2 ゲームプレイ!
私は自分の部屋でひとり、何度目かの深呼吸を繰り返していた。窓の外は灰色の空に覆われ、細かな雪が舞っている。部屋の中は静かで、唯一の音は、私が軽く息を吐く音だけが響く。そんな中で、私は机の上に置かれたヘッドセットを見つめていた。ゲームの世界に足を踏み入れる瞬間を前に、心の中で期待と不安が交錯している。
「ついに、これが本当の『次世代バイオハザード』…」
それは、加藤紗枝が100兆円をカプコンに投資したことがきっかけで生まれたゲームだった。あの巨額投資により、開発チームは最先端の技術を駆使し、前例のないレベルのリアルさを目指して作られたという。このゲームの世界は、ただのゲームの枠を超えて、「体験」そのものであると言われていた。
私はその話を聞いたとき、心の中でこの瞬間を待ちわびていた。しかし、今このヘッドセットを手に取ると、ふと一抹の恐怖が込み上げてきた。リアルすぎるゲームが、もし私を恐怖に引き込んだらどうしよう。私は一瞬だけ躊躇したが、その恐怖を振り払うように、ヘッドセットを頭に装着した。
コントローラーを握りしめ、深呼吸をしたあと、電源を入れる。数秒間の静寂があり、目の前が真っ白に染まり、次第に視界が少しずつ色を帯びていく。意識がその世界に引き込まれていく感覚が伝わってきた。
そして、それは一気に始まった。私の視界に広がったのは、荒廃した都市の風景だった。あたり一面に灰色の煙が立ち込め、遠くではビルが倒れ、道には割れたガラスや車の残骸が散乱している。空は暗く、低く垂れ込めた雲が全てを覆い、陽の光を完全に遮っていた。空気は重く、湿ったような感覚が伝わってくる。私はその景色に目を奪われ、息を呑んだ。
「…これ、本当にゲーム?」
震える手で周囲を見回すと、どこまでも続く廃墟が広がっている。街並みはひどく傷ついていて、崩れたビルの間を無造作に風が吹き抜けていた。私はその光景に圧倒され、しばらくその場に立ち尽くしていた。まるで映画のセットのようであり、どこか異世界に迷い込んでしまったような感覚を覚えた。
目の前の街には、死んだような静寂が漂っている。その空気に触れた瞬間、私は何かが「違う」と感じた。この世界はただのバーチャル空間ではない。ここには、プレイヤーがそのまま取り込まれるような、リアルな恐怖が存在していることを、私は直感的に理解した。
「よし、動こう。」
手元のコントローラーを握りしめ、私は少しずつ足を踏み出した。最初はゆっくりと歩きながら、周囲を確認する。すべてがリアルだ。舗装された道路、割れたガラス、そして至る所に散らばる灰や瓦礫。まるで本当にこの場所に足を踏み入れたかのように感じる。
進んでいくと、ある建物の前に立ち止まった。そこには、大きな扉が錆びていて、隙間からは冷たい風が吹き込んでいる。私はその扉を開けると、暗い室内に一歩踏み込んだ。目の前に広がったのは、荒れ果てた廃墟の中に広がる部屋。家具はひっくり返り、壁にはひび割れが走っていた。
その時、背後から微かな音が聞こえた。
私の心臓が一瞬、跳ね上がる。振り向くと、そこには何もない。ただ静けさが支配していた。しかし、その音がただの風の音ではないことを、私はすぐに感じ取った。微かな足音が、少しずつ私に近づいてきている。
「誰か…?」
私は声を出してみたが、その声が虚しく響くだけで、返答はなかった。足音は確実に近づいてきている。次第に、それがただの風ではなく、何かがこちらに向かって歩いてくる音だと分かってきた。
目の前に現れたのは、目が覚めたようにうめき声を上げるゾンビだった。その顔は腐敗し、裂けた皮膚から血がにじみ、まるで死者が這い上がってきたかのような異様な姿だった。動きは不規則で、まともに歩けないようだが、それでもゆっくりと、確実に私に近づいてくる。
その瞬間、私は本能的に「逃げなければ」と思った。しかし、足は動かなかった。恐怖が全身を支配し、身体が硬直したように動かなくなっていた。手元のコントローラーは、手のひらに汗をかきながら冷たく感じる。次第に、ゾンビの歩みが速くなり、私は必死に後退しようとした。
だが、私の足は動かない。絶体絶命だと感じたとき、頭の中に冷静さを取り戻す言葉が浮かぶ。これがゲームだ。ゲームには必ず方法がある。それに、このゾンビを倒すための武器をどこかで見つけなければ。
「落ち着け…」
私はコントローラーを握りしめ直し、周囲を素早く見渡す。視界の中、目の前の棚に何かが見えた。それは武器だった。急いでそちらに向かって走り、拾い上げる。それは古びたナイフだった。手に取ると、その重さと冷たさが手のひらに伝わってきた。
その刹那、ゾンビが再びこちらに迫ってきた。私はナイフを構え、ついにゾンビに立ち向かう決意を固めた。ナイフを手にした私は、心臓が速く鼓動するのを感じながら、ゾンビの動きに目を凝らした。ゾンビは徐々に、しかし確実に私に向かって歩みを進めてくる。その足音は近づくたびに、ますます不安を募らせた。
私は深く息を吸い、冷静さを保とうと試みる。ここで恐怖に飲み込まれてはいけない。これがゲームだということを再確認し、頭の中で一つの決意が芽生えた。もしこれが現実だったら、私はすでに死んでいる。しかし、これはただのゲームだ。確実に、必ず方法はある。
「ナイフがあれば、近距離でなんとかなる…」
私は目の前のゾンビに視線を合わせたまま、足を前に出した。その瞬間、ゾンビが突然、うめき声を上げながら私に突進してきた。驚きに震えそうになったが、私は冷静に身をかわし、ナイフを手にそのゾンビに一歩近づいた。手のひらに汗をかき、コントローラーをしっかりと握りしめている。息を呑みながら、目の前のゾンビに対峙する。
その時、私はただ直感的にナイフを振りかざした。攻撃のモーションは、VRゴーグル越しに、まるで私自身がその場で実際に動いているかのようにリアルに感じられた。私の手がゾンビの胸に触れると、肉が裂けるような感覚と共に、ゾンビが後ろに倒れ込んだ。
「…成功。」
私は短く息を吐きながら、ゾンビの死骸を確認する。画面に映し出されたその光景は、まさに恐怖そのものだった。ゾンビの目は空っぽで、腐敗した肌がひどく汚れている。その体が無様に倒れ込む様子は、ただのゲームのグラフィック以上のリアルさで、まるで本物の死体を前にしているかのような錯覚を与える。
それでも、私は冷静になろうと必死に自分に言い聞かせる。「ゲームだ。これはゲームだ。」私はその言葉を何度も繰り返しながら、もう一度辺りを見回した。ここから先に進まなければならない。
私はゆっくりと歩き始め、道を進んでいく。霧のような煙が漂っており、視界が悪い。周囲の廃墟に囲まれ、まるで時間が止まったかのような不気味な静けさが広がっている。しかし、どこかで物音がした。足音、いや、うめき声…それが少しずつ近づいてくる。
私は体が一瞬、凍りつくような感覚に襲われる。しかし、すぐにその恐怖を振り払い、再び足を踏み出した。今度はもう逃げるわけにはいかない。もしこれを乗り越えなければ、先には進めない。進むべき場所がわかっているなら、後ろを振り返ることはできない。
前方に目を凝らすと、朽ち果てた建物が見えた。そこに何かがあることを感じ取る。私は急いでその建物へと向かった。恐怖に支配されずに動くことができる自分に驚くと同時に、このゲームの中で自分が生き延びるための適応を少しずつ学んでいることを実感する。
建物の中に入ると、空気がひんやりとしていて、異様な冷たさを感じた。かすかな光が壁に反射していて、そこには無数の血痕が残されていた。床にはガラス片が散らばり、足音がうるさく響く。しかし、その中に足を踏み入れた瞬間、またもやゾンビのうめき声が響いた。今度はその数が増えている。
「やっぱり…!」
私は無意識にコントローラーを握りしめる。前に進むしかない。先に行けば、きっと何かが見つかるはずだ。武器や回復アイテムを見つけることで、この恐怖の渦を乗り越える手段を得られるかもしれない。
ゾンビたちは、ゆっくりと私に向かって歩みを進めてきていた。しかし、今度はもう私は逃げない。ナイフを構え、心の中で決意を固める。
「負けてたまるか。」
ゾンビが私の方に手を伸ばしてきた。私はその腕を避けて一気に前進し、ナイフを一振り。ゾンビの胸に突き刺さった。ゲームとはいえ、その感覚はリアルで、手のひらに力が入ったときの感触がありありと伝わってきた。ゾンビが倒れこむ音を聞きながら、私はその場を離れ、もう一度歩き始める。
そして、次々と現れるゾンビたちを、一つずつ確実に倒しながら進んでいった。恐怖を感じても、私の手は決して止まらなかった。私は、このゲームの中で生き抜くための方法を見つけていた。
その先に待っているものが、どれだけ恐ろしいものであったとしても、この世界で生き延びるためには立ち止まることは許されない。今や私は、ゲームの世界に飲み込まれ、ただのプレイヤーとしてではなく、命がけで進んでいく一人の戦士になったかのように感じていた。ゾンビを倒し、次の部屋へと進んだ私。暗闇の中で、わずかな光を頼りに足を踏み出す。どこかから聞こえてくる不規則な音に耳を澄ますが、その音の正体はわからない。ただ、恐怖が私を包み込むような、そんな感覚だけが深く胸に残る。
「どうしてこんなにリアルなんだろう。」
私は思わず呟いた。空気の冷たさ、足元で鳴るガラスの砕ける音、そしてゾンビたちが発するうめき声。すべてがあまりにも生々しくて、まるでゲームの世界に完全に入り込んでしまったかのようだった。体験していることが、現実のように感じられてしまう。もし本当にこんな状況に放り込まれたら、私はどうなっていただろう。
私は進むべき道を選ぶと、足元を見つめながら慎重に歩を進めた。すると、突然、視界に大きな影が動いた。振り返ると、そこにはさらに多くのゾンビがゆっくりとこちらに向かって歩いてきていた。
「こんなに…たくさん。」
心臓が一瞬、急に跳ね上がるような感覚を覚える。これだけの数だと、少し油断すればすぐに囲まれてしまう。ゾンビたちは、互いにぶつかることなく、まるで何かの命令に従うかのように、統一感を持って歩いている。その動きに、私は一瞬、冷や汗が背筋を伝うのを感じた。
だが、私は逃げるわけにはいかない。逃げれば、確実に追い詰められる。立ち向かうしかない。
私はすぐに、近くにあった物陰に身を隠した。静かに息を潜め、次の動きを考える。その時、ふと思いついた。
「ゾンビを一度に倒すには、どうすればいい?」
もし、何か爆発物があれば一網打尽にできるのではないか。これまでの戦闘の中で、私の周囲には時折、ガソリンのような匂いを感じた場所があった。爆発物を探し出し、それを使えば、ゾンビたちを一掃できるかもしれない。
冷静に頭を働かせながら、私はその周辺を慎重に探索した。数メートル先に、金属製のドラム缶が転がっているのを発見する。それを手に取ると、すでに何かが入っているような重さが伝わった。
「これだ。」
私はそのドラム缶を手にして、ゾンビたちが近づいてきた方向へと移動を開始した。ゆっくりと、そして目立たないように進んでいく。背後のゾンビたちは、気づくことなく歩いてくる。その目線を外し、私はドラム缶を置ける場所を見定めた。そして、ドラム缶の中身が何であるか確信が持てた瞬間、私は素早く動き出した。
近くにある倉庫から出てきたスイッチに手を伸ばす。そこには明確な目標があった。スイッチを押すと、ドラム缶の中身がわずかに震え、音を立て始めた。
「動かないで。」
心の中で、自分に言い聞かせる。あとは、ゾンビたちがドラム缶の近くに集まるのを待つのみだ。数秒後、ゾンビたちはその大きな音に気づいたのか、集まり始めた。その様子を、私は見守りながら手を握りしめていた。
そして、彼らが集まった瞬間、私は最後の瞬間を見計らってスイッチを入れた。爆発音が響き渡り、視界が一瞬真っ白に染まる。その後、耳をつんざくような爆風が私を襲い、数メートル先にいるゾンビたちは、一瞬で吹き飛ばされた。
爆風が収まった後、あたりはしばらく静まり返っていた。私は耳を澄ましながら、あたりを見回す。ドラム缶から漏れ出した煙が漂い、爆風の余波で周囲の建物が少し揺れたことが感じられた。それでも、爆発によって殲滅されたゾンビたちの姿は見当たらない。
「うまくいった…!」
私は心の中でほっと息をついた。何とか、この危機を乗り越えることができた。だが、すぐに次の危険が迫ってくることを確信していた。
爆発の音に気づいたのか、それとも次のゾンビが湧き出てきたのか、また新たな足音が近づいてきていた。それはどんどん大きく、どんどん近づいてくる音だった。
私はすぐに、再び進む道を選んだ。これからどんな恐怖が待ち受けているのか分からない。だが、今はただ進むしかないのだ。
再び動き始めた私の後ろから、ゾンビたちが続く音がした。私は息を呑みながら、目を前に向けて走り出した。私は必死に走りながら、頭の中で冷静に次の行動を考えた。足音が近づくたびに、冷たい汗が背中を伝っていく。まだゾンビたちが追いかけてきている。それでも、私は無駄に動揺しないように心を落ち着けようとする。次の目標は見えている。あの廃病院の建物の中には、きっと何か重要なアイテムが隠されているはずだ。それを手に入れれば、私の生存率も少しは上がるはずだ。
息を切らせながら走り抜け、ようやく病院の入り口にたどり着いた。その重い鉄の扉は錆びていて、開くのに一苦労だったが、私は力を込めて引いた。扉が軋む音と共に開くと、暗闇の中にぼんやりとした影が見えた。病院の内部は恐ろしいほど静かで、まるで時間が止まっているかのようだった。薄暗い明かりがわずかに灯り、長い廊下がどこまでも続いている。
「気をつけろ…」
私は心の中で呟いた。病院の中はゾンビがたくさん潜んでいることを予想していた。しかし、それだけではない。ここはもっと深刻な何かが待っている場所だと感じていた。この先に進むことで、どんな恐ろしい出来事が待っているのか、想像するだけで身が震えた。
病院内に足を踏み入れた瞬間、冷たい空気が私の体を包み込んだ。まるで亡霊が漂っているかのような、何か不気味なものを感じた。しかし、私はそれに立ち止まっている暇はない。少しでも長く生きるためには、進むしかなかった。
廊下の先に、薄く開いたドアが見えた。そこには、きっと有益なアイテムや情報が隠されているに違いないと思った。私はそのドアに向かって足を速め、音を立てないように気をつけながら進んだ。そのとき、背後から微かな足音が聞こえた。
「またか…」
振り返る暇もなく、私は一気にドアを開けて中に飛び込んだ。ドアの向こう側には、大きな薬品棚が並んでいる部屋が広がっていた。その棚には医療用品が数多く並べられていて、私の期待通り回復アイテムや武器が見つかるかもしれない。
私は棚の前に立ち、必死にアイテムを探し始めた。目の前には、注射器、包帯、さらには薬の瓶も見当たった。急いでその中から、最も有用と思われるアイテムを手に取る。手に取ったのは、強力な回復薬と手榴弾のような武器だった。これで少しは、次の戦闘に備えることができるだろう。
そのとき、部屋の中から物音がした。振り向いた瞬間、私は背筋が凍りつくような感覚を覚えた。
「まさか…」
その目の前に立っていたのは、他のゾンビたちとは明らかに異なる存在だった。人間の姿をしていたが、顔の一部が崩れ、眼球が飛び出している。体も異常に膨れ上がり、手足が異常に長く伸びている。まるで異形の化け物のような姿だ。
その化け物は、私を見つけると、恐ろしい速度でこちらに向かって突進してきた。反射的に手榴弾を投げつけたが、その怪物はそれを簡単に避けてしまった。あまりのスピードに、私は思わず後ろに一歩引く。
「ダメだ、どうしよう…!」
恐怖に駆られながら、私はすぐに回復薬を飲み、少しだけ体力を取り戻す。だが、それでもまだ足りない。私は今、この一撃で死んでしまうかもしれないと思った。だが、諦めるわけにはいかない。
「進むしかないんだ…!」
その時、突然、画面に表示された小さなアイコンが私の目に留まった。アイテムのアイコンだ。それは、隠されたパワーアップアイテムだった。私はそれに手を伸ばし、すぐに装備した。すると、体中に力が漲ってくるのを感じた。
「これだ!」
武器が手に取れないかもしれないと思ったが、今度は私の手が、まるで別の力を得たかのように変わっていった。私はもうただのプレイヤーではない。ゲームの中で得た力で、化け物を倒す覚悟を決めた。
その瞬間、私は走り出し、化け物に向かって飛び込んだ。恐怖に怯えながらも、無意識にその姿を狙い、鋭い一撃を加えた。思わぬ速さで、怪物は一瞬、動きを止めた。だが、すぐに反撃してきた。
私は冷静に、攻撃をかわしながら再び手榴弾を取り出し、今度は確実に当てるタイミングを見計らった。そして、爆風と共に怪物は吹き飛ばされ、その姿が完全に消えた。
「倒した…!」
私はその場で息をつき、目の前の恐ろしい敵が倒れたことを確認した。だが、この勝利が本当の意味で安全を意味するわけではない。私は次に何が待っているのかを確信していた。この世界は、まだまだ私を試すだろう。
倒れた化け物の血液が床に広がり、その異様な臭いが部屋の空気を一層重くした。目の前の怪物が完全に静まると、周囲は再び静寂に包まれた。足元で死骸が崩れ、徐々に消えていく。その場に立ち尽くしている私は、まだ信じられないような思いでその光景を見つめていた。
「本当に倒したのか…?」
心臓が速く鼓動しているのを感じながら、私は手を震わせて近くの壁を支えにして立っていた。倒した怪物がどれほど恐ろしい存在だったか、考えると気が遠くなる。だが、私が戦ったその先に待ち受けるものは、まだ見えていない。何かもっと大きな試練が、この病院の先には待っているはずだ。
私は再び周囲を見渡し、焦点を定めた。死角にあるかもしれないゾンビや、隠された部屋を探しながら歩き出す。進むべき道を選ぶことが重要だ。逃げることはできない。もう戻れない。
病院内の廊下はひどく暗く、時折、頭上で何かがガタガタと音を立てる。後ろから足音が聞こえるたびに、私は自然と振り向きたくなるが、振り返るたびに見えるのは何もない。全てが静まり返っているだけだ。しかし、この静けさが逆に不安を掻き立てる。
「もう少しだ…もう少しで出口が見えるはず。」
自分に言い聞かせるように呟きながら、私はそのまま前に進んだ。病院の出口に近づくにつれて、次第にその空気が変わり始めた。何かの予感が私の中で膨らむ。最初の異常な気配から、さらに何か不穏なものが迫ってきているような…そんな感じがしてならなかった。
そして、私はその瞬間を迎えた。
大きな扉の前に立ち、私は深呼吸をした。目の前にある扉には、他の扉にはなかった奇妙な印が刻まれていた。それは、見たことのないシンボルであり、今までのゾンビたちが出てきた部屋とは違う、異世界のような雰囲気を放っていた。
「これが…本当に最後の試練なのか?」
心の中でその問いが浮かぶと同時に、扉が音を立てて開かれた。中には、異常に静かな空間が広がっており、淡い光がぼんやりと差し込んでいた。その光の先に、一人の人物が立っているのが見えた。その人物は、見覚えのある顔だが、どこか違う。彼女、いや彼、はまるでこの場所にいること自体が不自然な存在であるかのように立っていた。
「あなた…?」
私はその人物に向かって歩み寄ると、彼女の顔をよく見つめた。だが、その顔にはどこか異様な光を帯びた目があり、普通の人間とは思えない威圧感を感じる。
その人物はゆっくりと口を開いた。
「ここから先は、あなた一人では進めない。」
その言葉が私の胸に深く突き刺さる。彼女の声には冷徹さと何か予感を感じさせる力があった。
「あなたが持つ力、それはまだ不完全なものだ。」
彼女は一歩私に近づくと、両手を広げて何かを取り出した。その手に持っているのは、小さな装置のようなものだ。それは、今まで私が見たこともないような、奇妙なデザインをしていた。まるで未来の技術が込められているような、しかしどこか古びた感じを与える装置だった。
「これを使うことで、あなたは更なる力を得る。ただし、リスクを伴う。それでも、あなたはそれを選ぶか?」
彼女の言葉には、何か大きな選択を迫られているような雰囲気があった。私はその装置に目を奪われながらも、一瞬考えた。この先のことをどう進んでいけばいいのか、それを決める選択肢だ。リスクを取って、この装置を手に入れれば、きっと私の力は増すだろう。そして、この試練を乗り越えるための力が得られるかもしれない。しかし、その先に何が待っているのかは、誰にもわからない。
私は目を閉じ、深く息を吸った。
「どうすれば…?」
その瞬間、彼女は微笑み、そして言った。
「あなたが選ぶことよ。」
その言葉と共に、装置が私の手に吸い込まれるように感じた。まるで私の体がその装置を受け入れたかのように、全身に電流が走り、体が痺れるような感覚に襲われる。
「これで、あなたは次のステージへ進む準備が整った。」
その言葉が私を現実に引き戻し、私は目を開けた。周囲の景色は少し変わったように感じ、視界がクリアになった気がした。身体に変化を感じながら、私はその後ろに続く道を見つめた。
その先に待つ未知の恐怖、そして今の力をどう使うか。それは私次第だった。
私の体には、今まで感じたことのないような変化が起きていた。目を閉じたとき、手に吸い込まれた装置が完全に私の体の一部となり、エネルギーが循環しているような感覚に包まれた。その力は、まるで何か大きな存在が私の中に宿ったかのように感じられたが、その正体はまだ明確には分からなかった。
「これが、力を手に入れるということか…」
私は静かに呟きながら、自分の体の変化を感じ取っていた。視界がクリアになり、音の響きが鮮明に、空気の温度までが敏感に感じ取れるようになった。そして何より、私の内側から湧き上がる未知の力が、徐々に私の心を支配し始めていた。まるで全身の細胞が新たに生まれ変わったような感覚が広がり、心の中で何かが目覚めるのを感じた。
「次の試練は…どこにあるんだろう?」
私は少しの間、周囲を見渡した。先ほどの部屋を出ると、病院の中は依然として無人で、死んだような静けさが漂っていた。しかしその静寂の中にも、どこか不安を掻き立てるものがあった。恐ろしい試練が迫っていることを、私は直感的に感じ取っていた。
私は改めて一歩踏み出す。前進しなければならない。そうでなければ、すべてが無駄になってしまう。
廊下を歩きながら、ふと背後から小さな音が聞こえた。振り返ると、そこには何もなかった。しかし、その音の正体がゾンビの足音でないことはすぐにわかった。あの人物が言っていた「試練」を思い出し、その言葉に込められた意味を理解し始めた。試練とは、ただのゾンビとの戦いだけではない。今までの私が戦ってきたものは、ただの前菜に過ぎなかったのかもしれない。
急に足元が冷たくなり、私は一瞬足を止めた。何かが足元から伝わってくる感覚があった。視界をすばやく確認すると、床に奇妙な模様が浮かび上がっていた。それは、私が今まで見たことのない古代の文字のように見え、謎めいたエネルギーを放っていた。
「これは…一体?」
私がその模様に手を伸ばした瞬間、突然、床が大きく揺れ、部屋全体が震え始めた。壁が軋み、天井が崩れ落ちる音が響く。その振動に耐えきれず、私は足を踏み外し、地面に倒れ込んだ。
「なに…これ?」
私は倒れたまま、激しく揺れる地面にしがみつきながら、状況を理解しようと必死に考えた。目の前にある床の模様が輝き出し、次第にその光は強くなっていく。私はその異様な光に引き寄せられるように目を奪われ、目を開けてその光を見つめていた。
そして、突然、床が割れ、巨大な穴が開いた。その穴の中から、真っ黒な煙が立ち上り、異様な気配が漂ってきた。その煙が形を成し、目の前に立ち現れたのは、まるで暗黒そのものから生まれたかのような影の存在だった。
「試練を乗り越える者よ…」
その声は、まるで無数の声が重なり合ったような、耳に響く不気味な響きを持っていた。影のような存在が、私をじっと見つめる。その目は、何も感じていないかのように冷徹で、私の存在を軽視するかのような視線を投げかけてきた。
「お前は、この試練を乗り越えることができるか?」
その声が私の心に深く響くと同時に、私は冷たい汗が背中を伝っていくのを感じた。この試練が、ただのゾンビの群れとの戦いではないことを強く実感した。これは、私自身の力を試すものだ。私の心、決意、そして今手に入れた力を試す、究極の試練だということを。
「お前が選んだ力は、他の者にとっての恐怖だ。しかし、それを乗り越える覚悟があるのなら、進むがいい。」
影の存在は言葉を続け、私に挑戦を突きつけてきた。その瞬間、私は深く息を吸い込み、心を決めた。
「私は、進む。」
その一言が私の中に力強い決意を湧き上がらせた。今、私は立ち上がり、この試練を乗り越えるために全力を尽くす覚悟を決めた。この先に待ち受けるのが何であれ、私はそれに立ち向かうしかない。
そして、影の存在がゆっくりと手を伸ばすと、周囲が一気に暗闇に包まれ、私の視界が一変した。無数の目が私を囲み、無限の空間の中に引き込まれていく。
「さあ、選べ。試練に挑むか、それとも…」
その言葉の後、私は再び深い闇の中に飲み込まれ、恐怖と絶望の入り混じった世界に足を踏み入れることとなった。次の試練は、果たして何を意味しているのか。それを乗り越えた先に、私を待ち受けるものは一体何なのだろうか…?
そこで私はVRゴーグルを外した。
目の前に現実世界が広がる。
これが100兆円で開発したゲーム、完全に現実と同じだった。
「最高ーーーーーーーーーーー!!!!!」
人生充実していることを全身で感じ取り笑顔になった。