おっさん、魔を創造する
二日目の朝。
鳥の声で目が覚めた。
焚き火はとっくに白い灰になっている。
二つの太陽が東から並んで昇り、森の中に斜めの光が差し込んでいた。
小川で顔を洗い、赤紫の実を二つ齧って朝食にする。
「さて。今日はやることがある」
昨日は散歩だけで終わった。
最高の一日だったが、いつまでもぼんやりしてはいられない。
★3の力で何ができるのか。まずはそれを知らなきゃ始まらない。
最初に取りかかったのは、変身魔法だった。
魔族の姿を見た時からアイデアはあった。
自分の姿を水たまりで確認する。
青みがかった肌、魔紋、尖った耳、オッドアイ。
どこからどう見ても人間ではない。
ファルティシアの言葉を思い出す。
「人間たちは魔族を恐れ、蔑み、排斥する」
いずれ町に出るなら、人間に化ける手段がいる。
「魔の創造で変身魔法を作る。★3でいけるか……?」
目を閉じ、胸の奥の魔の創造に意識を沈める。
頭の中に「問いかけ」が浮かんだ。
何を創る? どんな効果? どの規模?
(外見を人間に変える。肌、耳、瞳、魔紋を隠す。服も含む。
任意解除。維持コスト低め)
元の自分――
佐伯航をベースに、目立たない旅人の男をイメージする。
設計が固まっていく感触。
だが途中で引っかかりがあった。
★7の器に★3分しか水が入っていない感覚。
蛇口が全開にならない。
精密な制御には力が足りず、完璧な変身はできない。
実感として理解する。
それでも――カチリ、と何かは噛み合った。
「変身」
薄い光が全身を包み、一瞬で変わった。
水たまりに駆け寄る。
映ったのは――
肌は普通の色。魔紋は消え、耳は丸く、瞳は両目とも焦げ茶。
やや長めの黒髪に白いものが混じり、笑い皺のある顔。
服も焦げ茶の革ジャケットと灰色のズボンに変わっている。
そこそこ渋い旅のおっさん。
「おし。……あ」
鏡代わりの水面をよく見ると、耳の先端がほんの少しだけ尖っている。
完全には丸くならない。
そして目をよく見れば、焦げ茶の奥にうっすらと琥珀と紅が透けている。
「★3だとこの辺が限界か。じっくり見なきゃバレないレベルだけど、完璧じゃない」
解除。再変身。
切り替えはスムーズだが、維持していると微かに魔力が漏れ続ける感覚がある。
長時間だと疲れるかもしれない。
「レベルが上がれば精度も上がるんだろうな…。
今はこれで十分か」
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昨日見つけた滝の近くの少し開けた場所で実験してみる。
■ 炎。
右手に意識を集中。
黒紫の炎が掌に灯った。
拳大。昨夜の焚き火の種火とは段違い。
出力を上げてみる…
バスケットボール大まで膨らんだところで、制御が揺れた。
炎の輪郭がぶれ、熱が指先を焼きそうになる。
「っと……★3だと、このサイズが安定限界か」
正面の木に投げた。
轟音。
幹が焦げ、表面が炭化した。
出力を絞ってテニスボールほどにした。
これは安定するようだ。
岩に当てると表面が焦げた。
■ 氷。
左手に氷の槍を形成。
二十センチほどは作れたが、三十センチを超えると先端がぼろぼろと崩れた。
密度が保てない。
投擲。
木に刺さったが、深さは三センチ程度。
「威力は出るけど、形の維持が甘いな」
■ 風。
右手を薙ぐ。
空気の刃。
茂みの枝を数本切り落とした。
だが太い幹は切れない。
刃の飛距離は十メートルほどで霧散する。
「静かで便利だけど、射程が短い」
■ 土。
足元の地面をせり上げる。
膝の高さまでは簡単。
腰の高さになると速度が落ち、岩のように硬くはならずぼろぼろ崩れた。
■ 雷。
指先に紫電。
バチッと弾けたが、木を炭化させるほどの威力は出ない。
ピリッと痺れさせる程度。
「雷は★3だとおもちゃレベルだな」
結果を整理する。
属性★3での自己評価。
炎、中威力。拳大が安定限界。殺傷力あり。
氷、形成は可能だが精度低い。投擲武器としては使えそう。
風、静かで便利。射程10m。太い物は切れない。
土、防御・地形操作。強度不足。壁というよりはただの障害物。
雷、威力不足。牽制程度。
「★3は器用貧乏だな。何でもできるけど、どれも決定力に欠ける。
★4、★5に上がればどこまで変わるか……」
だがこれでわかったことがある。
今の俺は、一流には程遠い。
ファルティシアが言った通り、中堅冒険者程度。
この世界に★5を超える化け物がいるなら、真正面からやり合えば潰される。
「力任せは無理だなぁ、頭を使う、か。」
少し考えたが、
「それも、そんな得意じゃないしなぁ」
少し落ち込んだ。
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魔法実験を一通り終えた後、滝壺の岩に座って水を飲んだ。
「さて。もう一つ、試したいことがある」
魔の創造のもう一つの側面。
魔物の創造。
★3で知性ある魔人を作るのは無理だとファルティシアが言っていた。
だが動物レベルの魔物なら可能なはずだ。
「一人旅はいいけど、相棒がいた方が心強い」
イメージを固める。
犬。――いや、狼。
頭に浮かんだのはゲームやマンガで見たことあるような。
北欧神話の魔物、マーナガルム。
月を追う魔狼。闇を駆ける獣。
厨二病全開でイメージする。
だが本物のマーナガルムのような巨大な怪物は★3では到底作れないだろう。
だから子狼。
マーナガルムの末裔のような、小さいが潜在力を秘めた幼い魔獣。
(黒い毛皮。紫の瞳。俺と一緒に成長する存在。
偵察ができて、鼻が利いて、忠実で、賢い)
(将来、★が上がれば進化させられるかもしれない。
俺が育つように、こいつも育つ)
地面に手をつく。
魔の創造に意識を注ぐ。
黒紫の光が広がった。
穏やかだが、確かなエネルギーの流れ。
光が影をつくり、形を成していく。
四本の足。胴体。頭。尻尾。
影が実体になった。
体高は膝の半分ほど。
子犬サイズの黒い狼。
毛皮は漆黒で、月光を吸い込むような深い黒。
ところどころに、暗い紫の差し毛が混じっている。
耳は大きく、頭に対してアンバランスなほど立派――
子狼の特徴だ。
これから体が追いつく。
鼻面は短めで、まだ幼さが残る。
だが顎のラインには将来太く鋭くなる骨格の予兆がある。
そして、前足が大きい。
体に見合わない太い前足は、この狼がまだ成長の途上にあることを示していた。
そして瞳。
暗闇の中で燃える松明のような、深い紫。
知性の光が宿っている。
犬のような無邪気さと、獣のような鋭さが同居する目。
尻尾は長く、先端だけが紫がかった銀色。
不思議な、色合い。
黒い子狼は、アクロスを見上げた。
鼻がひくひく動く。耳が前を向く。
そして尻尾が――くるん、と一回転した。
「…………」
アクロスの顔が崩れた。
可愛い。
子犬というか子狼というか、その中間のような生き物が…
紫の大きな瞳でこちらを見上げている。
黒い毛皮がふさふさで、大きすぎる耳がぴくぴく動いていて、太い前足でよたよたと立っている。
手を伸ばすと、冷たい鼻先が掌に押しつけられた。
すんすんと匂いを嗅ぎ、それから――ぺろり、と舐めてきた。
「お前……めちゃくちゃ可愛いな」
抱き上げてみた。
軽い。温かい。
心臓の鼓動が小さな体から伝わってくる。
生きている。
自分の力で命を創った。
その実感が、魔法の実験とは比べ物にならない重さで胸に落ちた。
「名前……」
黒い毛皮。紫の瞳。マーナガルムの子。
「クロ」
安直だ。わかっている。
だが他の名前は浮かばなかった。
クロの尻尾がぶんぶん振れた。
名前をもらったのが嬉しいのか、あるいは主人に抱かれているのが嬉しいのか。
「よし、クロ。お前は俺の最初の仲間だ」
くぅん、と小さく鳴いた。
地面に下ろすと、よたよたと歩き回り、
足元の草の匂いを嗅ぎ、蝶もどきを追いかけ、転び、起き上がり、また転んだ。
「……お前、歩くの下手だな」
だがそれもまた子狼の愛嬌だ。
この体で生まれて、まだ数分しか経っていない。
これから走れるようになり、森を駆け、獲物を追えるようになる。
俺と一緒に。
「行くぞ、クロ。今日はもう少し森を歩く」
わふっ、と元気よく一声。
黒いコートの裾を追いかけるように、黒い子狼がよたよたと走る。
おっさんと子狼の、最初の散歩が始まった。
--
クロとゆっくり歩き始めて、五分。
子狼はようやくまっすぐ歩けるようになった。
しかし、十分後には小走り。
三十分後にはアクロスの歩く速度に追いつけるようになっていた。
「成長速度えぐいな、お前」
わふ。
得意げに尻尾を振っている。
大きすぎる耳が走るたびにぱたぱた揺れるのが可愛い。
「よし。今日はお前と一緒にこの森を覚える。食えるもの探しながら、俺の力も試す」
--
■ 身体強化。
まずはこれを試したかった。
攻撃魔法が器用貧乏なら、自分の体を底上げする方向はどうか。
魔力を、体に循環させるイメージ。
血液に乗せるように、筋繊維に染み込ませるように。
じわり、と体が温かくなった。
「おお…なんか、きた」
視界がクリアになる。
音が一段鮮明になる。
風が木の葉を揺らす動きが鮮明に見える。
一メートル先の枝で虫が這う音が聞こえる。
だが★3では限界がある。
五感が鋭くなるのは半径三十メートル程度。それ以上はぼやける。
足元の岩を拳で叩いてみた。
ヒビは入ったが粉砕はしない。
「強化はできてるけど、上げ幅が控えめだな。
素の身体能力にブーストをかける感じで、人間をやや超えてはいるが化け物にはまるで届かないだろうな」
走ってみる。
昨日の全力疾走より確実に速い。
体の反応が追いつく。
木の根を跳び越え、枝を避け、狭い隙間をすり抜ける動きが自然にできる。
クロが必死についてくる。
子狼の短い足でちょこちょこと。
「はは。すまん、ちょっと飛ばしすぎたな」
立ち止まって待つと、クロがぜぇぜぇ言いながら追いついてきた。
舌を出してへたり込む。
「お前は、そのうちきっと、俺より速くなるさ」
■ 探知。
次。意識を広げる。マンガでよく見るアレ。
魔力を波紋のように放射し、返ってくるエコーで周囲の生命反応を感じ取る。
「……見え……いや、感じる」
半径百メートル。
ぼんやりとだが、生命反応が頭の中に浮かぶ。
小動物が七、八匹。
鳥が多数。
大型の獣が一頭、八十メートル東。
そしてクロ。
足元で丸くなっている温かい反応。
「百メートルか。★3だとこんなもんか」
★が上がれば三百、五百と広がるのだろう。今は近距離の索敵用だ。
だがこれだけでも使える。背後から何かが近づいてきたら気づける。
食料になりそうな獣も探せる。
「クロ、東に何かでかい獣がいる。行ってみよう。……静かにな」
クロが耳をぴんと立て、鼻をひくつかせた。
匂いを拾ったらしい。
紫の瞳が鋭くなる。
さっきまでの子犬の顔が、一瞬だけ獣の顔になった。
「その顔、やるときはやるぞ、って顔だな」
--
音を殺して森を進む。
身体強化で五感を研ぎ澄ませながら、クロと並んで歩く。
クロは体が小さい分、草の中を音もなく移動できる。
偵察向きだ。
八十メートルが五十になり、三十になった。
茂みの向こうに、鹿に似た獣がいた。
体高は腰ほど。薄茶色の毛皮に白い斑点。
枝分かれした角が三対ある。
普通の鹿よりごつく、肩の筋肉が盛り上がっている。
草を食んでいる。こちらには気づいていない。
「でけえな……食えるかな、あれ」
食欲が判断力を上回った。
赤紫の実はうまいが、体が肉を求めている。
若返った体はカロリーを欲しがる。
だが★3の攻撃力で仕留められるか。
炎の拳大火球。あれを急所に当てれば――
(いや。クロと連携してみよう)
アクロスはしゃがみ込み、クロの耳元で囁いた。
「クロ。俺が合図したら、あいつの反対側から飛び出して吠えろ。こっちに追い込む」
クロが小さく唸った。了解の意。
「よし。回れ」
クロが音もなく茂みに潜り、大きく弧を描いて鹿の反対側へ回り込んでいく。
小さな体が下草に紛れ、黒い毛皮が影に溶ける。
(いいぞ、偵察特化で作った甲斐があるな。)
探知でクロの位置を追う。
回り込み完了。鹿の向こう側、十メートル。
右手に火球を作る。拳大。黒紫の炎。
狙いは――
鹿が駆け出した先、つまりこちら側に来たところを横から撃つ。
「――クロ、行け!」
わんっ!!
子狼とは思えない鋭い吠え声が森に響いた。
鹿が跳ね上がった。
六本の角を振り回し、反射的にクロと反対方向――
アクロスの方へ駆け出す。
来た。
太い蹄が地面を蹴り、筋肉の塊が突進してくる。
正面からは受け止められない。
横に跳んだ。
身体強化が効いている。
鹿の突進を紙一重でかわし、すれ違いざまに右手の火球を後脚の付け根に叩きつけた。
ボフッ、と炎が弾ける。
鹿が悲鳴を上げ、バランスを崩して転がった。
後脚が効かなくなっている。
だがまだ起き上がろうとしている。
生命力が強い。
(もう一発――いや)
左手に氷の槍を形成。二十センチ。
精度は低いが、この距離なら外さない。
倒れた鹿の首元に、氷槍を突き立てた。
一瞬で動きが止まった。
「……すまんな」
静かに言った。
初めて命を奪った。
魔法の実験で木を焼いた時とは、全く違う手応え。
温かいものが冷たくなっていく感触が、氷槍を握った手から伝わってくる。
クロが茂みから出てきて、鹿の傍で座った。
紫の瞳が静かにアクロスを見上げている。
「……いただきます、だな」
--
解体は苦労した。
包丁もナイフもない。
風の刃で皮を裂き、氷の刃で肉を切り分ける。
内臓を避け、食べられそうな腿肉と背肉を取り出す。
手は血まみれ。
だが不思議と嫌悪感はなかった。
現場で泥だらけになった日々を思い出す。
体を使う仕事に、清潔さを求めても仕方がない。
「風と氷の刃をツール的に使うのは、戦闘より向いてるかもな」
これも発見だ。
★3の魔法は大技には向かないが、道具として使うなら実用的。
クロに生肉を少し分けてやると、夢中で食いついた。
子狼の本能が目覚めている。
「食えるだけ食え。育ち盛りだからな」
滝壺の前に戻り、焚き火を起こす。
枝を削って串を作り、肉を刺して焼く。
脂が滴り、炎がじゅうと音を立てた。
香ばしい匂いが立ちのぼる。
塩はないが、そういえば…
昨日の赤紫の実の近くに生っていた橙色の果実を思い出し、取りに走った。
柑橘系な気がする。
絞ると酸味の中にほんのり塩気がある。
肉に垂らして焼く。
ひと口。
「……っ! うっま……」
異世界初の肉だ。
赤紫の実とは比べ物にならない満足感が体を満たす。
脳が喜んでいる。
タンパク質と脂質を摂取した瞬間の、あの根源的な幸福感。
クロも焼いた肉をもらい、もぐもぐ食べている。
食べるのに夢中で尻尾の振りが止まらない。
「一緒に獲った、初めての獲物だな」
わふ。
肉を咥えたまま返事した。
--
午後。
腹が満たされ、体に力が戻った。
「午前中のまとめ。身体強化は★3で中程度のブースト。
探知は半径百メートル。クロとの連携狩りは成功。風と氷の刃は道具として優秀」
木の枝で地面にメモを書きながら整理する。
癖だ。
会議の内容をホワイトボードにまとめていた頃と変わらない。
「で、午後やりたいのは――クロとの連携をもっと詰める」
クロが顔を上げた。
「さっきの挟撃は見事だった。でもあれは俺が声で指示してる。
声を出さずに動けるようにしたい」
探知を応用する。
クロとの間に、薄い魔力の糸を張るイメージ。
感情や意思を伝える回線を魔法で創造してみる。
「通じるか……?」
意識をクロに向ける。
(右へ走れ)
クロが右に走った。
「おっ」
(止まれ)
止まった。
振り返り、尻尾を振る。
(戻ってこい)
駆け戻ってきて、足元に座った。
「声なしの意思疎通。これはでかい」
ただし、伝えられるのは単純な指示だけだ。
複雑な戦術を送り込むのは★3では無理。
「右」「左」「止まれ」「来い」「追え」「逃げろ」。
単語レベル。
「テレパシーってよりは、犬笛の上位互換くらいか。でも十分だ」
残りの午後はクロと森を歩きながら、連携の精度を上げていった。
アクロスが探知で獲物や障害物を感知し、クロに無声で指示を飛ばす。
クロが先行偵察し、危険を見つけたら戻って知らせる。
何度かやるうちに、指示を出す前にクロが先読みするようになった。
アクロスの視線の先を見て、意図を汲み取って動く。
犬の本能と、魔獣の知性が噛み合い始めている。
「お前、どんどん賢くなるな」
くぅん。
「……俺も負けてらんねえか」
歩きながら、探知の範囲を少しでも広げようと意識を張り続けた。
百メートルが限界だったのが、夕方には百二十メートルほどまで伸びた気がする。
気のせいかもしれない。
だが、朝より少しだけ遠くの音が聞こえる。
少しだけ広く感じ取れる。
★3の中でも、使い込めば微かに成長する。
ファルティシアが言ったことは、こういうことか。
「地道だな。……嫌いじゃないけど」
--
夕暮れ。
大木の根元に焚き火を起こし、昼に残しておいた鹿肉を焼いた。
橙の果汁ソース。赤紫の実がデザート。
水は小川から。
クロがアクロスの膝の上に丸くなった。
朝はよたよた歩いていた子狼が、夕方にはアクロスの全力走についてこれるようになっている。半日で。
そのまま眠っているのか。
小さな体から心臓の鼓動が伝わる。
温かい。毛皮が柔らかい。
大きすぎる耳がぴくぴく動いている。
夢を見ているのかもしれない。
三つの月が昇る。
青白い大きな月と、赤みがかった小さな月が二つ。
「★3のアクロスは、一人と一匹で森の中なら生きていけるレベル。
だが町に出たら未知数。集団戦は厳しい。強者との正面衝突は避ける」
独り言での現状確認は完了。
膝の上でクロが寝返りを打った。
くぅ、と小さな寝息。
ふと、思い出すように独り言が出た。
「あそこの滝……いいよな。
RPGで滝といえば…やっぱあるよな?…ちょっと気になってんだよな」
ゲームのフィールドに滝があれば必ずと言っていいほどあるもの。
滝の裏には隠し部屋がある。
昨日はのんびりしすぎて覗かなかったが…
もし洞窟状になっていたら拠点にできるかもしれない。
「滝の裏の…秘密基地……へへ、いいな」
口にした瞬間、胸が高鳴った。
小学生の頃から変わらない、あの感覚。
目を閉じる。
焚き火の爆ぜる音と、子狼の寝息と、遠くの滝の水音。
異世界二日目が暮れていく。
おっさんと子狼は、少しずつ、この世界の歩き方を覚え始めていた。




