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秘密は自らその身を鎮め

 祖父が死んだのは一週間も前だ。祖父は亭主関白な堅物で、孫の僕にはいつも『清純潔白な男であれ』と口煩く言っていた。とかく嘘の嫌いな人で、僕が嘘をつくたびに泣きながら僕のことを叱るのであった。大の大人が涙を流しながら叱ってくるものだから、僕もそのうち嘘をつかなくなった。

 そんな祖父には愛犬がいた。柴の雌犬である。お調子者の犬だったが、祖父の言うことだけはよく聞く犬であった。ある日どこからかふらりと連れてきて、飼い始めたのだと祖母は言う。名はサクラ。名付けたのは祖父だ。僕は昔、その名の由来を祖父に尋ねたことがある。まぁ、それは当然のように桜の木から取られた名称だったのだけれど、僕はその話をするときの祖父の悲しそうな顔がどうしても忘れられないのであった。もし女の子が生まれていたら、この名前を付けていたと祖父は語った。祖父と祖母の子は僕の父だけである。そんな父の兄妹のようなサクラであったが、祖父が息を引き取ると同時に、来た時のようにふらりとどこかへ消えてしまったのだった。そしてそれから三日後の朝、祖父の所有する山の麓の桜の木の下で亡骸として発見された。祖父の好きな桜の下で、主人を追って逝ったのだろうと親戚一同納得し、サクラはその木の下に埋められた。

 僕は今、その墓の前にいる。桜は散り際で、花弁の吹雪が視界を覆う。根元には名前のない墓石が一つ。祖父にしか懐かなかった彼女だが、孫の僕を叔母のように見守っていてくれたのを覚えている。

「綺麗な桜ですね」

 と。桜の前で幾分か物思いに耽っていた僕に、後ろから声がかかった。振り返ると、長い黒髪の女性が一人、そこに立っていた。初対面のはずだが、どこかで見た様な雰囲気を感じる。僕はこんにちは、と挨拶した後。どうしたんですか、こんなところに。と聞いた。

「いえ少々、戦いに来たのです」

 僕は意味が分からず、はぁ。と気のない返事を返してしまった。女性は続けて。

「一週間前に父が亡くなりまして、線香を挙げに来ました。きっと、厄介になりますね」

 理解させる気もないのだろう。女性はまるで自分に言い聞かせるように話した。だが、そうか、と僕は思う。失礼ですが、お名前は。

「サクラと云います。この木と同じ、桜」

 全てを理解して。そして僕は改めて、墓石に向かって手を合わせた。




千字以内、テーマ『桜の木の下』という縛りを友人に出され書かせて頂いた小説です。文学というにはおこがましいお話ですが、それ以外の言い様もなかったのでこのジャンルに投稿させてもらいます。



コメントをくれると作者はとても嬉しいです。

それでは。




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