彼のおもしろくない理由
「最近、あんまり楽しそうじゃないね」
昼休みの食堂で飯を食っていたら頭の上から声がした。
大学も一緒、会社も同期入社の悪友が昼食を載せたトレイを片手に持って悠斗の向かい側の席に座った。
一時間しかない昼食時はいつも初めの方は混みあっている。
だから悠斗はいつも仕事を遅めに終わらせてからあらかた人がはけた食堂に行くようにしている。
そうすると似たもの同士なのか達也に出くわすことが多い。
まあ、それも俺の息抜きになるからいいけど。
「相変わらずどんぶり好きだな」
悪友達也のトレイをちらっと見て悠斗は言葉を続けた。
「何が楽しそうじゃないって?」
「なんかさ、動きがだるいっていうか、退屈そうって言うか」
それだけいうと、達也は割り箸をぱちんとわって勢いよくどんぶりを食べ始めた。
「なんだそれ」
達也は食べ始めると夢中になって当分何も言わなくなる。それがわかってるから答えを待つべきか、さっさとおいて席に戻るべきか迷う。
でも、最近気に食わないのは確かだ。
原因は・・・わかってる。
指摘されたくもない、だから帰るべきかとも思うがなんとなく残ってしまう。
腹を割って彼女の話ができる相手はこいつだけだからだ。
「なごみちゃんだろ?最近反応がなくなったかと思ったら新しい男にむいてるなんてな」
小皿に入っているおしんこをつまみながら、にんまりと人の悪そうな顔で達也が笑う。
「お前ともあろうお人がさ、見向きもされてないなんてな」
そうだよ、それだよお前は俺のことよくわかってるよ。
なごみちゃんっていうのは、まあそれは俺がつけたあだ名だけど。
別に俺は彼女のこと好きって訳じゃなかった。
どこにでもいる普通の女の子だ。
目立って可愛いわけでも、美人ってわけでもない。
けど、なごみちゃんは部署を移動してきた俺をみていつも真っ赤になって動揺してたから、ついそれが面白くてわりと観察してたんだよ。
まあ、そういう女のしぐさにはなれてるから冷静なつもりだったけどさ。
じっと見てると彼女の考えてることがわかりやすすぎておもしろかった。
俺見るといつも真っ赤になってたし、恥ずかしがって目も合わさない。
社内でも自分の行く方向に俺がいるところを通ろうとするものならビビッて迂回したり、数人で話をしようもんなら彼女の先輩の影にかくれるようにして俺のこと全然みなかったりしてさ。
そういう意識した避け方って多分当人の俺しか気づかないんだろうけど、そういう行動で彼女の頭の中が手に取るようにわかって面白かったんだ。
ところが3ヶ月も経って彼女もじわじわと慣れはじめて、今では平気な顔で声をかけてくるようになった。相変わらず仕事の話しかしないけどさ。どうも俺に冷めてきたようだ。
それどころか、この一週間は新しく入ってきた新人社員の男を見て真っ赤になってる。
なんなんだよ、それ。そう思いながらも、そんな彼女の脳内観察をやめられないでいる。
「でも俺さ、彼女に関する情報を得てんだよね」
「情報?」
悠斗は身を乗り出した。
「教えてやってもいいけどさ、代わりに言うこと聞いてくれる?お前狙いの娘が俺の部署にいてさ、その娘に飲みのセッティング頼まれてるんだ、それにノッてくれたら教えてやるよ」
「そこまでしないと駄目か?」
悠斗はめんどうな事に巻き込まれそうな気がしてうんざりする。
あんまり今、女とどうこうするのがおっくうになっている。
再び背もたれに体を預けて腕を組んで考え込んでしまった悠斗に達也は一言添えた。
「・・・その娘さ、なごみちゃんの同期なんだよね~」
目をまるくした悠斗をみて達也は自慢げに笑う。
「俺の情報だけでなく、プラスアルファで彼女のこと聞きだせるかもよ・・・」
「行く」
即座に返答した悠斗に達也はおののいた。
「マジで?・・・ふうん、そうなんだ」
悠斗も自分の意外な反応にあわてて言葉をつけたした。
「なんか誤解してるみたいだけど、彼女の事は気になってるだけだからな、他意はないから」
「まあ、そういうことにしとくか、じゃあ、また日にち決めて連絡するわ」
「おう」
話は終わったな、そう思った悠斗は席を立った。
なんか久々にわくわくするな。
彼女・・・なごみちゃんの話、とくと聞こうじゃないか・・・
さっき、食堂で会っちゃったな、工藤くんと。
昼食を終えたかすみはロッカーから歯磨きセットを取り出すとお手洗いに向かっていた。
食堂にやってくる彼をチラッと見たら目が合っちゃった。
それにすれ違いざま、私は頭を下げたけど、彼は気づいたかな?気づいてないかもしれない。
まあ、私印象薄いからな。
ロッカーで一緒になった同期と話をしながらもかすみはまだ頭の中で工藤悠斗のことを考えていた。
相変わらず格好いいな、すらっとしていて、顔も整ってて、如才ない感じで、なんか別世界の人って感じ。
はああ、あんなに素敵だと、慣れるのにどれほど時間がかかったか。
最近やっとまともに話せるようになった、とかすみは同期に気づかれないようにホッとため息をつく。
慣れた、話をしたといっても仕事の話しかしていない。
個人的な話なんて全く皆無だ、無理、絶対に無理。
宇宙人と話すほうがまだ楽に出来そうな気がする。
ほんとに意識しすぎだっちゅうに。
彼は私のことんなんて私が思うほど、なんとも思ってないって。
ほんとにもうこんな自分が嫌になるよ、とほほ。
「・・・だからさ、お願い、協力して」
不意に胸をつくような名前が同期の口からでたような気がしてかすみは意識を急速に戻した。
「えっ、何?」
「だから、名倉さん、あなたに興味あるみたいだからさ、交換条件で飲みに行こうって誘ってるの、協力してね」
「名倉さん・・・って誰?・・・私に興味って・・・知らないよ、何それ?」
「いやだから、うちの部署の先輩だって、もう今全然話聞いてなかったでしょ」
「ごめん」
「そういう訳だから、宜しくね・・ああ・・・もうお昼終わっちゃう、じゃあ」
ちょっと、ちょっと、何それ?誰それ?どういうことなの!
かすみは呆然とたちつくすのだった。