賄賂メールアドレス
そのアドレス宛てに依頼内容を書き、指定された口座に入金すれば確実に願いが叶うという伝説の「賄賂メールアドレス」。ふとしたことからそのメールアドレスの存在を知った金丸氏は、その宛て先がどこかずっと調べていた。彼はすでにそれなりの金持ちではあった。超富裕層とまではいかないが富裕層と呼ばれる程度の資産は蓄えていた。この先、働かなくても食って行くことくらいはできた。しかし彼は、この世に生まれて来たからにはもっと上を目指したいという強い願望を抱いていた。そして賄賂メールアドレスがその実現に使えると踏んだ彼は、その探索に並々ならぬ情熱と資金を注ぎ、遂にその所在を突き止めた。まったく世の中は金次第だと思いながら、金丸氏はさっそく使ってみることにし、まずはスポーツの試合で八百長ができるか試そうと考えた。そして闇サイトでのサッカーの結果予想に決して少なくはない掛け金を積んだ後、希望した結果になるよう賄賂メールアドレスに依頼した。そうすると賄賂の振込先口座が書かれた返信が届いた。さっそく入金して、翌日のサッカー中継を見ていた。緊迫した試合だった。彼にとってはいっそう緊迫した試合だった。闇サイトに積んだ掛け金を失ってしまうのは少々痛かった。彼が賭けた方のチームが0対1で後半に突入していた。激しい攻防が続いていた。不正の介在する余地はどこにもなさそうだった。ゴール前で混戦となった。選手が倒れる。笛が鳴る。PKの判定だった。審判に詰め寄る選手たち。でも判定は覆らない。その時、PKをとられたディフェンダーが笑っているように見えた。そしてPKがあっさり決まり、同点になった。それから試合の流れが変わり、結局3対1で彼は賭けに勝った。賄賂メールアドレスは確実に機能していると彼は思った。審判か選手かそれはわからない。ただ確実にこの世界に影響を及ぼしているようだった。
それからも彼は賄賂メールアドレスに依頼を送り続けた。政治家や裁判官や警察や規制当局がその対象となるような依頼だった。やがて彼のビジネスに有利になるよう規制が緩和された。入札が操作され、彼の経営する会社が選ばれるようになった。犯罪まがいのことも見逃してもらった。競争を排除して利益を独占できるようになった。彼はどんどん富を蓄積して行った。すでに彼は超富裕層の仲間入りをしていた。そして築いた富をさらに増やすために賄賂メールアドレスを使い続けた。やがて超富裕層のトップに君臨するまでに成り上がった。その頃には、経済だけでなく政治にも強い影響力を持つようになっていた。司法も彼の言いなりになった。今や金丸氏は世界を操る存在と言っても良かった。もう賄賂メールアドレスを使う必要はないと彼は考えた。
それからしばらくして、賄賂メールアドレスからメールが届いた。依頼もしていないのにおかしいと金丸氏は思ったが、とりあえず目を通した。
<私はもう引退します。今後はあなたのメールアドレスが賄賂メールアドレスとして登録されます>
そう書かれてあった。それから彼のところに世界中から欲望を剥き出しにしたメールが届くようになった。彼はしぶしぶその役割を引き受けることにした。依頼人の中から、次の後継者を育てなければと思った。そうしないと一生この薄汚れた世界に囚われたままになりそうだった。そんな彼の元に今日も欲望にまみれたメールが届いた。