬところだった。」


「御免、僕も忙しいのだ。

未来男、凄まじい戦いだったね、人間同士の戦争を思い出したよ。

蟻も人間も生存競争は同じだ、種族が生き残るためには命を捨てて戦う、

弱い方が領地を奪われ、食料を奪われ、数が減り、滅ぼされる。」


「アトムは何時から哲学者になった、戦わないでどうすれば良いのだ。」


「逃げ回っていた未来男君が良く言うね。」

アトムはまたどこかへ飛んでいった。


 大勢の戦死者と怪我人が出たが、あくる日も普段通りの仕事が再開された、

未来男は糸紡ぎ係から、幼虫の世話係に配置換えされた。

 幼虫はわがままで、未来男の言う事を全然聞いてくれない。

食欲旺盛な幼虫に振り回されながら、未来男は幼虫にエサを運び続けた。


 戦争から1ヶ月が経ち、琉球諸島には梅雨が訪れ、雨が激しくなってきた。


「大変だ、幼虫が大雨で流される。」世話係の大声で、巣は大騒ぎになった、

自然の力は恐ろしい、大粒の雨は幼虫を巣から地面にまとめて落していく。


 地面は水が溜まって海のようだ、大雨で他の虫や鳥にさらわれる心配はないが、

大勢の幼虫が水に溺れ死んでいく。


 未来男達は葉っぱの船をだして、生きている幼虫を一人づつ水から引き上げた。

大勢集まっても蟻は泳げない、救助が捗らない、

幼虫たちはもがき苦しんで、溺れ、次々息絶えていく。


 未来男は助けた一人の幼虫を、巣に運ぶように命令された。

大あごで幼虫を挟んで、未来男は不自由な足で木を登り始めた。


 幼虫が弱っているうえに、水を沢山飲んでいつもより重い、

折れた足ではバランスが悪くて、思うように木を登れない、

大雨は降り続いている、大粒の雨が未来男に当たり、二人は飛ばされそうだ、


 未来男は折れてない足で必死に耐えた、木が滑る、もう一息だ、

やっと一人目の幼虫を巣まで運んだ、もうヘトヘト、座り込んだ、

 先輩蟻が幼虫を運び込んできた、彼も戦いの後遺症をかかえている、

しかし、彼は休む間も惜しんで下に降りて行った、

水の中にはまだ大勢の幼虫が取り残されている。


 運び疲れて、運んでいた蟻が息絶える、死ぬまで蟻は休まない、

最後の一人を巣に戻すまで、黙々と働く、大勢が死んで救助は終わった。


 蟻の社会は恐ろしい、一人の離脱者もいない、不平を言う者もいない、

力尽きるまで全力で戦い、力尽きて死ぬ、それが当然のように。


 やがて日は暮れた、巣に戻れた未来男は疲れて立つこともできない。


 今日は物凄く頑張った、これ程良い汗を掻いた記憶が未来男にはない。

死ぬほど疲れたが、物凄く充実した一日だった。


「未来男君、働くって素晴らしいだろう。」

アトムの声だ、未来男は疲れて、振り返る元気もなかった。


 雨が上がり、新しい朝が来た、蟻たちは生き残った幼虫の看病に忙しい。

幼虫が弱っている、未来男はヘトヘトだが、弱った幼虫を他の場所に運んでいた、

折れた足に力が入らない、未来男はバランスを崩し、滑った。


「ああ~、堕ちる」、手を伸ばしたが幼虫には届かない、また滑った、

未来男は幼虫を追うように、木から落ちて行った。


「アトム助けて~」



 未来男は古本屋の床にお尻から落ちた。


「痛てえ」


 未来男は禿げ親爺に見られないように、そっと本を棚に帰し、店を後にした。


 うたた寝しただけなのに、身体はクタクタ、ふらふら、もう歩けない、

未来男は膝を手で押しながら、家へ帰って行った。


「凄く疲れたけど、物凄く充実した一日だった気がする。」


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