話し合い
「えー!?ヤダヤダぁもしかして僕に興味持ってくれたのー!?」
赤らんだ頬に手を当て距離を詰めてくる青年に本能的に後ずさりする。これは危ない。さっきの言葉のどこにそんなに興奮する要素があったのかだれかに懇切丁寧に教えてもらいたかった。
後ずさり戦闘態勢に入る少女をみて「やっちゃたわーでもこのまま可愛がりたい」と意味の分からない言葉を呟きつつさっきの位置に腰をおろす。それを見て少しは反省しているのかと思いぎこちなく自分もさっきの位置に座る。じっと青年を見ていると目があいやれやれといった様子で口を開いた。
「えーと、僕の職業だったわねーそれはね、着いてからのお楽しみ」
パチンとウィンクした青年に本気で腹が立った。どうやらこの青年の行動にはいちいち私の神経を逆なでする要素が入っているらしい。
そこではっと気づいて愕然とした。そういえば私青年に出会う前まで怒ったこと無かった。そもそも私は青年の何に腹を立てているんだろう。態度?確かに私が青年に怒りを覚えるときは何かしら彼が私に対して言動・行動をとった時だ。
しかし何か違う。確かにそうであるのだが、根本的なことはもっと違った何かであると感じる。それは何の根拠もないことだ。ただの直観にしかすぎず憶測の域を出ない。考えても分からない、解決の糸口すらも分からない。
急に考え込んだ私のことを面白おかしく青年が見ていることに気づかず考えを巡らしていた。一時見守り、頃合を見計らい声をかけてくる。
「ところでさ」
青年の声に視線を上げ先を促す。パチパチと炎が音を立て静かな夜の空気がおりてきた。そういえば獣の声がしない。森の中なのに不可思議なことだ。さっきまでこだましていたのがうそのようだ。しかし、青年の第二声が私の思考を遮った。
「貴方の両親のことだけど、」
一瞬だった。体が勝手に動き自分でも驚くぐらいためらいがない様子でそばにあった小枝を青年に突き立てる。まだ力入れていない。しかし、確実に喉笛に狙いを定めその気になれば相手の気が逸れる程度には傷を負わせられる。
「嫌だわー暴力反対ー」
おちゃらけた調子で言う青年にいつもなら殺気が芽生えるであろう。しかし、今の自分は驚くほど静かな心だった。微塵の気の揺れも感じない。ただ、
「私を殺すことで心がいっぱいみたいねーそんなに気に食わなかった?両親の話」
さっきと同じ口調なのに挑発的に歪められた口元と瞳の奥の探るような光、それはまるで自分の中を見透かされているような気になってしまう。
「そうだねとても気に入らなかったよその話、だれが自分を捨てた人たちの話を好んで聞くか。」
小枝に入る力がこもる。さっきまで揺れることはないと疑わなかった心が憎しみで震えた。
自分のことしか考えなかったあの人たちに未来などなければいいい。私のことを最初から最後まで見なかったあの人たちなど…
「大嫌いだ」
シンとした静かな沈黙が訪れた。悲痛なその叫びは生気を感じさせない少女の重い痛みと確かな狂おしいほどの感情。人形や本などには決してないそれに青年は
少女の生きる姿を見た。
溝の中に閉じ込められていた少女は生き物らしからぬ雰囲気をまとっていた。臓器が起能していても言葉を紡いでもその雰囲気は拭い去れない。それは長年しみついた匂いであり矛盾しているようだが少女が生きた証。死んでいたように生きた少女の勲章だ。
その少女がこのように感情を静かに叫ぶ姿に青年は戸惑いと悲しさと嬉しさを感じ次の言葉を口にした。
「君の両親は確かに君を愛していたわよ」
驚愕に大きく開かれた瞳は深海を思わせる。吸い込まれてしまいそうだと青年は呆然とおもった。しかしそれは一瞬にして憎しみの炎に変わった。唇を戦慄かせながら早口で言葉を浴びせる。
「慰め?そんなの要らぬ。貴様の首かっききってやろう」
何処かで聞いたその台詞と見かけが合わない。しかし、美しく作り物めいている少女はまるで降臨した異形のようだ。見た目にそぐわず長いときを過ごしてきた彼らに似ている。
(まあ、僕も言える身じゃないけどね)
内心苦笑し、震える少女を見た。きっと葛藤しているのだろう。細く白い腕に何ができるというのか。きっとあの森で獣一緒に過ごしてきたのだろうが大の大人に勝てるはずもない。
儚い肢体に視線を這わせていると遠い昔の記憶が蘇る。満開の桜の下、約束したあの人。
今思えば魔が差したのかもしれない。過去を顧みて惜しくなったのだろうか。叶うことなく散った希望に。いや、そもそもすでに正常な判断など出来なくなっている。少女を見つけ咄嗟に動いた体はもう理性を失っていた証。
「君、僕と一年だけ暮らさないかしら?僕が今まで出来なかったことを叶えてあげるわ。その代りその後は僕に頂戴ね」
今のセリフを聞いたらあなたはどんな顔をする?きっとこの少女のように大きな目が落ちそうなほど開いて怒るかもしれないね。
でも、ぼくは後悔しないよ。ーーーーXXX