黒板も時間割も無い学校
禿げ親爺の古本屋で鉄腕アトムの漫画を広げて、桟はたきで叩かれたが
本を読み始めると、また、未来男は眠ってしまった・・
「未来男君に合った学校を見つけた、騙された思って行ってごらん。」
子供の身体に縮んだ、未来男は小学校3年生に戻った。
教室では授業をしていない、みんな好きな事をしている、
「なんだ、自習か?」
と小学生の未来男は思った。
1時間たっても、2時間たっても、授業が始まらない、
好き勝手に遊んでる、先生もたまに子供と話をしているだけ、
前に立って教えようとしない。
「先生がいるのに、ズ~と自習、どうなっているの?」
見回すと、黒板が無い、白板も無い、時間割も貼ってない。
教室には生徒が書いた絵が何枚か後ろに貼ってある、
見たことの無いような工作が並んでいる。
教科書は誰も持っていない、難しそうな本を読んでる子、
数学の問題を睨んでる子、絵を描いている子、工作をしている子、
ゲーム機で遊んでる子、思い思い好きな事をしている。
輪になって、話しを合いしているグループもある、
やっている事はバラバラ、これ本当に学校?
生徒は必要な物だけしか教室に持ってきていない。
「まるで託児所みたい、授業しないで、勉強する気あるの?」
勉強が余り好きでない未来男でも、呆れるほど、自由。
終業ベルが鳴り、未来男の最初の学校生活が終わった、
ベルが鳴るまでに教室を出ている子もいる、完全に生徒任せ。
生徒は授業が終わっても家に帰らない、迎えも来ない。
夕食の時間になったら、生徒はみんな寄宿舎に集まるだけ。
親の離婚が多くて、家庭生活が崩壊し、親が子育てができないので、
子供は日常の世話から、教育の全てを学校に任せるようになったそうだ。
子供が家に帰ることはない、親にも束縛されない、学校を出て、
仕事に着くまで、何もかも学校が全て面倒をみる。
次の日、未来男を見つけて、担任の先生がやって来た。
「君、転校生だね、ちょっと来て。」
保健室に連れていかれ、先生が未来男の首筋を冷たい手で触った、
何か塗られたと思った瞬間、未来男は眠ってしまった。
目が覚めると、今までの自分と感覚が違う、物知りになったような変な感じ、
漢字も英語もフランス語も、スペイン語さえスラスラ出てくる、会話も解る、
大学で習うような難しい数式、物理学や生物学、色んな知識が頭に浮かんでくる。
世界中の歴史や地図、生き物の写真、世界の風景、頭が百科事典になったみたい。
「先生、僕に何かしたんですか、凄く物知りになったみたいですけど。」
未来男は担任の先生に尋ねた。
「君は暗記チップを知らないのか、入れてないから、君の鼻から頭に埋め込んだ。
教科書は要らない、教科書の暗記はしなくて良い、
知りたいことは何もかも暗記チップに入っている、チップが君に教えてくれる。
君はチップの内容を自分で理解するように努力すれば良い、それが勉強だ。」
先生は説明を続ける。
「チップは極く小さいから、成長の妨げにならない、害も無い、安全だ、
より専門的な知識が必要に成ったら、教室のヘッドホンをかけて、
欲しい知識を選べば、暗記チップに転送してくれる。」
「小学校から大学まで教科、スポーツのルール、法律、病気の知識
世界中の言語、地理、歴史、数学、理科、お料理、挨拶のしかた
自動車の運転、飛行機の操縦、船の操縦など
君が生きるために必要な知識は殆どチップに入っている。」
「先生は教えるのが仕事じゃない、生徒の個性を伸ばす、
自分で何事も考える様に成るように、一緒に考える、それが先生の仕事だ。
昔の学校は生徒全員に同じ事を教えて、
何でもまんべんなくできる子を育てていた。
これは金太郎あめ教育と言って、何処を切っても同じ、
子供から個性を奪う、個性の無い、同じような子供を沢山育てる教育だった。
生徒がみんな同じで、個性の無いと人を使う側は扱い易い、
工場では同じ様な人が揃っていて、変わった人が少ない方が使い易い、
役人は市民に個性が無くて、文句を言わない方が扱い易い、
市民は偉い人の意のままに使われるロボットにされていた。
物を作り過ぎて、物が巷に溢れ、国の成長が止まると、
金太郎あめ教育はダメだと言われるようになった、
個性的な人を多く育て、独創的な製品を作れないと競争に勝てないとなって、
個性的な人づくりをしようと言うことになった。
同じ事を教えないで、したい方向に出来るだけ伸ばす、それが今の学校だ。」
「大人は随分勝手だね、授業がなくなったんだ。
要するに、嫌いな勉強は無理にしなくて良い、好きな事を好きなだけすれば良い、
好きな遊びをしたければ、好きにやったら良いと言う事ですか?」
「未来男君は物わかりが早いね、その通り、
好きな事を一生懸命したらそれで良い、それで結構だ。
解らないことは先生に聞いて、先生は君と一緒に考える。」
「みんなやってることバラバラだし、先生の方が大変だね。」
「良く解るなあ、君の言うとおりだ、先生は色んな事を一緒に考える、
皆に同じことを教える方がズット楽だよ、ハハハ。」
先生から説明を受けて、未来男は教室に戻った。
「暗記チップのお陰で、テストがあっても全部満点だ。」
と喜んだが、誰だって満点取ることになるよな?
学校は自由学習、自由研究をする場、休みたければ休んでも構わない、
来たい時に来て、帰りたい時に帰る、変な学校だ。
「先生は授業で教えてくれないのですか?」
と未来男は先生に聞いた。
「ああ、先生は授業をしない、聞きたいことがあったら聞いて、
相談したいことがあったら、君と一緒に考えよう、
何をしたいか解らなかったら、暗記チップから探して、自分で考えて。」
何もかも本人任せ、先生はどこか素っ気ない。
未来男は何をして良いか解らず、毎日、ブラブラしていた。
以前は朝から夕方までずっと教室で、椅子に座って授業を聞いていた気がする、
先生は一生懸命黒板に何か書いていたけど、授業が思い切り退屈だった。
頻繁にテストされ、暗記を試された、凄く嫌だった。
何時も同級生と比べられて、馬鹿にされた、苛められた、学校が嫌だった。
けど、この学校みたいに、何もすることが無いのは死ぬほど退屈だ、
何をしてたら良いんだ、自分で考えなさいと言われても直ぐに解らない。
みんな自分のやりたい事に夢中で、他人を苛めている子はいない。
ゲームの様な機械で遊んでいる子がいても、先生は止めもない
変な学校だ、ゲーム機を持ってきて遊んでいても良いのか?
未来男は他の子を見習って、好きな事をして適当に遊んでいた。
テストも授業もない、先生は一緒に遊んでくれる。
学年が上がっても、教室や担任の先生が変わるだけ。
運動は道具を持ち出し、使った後を片づけ、元に戻す、
それさえ守れば誰と遊ぼうと、何をしようと自由。
何の拘束もない、スポーツのルールや、やり方は全部頭に入っている
誰に教えてもらわなくても、どんなスポーツでもすぐ始められる。
考えてみれば凄い学校だな、と未来男は感心した。
これなら学校は嫌にならない、時間は潰せるし、
怒られないし、苛められない。
未来男が通っている学校は50年後の小学校だった。
50年後の学校は知識を暗記する場ではなくなっていた。
給食だけはどうかなと思った、パンと温かいミルクはある、
あとはチューブみたいなのに入った栄養素を飲み込むだけ、
味気ない、美味くない、食中毒を起こさない為らしい。
先生は「イメージしなさい」と繰り返し、生徒に言っている。
先生の話では、人間が使っているのは左脳だけで、
右脳を殆ど使っていない、人間は脳の4%前後しか使っていないそうだ。
使われない脳の96%の潜在能力を引き出す、
右脳と左脳を同時に使う、脳の能力開発を今の学校は目指している。
脳は右と左で記憶の仕組みが全く違う、
左脳は文字・数字による記憶 少量で浅く記憶する。
右脳はイメージによる記憶 大量で深く記憶する。
つまり、右脳が使えると脳の働きが飛躍的に伸びるということになる。
先生はいつも「イメージしなさい」とうるさく言うけど、
先生は右脳を積極的に使わせようと指導しているわけだ。
未来男は何となく、学校の仕組みが解った気がした。
料理が好きな子は、創作料理をイメージして作っている。
バイオリンが好きな子はイメージして、自分の新しい曲を作っている。
数学が好きな子は新しい問題の解き方をイメージして考える。
イメージして、自分の世界を作る、それなら僕は前からやっている、
読書で見る世界は僕のイメージの世界だ、
深く考え、拘束されない、読書は僕のイメージの世界だ。
同級生が何を熱心にしているのか、少し気になって来た。
「先生、僕は読書以外特に何をして良いか、まだ解りません。
みんな、自分のしたい事を見つけているみたいですけど、
僕はこのままで良いのですか?」
不安になって、未来男は先生に聞いた。
「未来男君、慌てることは無いんだ、
確かに自分のしたい事を見つけた子はいる、
はっきり見つかったわけではないけど、何かしている子もいる、
君と同じように、何も見つかっていない子だって沢山いる。
折角みつけても、また一から他の事を始める子もいる。
それで良いのだ、自分のペースで、見つかるまで気長にやったら良い。
早く見つけたからと言って、自分に本当に合っているか解らないよ、
焦らずに、自分のペースですることだ。」
「君、一緒に作らない。」
横から同級生に声を掛けられた、その子は宙に浮かぶミニ宇宙船を作っていた。
「そんなの僕に作れる訳がない。」
と未来男が首を振ると、
「簡単だよ、作り方は頭のチップが教えてくれる。
僕がやっているのは船を静止したまま、左右に激しく動かしたり
連続宙返りをして、また元に戻る仕組みさ、
宙返りがするようになったけど、戻った位置がずれる、
僕のイメージ通りにならない、君も協力して。」
「君は宇宙人か?」
と未来男がその子に言うと
「そんなわけないだろう、君と同じ、ただの子供さ」
何が何だかわからないけど、その子に教えてもらいながら、
未来男は一緒に遊んだ、確かに作り方はチップで解る、
しかし、なぜそうなのかが解らない、理解の問題だ。
暗記はしなくて良いから、理解しなさい、考えなさいとはこの事なんだ。
暗記に費やしていた長い時間が無くなって、自由に遊ぶ時間が増えたら、
とんでもないことが起きて、子供の自由な想像力を発揮し始めた。
学校が大嫌いだった未来男は、変な学校に少し面白くなって来た。
「この学校は楽でおもしろい、何より暗記しないで、
好きなだけ遊べるのが良い。」
ゲームばかりしている様に見えても、ゲームをして遊んでいる訳ではなかった。
50年後にゲーム機がない、ゲームの様に遊びながら学習する教材だった。
一人一人の行動は暗記チップから教育センターに送信され、
個々の能力、適性は逐次分析され、一応管理している。
生徒の個性を伸ばせるにはどうすれば良いかの情報を先生に与え、
アドバイスしている。
先生は先生で、生徒を強制も束縛もしない、
生徒の話は聞くが、自分で考えさせ、自分で決めさせる。
自分で決めたことには、子供でも責任を持つ、自信がつく。
集まって話をするときは、円になる、対等で、上も下もない、先生も同じだ。
好きなことができて嬉しいけど、帰る家が無いし、
怒ってくれるお父さんも、喜んでくれるお母さんもいない。
寂しい気がするけど、この学校は仲間が沢山いて楽しい。
子供の将来が、親の金持ちが貧乏人かで決まったり、
親の離婚が原因で、子供が貧困で学校に行けなくなったり、
七光りで馬鹿でも社長になったり、そんなの不公平だ。
50年後の学校は金持ちの子も、貧乏人の子供もいない、
将来もみな公平、自分の好きな道で能力を発揮できる。
凄く新しい教育に見えるけど、暗記チップ以外は、
江戸末期の吉田松陰が開いていた、松下村塾の内容に近い。
友達と作っていた玩具の飛行船を動かそうとして、
スイッチを入れると、ピリと電気がきた、痛い。
未来男の頭を、古本屋の禿げ親爺の桟はたきが叩いていた。




