旧き約束の果てに見えるもの
(……どうしたものか?)
玉座で眉間にしわを寄せ、イオシスは押し寄せている問題への対処法を考えている。
父親であり、先代の王が病に倒れ、嫡子であるイオシスに王位が転がってきた。
家臣達の進言通り、父王の葬儀を終えたものの、実績も経験もない王では家臣達をまとめる求心力もなく、家臣達は王の命令を語り、勝手な事をしているのだ。
それだけではなく、以前から国境付近では魔王率いる魔族との争いは激化しており、民を守り、国をまとめるためにはどうにかして家臣達をまとめ上げなければならない。
「て、敵襲!!」
「敵襲だと、被害状況は?」
その時、謁見の間へと顔面を蒼白にした兵士がなだれ込んでくる。
そばに控えていた大臣は兵士に現状を話すように命令するが兵士は急いで知らせに来たようで一生懸命に状況を報告しようとするが息も切れ切れであり、言葉にはなっておらず、その様子から被害は尋常ではない事が予想される。
「無理をしなくても良い。まずは息を整えろ」
「申し訳、ありません」
その様子にイオシスは兵士へと優しい声をかける。
兵士は自分の姿が情けないようで唇をかむと息を整えようと大きく深呼吸をし、息を整え終えると兵士はイオシスへと状況報告を開始する。
兵士が伝えた情報は王城内の中庭の空間が突然、歪みだすと黒き装束を身にまとった魔族と思われる者達が現れ、王城内を占拠し始めたと言う事であり、王城内にいた兵士や騎士達は応戦をしているものの、襲撃され混乱し、上手く連携が取れないようで次々と王城内は魔族軍に占拠されていると言う絶望的な状況である。
「……そうか」
「ここが謁見の間か? そうするとあなたがこの国の王ですか? ずいぶんと若い」
イオシスは目を閉じ、何か逆転の策を探そうとするがそこまでの時間はもう存在しなかったようで、黒い装束で全身を隠した魔族が1人、ドアを開けて謁見室に入ってくる。
装束のせいで姿は見えないがその声は年若い少女のようであり、イオシスの姿を見て言う。
「そうだ。我が名はイオシス。父に代わり、先日から王を務めている。魔族の戦士よ。我が国に何の用だ?」
「失礼しました。イオシス王」
謁見の間に控えていた兵士達は少女に向け、剣を構えるがイオシスは兵士達の行動を止め、襲撃者を高圧的に睨み付ける。
彼の反応に少女はくすくすと笑うとまとっていた装束を脱ぎ、姿を現すと正装を身にまとった少女が非礼を詫びると言いたいのか深々と頭を下げた。
少女はイオシスと同年代のように見えるがその容姿は褐色の肌ではあるが麗しく、謁見の間は少女の美しさに息を飲んだ。
「先日、魔王を継いだ兄に代わり、私、リトスが停戦協定の使者として参上したしだいです」
「停戦協定の使者だと? 王城を強襲しておいて良く言う」
少女リトスは魔王の妹だと名乗ると自分を停戦協定の使者だと言う。
しかし、彼女達のやっている事は誰の目から見ても、争いを激化しようとしている物にしか見えない。
イオシスはこの状況での停戦協定の提案に鼻で笑う。
「それに関して言えば、謝罪しかできません。私達もずいぶんと長い間、使っていなかった転送石を使用しましたので中庭につながっているとは思ってもいませんでした。私に付いてきた者は兵士や騎士達を無力化はしていますが命は奪っていませんのでご安心ください」
「……転送石? なぜ、我が国へ転送できるものを魔王の血に連なるものが持っているのだ?」
「そうですか? どうやら、お父上からは何も聞かされていないようですね」
リトスは深々と頭を下げ、襲撃に関しては自分達も不測の事態だった事を伝える。
彼女の言葉はイオシスには信じられない事であったようでそばに控えている者達へと視線を向けた。
家臣達もリトスの言っている事が信じられないようで大きく首を振っており、リトスに詳しい説明を求める。
リトスの口から伝えられた事はイオシスの国の人々が魔族だと教えられた人々も自分達と同じ人間であり、1000年以上前から2つの国の間では国が荒れた時には相手の国を魔族とし、1つの敵を作り上げる事で国をまとめ上げていたと言う衝撃の事実であった。
イオシスの父親は自分を傀儡とし、勝手を振舞う家臣達の姿にリトスの父親である先代魔王と連絡を取り、国をまとめようとしたようだと言う。しかし、イオシスの父親は国をまとめ上げる前に病に倒れてしまったようでこの事もイオシスには伝える事はなかった。
そして、先代の王に協力したものの先代魔王も国境付近で起きる争いや国内の問題に過労で倒れてしまいリトスの兄『エクス』が先日魔王を継いだ。
エクスは多くの問題を抱えていた昔ならば、この契約は意味があったと思いはしたものの、今の時代にはこの契約を維持する必要性を感じなかったようで魔王だけが引き継ぐことができる転送石と過去の契約書、そして、イオシスの父親の署名が入った先代魔王へ宛てた手紙をリトスと数名の従者に託したと言う。
署名に書かれた字は間違いなく、父親の字であり、その手紙へと視線を移したイオシスはしばしの間、目をつぶり、彼女の言葉が信頼のおけるものか考えているようである。
謁見の間に控えていた兵士や大臣達はイオシスがどのような答えを出すか気が気ではないようで息を飲んで彼の答えを待っている。
「……リトス殿と言ったな。確かにこの手紙は父上の手で書かれているように見える。ただ、お主の言葉は信じがたい」
「そうでしょうね。所詮は過去の遺物ですから、イオシス様がどのように思うかは私はわかりません。その上で、こちらが兄上から預かりました停戦協定についての条件です。こちらを確認してイオシス様がこの国の民にとって有益かどうかをご判断ください」
「わかった。この者達に部屋の用意を」
イオシスはリトスの言葉が何かの罠だと言う事も考えられるため、すぐに頷くことはない。
彼の考えも理解できるようでリトスはエクスからの停戦協定の条件をまとめた書簡を取り出し、イオシスはそれを受け取ると他国からの訪問者に部屋を用意するように指示を出す。
王の指示に謁見室にいた家臣達はざわつくがイオシスは意見を変える事はない。
(……)
リトス達を客人として迎えるとイオシスは王とは言え、家臣達の意見も聞かなければいけないと判断した。
しかし、意見の述べる者達は国や民の事より、自分達の利益を考えている事が透けて見えており、イオシスは眉間にしわを寄せて家臣達を下がらせると気分転換をしようと思ったようで兵士達の訓練室に顔を出す。
父親が生きていた頃は魔族だと信じていた者達との戦争もあり、王子として民の先頭に立ち戦うために文武両道をめざし、訓練に励んでいた。
武に関して言えば、教育係に怒られながらも兵士や騎士達の訓練所に顔をだし、兵士や騎士から多くの物を学だ。彼自身、どちらかと言えば剣の修練の方が性に合ったようであり、悩み事をすると剣を振り、考えをまとめていた。
まとまらない考えに木剣を取り、訓練所で剣を振り、汗を流す。
彼の姿はともに汗を流した兵士や騎士達には好感が持てるものであったようでイオシスの指示者には兵士や騎士が多い。
兵士や騎士達は王位を継いでから訓練所に立ち寄ることがなくなってしまったイオシスが顔を出した事に悩んでいるのを感じ取ったようで声をかける事無く、彼の出す判断を待つ。
「イオシス様?」
「……リトス殿? 隣国の姫が訓練所に何か御用ですか? 何か所か制限をさせてもらっていますが王城の中を見て回るのはあまり感心しませんが」
その時、王城へ滞在しているリトスが訓練所に顔を出したようでイオシスを見つけて声をかける。
彼女の後ろには王城への滞在中にリトスの世話を任せた従者が大きく肩で息をしており、王城内をリトスに引っ張りまわされているように見える。
イオシスは剣を振るのを1度止めると隣国の姫であるリトスが王城内を歩き回るのは、問題があると思ったようで眉間にしわを寄せて言う。
リトス達は客人として扱われているが王城を襲撃したと言う事実は変わらないため、彼女に向けて敵意のこもった視線もいくつか見えている。
彼の言いたい事がリトスは理解できたのか困ったように笑う。
その様子から彼女自身、王族とは言うものの、堅苦しいのが苦手だと言うのがわかり、イオシスは小さく表情を緩ませた。
「姫と言われましても、私達の国では自分のできる事は自分でやると教わっていますので、ですから」
「そうですか? リトス殿、すいませんが隣国の事を教えていただけませんか? エクス王の書面だけではわからない事も多いのであなたの目で見た。あなたの国の事を教えてください」
リトスは彼の表情に一瞬、胸が高鳴ったようで気のせいだと慌てて視線をそらした。
イオシスは彼女のわずかな反応に気付いていないようで汗を拭きながら腰を下ろし、彼女達が育った国の事を聞く。
その様子に従者は訓練所と言う場所で話すべき事ではないと思い慌てるが、イオシスに進言ができないようでその表情には戸惑いの色が見える。
「リトス殿、訓練所でする話ではなさそうなので、お茶でも飲みながらにしましょうか?」
「わかりました」
従者の顔色に気が付いたイオシスは困ったように首筋をかいた後、リトスの前に手をだし彼女をお茶へと誘う。
リトスは差し出された手に躊躇するが遠慮がちに手を取り、2人は従者の案内の元に訓練所を後にする。
リトスをお茶へと誘うイオシスの姿は兵士や騎士達から見れば珍しい物であり、2人が訓練所を出て行くと2人の事を噂するようにざわつき始める。
お付き合いいただき、ありがとうございます。
とりあえず、べたなネタですが短編として投稿してみました。
イオシスとリトスのこの後を書くかは皆さんの反応次第です。
気に入っていただけたら幸いですね。