無償の愛
愛する人!
私は大声で叫んだ。あたかも体重100キロ超のオペラ歌手のように、喉もとの筋肉が震えるビブラートで、張り裂けんばかりの声の奔流を解き放った。
ただし、想像の中でだけ。
隣部屋の野球中継が聞こえるようなアパートの薄い壁では、どだいそんなことはできやしない。他の住人から大家さんに「6号室は夜な夜な奇声を上げている」などと苦情を言われたくはないからだ。
それでも溢れる思いを解放したくなると、湯船に顔を突っ込んで叫ぶ。立膝でないと入浴できないユニットバスの中に泡が大量に浮かび上がる。風呂の壁も大して厚くはないのだけれど、「6号室の風呂場から聞こえてくるオナラがうるさい」とまで言いつける人はいないだろう。
ああ、あの人のすばらしさをどう伝えればいいのか。
まず、立ち姿の美しさ。すらりと伸びた背筋に、手足の絶妙なバランス。調和とともに、伸びた指先の爪の先端まで美しい。
透き通るように白い肌、鼻筋のまっすぐ通った先の美しい曲線。横からこっそり見るだけで、私の鼓動が止まらなくなる。
「この人のためなら、何だってできる」
私のこの強い気持ちが、今日ほど、試されることになるとは。
愛する人が、人を殺すのを見てしまったのだから。