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第13話 おっさん、殺される

フレスとの絆を結び、一息ついた午後。


アクロスは焚き火の前であぐらをかいて考え込んでいた。


リーネはフレスを肩に乗せて湧き水を汲みに行っている。

クロが護衛についていった。


一人になった隙に、胸の奥のスキルに意識を沈める。


原初の奔流。魔の創造。そして――無限器リミットレス


三つ目のスキル。成長に限界がない。

そしてレベルが上がるほど、他のスキルの成長も加速する。


(こいつを……リーネに共有できないか)


魔の創造でクロやフレスを創った時、自分の魔力の一部が眷属に流れた。

リミットレスの恩恵で、眷属の魔核も主人と共に育つ。


だがそれは「創造主と創造物」の関係だからこそ成立する。

リーネは俺が創った存在じゃない。

この世界の魔族だ。


(でも、さっき絆の魔法を結んだ。リーネとフレスの間に魔力の回路を紡いだ。

あの回路を応用すれば――)


リミットレスの「成長限界の解除」を、絆で繋がった相手にも波及させる。


リーネは☆☆☆の魔導士。

つまり成長の天井が☆三つ。


だがリミットレスを共有できれば、その天井が外れる。

☆四つ、☆五つ。リーネの母ちゃんの☆四つを超えることすら視野に入る。


(やる価値はある。むしろ早いうちにやっとかないといけない。

問題はどうやるかだ)


魔の創造に意識を沈め、設計を始めた。


--


リーネが戻ってきた。

肩にフレス。足元にクロ。


「アクロス、何してるの」


「考え事」


「あんまりずっと考えてると気持ちが暗くなっちゃうわよ」

だんだん、ほんとにお母さんに見えてきた。


「今はそういう時期なの。

あ、――リーネ、ちょっと話がある」


「また重い話?」


「そうかも、でも今度もいい話だ。たぶん」


焚き火の前に座らせ、説明しよう。

秘密の出血大サービスだ。

出し惜しみしてても仕方ない。


「またまた俺の秘密に関する話だ。聞いてくれ」


「もう全部しゃべったら?」


リミットレスの概要。

成長に天井がなくなるスキル。


それを共有できるかもしれないということ。


リーネの深紅の瞳が見開かれた。


「天井が外れる……?

 つまり☆三つの壁がなくなるってこと?」


「理論上は。やったことないから保証はできねえけど」


「……それって。母さんの☆四つを超えられるかもしれないってこと?」


「かもしれない」


リーネは目をぱちぱちしている。

角の根元を撫でる癖も出ている。

「すごい話ね。でも。なんでそんなことを私に」


「仲間だからだ。お前が強くなれば、全体が強くなる。

俺一人が★を上げるより、集団全体の底が上がる方がいい」


「…………」


「やってみるか?」


リーネは数秒黙り、頷いた。


--


問題は方法だった。


絆の魔法はリーネとフレスの魔核を繋ぐものだった。

あれは「主従の回路」であり、命令と感覚の共有が主目的。


リミットレスの共有は次元が違う。

スキルそのものの一部を分け与える。


魔力の回路ではなく、魔核の「器の構造」に干渉する。


魔の創造に設計を問いかけた。


(リミットレスを他者と共有する回路。条件は?)


答えが返ってきた。

だがそれは、今までと違っていた。


言葉ではなく、「感覚」で。

魔の創造が示したのは、魔力の理屈ではなかった。


(信頼、誓い、鼓動の共鳴)


誓い。言葉だけの契約ではない。

もっと深い。信頼が結びつける。存在と存在の共鳴。


そのためには――

互いの魔核の鼓動を、直接感じること。

同じリズムで脈打つ旋律を作ること。その瞬間に回路を通す。


リミットレスは「器を超える」スキル。

器を超えるには、個の境界を一瞬でも溶かす必要がある。


アクロスは、面白いと思った。

攻撃魔法は出力とイメージで形を決める。

治癒魔法は体の構造に沿って設計する。


だがこれは違う。


魔法の形を決めるのが、信頼という、数値化も構造もないものだ。

こういう魔法が存在するなら、この世界の魔法体系は自分が思っていたよりずっと深いのかもしれない。


やり方を具体的にすると。

互いの胸に手を当てて、心臓の鼓動を確認する。

魔核は心臓と一体化している。


鼓動を共有する=魔核の波長を同期させる。


そして同期した瞬間に、言葉で誓いを立てる。

魔力に意志を乗せるために。


「……誓いの儀式がいるみたいだな」


「儀式?」


「お互いの胸に手を当てて、心臓の鼓動を合わせる。

魔核の波長を同期させるんだ。その瞬間に誓いの言葉を唱えて、回路を開通させる」


リーネの顔が固まった。


「…………お互いの胸に手を当てる」


「ああ」

キリッとした顔で言った。


「……あなたが、私の胸に手を当てる」


「そう…だな」

少し鼻の下が伸びているかもしれない。


沈黙。


リーネの褐色の頬が、耳の先端から順に赤くなっていくのが見えた。

深紅の瞳が泳ぐ。

角の根元を激しく撫でている。


「む、無理。無理無理ムリムリ…」


「いやいや、リーネさん、これは魔法的に必要な――」


「急にさんづけするな!必要でも無理なものは無理!」


「心臓のあたりだから、別にその……直接じゃなくて服の上から――」


「そういう問題じゃない!」


フレスが肩の上でぴぃぴぃ騒ぎ始めた。

主人の動揺が伝染している。

クロはアクロスの足元で「何やってんだ」という顔をしている。


「……落ち着け。魔法の儀式だぞ。変な意味は――」


「あなたの顔が変な意味にしてるのよ!」


鏡がないのが幸いだった。やはり鼻の下が伸びていたか。


--


十分後。


リーネが渋々納得した。

いや、納得というより諦めた。


「……いいわ。やる。でも変なことしたら殺す」


「しねえよ。魔法の儀式だって」


「目を閉じなさい」


「閉じたら魔力の制御が……」


「閉じろ」


「……はい」


向かい合って座った。

焚き火の明かりが二人の顔を照らしている。


クロとフレスは少し離れた場所で並んで座り、見守っている。


クロが「大丈夫かな」という顔。

フレスが「知らない」という顔。


「じゃあ……いくぞ」


「…………」


リーネが唇を噛み、それからゆっくりと右手を伸ばした。


アクロスの胸に、手が触れた。


薄い。細い指。だが温かい。

服の上から、心臓の鼓動が伝わる。


「……速い」

リーネが呟いた。


「あなた、なんか心臓速くない?」


「うるさい。緊張してんだよ」

いまさら女性に胸を触られて、心拍が上がるとは思わなかった。

中身はいいおっさんなのに。


エネルギーに満ち溢れたこの体は男女の反応にもエネルギッシュで困る。


「次は俺の番だ。……いくぞ」


「……うん」


アクロスが右手を伸ばした。


リーネの胸の――心臓のあたりに。


指先が触れる直前、リーネが目をぎゅっと閉じた。

顔が真っ赤だ。

角の根元まで紅潮している。


耳の先端が林檎のように赤い。

やべ、かわいいと思ってしまった。


手を当てた。


服の向こうに、鼓動がある。

速い。リーネも緊張している。


「お前、大丈夫?心臓、えらいことなってるぞ」


「黙れ」


そして、その鼓動の奥に

――魔核の波動を感じた。


氷のように透明で、風のように軽い。


「感じる。お前の魔核の鼓動」


「……私も。あんたの心臓。変な音」


「変な音とはなんだ。失敬な」


「ほんとよ。ドクドクって普通に打ってるのに、奥の方からなにか別の音がする。

低くて、大きくて……海鳴りみたい」


(原初の奔流のことかな。)


アクロスの胸に宿った、原初世界からの力の流れ。

実際に心臓、魔核にも違いがあるなんて面白いな。と思った。


「波長を合わせる。俺のリズムに乗ってくれ」


「鼓動が合った時に俺が誓いの言葉を言う。その後にお前も続いてくれ」


「わ、わかった」


目を閉じた。

深呼吸。集中。

アクロスの鼓動を意識的にゆっくりにする。

リーネの鼓動に合わせるのではなく、二人の鼓動を新しい一つのリズムに溶かす。


トクン。トクン。トクン。

二つの心臓が、少しずつ近づいていく。


速い方が遅くなり、遅い方が速くなり。


不思議な感覚だった。


魔法を使っている時とも、戦っている時とも違う。


誰かの体温を、この距離で感じながら、

内側にある力の源を感じる。


トクン。


――重なった。


一瞬、二つの鼓動が完全に同期した。

その瞬間に、誓いの言葉を。


「我らは誓う。この鼓動を…」

アクロスが言った。

リーネが続けて言うはずだった。


だが。


ここで問題が起きた。


鼓動が重なった瞬間、魔力が一気に流れ込んだ。

制御が振り切れるほどの共鳴。


儀式を行う前に、新しい生命、フレスを生み出した。

絆の魔法も作った。


自覚はなかったが、アクロスはかなりの魔力を消耗していた。

その状態でこの儀式を行ったのは完全に見通しが甘かった。


アクロスの意識が飛びかけた。

視界が白くなる。体の感覚が曖昧になる。


そして。

手が、動いた。


無意識だった。

魔力の奔流に意識を持っていかれて、右手の制御が外れた。


リーネの胸に当てていた手がずれた。

心臓の位置から、下に。

いや、下ではない。前に。


そして、気が付くと、掌の中に、柔らかいものがあった。

とてつもなく、柔らかいもの。


「…………あ」


意識は戻ってきた。

指先に感じる弾力。

服越しでもわかる、確かな質量と曲線。

意識がはっきりしないまま、アクロスは何故かそのまま指も動かしてしまう。


ひと揉み。ふた揉み。


(やべ……これは心臓じゃない)


リーネの目がカッと開いた。


深紅の瞳が、アクロスの右手の位置を見下ろした。


沈黙。

一秒。

二秒。


リーネの顔から、表情が消えた。

真っ赤だった顔が、逆に真っ白になった。

感情が一周して虚無に至った顔。


「まて。いや…これは魔力の消費がすごくて、制御が外れて、手が……」


言い訳を言い終わる前に。


リーネの左拳がアクロスの顔面に直撃した。


--


ゴッ、という鈍い音が森に響いた。


アクロスの体が二メートル吹っ飛び、背中から地面に叩きつけられた。

後頭部に衝撃。星が散る。


「…………うぐふぅ」

仰向けに倒れたまま空を見た。


二つの太陽が回っている。いや、回っているのは自分の視界だ。


リーネが立ち上がっていた。肩でフレスが騒いでいる。


リーネの全身が震えている。

角も激しく震えている。震えがすごすぎて分裂しそうな勢いだ。


(角って振動するのか。初めて知った。)

命の危機かもしれないのに、呑気な感想を抱く。


これは怒りか羞恥か、たぶん両方。


「……殺す」

低い声。


「待て。聞いてくれ。魔力が尽きかけて、意識が飛んで、手が勝手に」


「黙れ」


「ほんと聞いて、制御が――」


「もう一発殴るわよ」


「すみませんでした!」

速やかに正座した。


リーネの深紅の瞳に殺意が灯っている。

顔は耳の先端から首筋まで真っ赤。

角も変わらず怒りで振動している。


「…………」


「…………」


沈黙が長かった。


焚き火がぱちぱち爆ぜる音だけが響く。


クロが「やっちまったな」という顔でアクロスを見ている。

フレスがリーネの肩で怒りのぴぃぴぃを鳴き続けている。

相棒は主人の味方だ。


「…………儀式は中止」


リーネが吐き捨てた。


「今日はもう顔も見たくない」


リーネは、扉に絡まる蔦のカーテンを潜って建物の中に消えた。


フレスが最後にアクロスをぎろりと睨んで、一緒に消えた。


残されたのはアクロスとクロ。


クロが近づいてきて、腫れ始めたアクロスの頬を舐めた。


「……ありがとよ、クロ。お前だけだな、味方は」


くぅん。同情の鳴き声。


殴られた頬がじんじん痛む。

リーネの一撃は見事なストレートだった。

拳に魔力を乗せてたな。

☆三つの魔導士の魔拳もかなり侮れない。

勉強になった。


「まぁ…これは、完全に俺が悪い」


反論の余地がない。

魔力の消費のこともあるが、手が「そこ」にいったのは…

無意識の欲望が介在していないと言い切れない。

四十三歳の煩悩は異世界でも健在だった。


ため息をついて空を見上げた。


「……リミットレスの共有は、別の方法を考えよう」


あるいは、

次に挑戦する時は、もっと魔力と魔力制御も上がってからにするか。

あと、信頼も万全な状態にしないとな…


アクロスは苦笑いする。


しかし儀式自体の方向性は間違っていなかったと思う。

万全の体力で、信頼で、臨めば現在の状態でもいけそうな気がしないでもない。


自分の魔力管理も、ちゃんと考えないとな…


反省点は多い。


あの時、鼓動が重なった一瞬、確かに共鳴が起きた。

回路が開きかけた。あと少しだった。


「……情けねえ」


頬を押さえながら、焚き火の前でしばらく休憩と反省をした。


夕方になってリーネが出てきた時、まだ口をきいてもらえなかった。

身も心もつらい。


夕飯は無言で食べた。

フレスがリーネの肩でアクロスを監視していた。


クロだけが二人の間をおろおろ行き来していた。


寝る時、リーネが言った言葉は一つだけだった。


「次はないわよ」


「……はい、おやすみなさい…」


おっさんは学んだ。


覚悟を決めることも大事だが、煩悩を制御することも忘れてはいけない。


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