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ミッドナイト喰らい夢 ~夢喰い姫は見目麗しい殿方を鑑賞したい~  作者: 柏井猫好


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8.  風変わりな夢喰い姫【バルバラ視点】

バルバラ視点です。

「それで、最近はどうなの、何だっけ? 『いい男観察?』」

「見目麗しい殿方鑑賞ですわ、ヒルデガルド」


 バルバラは自分の領域でテーブルを挟んで向かい側に座り、長い緑色の髪の先を弄んでいる親友を見やった。


 ヒルデガルドもまた夢魔の一族の娘で、両家の母親が友人であったこともあり、バルバラとは幼い頃から頻繁に会っていた。所謂幼馴染というやつである。

二人は独り立ちした後も、こうして互いの領域を定期的に訪ねて近況を報告し合っている。


「そうそう、みめうりゅわし、うえ、舌を噛みそう! しっかし、あんたも相変わらずだよねえ。夢魔のくせに獲物の見た目にこだわるんだから。あたしなら喰えればなんでもいいけどな」


 コンティーヌ家の夢喰い姫バルバラは少々変わっている、というのが夢魔界における共通認識だった。通常、夢魔は人間の外見に頓着しないものだ。感情豊かで欲に塗れた精気の持ち主であれば、太っていようが、剥げていようが「美味しいご馳走」で、ましてや彼らの容姿を愛でようなどという発想すらない。


 しかしバルバラは幼い頃から美しいと感じるものに対する執着が強く、度々母親にねだっては現に降り、人間の作った彫刻や絵画、装飾品などを鑑賞していた。


 自分で人間の精気を喰えるようになる思春期を迎えると、バルバラの審美眼は獲物にまで及ぶようになったというわけだ。


「あたくしにとって見目麗しい殿方とは芸術品なのです。美しい外見と美味しい精気の両方をお持ちの殿方はとんでもなく貴重なのですよ。見て良し、食べて良しの一石二鳥でございますからね!」


 熱弁をふるうバルバラに、ヒルデガルドは肩を竦めた。


「いやあ? あたしは味さえ良ければどうでもいい」


 不細工でも美形でも腹に入れば一緒だし、とにべもないヒルデガルドをバルバラは軽く睨んだ。


「あなたはそうでございましょうとも。獲物が被らなくてようございましたわ」


「あんたのことだ、そのうち繁殖相手も美形じゃないといけないとか言い出しそう」


「繁殖相手だなんて。あたくしはまだ、そんなことは考えられませんわ。今は全ての時間を趣味に捧げたいんですの」


 夢魔は享楽的な種族で色欲も強く、「愉しむ」相手ともあと腐れない関係を望む傾向がある。長期間共に過ごすことは想定していないため、子孫を残す相手に求めるものも肉体の相性や夢魔としての力の強さなどだ。


 しかしバルバラはごく少ない例外で、本当に心を通わせた男性でないと身体を許したいと思えないし、ましてや愛着を抱いていない男の子供など、どうして欲しいと思えるのか不思議でならない。


「そうは言ってもさあ。あんたも百八十歳になっただろう? そろそろ繁殖相手のことも考えないといけないよ」


 夢魔にとって子孫を増やすことは強制ではないが、奨励されている。長命種であるが故に子ができ難く、夢魔の出生率は非常に低いため、個人の自由と放っておいたらあっという間に種の存続の危機に陥ってしまう。


「あたくし、この方の子なら産んでもいいと思える方にまだ出会ったことがございませんの。キュンと胸がときめくお相手でないとそういう気分になれませんわ」


「あんた、まだそんなこと言ってるわけ? 取り敢えず探してるふりだけでもしないと、シモンとお見合いさせるってあんたのお母さんが言ってたらしいよ」


「何ですって!?」


 バルバラは衝撃のあまり、椅子を蹴倒して立ち上がった。


「シモンなんて、絶っっ対にごめんですわ!!」


 シモンとは、ヒルデガルドと同じく母の友人の子で、幼い頃から度々会う機会があったものの、バルバラとは壊滅的に気が合わなかった。

 バルバラの顔を見るたび「醜女(ブス)」だの「のろま」だのと罵詈雑言を浴びせかけて意地悪をしてくるのだ。成人してそれなりの年月が経った今でも、名前を聞くだけではらわたが煮えくり返りそうになるほど嫌いだった。


「誰があんな失礼な男と番うものですか!」

「シモンの外見は人間の女にも人気だって聞くけど? あんたが好きそうじゃない」


「好きなわけあるものですか! 考えてもごらんなさいなヒルデガルド。いくら美しいゴブレットでも、中に入っているのが泥水なら飲みたいと思いますか?」


 ヒルデガルドは肩を竦めて両手を上げた。


「まあ、兎に角、探してますアピールだけでもしておきなよ。何か実績になりそうなことないの? 誰かに夜這いをかけたとかさあ」


 バルバラは唇に拳を当てて思案した。ふと脳裏にあの堅物騎士団長の顔が過って、両手をパチンと合わせた。


「……あらっ、ちょうどいいですわ!」

「何が?」


「最近知り合った人間がいるのですが、その方はあたくしが夢の蒐集を諦める代わりに、宮廷舞踏会に連れて行ってくださる約束をしていますの」


 夢魔の女性にとって、繁殖相手は何も夢魔の男性に限られたことではない。夢魔は母親からのみ受け継がれる性質で、夢魔の男性と人間の女性の間に子供が生まれても全て人間となるが、夢魔の女性が生む子供は、相手が人間であろうが夢魔であろうが、全て夢魔となるのだ。


 宮廷舞踏会などの公の場にヘンドリックをパートナーとして同伴すれば、母には「最近会っている殿方がいますのよ」と言い訳できるではないか。


「あら。我ながらなんと素晴らしい提案をしたのでしょう! 自分を褒めてあげたい気分ですわ」


「へえ、あんたがあの変な趣味を諦めてもいいと思える相手ができたんだ? これは凄い成長だわ。……シモンに知られたら大騒ぎしそうだけど」


「シモンが何ですって?」


「いや、何でもない。それよりさあ、これから夜の現に降りて美味しい獲物をさがそうよ。あんたがちょっと大人になったお祝いに」


 言うなりヒルデガルドは立ち上がる。


「よろしくってよ」


 ちょっと大人になったとはどういうことなのかよく分からないが、上手く母を躱す手段を得たバルバラは、鼻歌を歌いながら髪と瞳の色を変えた。


「さあ、酒池肉林の宴と参りましょうか! 美青年が集ういい酒場がありますのよ」


「美青年云々はどうでもいいけど、美味い男なら大歓迎だよ!」


 二人は意気揚々と夜の現へ繰り出した。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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