婚約破棄?どうぞお好きにしてください
【見守る】
監視する。気をつけ大切にすること。じっと見つめる。熟視するさま。
※2024/10/19改稿:文中の疑問符の後にスペースを追加しました。最後の文章表現を手直ししました。
※2024/10/21改稿:誤字を修正。最後の文章を一部修正しました。
「お前との婚約を破棄する」
そう告げたのは、王太子のウィリアムだった。
彼の指が婚約者のビクトリアを真っ直ぐに指し、その隣には勝ち誇ったような笑みを浮かべる女、アメリア・ダルトンがいた。彼女は王子の腕に絡みつくようにして立っている。
アメリアの顔には明らかな悪意が漂っていたが、ウィリアムの顔には決意が見え、まるで自分の言葉に正当性があると信じ込んでいるようだった。
本日は貴族学園の卒業前夜祭。ホールは華やかな装飾と共に、貴族子弟たちの華麗な衣装で賑わっていた。
彼女はなぜウィリアムがこんなことを言い出したのか理解できないまま、ただ立ち尽くしていた。
ウィリアムは、いつもとは違う冷たい目でビクトリアを見下ろし、断固とした声で言った。
「ビクトリア、君とはもう終わりだ」
その言葉は、鋭い刃のようにビクトリアの胸に突き刺さった。会場中の視線が、彼女に一斉に注がれる。
動揺を隠しきれないまま、ビクトリアは辛うじて声を振り絞り、問いかけた。
「どうして……どうしてですか、ウィリアム様? 何か私が間違ったことをしたのでしょうか?」
ビクトリアの瞳がかすかに揺れるのを見て、ウィリアムは視線をそらした。アメリアが彼の腕を引き寄せ、得意げに微笑む。
「ビクトリア様。ご自分がしたこと、お忘れになったとおっしゃるのですか?」
アメリアはウィリアムの腕にさらに密着し、嘲笑を含んだ声でビクトリアに告げる。その態度はまるでビクトリアを哀れんでいるかのようだった。彼女の言葉は氷のように冷たく、ビクトリアの心を深く揺るがした。なぜ? と問いかける声が心の中でこだまする。ビクトリアの目の前で繰り広げられるこの光景が、あまりにも現実離れしていて、まるで悪夢の中にいるようだった。
あんなに優しかったウィリアムが、どうして突然婚約破棄を言い出したのだろうか。動揺するビクトリアの脳裏に過去の記憶が次々とよみがえる。
かつてのこと。日差しの柔らかい庭園で、ウィリアムと一緒に花を摘んでいたあの日。
二人は笑い合い、王子は彼女のために最も美しいバラを摘み取ってくれた。
「このバラは君にふさわしい」
その言葉を紡ぐウィリアムは優しく微笑んでいた。
別の日、彼女が病に倒れたことがあった。ウィリアムは毎日彼女のもとを訪れてくれた。病床のビクトリアの手を握り、彼は優しく言った。
「君が元気になるまで、ずっとそばにいるよ。無理しないで、ゆっくり休んでくれ」
ウィリアムの言葉はまるで包み込むように柔らかく、ビクトリアの心を癒してくれた。
続けてビクトリアの脳裏に浮かぶのは、王宮の舞踏会のこと。初めて言葉を交わしたあの日のことだ。人々が見守る中、ウィリアムはビクトリアに手を差し出した。
「踊ってくれるかい?」
彼の声は優しかった。彼の手に触れた瞬間、自分はこの方と結ばれるのだと確信した。その後間もなく、王家のほうから婚約の打診をいただいた。それ以来ビクトリアは王太子の婚約者にふさわしくあろうと研鑽を欠かすことはなく過ごしてきた。
だが今、その優しい声は彼女の耳には届かない。ウィリアムの横顔は冷たく、かつての彼とは別人のようだ。
ウィリアムが重々しく口を開く。
「ビクトリア・グリンバーク公爵令嬢、君がアメリアに対して行った数々の嫌がらせについて告発がある」
彼の声は冷たく、視線はどこか遠くを見ているようだ。アメリアは彼の隣で頬を染め、まるでこの瞬間を待ち望んでいたかのように微笑んでいた。
「ビクトリア、お前はアメリアに対して酷いことをしてきたのだろう?」
ウィリアムは厳しい表情で言葉を続ける。
「数々の証言がある。お前がアメリアをいじめ、名誉を傷つけたことを認めるがいい」
ビクトリアは目を見開いた。自分がいじめを? そんな事実はない。頭が真っ白になる。「そんなこと…私は…」と、何か言葉を発しようとしたが、ウィリアムは彼女が口を開くのに構わず、冷たい声で先を続ける。
「まず、先週、アメリアが図書館で勉強しているときに、彼女のノートを故意に隠しただろう。その結果、彼女は大事な課題を提出できなかったそうだ」
彼の声は冷たく、視線はどこか遠くを見ているようだ。アメリアは彼の隣で頬を染め、まるでこの瞬間を待ち望んでいたかのように微笑んでいる。
「そんなこと、覚えがありません! それに、その日…」
ビクトリアは懸命に思い出そうとするが、何も思い出せない。焦りと不安が交錯し、ただ口を開けたまま呆然と立ち尽くす。
その時、教師の一人が進み出た。
「その日は、彼女が授業の後に私に質問をしに来ておりました。図書館に行く時間はありませんでしたよ」
教師はウィリアムをまっすぐ見据えながら、静かに証言した。
ウィリアムは一瞬驚いたように顔を上げるが、教師に言葉を返すことはせず、次の告発に移る。
「さらに、アメリアの足を引っ掛けて転ばせたと聞いている」
生徒の一人が声を上げた。
「それは私も見ていました。アメリアが廊下で足を滑らせて一人で転んだんです。ビクトリアは転んだ彼女を助けようとしていましたよ」
ウィリアムは徐々に表情を曇らせながらも、次々と罪状を上げ続けた。しかし、それぞれの告発に対して具体的な反論が返ってくるたびに、彼の自信は揺らいでいくように見えた。自分の正義感は強すぎて、真実を見極める目を曇らせていたのかもしれない。そう思いかけたウィリアムがアメリアを伺う。
そのとき、アメリアが涙を浮かべて彼にしがみついた。
「みんなが私をいじめるの……。助けて、ウィリアム様……」
その涙を見たウィリアムはこの娘を助けねば、と思い直し、声上げる。
「この場にいる全員、ビクトリアの味方なのか? 寄ってたかってアメリアを貶めるつもりか?」
ホールに響きわたった言葉に、場の空気は張り詰めたものとなる。
ビクトリアは、もう何も言えなかった。ウィリアムの目に浮かぶ怒りと失望の光。それを見つめながら、彼女の胸にあった想いが次第に冷たく沈んでいった。
(もう、何を言っても無駄なのかもしれない…)
彼女は深く息を吸い込み、冷静な声を出すように努めた。
「わかりました、ウィリアム様がお望みならば、婚約を破棄してくださいませ」
その言葉に、ウィリアムは口を開きかけたが、言葉が続くことはなかった。
「皆様、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
ビクトリアは一礼し、会場の中心から一歩引いた。アメリアは勝ち誇ったようにウィリアムに寄り添い続けたが、ウィリアムはもはや何も言わず、黙っていた。
翌日の卒業式は滞りなく行われ、合わせて王太子の婚約破棄が正式に発表された。
アメリアがウィリアムの元に急ぎ足で近づく。
「ウィリアム様、これで私たちの婚約も間近ですね!」
ウィリアムは彼女の言葉に眉をひそめた。
「君は何を言っているんだ? 男爵家の娘が王妃になれるわけがないだろう」
そう返したウィリアムはアメリアに一瞥をくれることもなく、その場から立ち去った。
「え? え? そんな…。ビクトリアとの婚約を破棄させれば、私が婚約者になるって……」
アメリアは何事かをぶつぶつとつぶやきながら、その場に立ち尽くすのだった。
彼らに知る由もないが、この顛末は世界を見守る神々が暇つぶしに起こしたものである。神々は、人間たちの営みを暇つぶしとして観察し、時には干渉することでその反応を楽しんでいた。特に、婚約破棄や権力争いのようなドラマチックな展開は、彼らにとって最高の娯楽だった。
今回の事件も、そんな神々の戯れの一つに過ぎなかった。
ある神が提案したのだ。
「ウィリアム王太子と婚約破棄の物語、面白そうじゃないか?」
その言葉に他の神々も賛同し、ゲームが始まった。今回のルールは「アメリアに天啓を与えることで、王太子と結ばれるゴールを目指す」と言うものであった。
そう、アメリアに与えられた「天啓」は、神々の戯れの一環に過ぎず、アメリアはただ駒として動かされただけだった。
「今回は失敗したねー。天啓を与えた娘がおバカすぎたね。策も何もあったもんじゃないし、人選をまちがえたなー」
「次回がんばろうー」
「まぁ、少しだけでも暇は潰せたし、いいんじゃない?」
そう言いながら神々は下界を見守り続けるのだった。
普通に考えれば、ね。身分の低い者が取り入ろうとしたところで、真実の愛が芽生えて結ばれるなんてありえないですよ。
それで、次の婚約者なんですが、結局ビクトリア以外に王太子妃にふさわしいと思える者が見つからなくてですね、困った王家が詫びを入れ、再びビクトリアになりました。
最初は気まずかった二人も、しぶしぶ顔を合わせているうちに色々話し合うようになり、最終的にウィリアムが誤解から不適切な対応をしてしまったことを認めて謝罪。
ビクトリアは彼の謝罪を受け入れて許しつつも「次はありませんことよ」とにっこり笑って言ったそうです。
こうして二人は元の鞘に収まりました。
いや、元よりは少し、ビクトリアが上位になったかもね。
読んでいただき、ありがとうございます
宜しければ、ブックマークや下にある星での評価を、是非ともお願い致します!
ご意見、ご感想もいただけたら嬉しいです!