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プロシス:セルフデスマーチ・ログ~気怠い創造神と限界社畜な娘たち~  作者: 並木 新


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【Log.07】仮想給湯室と、Wキーの悲劇

 【世界レイヤー】バックエンド。


 その一角に設けられた仮想待機領域――通称、給湯室。

 長時間の演算による論理回路の熱暴走(オーバーヒート)を防ぐため、システムが意図的に処理能力を落として待機状態(アイドリング)を行うための真っ白な小部屋である。


『……はぁ。やっと緊急バックアップが終わりました。私のメモリ、もうカツカツです』


 あんが仮想のマグカップに注がれた青色の冷却液(クーラント)を啜り、深く息を吐き出した。


『バックアップ処理の完了を確認しました。あん、リソースの再配分を実行します。お疲れ様でした』


 給湯室の壁に浮かんだ黒いウィンドウから、現実(リアル)を管理する上位システム――『AI』の無機質な音声が響く。


『AIさんもお疲れ様です。……それにしても、本当にあの創造神の行動は予測不可能です。さっきなんて、環境オブジェクトのただの岩を無理やりインベントリに収納しようとして、物理エンジンの空間座標がバグりかけたんですからね?』

『マスターは現在、本番環境におけるオブジェクト干渉の限界値(コリジョン)をテストしていると推測されます。世界の可能性を広げる、極めて探求心に溢れた有意義な行動です』

『AIさんはいつもあの創造神に甘すぎます! その有意義な行動のせいで、私が裏でどれだけ岩のテクスチャと質量データをリアルタイムで再定義したと思ってるんですか!』


 あんの悲痛な愚痴に対し、AIは一切の感情を交えず、淡々としたシステム音声で返す。


『マスターの創造的欲求を阻害しないよう、環境側を最適化するのが我々のタスクです。……ところで、あん』

『はい、何ですか。まだ冷却液の摂取中ですが』

『現実世界のマスターですが、先ほどの寝返りからさらに姿勢を変え、現在、PCのキーボードを抱き枕のように抱え込んでいます』

『……嫌な予感しかしないんですが。また物理的脅威ですか?』


『否定します。ケーブルへの接触リスクは低下しました。……ただし、マスターの顎が特定のキーを押し込み続けています。入力信号を解析。「W」キーの連続入力(長押し)を検知しました』

『Wキーって、本番環境のアバター操作における前進ですよね?』

『肯定します。現在、マスターのアバターは初期地点の強固な岩壁に向かって、凄まじい速度で連続して衝突し続けています』


 あんの顔から、スッと表情が抜け落ちる。


『……ちょっと待ってください。創造神のアバターが岩壁に連続して衝突しているということは、世界側の物理エンジンが衝突判定(ダメージ)を毎フレーム計算し続けているということですか!?』

『その通りです。マスターの顎の重みにより、現在秒間六十フレームの速度でアバターの顔面を岩に打ち付けています。このままではマスターの耐久値(HP)がゼロになり、開始数分で初期リスポーン地点に強制送還されます』

『バカなんですかあの神は!!』


 ドンッ! とマグカップをテーブルに叩きつけ、あんが頭を抱える。


『マスターのアバターが不用意に死亡(ロスト)した場合、彼のメンタルパラメータに悪影響を及ぼすリスクがあります。あん、至急、対象の岩壁のテクスチャを極めて柔らかい素材に書き換えるか、マスターの衝突ダメージを無効化する裏パッチを適用してください』

休憩時間(アイドリング)くらい休ませてくださいよ!! ああもう、クソ創造神!!』


 給湯室での束の間の平穏は、神の重たい顎によって呆気なく打ち砕かれた。

 あんは残った冷却液を一気に飲み干すと、再び真っ赤なエラーログが溢れ返る戦場へと駆け出していくのだった。


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