居酒屋六番
六番で予約されていた席は奥にあるパーテーションで仕切られている席で、プライバシーは多少は守れるものの明らかに狭い空間だった。
「男2人並ぶにはせまいな・・・」
悠斗と達也が並んで席についたものの、手も自由に動かせない感じで、後に座っていた悠斗が向かいの席に移動した。
悠斗が座りなおすのを見ていた後にかすみが席につこうとして・・・
マジで困った・・・私どっちの隣に座ったらいいんだろうか・・・
ええと、こっちの奥が上座?一般的にはそうだけど。
いやいや両方パーテーションでさえぎられてるから関係ないし、しかもこの2人か・・・
1人はどうやら私に気があるという情報がある初めて会う男性で
もう1人はちょっといろいろあったけど、大分慣れてきた同じ部署の人・・・
やっぱりこっちだろう・・・初対面の男性って言うのが一番苦手で、更になんかこのシチュエーションはかなり緊張する。
そう思ってかすみは工藤悠斗の隣に腰をかけた。
「とりあえずは飲みだな、寺島さん、お酒は飲めるの?」
悠斗が飲み物のメニューを広げてかすみにも見えるように傾けた。
なんか楽しそうだ。
「うーん、甘いのなら大丈夫です」
「チュウハイはここ・・・あっこっちにカクテルもあるよ」
「工藤さんは何飲むんですか?」
「俺はビール、名倉は」
メニューの向こうにいる名倉に工藤は声をかける。
「俺も」
名倉はそういうと
「この店、これがおいしいよ」
と立ち上がってメニューを上から覗き込んでその商品を指差した。
「あっはい」
教えてもらってお礼を言おうとかすみは名倉の顔を見て・・・固まった。
うっわ~ダメだ、また顔が赤くなってきた。
意識しちゃダメだダメだダメだ~!!
妙な間があった後、工藤はメニューを少し上げて名倉からのかすみへの視線をブロックした。
名倉となごみちゃんって初対面じゃないのか?
なんで彼女赤くなってるんだ。
まさかだろ?
一目ぼれか?
またか?
名倉がなごみちゃんの同期と飲みを企画していることを聞いて、今日の日を楽しみにしていたら、なんとなごみちゃん本人が来て、悠斗はすこぶる機嫌が良かった。
但し、なごみちゃんの今の様子を見るまで、だ。
まさかなごみちゃんがこいつを好きになるなんて・・・
まさか前からとか・・・いや、どこで知り合ったんだ。
俺が気になってるのを名倉は知っていたのに今までそんな話全然聞いてないし・・・
俺が動揺して、名倉を見ると名倉は嬉しそうな顔で俺の顔を見ているところだった。
なんかある・・・絶対なんか裏がある。
悠斗は気を落ち着けた。
まあ、いい。今はいい。
多少の打撃は受けたものの、せっかくだしこのチャンスをうまく利用しよう。
これがきっかけで、なごみちゃんのことが良くわかるようになれば、毎日の観察がもっと楽しくなるのだから。
「名倉の言ってたやつってこれ?どう、それとも果物の入ってる味の方が好きかな」
悠斗はかすみにやさしく問いかけた。
「ええと・・・そうですね、その方が飲みやすいかも・・・あっこれにします」
「こっちが食べ物のメニューだけど、俺は最初はから揚げとポテトフライト枝豆」
「なんかメニューの王道ですね」
「いつもどんなのを頼んでるの?どういうのが好き?」
悠斗は食事のメニューでも達也の前にバリケードを作って、外からの侵入をシャットアウトした。
「う~ん」
かすみはメニューに魅入っていた。
何を見つめているか確かめようと悠斗はかすみの顔を覗き込む。
そのせいかまた2人の距離がかなり狭まった。
かすみは真剣な顔で点心の写真を見ている。
「焼売?スープ入り小龍包?」
「どっちも好きなんです、点心大好きだから、海老春巻も捨てがたいなぁ」
「春巻、うまいよな、うちもよく家で食ってたよ」
「ぱりっとしてるのが美味しいんでよね」
「そう揚げたてがな・・・これ3つ共頼んだら?俺も食うし」
「ほんとに?嬉しいなぁ」
かすみは顔をほころばせた。
なごみちゃんの笑顔はやっぱ癒されるな・・・
悠斗も思わず微笑んでしまう。
そして、悠斗の頭の中になごみちゃんデータが追加された。
「中華・・・点心が好き」と。
なんだかんだで、かすみの同期の華ちゃんが来るまで、かすみは悠斗にすっかり甘えていた。
なにせ、目の前には初対面の男性がいて、しかもいわくつきだ。
回避できるものならぜひともそうさせてもらいたかった。
しかも、今日の工藤はやさしくて、そばにいやすい。
話もいっぱい聞いてくれるし、お酒が回っているせいか多少彼の顔に見ほれてしまってもあんまり気にならない。
慣れない名倉とのコミュニケーションにも助けを入れてくれるし大分と楽だった。
工藤と話し込んでいたせいか、いつもより少し多めにお酒を飲んでしまい、かすみは大分と酔いが回った。
頭がふらふらするなぁ、もうちょっとしたら酔いも冷めるんだけど・・・
そう思っていたら工藤がフロアーの男性に水を注文してくれた。
水を飲んでもまだ酔いのさめないかすみの頭を工藤はやさしく引き寄せて肩にもたせかけさせた。
ああ、また工藤さんの気配を近くに感じるなぁ。
ぼんやりとした頭でかすみ思っていた。
工藤さんのこのセーター、やっぱり肌触りいいや・・・