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第15話 おっさん、理屈で殴る

訓練二日目。


昨日リーネに言われたことが頭に残っている。


「あんたの問題はイメージが攻撃に偏りすぎてること」


「力で固めるな。水に形を教えてるの」


「理屈を教えれば一発で応用する。そこはすごいと思う」


あの最後の一言。

理屈を教えれば応用できる。


土壁がそうだった。

理屈でしっかりとイメージを固めた瞬間、魔法の出力が跳ね上がった。


つまりイメージの解像度が魔法の精度を決める。

「なんとなく炎」より「こういう炎」。「なんとなく氷」より「こういう氷」。

具体的であればあるほど、魔の創造は正確に応答する。


(……俺は今まで魔法を使うとき、何をイメージしてた?)


炎。「火の玉ドーン」。

氷。「氷の槍バーン」。

風。「風の刃シュッ」。

雷。「稲妻バリバリ」。


「…………ラノベのイメージそのまんまじゃねえか」


自分が馬鹿すぎて頭を抱えた。


俺には、四十三年間の人生で学んだことがあった。


学校で得た知識。現場や仕事で学んだ経験。

ラノベやマンガやゲーム。小説、本、テレビ。様々な情報。

航で生きた、あの世界の理。人間が生み出した科学の力。


全部、使っていなかった。

ファンタジーの世界に来たからといって、物理法則が消えるわけじゃないだろう。

炎は酸素と燃料の化学反応。氷は水分子の結晶構造。風は気圧差による空気の移動。雷は電位差による放電。

根幹の世界の原理が枝葉の世界でも適用されても全くおかしくない。


「ラノベ脳で魔法を使ってたんだ、俺は。人間科学の知識も魔法で使うべきだった」


--


リーネとクロとフレスを連れて、昨日と同じ訓練場へ。


「今日は、やり方を変える」


「どう変えるの」


「昨日お前に言われた。理屈を教えれば応用できるって。

あれで気づいた。俺は今まで現象の上っ面だけをイメージして魔法を使ってた」


「上っ面?」


「炎なら『燃える火』。氷なら『冷たい塊』。それじゃ駄目だ。

なぜ燃えるのか。なぜ凍るのか。 そこまでイメージしないと、魔の創造は応えてくれない」


リーネが首を傾げた。

魔族の魔法体系は「属性と制御」の学問であり、自然現象のメカニズムを掘り下げる発想はあまりないらしい。


「まぁ、見ててくれ。実験する。成功する自信もある」


◇ 炎:燃焼の三要素


右手を開く。

今までは「火を出す」とイメージしていた。黒紫の火球がぼんやり灯る。拳大。いつも通り。

止める。 一度消す。

目を閉じ、考える。

炎とは何だ。中学の理科で習った。燃焼の三要素。

燃料。酸素。熱。

この三つが揃って初めて火は燃える。一つでも欠ければ消える。

消火器が火を消せるのは、このどれかを遮断するからだ。

今まで自分が出していた炎は「魔力を燃料にした火」だった。

だから黒紫なのだ。きっと魔力が直接燃えている。

だが自然の炎は違う。

空気中の酸素と可燃物が反応して発熱し、連鎖的に燃え広がる。


(魔力で空気中の酸素を操作したらどうなる)


右手の前方、三十センチの空間に意識を集中する。

そこにある空気を感じる。

窒素78%、酸素21%、その他1%。地球と同じかは知らないが、火が燃えるということは酸素がある。


(この空間の酸素濃度を上げる。周囲から酸素分子を引き寄せ、圧縮する)


風魔法の応用。

空気中の特定成分だけを意識して選択的に動かすイメージ。


指先に微かな火種を灯す。魔力の最小出力。

マッチの先程度。

その火種を、酸素を濃縮した空間に投げ入れた。


瞬間。


ゴウッ!!


拳大どころではなかった。

人の頭ほどの白い火球が炸裂した。

黒紫ではない。青白い、高温の炎。


熱波がアクロスの顔を叩き、前髪が焦げた。


「うおわっ!?」

慌てて消す。

酸素の供給を止めれば炎は消える。瞬時に鎮火。


だが着弾点の地面は溶けていた。

石がガラス化している。直径一メートルの焦土。


「…………やりすぎた」


後ろでリーネが棒立ちになっていた。フレスが肩の上で羽を逆立てている。

クロは三メートル後退していた。


「な……何今の」


「火の魔法。酸素を濃縮して火を入れた」


「酸素って何?」


「空気の中にある、火を燃やす成分。普段は空気全体の二割くらいだけど、それを一箇所に集めて濃度を上げると――」


「あんなことになるわけ?」


「……理屈上はそう」


リーネが焦土を見下ろした。

溶けた石。昨日の拳大の火球とは全く違う破壊痕。


「あんた。種火の出力は昨日と同じよね」


「同じ。焚火に火をつけるくらい。変えたのは周囲の空気だけ」


「魔力の消費量は」


「……昨日の火球の半分くらいな気がする」

感覚的にしかわからないけど。


リーネが絶句した。

「少ない魔力で、何倍以上の威力。

……あんた、今何をしたの」


「おまえに教えてもらったことだよ。

理屈をイメージして魔法を使った。それだけだ」


◇ 氷:結晶構造


「次。氷をやる」

興奮を抑えきれない。手が震えている。

発見の興奮だ。


氷。リーネに「水に形を教えろ」と言われた。

だがもっと深く考える。

氷とは何だ。

水分子が規則正しく配列した結晶。

H2Oの分子が水素結合で六角形のネットワークを組む。

六角形。雪の結晶が六角形なのはそのため。


昨日リーネが言った「粒を一つずつ並べる感覚」。

あれは文字通りの意味だったのだ。


(水分子の六角形ネットワーク。雪の結晶構造をそのままイメージする)


左手を伸ばす。空気中の水分を集める。


今までは「氷になれ」と力で固めていた。

今度は違う。水分子を一つずつ、六角形の格子に配置していく。

化学の教科書で見た結晶構造図を脳内に展開する。


遅い。

一つずつ並べるのは時間がかかる。


だが――形成された氷の質がまるで違った。


手のひらに氷の槍が生まれた。三十センチ。


透明だった。 昨日までの氷は白く濁っていた。

内部に気泡や歪みがあったからだ。

今回は完全に透明。

向こう側がはっきり見える。

ガラスのような氷。


「…………すごく、綺麗」


リーネが呟いた。


「触っていい?」


「ああ」


リーネが氷の槍に指先で触れた。


「硬い。私の氷と同じか……それ以上。

密度が段違いに高い。気泡がない。完璧な結晶」


「六角形の分子配列を意識した。水が凍る時の本来の構造をそのままイメージした」


「本来の構造……」


リーネの深紅の瞳が揺れた。

魔導士としての知的好奇心が明らかに刺激されている。


投擲してみた。

氷の槍が飛び、木の幹に突き刺さった。

根元まで。 ほぼ貫通している。


昨日は三センチしか刺さらなかったのに。


「密度が上がれば重くなる。重くなれば運動エネルギーが増す。

同じ速度でも威力が倍になる」


「……あんた、何者よ本当に。そんな理論は魔族の学問所でも教えれない領域よ」


「大げさだな。俺は氷がどう凍るかを知ってるだけだ」


◇ 風:気圧と流体力学


「風もやるぞ」


勢いに乗っている。脳が冴えている。

四十三年分の知識が、堰を切ったように繋がり始めている。


風とは何だ。


気圧差による空気の移動。高気圧から低気圧へ空気が流れる。

それだけ。


今まで「風の刃」を出していた。

空気を薄く圧縮して飛ばす。だがそれは風の使い方の一つでしかない。


(気圧を操作できるなら、もっと色々なことができる)


まず。目の前の空間の気圧を急激に下げる。

特定の領域から空気を引き抜き、真空に近い状態を作る。


パン、と音がした。周囲の空気が急速に流れ込み、衝撃波が発生する。


「……爆縮か。真空を作れば、周囲の空気が音速で流れ込む」


破壊力がある。

だが制御が難しい。

方向性がない。


次。特定の方向だけに気圧差を作る。

背後を高圧、前方を低圧に。

結果、一方向に強烈な突風が吹く。


「圧縮空気砲」


目に見えない弾丸。

五メートル先の岩に当たり、表面が削れた。音はほとんどない。


「あんたの風、昨日と全然違う。何が変わったの」


「昨日は『風よ吹け』だった。今日は『この空間の気圧を下げろ』だ」


「気圧……」


「空気には重さがある。重い空気は軽い空気の方に流れる。

その流れを操れば、風は自由自在だ」


リーネが黙り込んだ。

考えている。魔導士の頭が、今聞いた理論を消化しようとしている。


◇ 雷:電位差と放電


「雷。これが一番変わるはずだ」


昨日まで雷は「ピリッとする程度」だった。

★3の出力不足と思っていた。


だが違うかもしれない。

雷とは何だ。


電位差による放電。雲の中で氷の粒がぶつかり合い、静電気が溜まる。

上部が正、下部が負。

その電位差が限界を超えた瞬間に、空気の絶縁が破れ、一気に放電する。


落雷。


自然の雷は一億ボルト、数万アンペア。

そんな規模は★3では無理。


だが原理は応用できる。


(魔力で空気中に電荷の偏りを作る。片方に正電荷、もう片方に負電荷。その間の電位差を極限まで高めて――一点で放電させる)


今まで「雷を出す」とイメージしていた。

だがそれは結果だけを想像していた。


雷が生まれる過程をイメージしていなかった。


右手の人差し指と親指の間に意識を集中する。


指先の空気に、電荷の偏りを作る。

正と負。引き合う力。

その間隔をぎりぎりまで狭める。


絶縁が破れるぎりぎりを維持する。


「リーネ。ちょっと離れてろ」


リーネが十メートル後退した。

勘がいい。


人差し指を前方の木に向けた。


指先から木まで、空気中に電荷の道筋を描く。

正電荷の列。木の表面に負電荷を蓄積させる。


そして――

道筋の上の空気の絶縁を、一斉に破る。


ガァンッ!!


青白い閃光が指先から木に走った。


雷だ。

昨日の「バチッ」とは比較にならない。


本物の稲妻。


空気が焼ける匂い。

衝撃音が森に反響する。


木が縦に裂けた。

雷の熱で内部の水分が一瞬で蒸発し、蒸気爆発を起こしたのだ。


「…………」


アクロスは自分の指先を見つめた。

焦げてもいないし、痺れてもいない。


「…………これが、★3?」


出力は変わっていない。

★3のまま。

引き出した魔力は、昨日の「バチッ」とほぼ同量。


変わったのは使い方だけだ。


魔力で直接雷を生み出すのではなく、魔力で雷が生まれる条件を整えた。

自然の力を利用した。

魔力は点火装置に過ぎず、破壊力は自然の電位差が生み出している。


「…なに…これ」

リーネが十メートル先で立ち尽くしていた。顔が白い。


「あなた。これは★3の魔力じゃない。 あの破壊力は★5に匹敵する」


「いや、魔力は★3だ。変えたのは使い方だけ。

雷の原理を理解して、自然現象を誘発した。

魔力はきっかけにしか使ってない」


リーネの瞳が揺れた。


「自然現象を……誘発……?」


「わかるか? 火も同じだ。さっきの酸素濃縮。

種火は★3でも、燃える条件を整えれば威力が跳ね上がる。

魔力で全部やろうとするから効率が悪かった。

自然の力を味方につければ、★3でも★5の破壊力が出る」


リーネが黙り込んだ。

長い沈黙。魔導士としての知性が、今聞いたことの意味を咀嚼している。


「……あなた」


「うん」


「あんたの言ってることが本当なら。魔法の常識が根底から覆る」


「大げさだな」


「大げさじゃない。魔族の魔法体系は魔力で現象を直接生成するのが基本よ。

火を出したければ魔力で火を作る。氷が欲しければ魔力で氷を作る。

それが千年以上、続いてきた常識」


リーネが裂けた木を見つめた。


「あんたがやったのは違う。魔力で条件を作って、自然に現象を起こさせた。

魔力は触媒。本当の力は自然界そのもの」


「そういうことだ」


「…………ずるい」


「え?」


「だって。★3で★5の威力が出るってことは。あんたが★5になったら――」


言葉が途切れた。

リーネは少し震えている。


その先を想像したのだろう。


★5の魔力で、★5の理解力で、自然現象を操ったら。


★7にも届きかねない破壊力。


「リミットレスの恩恵で成長に天井がない。

しかもこの使い方なら、★が上がるほど指数関数的に威力が伸びる……」


リーネの声が震えた。

恐怖ではない。畏怖だ。


「あなた。本当に魔王になっちゃうかもしれないわね」


--


午後。

興奮が冷めた後、冷静に整理した。


「理屈で殴る」方式の利点と限界。


利点:

少ない魔力で大きな効果。★3の壁を実質的に突破できる。

自然現象の知識がそのまま武器になる。

「航」の知識が全部使える。

応用範囲が広い。酸素操作、結晶構造、気圧操作、電位差。

まだ試していない原理が山ほどある。

限界:

準備に時間がかかる。酸素を濃縮するにも、電荷を蓄積するにも、秒単位の仕込みが必要。即応性は低い。

制御の難易度が高い。自然現象は一度発動すると暴走しやすい。

酸素濃縮の炎は消火が遅れたら自分も焼ける。雷は狙いを外せば味方に落ちる。

知識依存。原理を知らない現象は使えない。

物理と化学の知識が切れたら、ただの★3に戻る。


「つまり事前準備型の切り札だな。いつでも使えるわけじゃない」


「それでも十分よ」


リーネが言った。


「奇襲。罠。地形利用。全部であんたの魔法が活躍する。

正面からの殴り合いは私やクロ、フレスに任せて、あんたは後ろで条件を整える。

むしろ、それが最適な役割分担かも」


「……お前、指揮官みたいな発想もできるんだな」


「学問所で戦術の基礎も学んだもの」


「頼もしいね」


「あなたが変なことばっかりするから、私がしっかりしないといけないの」


--


夕暮れ。


拠点に戻り、焚き火を囲む。


今日の成果はかなり大きい。

「理屈で魔法を使う」という発想の転換。


★3のまま★5の破壊力を出せる可能性。

だが同時に、自分の無知も思い知った。


「リーネ。この世界の自然法則について、もっと知りたい」


「この世界の…自然法則?」


(あぶね。正直に聞きすぎた。

これは自分から俺はこの世界の人間じゃない。と言ってるようなもんだ)


「それは……そうね。あなた、知らないことが多いものね。

魔力は物質にも影響を与える。

魔力の濃い場所では水の沸点が変わるし、重さも微妙に変動する」


「マジか」


「地脈の上では炎が燃えやすくなるし、瘴気の近くでは金属が脆くなる。

魔力と物理は完全に独立してないのよ。干渉し合ってる」


これは重要だ。

前世の知識をそのまま使えない場面がある。

この世界固有のパラメータを把握しないと、計算が狂う。


「お前がいろいろ知識を教えてくれ。俺が理屈を組み立てる。

二人で、新しい魔法を作ろう」


リーネの深紅の瞳が光った。

「……面白い。面白いわね、それ!」


「乗ってくれるか」


「乗るわよ。学問所でもこんな授業はなかった」


フレスがぴぃと鳴いた。

クロがわふと応えた。


人間の科学と、魔族の魔法体系。


二つの知識が交わる場所に、誰も見たことのない魔法が生まれようとしていた。

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