第16話 おっさんと魔導士、研究する
訓練三日目。
二人で焚き火を囲みながら、アクロスは地面に枝で図を描いていた。
「昨日の整理からいこう。俺が見つけたのは、
『魔力を触媒にして自然現象を誘発する』という使い方だ」
リーネが頷く。
フレスが肩の上で首を傾げている。
「でもお前が言った通り、この世界では魔力と物理が干渉し合ってる。
俺の知識そのままじゃ計算が狂う場面がある」
「ええ。だから今日は私の知識を足す」
リーネが杖の先で、アクロスの図の横に別の図を描き始めた。
「魔族の魔法体系では、自然界の力を八属性に分類してる。
炎、氷、風、土、雷、水。そして光と闇。これは属性というより、魔力が物質に干渉する経路と考えた方が正確ね」」
「経路?」
「魔力は万能じゃないの。物質に影響を与える時、必ずどれかの経路を通る。
炎の経路を通せば熱に変換される。氷の経路を通せば熱を奪う。
風なら運動、土なら構造、雷ならエネルギー、水なら流動」
「光と闇は?」
リーネが少し間を置いた。
「この二つはちょっと特殊。六属性が地脈から引き出す力と違って、光は天脈。
闇は冥脈。というところから力を引き出すと言われてる。
もっとわかりやすく、二つの太陽、三つの月の力と表現する学者もいるわ」
「使い手は少ないのか」
「少ない。光は人間達の神官とか。魔族にはほとんどいないのかも。
闇は……魔族に素質がある者はいるけど、これも多くはないわね。
人間社会では悪の象徴として迫害される。だから使い手がいても隠してる場合が多いみたい」
「魔族が闇属性に向いてる理由もあるわけだ」
「私たちは集落を冥脈の近くに作る習慣がある。
銀の木も冥脈に根を張ってるの。偶然じゃないと思う」
「なるほどな。つまり魔力を物理現象に変換する窓口は六つ、それとは別の上位の流れが二つ。計八属性ってことか」
「そう。それで、普通の魔導士は一つか二つの窓口しか使えない。
私なら氷と風。適性がない窓口を無理に使うと効率が激落ちする」
「だが俺は全部使える」
「そこが異常なの。全部を扱える魔導士なんて聞いたことがないわ。
私はあなたの魔力は属性とかじゃなくて、もっと根源的な何かに繋がってるんじゃないかって考えてる」
相変わらず鋭い…
アクロスは顎に手を当てた。
アクロスは胸の奥の「原初の奔流」を意識した。
原初世界から引き出すエネルギー。
光も闇も炎も、
全てが枝分かれする前のその幹に触れているのだとしたら、説明がつく。
「じゃあ窓口を複数同時に使ったらどうなる」
リーネの手が止まった。
「……同時?」
「昨日やった酸素濃縮は、風の経路で空気を操って炎の経路で点火した。
二つの窓口の連携だ。だが順番にやった。もし同時に開いたら」
「……理論上は。
複合属性魔法。学問所でも上級課程の、一部の天才だけが扱える領域よ。
私の凍嵐も氷と風の複合だけど、あれは片方をベースにしてもう片方を添える程度。本当の同時起動は……」
「やってみよう」
「軽く言うわね」
◇ 実験1:氷雷
「まず俺がやる。氷と雷の同時起動」
リーネが眉を上げた。
「氷と雷? 正反対の属性じゃない。氷は熱を奪い、雷は熱を生む」
「だからこそ面白い。理屈はこうだ」
地面に図を描く。
「水は不純物が溶けてると電気を通す。逆に純粋な水は絶縁体に近い。
氷も同じ。だが氷の表面には常に薄い水の膜がある。そこを電気が走る」
「つまり?」
「氷の槍を作り、表面に電荷を蓄積させる。
敵に刺さった瞬間、蓄積していた電荷が体内に放電する。刺す+感電の二重攻撃」
リーネの目が光った。
魔導士の目だ。
「あなたの言う、理屈はまだ私にはよくわからないけど……
結果は面白いと思う。やるわ」
左手に氷の槍を形成する。
昨日覚えた完璧な結晶構造。透明で高密度。
同時に、右手から雷の経路で電荷を生成し、氷の表面に沿わせる。
二つの経路を同時に開く。
その瞬間。
ビキィ、と痛みのような刺激が頭に走った。頭が割れそうだ。
★3の魔力回路が二つの処理を並列で走らせている。
前世で言えばCPUがフル稼働する感覚。
熱を持つ感覚すらある。これは負担がなかなかでかい。
頭が割れるかと思った。
★3の脳が二つの処理を並列で走らせている。
CPUがフル稼働する感覚。
これは負担がなかなかでかい。
歯を食いしばった。逃がすな。どちらの経路も落とすな。
三秒。五秒。額に汗が浮く。
氷の槍の表面に、紫電が走った。
バチバチと音を立てる氷。
透明な結晶の中を稲妻が透けて見える。
美しく、禍々しい。
「できた……!」
投擲。
氷の槍が飛び、木の幹に突き刺さった。
着弾の瞬間、バチィッ!と放電が弾けた。
木の表面が氷結と感電を同時に受け、繊維が破裂するように裂けた。
「…………凄い」
リーネが息を呑んだ。
「氷の貫通力と雷の衝撃が同時に来る。防御する側は氷を防いでも感電する。
雷を防いでも刺さる。両方同時に防がないといけない」
「対処が難しい攻撃だな」
「難しいどころじゃない。普通は無理。これをされると防げない。
複合属性の防御ができる魔導士はごく僅かよ。大抵は片方しか対応できない」
ただし消耗も大きい。一本投げるだけで、通常の氷槍三本分の疲労感。
★3では連発できない。切り札だ。
◇ 実験2:リーネの凍嵐を科学で強化する
「次はお前の番だ、リーネ」
「私?」
「お前の凍嵐。氷と風の複合。あれに一つ理屈を足す」
「どういう意味」
アクロスが地面に図を描いた。
「お前の凍嵐は、冷気を含んだ風を回転させてるんだろ?」
「ええ。簡単に言えばそう」
「風の回転。つまり渦。渦の中心は気圧が下がる。気圧が下がると温度も下がる。
断熱膨張っていう現象だ」
「断熱……?」
「空気を急激に広げると温度が下がる。逆に圧縮すると温度が上がる。お前が渦を作ると、中心の気圧が下がって勝手に冷える。つまり氷の魔法で冷やさなくても、風の回転だけでそこそこ冷却できる」
リーネの瞳が大きくなった。
「それは……氷に回していた魔力を節約できるってこと?」
「そうだ。風の回転を強くすれば、中心の温度が勝手に下がる。
そこに氷の魔力を上乗せすれば、今までと同じ魔力消費でもっと冷たく、もっと広い凍嵐が作れる」
「…………」
リーネが杖を握り直した。目が変わった。
「やってみる」
杖を構え、風の渦を作り始めた。凍嵐の導入。
「回転を強く。中心の気圧を意識的に下げろ。気圧が下がれば温度が落ちる」
リーネが風の出力を上げた。
渦が速くなる。空気が悲鳴のように唸り始めた。
「今。中心が冷えてるのを感じるか?」
「……感じる。氷の魔力を使ってないのに、冷たい」
「そこに氷を乗せろ」
リーネが氷の経路を開いた。
渦の中に冷気が追加される。
凍嵐が変貌した。
範囲が昨日の倍。
半径十メートルの空間が白い霧に覆われた。
温度が尋常ではない下がり方をしている。
地面の草が瞬時に霜で白くなり、近くの木の幹に氷の結晶が這い上がっていく。
「す……すごい。魔力の消費はいつもと変わらないのに、出力が倍になってる」
リーネの声が高揚している。
自分の力が跳ね上がった実感。
杖を降ろし、凍嵐が消えた。
白い霧がゆっくり晴れていく。
草が霜でキラキラ光っている。
「……これが、理屈と魔力の融合」
リーネが自分の手を見つめた。
震えている。興奮で。
「あんたの理屈を一つ足しただけで、私の凍嵐が別物になった」
◇ 実験3:連携技の開発
「ここからが本番だ」
アクロスが立ち上がった。
「お互いの魔法を組み合わせた連携技。俺とお前、二人でしかできない魔法を作る」
リーネが頷いた。
「案がある?」
「一つ。名付けて――いや、先に説明しよう」
地面に図を描く。
「俺が地面に氷の膜を張る。薄い氷。スケートリンクみたいなやつ。範囲はできるだけ広く」
「それで?」
「お前がその上に凍嵐を展開する。さっき覚えた強化版のやつ」
「……地面の氷が冷気の土台になる。冷却効率が上がって、凍嵐の持続時間が伸びる」
「そうだ。でもそれだけじゃない。氷の膜の上を歩く敵は滑る。
足場を奪った上に凍嵐をぶつける。
動けない+凍る。 集団戦で使えば複数の敵を一度に無力化できる」
リーネの口元が弧を描いた。戦術家の笑み。
「さらに。俺が氷の膜に電荷を仕込んでおく。
凍嵐で敵が動けなくなったところに、放電。
氷の膜を伝って電気が走り、足場にいる全員が感電する」
「……三重攻撃。滑る、凍る、痺れる。逃げ場がない」
「名前は……凍雷陣。どうだ」
「……なんか、すごく、聞いてるこっちが恥ずかしくなる名前ね」
「うるせえ…」
アクロスの目が少し潤んだ。
だがリーネの目は笑っていた。
やってみた。
アクロスが地面に薄い氷の膜を広げる。
昨日覚えた結晶構造で、透明で硬い氷。半径八メートル。
★3ではこれが限界だが、十分な範囲。
「いいわよ。凍嵐、展開」
リーネが杖を振った。
強化版の凍嵐が氷の膜の上に広がる。
地面の氷が冷気の土台になり、凍嵐が今までより長く持続した。
三十秒が限界だった凍嵐が、四十五秒以上持続している。
そしてアクロスが氷の膜に蓄積させていた電荷を解放。
バチバチバチッ!
氷の表面を紫電が蜘蛛の巣のように走った。
凍嵐の中にいたら、足が凍りつき、体が凍え、そこに感電。
三重苦。人間の兵士なら一個小隊を丸ごと無力化できるだろう。
「完成だ。いいなこれ」
二人で顔を見合わせた。
「あなた。これ、とんでもない技よ」
「だろ?」
「二人がかりだけど、★3同士の連携で★5以上の範囲制圧に匹敵する。
集団戦で使えば――」
「圧倒的な数的不利を覆せる」
リーネが唇を噛んだ。
噛んでいるが、目は輝いている。
「……もっと。もっと作れる?」
「作れる。いくらでも」
「……なんか、わかってきた気がする」
「何が」
「力で誰かを守りたいなら、一番大事なのは自分が最強であることじゃない。
一緒にいる仲間が、それぞれ自分の強さを持つことね」
アクロスは少し黙った。
「……そういうことだな」
「覚えておくわ」
◇ 実験4:治癒の改良
午後。
攻撃技ばかりでは偏る。
「リーネ。お前の父親は薬師だったよな。薬草の効能を教えてくれ」
「いいけど。何に使うの」
「治癒魔法の強化。今の俺の治癒は『自然治癒の加速』だけだ。
でも薬草の成分と効能がわかれば、もっとピンポイントな治療ができるかもしれない」
リーネが作業台に薬草を並べた。
この拠点の周囲で採取したもの。
「これが熱冷ましの薬草。煎じると発汗作用がある。
成分は……私は名前しか知らないけど、父は『体の中の毒を汗と一緒に出す』と言ってたわ」
「発汗作用。つまり代謝を促進する。治癒魔法で体温を微妙に上げれば、同じ効果を薬草なしで出せるかもしれないな」
「これは止血草。傷口に貼ると血が固まりやすくなる」
「血液凝固の促進か。魔力で血小板の活動を……いや、ここの生物に血小板があるかわからんな」
「血小板?」
「血を固める小さな……えーと、血の粒みたいなもんだ」
「ある。凝血素って呼んでるわ」
「じゃあ治癒魔法で凝血素の働きを促進すれば、止血が早くなる」
「…………あんた、薬師にもなれるんじゃない?」
「やめてくれ。職歴をこれ以上増やしたくない」
「職歴……?」
「気にすんな」
夕方までかけて、治癒魔法を三種類に分化させた。
回復促進:従来通り。自然治癒の加速。汎用。
止血凝固:凝血素の活動を魔力で促進。
出血をピンポイントで止める。戦場向き。
解毒発汗:代謝促進で体内の毒素を排出する。
毒を受けた時の応急処置。
どれも★3では効果は控えめだが、何もないよりずっとマシ。
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日が暮れた。
焚き火の前でぐったりしている。二人とも。
魔力を使いすぎた。体の芯がだるい。
だが充実感がある。
「二日前まで全部雑って言われてた男が、ここまで来た」
「……教え方が良かったのよ」
リーネが疲れた笑顔で言った。
フレスが肩で眠っている。
「お前の魔法知識がなきゃ、俺一人じゃ辿り着けなかった。二人で作った成果だ」
「…………」
リーネが焚き火を見つめた。
「ねえ、アクロス」
「ん」
「今日、すごく楽しかった」
小さな声だった。
「こどもの頃、集落にいた頃は、母の教本で一人で魔法を練習してた。
学問所では教官がただ理屈の説明をして、各々実践。
もちろん教えてはくれるけど。基本的には皆、一人で学習していくのが基本なの」
「……うん」
「今日は違った。あんたが理屈を出して、私が知識を足して、二人で新しい魔法を作った。こんなの初めてだった」
リーネの深紅の瞳が焚き火を映して揺れている。
「母さんが生きてたら、こういう風に一緒に魔法を研究できたのかなって。
……ちょっとだけ思った」
アクロスは何も言わなかった。
赤紫の実を一つ、リーネの膝に置いた。
「今日は疲れたな。早めに休もう」
リーネが実を取り、ひと口齧った。
「……ええ、明日のことは明日考えましょう」
三つの月が昇る。
二人は、出会った頃と比べると、着実に強くなっている。
魔力も。信頼の絆も。




