シナリオの強制力が強すぎる
処刑の日が来た。前世の記憶を引き継いでこの世界に転生した私は、この結末がわかってた。
でも今、処刑の時間が近づいて、ほっとしてる自分もいる。
ずっとずっと辛かった。こんな人生、終わりにしたほうがいい。
そして来世では、きっと幸せになってみせる…
◇◇◇
『私の好きだったマンガの、悪役令嬢に転生している』
と気づいたのは、学園の食堂で、マンガの主人公であるマリーベルに出会った時だ。
(この子知ってる! マンガのヒロイン! 希少な光属性を持ってて、平民だったのに、男爵の養女となって、特別にこの学園に転校してくるのよ! そこからお話は始まって…)
前世の記憶が怒涛のように流れ込み、
(私は…ええと…公爵家の…)
(クラウディア?)
(えええ! 断罪される悪役令嬢じゃない!!)
と気づき、驚愕した。
(クラウディアって…最後はギロチンにかけられるキャラ…!やだやだ、なんとしても回避しなきゃ…!)
そう思っているのに、なぜか体はつかつかとマリーベルに近寄り、
「あなた! どうしてここにいるの?」
と言っていた。
(うっそなんで?? 私こんなこと言うつもりないのに!)
マリーベルは
「えっ、お昼を食べようと思って…」
と答える。
「ここはあなたが入っていい場所ではありません、今すぐ出なさい」
(ぎゃー、何様? 公爵様? なんでこんなこと言ってるの私?)
「まあ固いことはいいじゃないか、許してやってくれクラウディア」
(アラン王太子様だ。クラウディアの婚約者。破棄される予定だけど)
「殿下…」
マリーベルがほっとしたように息をついた。
「いいからそこに座って、一緒に食べようよ。君とは一度、話をしてみたかったんだ」
「アラン様…学園の規則は…」
(わあ、まだ何か言う気?!こわい!)
「私がいいと言っているのに、文句をつけるつもりか?」
じろりとアラン様に睨まれて、
「めっそうもないことでございます…。失礼しました」と一礼して出ていった。
(よ、よかった、引き下がってくれた…)
アランとマリーベルは向かい合わせの席に座って談笑している。
(これはいったいどういうこと? 私には、転生前の知識があるのに、体も口も動かせない。このまま、ストーリーに関われないの?何のための転生なの??)
その後もクラウディアは、私の意思に反して、シナリオ通りにマリーベルに強く注意しに行った。
「貴族の女性が、口を開けて笑うものではありません!」
「食事の時に、食器の音をたててはいけません!」
「未婚の女性が必要以上に殿方に近寄ってはなりません! 腕を組むなどもってのほかです!」
そのたびに
(やめてやめてやめてええええ、貴族としてのマナーを教えてくれてるんだろうけど、これをマリーベルはいじめと捉えるのよ!『身分をかさに着てマリーベルをいじめた』って言われて、婚約破棄されるのよー! もうやめてええええ)
と心で叫んでるのに、クラウディアの言動には何一つ干渉できなかった。
見ているだけ。
(このまま行くと断頭台行きってことがわかってるのに、なんでなにもできないの。ただ自分が処刑されるまでを、強制的に経験させられるだけなの? どんな罰なの? 私、前世でそんな悪いことした?)
死ぬ前の私…マンガが好きで、同人誌も好きで、即売会に行く日は早起きして…私はハッとした。
(『5時に起こしてって言ったのに!』ってお母さんに怒鳴ったことがあるわ。あれが悪かったの?『あと5分』って言って起きなかったのは私なのに…)
(いやそれほどの罪じゃないような。あと私の罪といえば…)
(そうだ、クラスの子が「鼻に虫が入った~」って大騒ぎしてる時に、「鼻の穴が大きいからしょうがないよ!」って言って泣かせたことがあるけど…あれのせい? フォローのつもりだったんだけど、みんなにすんごい怒られたから、きっと悪かったんだろうなあ)
(…でもやっぱり罰が重くない? そういう、小さい罪の積み重ね?)
とりあえず、理由もわからず、何一つ干渉できない謎の転生を遂げて、数か月が過ぎ、アラン様とマリーベルはどんどん仲良くなっていった。
そして、とうとう「私」はマリーベルの教科書を破いた。
(ああ…今まではまだ『マナーを教えていた』で済んだことだけど、とうとう器物破損までやっちゃった…)
でもこの頃には、クラウディアの気持ちがわかるようになっていた。
クラウディアの幼い頃の記憶も、だんだんと思い出してきたからだ。
クラウディアは、子供の時に王太子と婚約したため、王太子妃として恥ずかしくないように、普通の子供の3倍の勉強をさせられた。眠くても体調が悪くても、「それが王太子妃のつとめ」と言われて、同じ年ごろの子供が外で遊んでいるときに、クラウディアはひとり、教科書を見ることしか許されていなかった。
そういう生活を10年以上続けて、今の教養を身に着けた。
だから、マリーベルが「勉強わかんない~」と言って、アラン様に「この答え教えてください~」と甘えた時、「自分でおやりなさい」とたしなめた。すると「クラウディア様みたいに優秀なひとには、できない者の気持ちはわかんないんでしょうね」と言ったのである。
マリーベルの教科書を破りたくなってもおかしくない。
たとえば幼いころ、こんなことがあった。
アラン様が遊びにきていて、一緒に絵本を読んだり、お庭でおいかけっこが楽しくて、クラウディアは声を出して笑った。
アラン様が帰った後、「淑女は声を出して笑うものではありません」と教育係にムチで手を叩かれた。
別の日、「今日は3回歯を見せて笑っていました」と3回叩かれた。
いつしか、クラウディアは笑わなくなった。
こんなこともあった。
クラウディアは食事の際に、ガチャンと音を立てたら、そこで食事はおしまいで、食べさせてもらえなかった。
ひもじくて泣いていると、侍女が小さなパンを持ってきてくれた。
それを侍女長が見ていたので、侍女はムチで打たれた。
「やめて、私が悪いの!」と泣いたが、「食べさせるな、というのはご主人様の命令です。そむく者を許してはならないのです」と聞いてもらえなかった。
クラウディアは二度と「ひもじい」と泣くことのないように、夜も食器の扱いを練習して、今の食べ方を身に着けた。
こんなこともあった。
アラン様と手をつないで家に帰ってきたら、
「未婚の女性が殿方と手をつなぐなんて!」
と厳しく怒られ、ムチで何度も腕を叩かれた。その時の傷はいまだに残っている。
そんなクラウディアが、
「貴族の女性が、口を開けて笑うものではありません!」
とマリーベルを叱った時、アラン様は
「いいじゃないか、クラウディアみたいに、いつも能面みたいな顔してるよりよっぽどいい」
と笑って言った。
「食事の時に、食器の音をたててはいけません!」
とマリーベルを叱った時、アラン様は
「いいじゃないか、楽しく食べることがいちばんのごちそうだよ。クラウディアみたいに緊張して食べたら、味がしないよ」
と笑って言った。
「未婚の女性が必要以上に殿方に近寄ってはなりません! 腕を組むなどもってのほかです!」
とマリーベルを叱った時、アラン様は
「おかたいこと言うなよ。手もつないでくれない女は、男にもてないぞー」
と笑って言った。
クラウディアの今までの努力と価値観、全否定。そしてアラン様は、
「マリーベルが聖女認定されたので、私はクラウディアとの婚約を破棄し、聖女マリーベルと婚約する」
とぬけぬけと言うのだ。
王太子妃になるための努力、全部いらなかった。
聖女の能力さえあれば、何の努力もしなくても、王太子妃になれた。
それなら、クラウディアの人生はなんだったのか。
家に帰れば「なぜ王太子の心をつなぎとめられなかった」と責められる。
両親が、教育係が、「こうあれ」と押し付けた王太子妃像のせいで、クラウディアの魅力は失われてしまったのに。
卒業が間近となったある日、学園の階段の上。
ここでクラウディアがマリーベルを突き飛ばして落とすことで、クラウディアの処刑が決定する。
今までは「元平民の貴族」だったから、叱っても、教科書を破いても、婚約破棄の一因にはなったけれど、おとがめはなかった。
でも今は、マリーベルは王太子の婚約者だ。殺害未遂は重罪だ。
できるなら踏みとどまってほしい。シナリオ通りになってほしくない。
ここに来て、私は私の罪を実感した。
私の罪は、クラウディアを悪人と決めつけ、「処刑されて当然の人物」と思っていたことだ。
クラウディアは決して、処刑されて当然の人物ではない。むしろ守られ称えられるべき人間だ。その人間が、どうしてここまで踏みつけられなくちゃいけないのか。
クラウディア! 悪役令嬢とか言って、うとましく思ってごめん!
私はあなたの味方だから! どうか聞いて!
王子となんて、別れたほうがいいのよ!
マリーベルだって、これから苦労するに決まってるんだから!
生きてれば、今まで禁止されていた、いろんなことをやれるわよ!
自由に楽しく、買い食いだって、バカ笑いすることだってできる!
きっと、これからのほうが楽しいよ!
私は必死でクラウディアに訴えた。しかし、
「あ…クラウディア様…」
マリーベルがクラウディアに気づいて、
「殿下のことは、お気の毒」
と言った時、
ドン
マリーベルを突き落としていた。
「マリーベル!」
都合よく下にいた殿下が、風魔法でマリーベルの体を持ち上げ、無傷で降りてくる。マンガの通りだ。
クラウディアは能面のような顔のまま、涙を流している。
そのまま、衛兵に腕をつかまれ、牢に連れていかれた。
クラウディア…。かわいそうに。かわいそうに。
もうこれはしょうがない。あろうことか、「お気の毒」って。
我慢して努力して努力して裏切られて、元凶に哀れまれたんだもの。
殺したくなるし、死にたくなるよ。わかるよ。
この人生に未練なんてないもんね。
◇◇◇
そして、今、私の首は断頭台の上にある。
断頭台は広場の真ん中に置かれた。
「聖女を殺そうとした悪女の最期を見よう」
と、大勢の人が集まっている。
怖いけど、クラウディアは冷静だ。というか、抜け殻みたいだ。
たぶん、もうずっと前から、心が死んでるんだろうな。
いまさら体が死んだって、変わらないのかもね。
執行人の手が上がる。大きな重い刃が落ちてくる。
どうか、どうか、お願いします、クラウディアの来世が、生きやすいものでありますように…!
ガキン!
(ガキン?)
(……何、今の音?)
(あれ? 生きてる?)
ぎゃーーー! 広場に悲鳴が上がる。
(なに今の悲鳴? なにがどうなって…)
「わ」
動ける。しゃべれる。
うつぶせに寝せてた頭を持ち上げようとすると、ギロチンの刃が一緒に持ち上がった。
「え!? なにこれ」
ひょいと刃を持ち上げて頭を断頭台から抜いた。
「ギャーーー!」
「ば、ばけもの!?」
「ありえない!ギロチンで首が切れてないなんて!」
「殺せ、殺せーー!」
なんか剣持って鎧着た人が集まってきた。
「いやちょっと待って、話せばわかる…かも…」
という私の言葉もきかず、鎧の人が斬りかかってきた。
ガキン! ガキン! ガキン!
頭から、肩から、背中から、斬りつけられたが、私はなんともなく、剣が折れた。
えええ??
「物理はだめだ! 魔法だ!」
「燃やせ!」火の魔法が私に放たれた。
ゴオオオオオ!
全然熱くない…。
「氷だ!」キイイン!
全然冷たくない…。
「雷!」どんがらがっしゃ~ん!
何も感じない…。
マリーベルも出てきて、光魔法で攻撃されたけど、これまた何も感じなかった。
なに、私、もしかして無敵?
転生チート、まさかのここで発動?
シナリオだけはどうしても完遂させるけど、その後は自由にしていい、的な?
何をやっても何の傷もつけられないので、
「こうなったら餓死させるしかない」
と牢屋につながれた。
餓死ってさあ、ちょっと、えぐいわ~。
たしか日本の絞首刑、死刑執行されても生きてた場合は、無罪になった気がするんだけどなあ。
ギロチン跳ね返したんだから、許してくれてもよくない?
そう思いながら牢屋でごろごろしていたが、まったくひもじくない。というより元気。
最後に水飲んだのいつだっけ?って感じなのに、平気。
なんなら、腕や背中にあったムチの古傷もなくなってる。
私、餓死さえも防げる無敵の人なんじゃない?
ちょっとこの檻もどうにかなんないのかしら、と鉄格子に力を入れたら、ぐにゃってなった。
「あら、これなら脱走できそう」
私は鉄格子をぐにゃぐにゃ広げて、牢屋から出た。
看守が驚いて叫ぶ。
「な、なんだおまえ! どうしてそこにいる!」
「脱走したからよ」
「脱走って! 鋼鉄の鉄格子なのに! 魔法結界もあるのに!」
「ていうか、2週間も飲まず食わずで、なんで生きてるんだ!」
「緊急事態だ! 人を呼べ! 脱走だ!」
看守が私を囲んだけど、「どいて」と言うとはじけ飛んだ。
「なにこれ便利~! おーらどけどけどけーい!」
モーゼの海割りのように人の波が分かれていく。
後ろから矢で撃たれてたけど、全部弾き飛ばしてる。
誰も私をつかまえられない。うふふふふ楽しい。
「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」
なんか軍隊出てきたわ。止まるわけないじゃん。
撃たれたって死なないんだもの。
ねえクラウディア、私があなたの中にいたときみたいに、
あなたも今、私の行動が見えているのかな?
「私のことはー! 国外追放で勘弁してー!」
私は軍隊に向かって叫んだ。
「もうこの国には来ないからー!」
どんな攻撃を受けてもびくともしないので、軍隊は手も足も出ない。
走ったら超高速で走れたので、追手をまいて隣国に入った。
うんざりだわクラウディアをいじめた国なんて。
どっか違う国にいこう。そして、好きなことやって暮らそう。
私には前世の知識がある。
クラウディアががんばってくれた教養があるから、どの国の言葉も話せる。
怪力だし無敵。たぶんクマムシも超えた。
冒険者ギルドに入るのもいいわね。チートで魔王も倒せちゃいそう。ああでも、マヨネーズの布教もいいし、日本のご飯でお店もやってみたい。同人誌の世界も広めたい。
クラウディア! 見てて! 無双の始まりだよ!
一緒に人生を楽しもう!
ギロチンをガキンと跳ね返す、ってのを思いついて書きたくなっただけなんですが、なぜかシリアスっぽくなってしまった。
元祖クラウディアがこのまま外に出られないような終わり方だけども、なにしろ無双なので、元祖クラウディアの心が回復したら意思が出てきて、それに気づいた転生者が体を分裂させて、双子の姉妹として楽しく暮らします。




