我が家の怪獣たち
それはある日の事。それまでの平穏な日々は、夢の彼方に消え去った…
あまり大きな声では言えないが、我が家には二匹の怪獣がいる。
家にやって来たのはほぼ、十ヶ月前。それまで静かだった我が家
は、怪獣たちの出現によって急に騒がしくなった。妻の留守中俺一
人だったのに、妻が奴らを伴って戻って来たと思ったらこの有様だ。
彼女曰く『優雅だった、上げ膳据え膳世界一周の船旅から戻ったら、
そこは白亜紀の世界だった、てな感じよ』だと。
怪獣たちは朝、昼、夜、時間に関係なく大声で鳴き喚き、気分次
第で好き放題をやらかす。妻も怪獣たちにつきっきりで、あれこれ
世話を焼いているのだが、時々、ストレスからか大爆発を起こす。
それはそうだろう。妻だって怪獣たちの面倒をみるのは初めてだ
し。それに怪獣たちの食べ物ひとつとっても、俺たちとは全く違う
んだから。
妻は本やネットを参考にしているらしいのだが、知識と実際はま
るで違うらしい。普通の人間が食べるご飯やお肉、野菜などが食べ
られたなら簡単なのに。まあ、相手は怪獣なのだから、それは無理
な話なのだ。
で、そんな妻の大爆発の度に、俺だって怪獣たちの世話から妻の
ケアまで、気を使いっぱなしだ。
第一、怪獣たちは本能丸出しの、言葉を変えれば【ザ・野生】な
のだから、二匹一緒にいるといつも争いばかりしている。マウンテ
ィングというのだろう、何でも自分が一番でないとイヤらしいのだ。
だから余計に気だって使わざるを得ない。一匹を可愛がったらもう
片方がすぐに嫉妬をする。奇声を上げて俺にすら攻撃を仕掛けてく
ることもある。そんなだからすぐに怪我もするし……
医者にだって何度も何度も出かけた。それも俺が通うような病院
ではなく、専門の病院だ。朝、病院が開く前に順番待ちで並んだこ
とも一度や二度じゃない。だって相手は怪獣なのだ。それも二匹も。
俺たちとは違い、ちょっとしたコトですぐに具合が悪くなるような
のだ。
それに近所の方たちにも申し訳ない。だって深夜に騒がれたら、
誰だって迷惑だと感じるだろう。俺たちとしても、深夜には怪獣た
ちを静かにさせておきたい。しかし怪獣たちが相手なので、話して
通じるというものではない。怪獣たちは気分屋なのだ。
だから俺は今まで以上にご近所さんにも気を使って、会えばこち
らからなるべく爽やかそうに見える作り笑顔で挨拶をし、使いたく
ないおべっかだって使うのだ。
「おはようございます。奥さん。今日もいい天気ですね。おっ?
そのエプロン素敵ですね。いや、品がある、うん」
てな具合に。そう言われたら奥さんだって嫌な気もしないだろう
し、
「いや、安物ですわ。そうそう、お宅様、夕べもおそくまで賑やか
でしたわね? うらやましいですわ、ほほほ」
と、我が家に対する風当たりも弱くなる、てな訳で。たぶん、ご
近所さんも我が家の怪獣たちの事は知っているので、あえて迷惑だ
なんて言わないと決めている節もある。
そんな怪獣たちも家に来てから十ヶ月も経つと、可愛く思えてく
るものだ。
来たばかりの時は、触るもの怖くて、抱き上げるなど到底無理だっ
た。犬か猫ならすぐにでも懐くし、一緒に遊べるのに。怪獣たちと
きたら、人見知りはするし、一緒に遊ぶだなんとんでもなかった。
それでも俺たちは一生懸命怪獣たちの面倒を見た。だってそれは俺
たち夫婦が望んだことだったから。
怪獣たちは今では自分のテリトリーを覚え、好き放題に這い回る
ようになっていたが、それもかえって危険と言えば危険だ。第一、
善悪が分らないときてるから、俺の趣味で集めてるCDやDVDを
齧るし、投げるし、もう大変だ。何度言い聞かせても止めやしない。
まあ、俺は昼間は家に居ないから、妻が誰よりも大変なのは俺に
も分ってる。けれど妻は辛抱強いし、何よりも怪獣たちの事が好き
なようだ。だから怪獣たちの世話も根気強く出来るのだろう。家が、
まるで白亜紀の世界みたいだとしても。
そんな妻から電話があったのは、今日の昼間の事だ。仕事中には
電話をするなといつもは言ってあるのに、それを破っての事だから
余程の事なんだろう。
「もしもし? あなた?あの子たちがね……」
「え? なんだって? 怪獣たちの鳴き声で電話が遠いんだ。もう
一度言ってくれないか?」
妻はよーく聞いてね、と言いながらしばらく怪獣たちをなだめて
いたようだった。と、急に携帯から妻以外の声がした。
「ぱ、ぱぱ……」
「あなた、聞こえた? あの子たち、今日初めて言葉をしゃべった
のよ。ずっと教えていたパパって言葉を」
俺は何も言えなかった。涙で周りの景色が滲んでいた。ついに怪
獣たちが人間に一歩近づいたのだ。妻の、パパという言葉を最初に、
という気持ちも嬉しかった。
俺は会社の連中が冷やかすのも構わず、感涙にむせた。
声を大にして言いたい。我が家には二匹の怪獣がいる。男と女の
双子の怪獣たちが。
彼らは言葉を話し始め、やっと人間らしくなってきた、生後十ヶ
月の赤ちゃんたちだ。
しかしまだまだ、怪獣としての彼らの生活も続くんだろうなと、
新米パパの俺は覚悟を決めているのだ。
そう、貴方の予想通りのオチでした…