百合シチュエーション自由形
「……今日の決勝戦、やばくない!?」
30歳OL、昼休み。デスクでスマホを開くと、SNSのトレンドに『#百合オリンピック』の文字が躍っていた。仕事をしている場合ではない。急いでライブ配信を開く。
画面に映し出されたのは、「百合シチュエーション自由形」の決勝戦。世界中の百合好きたちが、己の理想のシチュエーションを全力でプレゼンし、技術点・情熱点・構成点の合計で競い合う熾烈な戦いだ。
◇
「ついに決勝戦です!」
会場は興奮に包まれていた。実況席には、この競技を長年追い続けてきた解説者が並ぶ。
「とうとうここまで来ました! 繊細な心理描写を武器にする日本代表VS圧倒的なエネルギーと情熱で攻めるアメリカ代表! どちらが世界一の百合ストーリーテラーとなるのか!?」
「先攻はアメリカ。彼女たちの戦略はいつもパワフルでドラマチック。どんな攻め方を見せるのか、楽しみですね」
会場にアメリカ代表が登壇する。金髪をポニーテールにまとめた長身の選手が、力強くマイクを握ると、会場が静まり返った。
「私が語るのは、『ライバル百合』!」
観客席からどよめきが起こる。審査員たちの表情が引き締まる。
「彼女たちは、バスケットボールのライバルだった。ずっとお互いを超えようと競い合い、火花を散らしていた。でも……ある日、試合後のロッカールームで、彼女はこう言ったの」
アメリカ代表が一拍置く。そして、ぐっと前に出て、情熱的な声で叫ぶ。
「『あんたと試合をするたびに、心臓が爆発しそうになる! なんでか分かる!? これは、恋よ!!』」
会場が大きく沸いた。審査員の1人が思わず身を乗り出す。実況と解説が大声で補足する。
「きたあああああ! アメリカらしい、パワフルな告白だ!」
「ライバル関係を『戦い』として描きながら、その熱量をそのまま愛へ転化させる、まさにアメリカ代表の彼女らしいシグネチャーですね」
アメリカ代表はそのまま続ける。
「二人はお互いを高め合いながら、何度もぶつかり合い、乗り越えてきた。そして最後の全国大会。決勝戦。試合が終わった瞬間、彼女は駆け寄り、息を切らしながら……」
拳を握ると、彼女は熱く叫んだ。
「『バスケでも、人生でも、あんたと最高のライバルでいたい! だから――私と付き合いなさい!』」
観客のボルテージが最高潮に達する。アメリカ応援団が星条旗を振り、絶叫する。実況が叫ぶ。
「なんという力強い告白! これは審査員の心を揺さぶるぞ!」
「技術点よりも、情熱点で大きくリードする可能性がありますね」
スコアボードに点数が表示される。
技術点:8.5
情熱点:10.0
構成点:9.0
合計:27.5
「27.5!これは高得点だ! さすがアメリカ!」
しかし、ここで日本代表が立ち上がる。静かにマイクを持ち、一礼した。
「それでは、後攻……日本代表です!」
彼女は落ち着いた口調で語り始める。
「私が提案するのは、『幼馴染百合のすれ違いと再会』です」
会場がざわつく。審査員たちの目が光る。実況が興奮気味に解説を入れる。
「きましたね! 王道ながらも奥深いテーマ! ここをどう独自の視点で語るかがポイントになります!」
選手は続ける。
「小学校の頃から一緒にいた二人。しかし、中学で進学先が分かれ、次第に距離が生まれていきます。やがて高校、大学と時間が経ち……社会人になったある日、雨の中で偶然の再会を果たすのです」
観客席から微かな嗚咽が聞こえた。審査員の一人はメモを取る手を止め、静かにうなずく。
「二人は最初、他人行儀に振る舞います。でも、かつての思い出がふとした瞬間に蘇る。例えば、コンビニの前で傘を差し出されたとき、あるいは懐かしいあだ名で呼ばれたとき……その度に、胸の奥が熱くなるんです」
実況が盛り上がる。
「ここでクライマックス!彼女はどうやって二人の関係を成就させるのか!?」
日本代表は静かに息を吸い、決め台詞を口にした。
「『あの頃の続き、しない?』」
「うおおおおおおお!!」
会場が割れんばかりの歓声に包まれる。実況も絶叫。
「決まったぁぁぁ!! これは金メダル級の破壊力!!」
◇
OLは涙目でスマホを見つめた。
「……この競技、毎年やってほしい……」
その日、午後の仕事はまったく手につかなかった。