なごめるなごみ
資料室は人一人が通れるくらいの空間の間に天井に届きそうなくらいの棚が等間隔に置いてあって、部署ごとに割り降られた位置にダンボールが置いてあるだけのシンプルな空間だった。
時々利用しているかすみは先に資料室に入ると自分の部署、営業2課のスペースの前に立った。
20日払いの資料はすぐ見つかるけど・・・八木株式会社だけ抜いていくのは時間がかかるな。
「工藤さん、午後から外出予定ありますか?」
「3時に出るけど」
「これ、3時までに終わらせるとか無理です、めっちゃ時間かかりそうなんで、ほんといいですよ、仕事もどってください。」
かすみがそういってから工藤の顔を見上げると、憮然とした顔が目に入った。
「いいから、時間やばくなったら抜けるから」
工藤を怒らせてしまった・・・気を使ったつもりだったんだけど・・・
というか私が彼が側にいることで気を使いたくなかったので、そうみせかけていたのがバレたかな?
ひぇぇ、これ以上怒らせないようにとかすみは心に念じて答えた。
「では、お願いします」
20払いの資料が入っていそうなダンボールを工藤に棚から下ろしてもらい
その間に、かすみは先に下ろしてもらっていたダンボールのふたを開けて中味をチェックしていた。
チェックし終わったダンボールに改めてガムテープで蓋をして置いておいたら、下ろし終わった工藤がそのダンボールのひとつを椅子代わりにしてかすみと同じように書類をチェックし始めた。
いいなぁ、ダンボール椅子、私もしたい・・・
しかし見終わったダンボールは狭い通路に放置しておくと邪魔になると思ったのか、次々と工藤は棚に戻してしまう。
仕方なく、かすみはしゃがんだ体制のまま資料を見ていた。
ううっ腰が痛くなってきた。
しばらくダンボールの開ける音、紙をめくる音だけが資料室からは聞こえていた。
いつもと違って、2人で見ていたせいか、工藤の行動がすばやいのか資料の抜き出しは2時半には終わりそうだった。
抜いておいた資料を再確認し終えた工藤は、最後のダンボールを見終わったままじっとしゃがんでいるかすみからダンボールを受け取ろうとした。
「あの・・・」
かすみはダンボールから手をかけたまま離さない。
「うん?」
「あの・・・足がしびれて動けそうにないんです」
「・・・足・・・」
自然と工藤の目がかすみの足に向いた。
頼む、まじまじと足を見ないで欲しい、ちょっと太めなんだって、ヤダよぉ!
かすみは心の中で叫んでいた。
工藤は入り口の側に折りたたんでおいてあったパイプ椅子を持ってきて霞の前に広げた。
「ほら、ここ座って」
「・・・すみません」
しびれる足をなんとかなだめて立ち上がろうとかすみはパイプ椅子の背もたれに手をかけて体重を預けた。
そのままゆっくりと座ろうとするが、右足に体重をかけた途端に足がぐにっと曲がってしまう。
「きゃっ」
倒れそうになるかすみをあわてて悠斗は支えようと手を伸ばした。
しかしそのままの勢いで一緒に倒れそうになってかすみを抱えたまま悠斗はあわてて方向を転換し・・・
どんっ
パイプ椅子に座る悠斗、その悠斗のひざの上にかすみは腰掛けたのだった。
「わっ!」
びっくりしてかすみは立ち上がろうとしたが、まだ足の痺れが取れておらずまたすぐに座ってしまう。
「しびれ、取れてからでいいから・・・嫌じゃなければだけど」
「・・・ほんとごめんなさい」
この状況に耐えられずかすみは顔を上げられないでいた。
辛い・・・なんか限界超えてる・・・
私がわざとやったとか工藤さんに思われてないよね。
この事、誰かに工藤さんが話しちゃったら、私この会社にはいられないかも。
男性社員からはきっと『おひざちゃん』とかって言われて好奇心の目を向けられるだろうし女性社員からは・・・
とんでもないいじめに遭うかも・・・
ワザとじゃないんだって~!!
もう!もう!どうしてこんなことになっちゃったの!
考えれば考えるほど、悪い方向に持っていってしまってかすみは思わず涙ぐんでしまった。
この展開にびっくりしたものの、先に気を落ち着かせた悠斗は考え始めていた。
・・・彼女は、もしかして泣いてるのか・・・やっぱり顔真っ赤にして・・・
今、どんな表情をしているのだろうか、何を考えているのだろうか・・・顔を見て確かめたい。
ひざの上にかすみを乗せたまま悠斗は下を向いたままのかすみの頭を見た。
普段と比べてとんでもなく近い位置にいるなごみちゃんからはいい匂いがした。
・・・シャンプーの匂いだろうか、花の香りが彼女の周りの空気をゆらしている。
悠斗はなんとか表情を見ようと顔を斜めに下げてかすみの顔を下から覗き込むようにする。
かすみは顔が近づいてきた気配に気づいたのか、少し顔を上げる。
ものすごい近い距離で目が合った。
やはり顔を真っ赤にして涙目になっている。
ほんとこいつって女の子だよな・・・『可愛らしい』ってこういうのいうんだな。
悠斗はかすみの目を見つめていた。
でもこういう状況だけど・・・
会社でなんでこんなことになってんだ、資料室で、しかもこいつ足しびれたって・・・
冷静に考えるとこの状況がおかしくて仕方なくなって悠斗は心の奥から笑いがこみ上げてきた。
「ごめん、なんか面白いよな、この状況、何やってんだろうな、俺ら」
えっという表情をして、かすみの涙が止まった。
いたずらっこのような笑い顔で悠斗がいう。
「俺の脚がしびれてくる前にしびれとまるといいな」
「あっ」
やっぱり顔が真っ赤になり立ち上がろうとするかすみの両肩をしっかりと両手で押さえて悠斗はかすみに安心させるように、ぽんぽんっと肩をたたく。
「大丈夫だから、このことは誰にも言わないから」
気安くなってしまったのか、なぐさめたくなったのか、悠斗は斜め下にあったかすみの頭をなでた。
なごみちゃんを見ても本人が周りの目を気にしてびくびくしてたら、俺がなごめないからな。
かすみは悠斗の顔をじっと見つめたまま、こっくりとうなづいた。