夢と現実
なんでこんなことになってるの?
居酒屋6番のテーブル席の向かい側で繰り広げられている世界を、絶望的な気持ちで眺めながら、寺前かすみの同期の福本華はチュウハイを一気に飲む。
憧れていた同じ会社の工藤悠斗と接近するべく彼の友人で同じ部署の名倉にお願いしてセッティングしてもらった飲み会だというのに・・・
残業して急いでこの店に来るとその工藤はなんと自分の連れてきた寺島かすみとべったりでなかなか会話できない。
べったりといってもかすみが一方的に工藤さんにすがり付いて寝てるから工藤は起こさないように気を使ってるだけなんだろうけど・・・話しかけてもあんまり返事してくれない。会話らしい会話が殆ど出来ない状態なのだ。
これじゃ名倉に勇気を持って工藤さんとの飲み会をお願いしたかいがない。
ひどいじゃない!華はかすみをはたと睨みつける。
かすみってば、協力してって言っといたのに!
協力どころか私と工藤さんの邪魔してるっていうか、これは工藤さんを独占してる?つまり彼女は工藤さんを横取りしてるんじゃないだろうか。
すやすや眠っているかすみ
工藤の腕や肩をを我が物顔に抱え込んでいる彼女の寝顔
それを時々静かに見つめている工藤
その向かい側に座って二人を見ている自分が邪魔者みたいな気がしてきて更に腹が立ってきた。
ついキツイ目で2人を見つめてしまう。
「華ちゃん、ほら怒ってないで、これおいしいよ」
名倉さんがフォローするようにテーブルの上に置かれていた鉢を指差す。
「怒ってなんかいません、それにそのメニュー、私が注文したんです」
怒ってるけど・・・嫉妬してるって思われるのはすごくイヤ、だから嘘をつく。
「あれ?そうだっけ、まあいいから食べてみなよ、おいしいから」
シルバーのおしゃれな眼鏡の向こうに悪戯っぽい目を向けて名倉は華にほらこれ、と食べ物が乗っている皿の中味を箸で取り出すと華のほうに差し出す。
これ口開けてこれを食べろって事?冗談でしょ?
箸の先にはつやつやに光った豚の角煮、ご丁寧にも黄色いからしまでつけてあって・・・
名倉が取り出した鉢をみやるともう何も残っていなくて・・・つまりその角煮は最後の1つってことで・・・
これ断ったらもう食べられないのかな?名倉さんが食べちゃうの?
しばらく黙っていたものの、ほらっと目の前に更に差し出してきた肉をあんぐりと口を開けて食べた。
その姿を冷静に工藤悠斗は見ていた。
名倉達也とこの女はカップルなのか?
あまり名倉と福本華の姿には注意を払っていたなかったものの、さすがに新婚家庭のようなお口あ~んのやりとりには驚いていた。角煮を租借する福本華を名倉は満足そうに見ている。
彼女はそれほどでもないようだが、少なくとも名倉は彼女を気に入っているようだ。
名倉は顔の作りが生まれつきそうなのか頭の中とは関係なく笑顔の多い男だが、今日は目じりの笑みがいつもより大きい。
悠斗は名倉の様子が社交辞令ではなく本気で喜んでいるように見えた。
確かに名倉の好みの女だ。
いい意味でも悪い意味でも女らしいというか・・・
名倉はこの女を口説きたかったからこの飲み会に乗ってきたんだろうな
それに比べて、この女は・・・
悠斗はすやすやと寝ているかすみを見る。
彼女に関する話を聞いていると、どうやら俺は彼女に『お友達認定』をすでにされてしまっているらしい。
しかも同姓扱いなんだそうだ・・・
悠斗は彼女を寝顔を再び見つめる。
なんかいらっとする。
ついこの間までは彼女の顔を見ているだけでなごんでいたというのに・・・
かすみはふっと目が覚めた。
ここはどこだっけ?
ああ、そうだ、今日は同期の華ちゃんと飲みがあって・・・
目を開けると居酒屋のテーブルのブラウンの木肌が見える。
空になったお皿や水滴がいっぱいついている飲み干した後の大きなグラス。
無造作に置かれているお箸
どこかにもたれていた頭を上げる。
どこにもたれていたんだろう・・・
目の前にはグレーのセーターに包まれた肩があって、もう少し視線を上げると・・・
こちらを見ている冷たい視線と少しこわばったような表情
この素敵男子は・・・やばい、工藤さん
彼に絡ませていた両手をぱっと離す。
怒ってる?
どうして?
私失礼なこときっとしたんだ~
彼に寄りかかっていたこと自体が?それともよだれとかたらしちゃった?いびきがうるさかったとか・・・
何したの~!?
「起きたんだね」
明るい声が向かい側からしてそちらを見ると名倉さんと・・・
「華ちゃん、来てたんだ」
向かいの席にはいつの間にか同期の華が来ていた。
この少し暗い雰囲気から逃れたくてかすみは華を見た・・・が、なんとなく華も表情も決して明るくはない。
「おはよう、かすみが寝落ちしてる間にね、どんだけ飲んだの?」
華ちゃんの声も・・・なんかいつもよりキツイ・・・
「ええと、カクテル3杯と日本酒も少し飲んだかな、なんか楽しくて、つい・・・」
「ちゃんぽんしたからじゃない?」
華ちゃん、やっぱ突き放した言い方してる・・・どうしよう・・・
ああ、また眠りに逃げ込みたい。
なんか気持ちいい夢をみていたみたいだった。
いい匂いまでしてて
なんかあったかくて・・・
でも目が覚めると現実は・・・怖い・・・