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第19話 おっさん達の探検

夕方。

二人と二匹は拠点に戻った。


焚き火を起こし、夕食にする。

塩焼きの肉と赤紫の実。

いつもの献立だ。


「ねえ、アクロス」


「ん」


「今日、全部話してくれてありがとう」


「……遅すぎたくらいだ」


「ううん。ちょうどよかった。出会った日に聞いても受け止められなかった。

今だから聞けた」


「…………」


「ファルティシアがあなたを選んだ理由。なんとなくわかる気がする」


「どういう意味だ」


「物語の主人公みたいに最初から強い人じゃなくて。

★3から始めて、一つずつ積み上げて、失敗して、転んで、殴られて、

それでもまた立ち上がる人」


「殴ったのはお前だけだ」


「あなたが悪いのよ」

くすっと笑う声。


「でもね。そういう人だから、信じられるの。完璧な英雄は信じられない。

格好悪くて、おっさんで、秘密基地ではしゃいで、

おばあちゃんとか言ってまた殴られる。そういう人の隣の方が、私は一番安心する」


アクロスは天井を見つめた。

光る苔の紫が揺れている。


「……俺の世界の転生ものの主人公は、そういうことは言われねえぞ」


「あなたは物語の主人公じゃない。今はもう、あなたの人生そのものよ」


「……そうだな」


「なら物語より良くしましょうよ。私もいるから」


「…………」


「そろそろ寝ましょう、アクロス」


穏やかな声だった。今までが嘘のような温かさを感じる。


「あぁ、おやすみ、リーネ」


返した声も柔らかかった。


クロがくぅ、と寝言。フレスがぴ、と短く。


静かな夜。駆け足だったか、じっくりなのかはわからない。

でも小さいが確かな絆ができた。


隣に、七十三歳のかけがえのない仲間がいる。

今はそれだけで十分だ。


---


翌朝。


クロの舌攻撃ではなく、いい匂いで目が覚めた。


焼けた何かの香ばしい匂い。

油っぽいが嫌な感じがしない。

脂がじゅうじゅう音を立てている。

鼻が覚醒より先に動いた。


体が引き寄せられるように起き上がる。


外に出ると、リーネが焚き火の前でしゃがみ込んでいた。

作業台から持ってきた平たい石を火にかけ、その上で何かを焼いている。


「……なんだそれ」


「薬草を使った香草焼き。食べれる葉をいくつか集めてきた。

昨日の滝までの道で見つけてたの。父から習った調理法」


「香草……」


石の上で、魔狼の薄切り肉が焼けていた。

その上に刻んだ葉が乗っている。

緑の葉が熱で縮んで、独特の清涼な匂いが立ちのぼる。

隣に赤紫の実も並べて。


受け取って、ひと口。


「……っ」


目が開いた。


肉の旨みの中に、清涼感と微かな辛みが重なって、全然違う食べ物になっている。

前の俺が食べてたのはほんとにただの肉だったんだな、と今初めて気づく。


「うまい。なんだこれ、全然違う」


「そうでしょ」


リーネが得意顔で肩を張った。

フレスが肩の上で主人に合わせて胸を張っている。


「毎日同じ献立はもう飽きてたの。

私も。塩焼きと赤紫の実ばかりじゃ体も味も追いつかない。

ちゃんと食べないと魔力も回復しないし」


「……実は俺もちょっと飽きてた」


「だと思った」


「言えよ」


「あなたが作ってくれてたんだから言いにくいでしょ」


それはそうかもしれない。


「集落にいた頃は料理、苦手な方じゃなかったけど、

逃げ回ってる間は火を起こす余裕もなくて。久しぶりに手が動いた」


リーネが自分の手を見た。

褐色の指先が石の煤で少し黒くなっている。


「……気持ちよかった。普通の朝みたいで」


普通の朝。

その言葉の重さを、アクロスはちゃんと受け取った。


「俺たちの飯、これからはお前も作ってくれる?」


「いいわよ。私が作るおいしいご飯が毎日食べれるなんてあなた。

とても幸せな魔王になるわね」


「あらまぁ、謙虚じゃないねぇ」


「事実でしょ」


二日連続で同じ返しをされた。反論できなかった。


---


「そういえば」


食後。リーネが自分の膝を叩いた。何かを決めた顔だ。


「食材が足りない。香草は今日使い切ったし、調理できる植物をもっと知りたい。

それと塩が残り少なくなってきた。そろそろものを売りに行って買うことも必要よ」


「ああ。お金の問題は先送りにできないしな」


「探検しない? この森をもっと広く。

食料になるもの、薬草、売れそうな素材。全部しっかり把握したい」


アクロスは少し考えた。


「いい案だ。ついでに変身の時間も検証したい。

ずっと人間の姿で過ごすとどのくらい消耗するのか。

グラザの町に入る前に把握しておかないといけない」


「それも大事ね。あと、魔物狩りもしましょう。

魔核とか毛皮とか売れるものはたくさんあったほうがいい。

体を動かしたい気分だし、お金にもなる」


「三つの目的を兼ねてだな。行こうか」


---


変身シフト


人間の旅人に切り替わった。焦げ茶の革ジャケットに灰色のズボン。鏡代わりの水たまりに映すと、やや長めの黒髪に白い筋が入った、渋めのおっさんが立っている。


「……耳と目はどうなったかな?」


「まだわずかに尖ってるか。目の奥に本来の色が透けてる。

リミットレスが★4になったから少し改善したかと思ったが、まだ不完全だな」


「近くで見なきゃわからないレベルよ。普通の人間は気にしない」


「エルフや熟練の魔導士には見破られるのは変わらないか」


リーネが自分の角に手を当てた。


「私は?」


「そうだな。試してみよう」


魔の創造に意識を沈める。

先日リーネの魔核に触れた感触を思い出しながら、

彼女の魔力の波長に合った変身の回路を設計する。

アクロス自身の変身より手間がかかるが、リミットレスの共有で彼女の魔核の状態が掴みやすくなっていた。


「ちょっと変な感じはするかもしれないけど慣れないとな」


「うん」


リーネの体に魔力の膜がかかった。二本の角がゆっくり消え、尖った耳が丸くなり、褐色の肌の色がわずかに薄くなった。深紅の瞳が暗い茶色に変わった。


変わっても、顔の造形はリーネのままだ。

頬骨が高く、切れ長の目元、凛とした輪郭。

人間の旅人の女性として見れば、どちらかといえば目を引く部類だ。

今回は衣服はそのままにしておいた。


町に行くときは考えないといけないけど今日は森だけだしな。


「気分はどうだ?リーネ」


「……すごい。角がない。耳も丸い。自分じゃないみたい」


「悪くないだろ。ただしお前の変身も、魔導士やエルフには見破られる可能性がある」


「わかった。気をつける」


「それと変身を維持しながら歩いてみて。消耗具合を確認したい」


「了解。……なんか落ち着かないわね。自分の角がないと」


「まあ、すぐ慣れるって」


「簡単に言うわね」


---


森を北へ向かって歩き出した。

クロが先行し、フレスがリーネの肩からアクロスの肩へ行ったり来たり。

二人とも変身した状態で、しかも普通に喋りながら歩く。

変身への負荷がどの程度か、体感で測っていく。


「何か変化はあるか」


「今のところほとんど感じない。

でも変身魔法をかけられてる方も、集中が要る感じ。

気を抜いたら解けそうな気がする」


「俺も似た感覚だ。無意識には維持できない。注意の一部を常に割く必要がある」


「戦闘になったら危なそうね」


「危ないな。攻撃を受けて集中が切れたら、変身が解ける。

人間の姿で戦って、急に魔族が現れたら騒ぎになる」


「戦う前は変身を解除した方がいいかしら」


とりあえず頷く。

合理的な判断だ。

だが、人間の姿のままで戦うケースも想定しないとな。


戻ったらもう少し変身の魔力制御や理屈もしっかりイメージしてみるか。

フィルに言われた、衣服を変化させてしまうことも発覚リスクにもなる。


歩きながら、リーネが辺りを観察し始めた。

足元の草、岩肌の苔、木の幹に生えたキノコ、低木の実。

薬師の父に仕込まれた目が動いている。


「これ、食べられるわ。止血草と同じ科の植物。煮れば出汁が出る」


「本当か?」


「父に教わった。葉の形と茎の断面で判断する。匂いも確認する」


葉を摘んで擦ると、ほのかに草の香りと土の香りが混じった匂いが立った。

リーネがひと嗅ぎして頷く。


「大丈夫。採っておきましょう」


「お前の知識は本当に頼りになるな」


「ふふ、当たり前でしょ」


しばらく進むと、オレンジ色の実をつけた低木が群生していた。

リーネが足を止める。


「これも食べられる。酸っぱいけど。

集落では果実酢に使ってた。昨日の貯蔵庫の果実酢と同じ種類ね」


そういや、一度、肉にかけて食べたことがあったな。


「自分たちで作れるんじゃないか」


「作れるけど時間がかかる。今日は採っておく」


それから岩陰に紫がかった丸いキノコが三株。

リーネが匂いを嗅ぎ、軸を確かめ、裏側を見る。


「……これは食べられる。

傘の裏がスポンジ状なら食べてはいけない種類がほとんどだけど、これは違う。

弱い熱を通せば食べられる。旨みが出るわよ」


「お前、キノコまでわかるのか」


「わかるもの以外は触らない。わからないものは採らない。父の鉄則」


一時間ほど歩いて、布袋がだいぶ膨らんだ。

袋は拠点にあった布や植物でとちあえず作ったものだ。


それでも、本格的な狩りや採集を始めると荷物のことも考えないとな。

とアクロスは考えていた。


リーネは香草類を三種類、出汁の出る植物、オレンジの実、紫のキノコ、止血草の群生地も新たに発見した。


「食材だけでもかなり揃ったな」


「これだけあれば一週間は献立が変えられる。調理法も試したいし」


「楽しそうだな」


「楽しいわよ。集落でもこういう探索が好きだったから」


---


昼を過ぎた頃、探知が反応した。

クロとフレスも同じ方向を見ている。


前方八十メートル。生命反応が三つ。獣。魔力を帯びている。


「魔物だ。三体。前方に」


リーネがすぐに変身を解除した。

角が戻り、耳が尖る。杖を握り直す。


アクロスも「解除リリース」。


黒のロングコートが戻り、魔紋が腕に灯った。


茂みの向こうに現れたのは、魔狼ではなかった。


四本脚だが体型が違う。

体高はアクロスの胸ほど。

背が高く、脚が長い。

毛皮は緑がかった灰色で、頭部に短い角が二本。

赤い目ではなく、黄色に光る目。


「なんだあれ…」


草角獣そうかくじゅう。魔狼より厄介かも。

突進攻撃が得意で、角が鋭い。でも狼みたいに数で群れるタイプじゃない。

三体以上では基本現れないわね。魔核が三つで銅貨八枚から十枚くらいになる」


「でかい収入だな」


「毛皮も売れるわよ。肉も食べれる。

草角獣の革は硬くて丈夫だから防具の素材になる。

一頭で銅貨十五枚以上は堅い」


「詳しいな」


「学問所の座学で魔物の種類と価値は必修科目よ」


草角獣の一体がアクロスの方向に頭を低くした。

突進の前兆だ。


「リーネ。凍嵐の準備。俺が戦いながら地面を整える」


「クロとフレスは見ておけ。今回は二人で戦う。魔法の実践だ」


クロは少し寂しげにわふ、と言って下がる。

フレスもぴぃ、と言って木の枝に止まった。


「ちゃんと見ててね、フレス」

フレスは少しそわそわしながら見守っている。


アクロスが地面に薄い氷の膜を展開する。

半径七メートル。同時に電荷を膜の中に仕込み始める。


草角獣が突進してきた。


「身体強化」


世界がスローになる。巨体が突っ込んでくる。

直前で横に跳んだ。すれ違いざまに肩から角の付け根を掌打する。

身体強化が乗った一撃に、草角獣がよろめいた。


残り二体が挟み込もうとした。


「今よ。凍嵐!」


リーネが杖を振った。強化版の凍嵐が展開する。

白い霧が広がり、地面の氷膜が冷気の土台になって持続時間が伸びた。

草角獣たちの脚の動きが一気に鈍る。

足場が滑り、霜が脚に絡みつく。


「よし、放電する!」


バチバチバチッ。


氷の膜を紫電が蜘蛛の巣のように走った。

足場にいた三体全員が感電し、足元からビリビリと衝撃が走る。

一体は完全にその場に倒れた。二体は動きが止まり、呻いている。


「仕留める」


アクロスが一気に踏み込んだ。倒れている一体の後頭部に手刀。

動きを止めている二体には、それぞれ結晶構造氷の槍を急所に当てて制圧した。

三体全員、数十秒で沈黙した。


「……完璧ね」


リーネが息をついた。

「凍雷陣は草角獣にも効いた。脚が器用な魔物ほど足場を奪う効果が高い」


「そうだな。ただ俺が氷の膜を展開する時間が必要だから、奇襲には弱い。

準備時間が課題だ」


「そうね。いろんな魔法を実戦で検証していきましょう」


「あとは…」


「クロと、フレスとの連携も考えていかないといけないな」


「そうね。本格的にあの子たちとも、能力検証をしっかりしていかないとね」


二匹が「俺たちもやれるんだぞ」と、

抗議をするかのようにわふわふぴぃぴぃ。

後ろから声を上げていた。


魔核、毛皮、角、爪、肉など丁寧に剥いでいく。

リーネが手際よく教えてくれながら作業する。

草角獣の革は確かに硬くて弾力がある。

防具の素材というのが納得できる質感だ。


「これを全部売れば……銅貨四十枚前後になるかもしれない。食材も合わせれば今日はかなりの収穫ね」


「お金の計算が早いな」


「生活費の管理は集落でも私がやってたから。父が全然できないタイプだったから私が仕方なく」


また集落の話が出た。自然に、気負わずに。

それが少し前とは違うことに気づく。


「……お前の父親、面白い人だったんだな」


「うん。優しくて、薬草のことしか頭になくて、料理は壊滅的で、数字が大嫌いで。でも怪我した人や病気の人の前に立つと、誰よりも心強かった」


「お前が頼りにしてたのがわかるよ」


「……うん」

リーネが草角獣の毛皮を丁寧に畳みながら、少しだけ遠くを見ていた。


「…それにしても、三匹分は袋に入りきらないな。もったいない」


「そうね…持ち運ぶにも限界があるわね」


「む…、残りは後で取りにくるよ。今は取りこぼしはしたくないからな」


「そうね。そうしましょう」


---


帰り道。


あとで取りにこれるように印をつけながら歩く。

変身を再展開して、また歩きながら時間を意識した。

出発からの変身維持時間、感覚の変化、消耗感の変動。


「今どのくらい?」


「日の傾き方でみれば半日もたってない。消耗は感じるが、戦えなくなるほどじゃない。

ただ細かい魔力制御は落ちてる感覚がある」


「私も似た感じ。長時間の維持は戦闘前に解除するのが正解ね」


「変身の限界時間は半日くらいだろうな。

それを超えると危ういな」


「グラザで一日過ごすとしたらどうかしら?」


「宿は最初にとっておいて部屋で休憩しながら、都度変身できれば大丈夫かな」


整理できた。実戦的なデータが取れた。


拠点が近づいてくる。変身を解除すると、二人とも本来の姿に戻った。

リーネの角が戻り、深紅の瞳が戻る。


(やっぱりこっちの方が、ちゃんとリーネだな)


変身中も綺麗だったが、本来の顔の方がリーネらしい。

そんなことを思ったが、声には出さなかった。


「明日はどうしようか」

アクロスが聞いた。


「食材の調理を試したいわね。あと作りたいものもある。

そろそろグラザに行く段取りも決めないといけないわね。

魔核と毛皮を売って。そこから服や道具、装備を揃えたい」


「変身の時間制限も把握できたから、町での行動計画は立てやすくなった」


「そうね。明後日あたり行ってみる?」


「グラザに入る練習として近くの村か集落に寄ってみてもいいかもしれない。

いきなりグラザは人や情報が多すぎる気がして」


「賢明ね。一度小さい場所で変身維持の感覚を掴んでからにしましょう」


拠点に着いた。

石積みの建物が木々の間に見える。

光る苔の紫がすでに入り口の隙間から漏れている。


アクロスは布袋を下ろした。

食材、薬草、魔核、毛皮、肉。

今日一日の成果が詰まっている。


「よく動いた一日だったな」


「そうね。……ねえ」


「ん」


リーネが振り返った。


「夕飯は私が作るから、あなたはおとなしくしてて」


「…………はい、よろこんで」


「返事が良すぎて逆に怖い」


「ならなんて言えばいいんだ」


「ふふ。冗談よ」


「ごはんが出来たら呼ぶわ」


フレスがぴぃと鳴いた。クロがわふと応えた。


二人と二匹が石壁の家に入っていく。


夕暮れの光が最後に二人の影を長く伸ばして、消えた。


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