寄り道
資料室でのことがあってから悠斗にとって、なごみちゃん・・・本名は寺島かすみというが・・・の存在はかなり近いものになっていた。
今までみたいに遠くから観察して楽しむ、というよりもちょっと関わってみたい、思うようになったのだ。
しかしながら、個人的な話をするとか、仲良くなるとかって、何かきっかけがないと無理な話で・・・
いきなり同じ職場というだけでそういうシチュエーションが起こるわけもなく・・・
ただ、この間の資料室のことがあってから、なごみちゃんから無視されたり避けられたりすることはなくなったし、目が合って、笑顔はないが、目視はされてる感じはする。
以前よりは俺に慣れてきたっていうことでもあり、なんかそれって、嬉しい気もするけど、逆に意識もされてないってことにもなって・・・
人としての垣根が取れて、それと同時に異性の垣根も取れたってことか・・・
なんだかなぁ、と悠斗は肩肘をついて、ついた手で顔を支えたまま、ため息をつく。
相変わらずなごみちゃんを見ていると和んではくるけど、もうちょっと彼女の脳内を知りたいなと思うのはわがままなのだろうか。
まあ、いいさと悠斗は思い直す。
今日は悪友の達也との飲みだ。
なごみちゃんの同期をつれてきてくれるらしいし、そこから何か情報を得られるだろうから。
彼女の経歴とか家族構成とかモロモロわかるだろう。
食堂で飲み会の誘いを受けてから一週間後の今日、夕方にそれが行われることとなり、悠斗はいつもよりも早いスピードで仕事をこなしていた。
かすみは同期から今日の飲み会について社内メールをもらっていた。
人事部にいる同期がなんらかの理由で先輩である名倉さんと飲み会をすることになったらしい。
その名倉さんはどうやらかすみに気があるとかないとか言っていた。
それに同期・・・華ちゃんはそれで何か利を得るらしい。
『忙しいから今、詳しい内容は書かないけど・・・頑張って仕事早く終わらせるからその時ゆっくり話すからロビーで待ってて』というのが内容だった。
それでかすみも早く仕事を終わらせてロビーで待っていたのだがなかなか華ちゃんは現れない。
しばらく待っていたら携帯にメールが来て、
『ごめん、もうちょいかかりそう、居酒屋『六番』に七時から私の名前で予約取ってるから先に行ってて』と書いてあった。
ひとりで行くのか・・・気がくじけるな・・・相手の人、先に来てなきゃいいけど、と思いながらかすみはあきらめてビルの玄関から出ようとした。
「寺島さん」
少し前に空いたエレベーターに乗っていたのだろうか、工藤悠斗が声をかけて来た。
「今、帰り?」
「はい、工藤さんは今から営業ですか?」
「いやさすがにもう終わりだよ」
もう夕方だし、とかすみに微笑む。
なんとなく一緒にビルの外に出た。
肩を並べて歩くと、いつもより2人の距離が近い気がするな、とかすみは思う。
これって私のせいかな?むこうが近いのかな。
こんなに近いとこの間のひざに乗ったことを思い出すなぁ。
あれからしばらくたっているが誰からも資料室の出来事は話に聞かなかった。だからほんとに工藤は誰にも話していないらしい。
口の軽くない人で助かった、とかすみは思っていた。
それにしても・・・彼の顔を見つめながらかすみは思う。
近くで見ても、相変わらず素敵だよな。
少し肌寒くなってきたからか最近工藤はセーターを着始めていた。
その姿が新鮮でまたまたかすみはうっとりとしてしまう。
セーターはシルバーグレーで地味な色であるのに、彼が着ていると清潔感が漂うような素敵なものに代わる。
彼が着ているというだけでそのセーターの肌触りは気持ちいいとか思っちゃうよね、とかすみは思っていた。
2人で会社を出て大通りを歩く。
このまま、まっすぐ歩くと駅に行くが、居酒屋『六番』に行くにはここで曲がらなければならず、かすみは曲がり角の少し前で立ち止まって、
「それじゃ、ここで」
と悠斗に挨拶をした。
「ああ、じゃあ」
悠斗も手を上げて挨拶すると、駅に向かわず道を右に曲がった。
「えっ」
といいながら、かすみも右に曲がる。
「今日、寄り道するの?」
「ええ、まあ、あの工藤さんも・・・」
「ああ、今日は同期と飲みでね」
そういい終わらぬうちに、誰かが工藤の背中を叩いたのをかすみは見た。
「よお」
「名倉、痛いな力、いれすぎんなよ」
名倉・・・かすみの中でその名前が響く
うわっこの人が名倉さんなんだ・・・
見覚えがない・・・あ・・・でも食堂でたまに工藤さんといる人じゃないだろうか・・・
「寺島さん?人事の名倉です、今日宜しくね、寒いし、先店に入ろう」
名倉はそういうとすぐ側にあった『六番』の暖簾をくぐって店に入っていった。
もしかしたら・・・というかもしかしなくても華ちゃんの飲み会って工藤さんもメンバーなんだ。
「なんか縁があるな」
そう言って工藤さんはにっこりとかすみに笑いかけた。
「はっ、まあ、そうですね・・・あっ・・・でも、すみません」
「なにが?」
「せっかくの出会いの場に私なんか参加しちゃって・・・」
「そんなことないよ、な・・・かすみちゃんとは一度ゆっくり話してみたかったし」
『ゆっくり話してみたかった』というセリフにかすみは真っ赤になる。
目を合わせて話していたから自分がそのセリフを聞いて目をむいてびっくりしていることは工藤にばれているに違いない。
かすみはあわてて下をむいた。
ひやあ~まずい~意識しちゃ駄目だって~!!
工藤さんそのセリフ私にはキツいって~!!
そんないっぱいいっぱいの状態でいたせいか、
かすみはそれ以外のセリフに違和感を感じなかった。
彼がかすみのことを、『なごみちゃん』といいかけてあわてて『かすみちゃん』に訂正したことを。そしていつも彼がかすみのことを普段は『寺島さん』と苗字で呼んで、名前呼びなどけっしてしたことがなかったということを。
いつまでも店の前でぼうっと立っているかすみを、即すように悠斗は片手で背中を押すようにして店内に誘導した。
うわっなんかエスコートされてるみたい~
なんか気持ちがふわふわするなぁ
私の脳内今お花畑だ、やばい壊れてるかも。
エスコートされてるみたいなんて、ここは居酒屋なんだからね、あはは。
それにしても、いい男ってすごいなぁ、とかすみは思う。
普通に話しているのだけなのに、彼の顔みただけで相手は彼の事、好きになっちゃうんだ。
顔で口説くってすごいな。
すでに自分がそういう状態になってるのを知ってか知らずかかすみは悠斗につれられて席に向かっていった。